6 「おい」
「えっ?」
まさかミックにまで聞いて貰えないとは。
鉄格子越しに青年を見る目が丸くなる。
「ミ……ミック様?」
同時に驚く。
ミックの表情が、今まで見た事が無い程冷え切った物になっていたのだ。
「誰かに嵌められた、と言いたいのだろう? ドブネズミ、お前の推論は当たってるよ。なにせそれは私が仕組んだ事だからな」
淡々としたらしくない喋り方も、何処か鬱陶しそうな表情も、優美王子の物とは思えなかった。
「へ……?」
だからだろうか。
今、何か凄い聞き間違いをした気がする。
「聞こえなかったのか? ディアスを殺し、お前に罪を擦り付けたのは私だと言ってるんだよ」
返ってくるのは冷ややかな声。何処か軽蔑したような眼差し。
この表情は良く知っている。
人間の本性が顕になった時の物だ。
(これ、こんな、ミック様の本性だと言うの……?)
自分が今見ている光景が信じられなくて、気付けば唇がわなついていた。
「誰だお前は、とでも言いたげな顔だな。私はミック・ミカエラ・ロンガで間違いないぞ。王位を継ぐ為に普段は善人ぶってるだけさ」
そんな自分に気が付いたのか、ミックはフッと鼻で笑い続ける。
「私はどうしても王位を継ぎたくてな。ブラついてばかりのカイが王になれるとは思えないから、障害はディアスだけ。幾ら私の性格が良くても、ロンガで竜騎士団長を撥ね退けて玉座に座るのは難しいだろう? だから丁度入って来た卑しいドブネズミを使って暗殺してやろうと思ったのさ。何を思ったのかディアスがお前を部屋に入れだした時は……っもう面白くて面白くて笑いが止まらなかったよ」
目の前の人物が何を言っているか分からない――目を見開いて呆然と話を聞いている自分に、青年は唇を歪めたまま続ける。
「ディアスの部屋に出入り出来る浮浪児に金が絡んだ動機を与えれば、皆がお前を犯人だと思ってくれる。後は魔法使いなんておとぎ話の存在を探し出して透明化を頼み、他殺だと分かるように短剣を刺すだけだ。この完璧な計画が露見する事は無く、お前は死んでからも大罪人の汚名を被り続けるのさ」
自分の計画を誇らしげに話すミックに、カッと目の前が赤くなった。
「お前っ!!」
掴みかかろうと動くが、足枷が邪魔をして鉄格子にすら手が届かない。
ガチャガチャッ! と鎖の音が牢獄に虚しく響く。
害虫を踏み潰す事に成功したかの如く歪んでいるミックの表情は、その音を聞いたところで微塵も変わらなかった。
「おお怖い怖い! こんな恐ろしい大罪人はさっさと断頭台に送ってしまわないとね? お前の父も同じ村の奴らも、厳しく取り締まってマクドールと通じていた証拠を作り出さねばな。抵抗したらー……襲い掛かられた、と殺してしまった方が真実味が増して良いだろう。若い騎士に人を殺す経験もさせてやらんな」
ふふふと楽しそうに笑うミックの言葉に、ザッと顔から血の気が引いた。
養父。
あの人にまで罪を着せ、殺す気なのか。
優美王子と思えぬ程下劣に笑うミックなら、捏造の為に村に血の雨を降らす事も厭わぬだろう。
「父さんは何も悪くないだろクソ王子っ!!」
温かいスープを出してくれた養父にまで、謂れ無き危害が及ぶのは耐えられない。
「何とでも言うが良いさ。私は使える物を使っただけ。利用される馬鹿の言葉なんて少しも痛くない」
鉄格子を掴もうと手を伸ばす自分を見て、ミックはフンッと笑う。
鉄格子をわざとらしく掴んでほくそ笑む姿は、少しも優美ではなかった。
「そうだそうだドブネズミ、これを言いたかったんだ。数日後かな? 天国で母上に会ったら、私が王位を継いだ事を伝えておくれ。ではな」
最後に一度普段通りの優しい表情で微笑むと、話はこれで終わりだとばかりにミックはその場から離れていく。
「ちょっと!!」
カツカツと暗闇に消えていく後ろ姿は、足を止める事なく階段を下っていく。本性を出せたからか、その足取りは軽い。
新しく飼う動物を楽しそうに考えていたディアスが死んだのも。
自分がこんな場所に入れられ、謂れの無い罪で処刑されそうな事も。
全てミックが仕組んだ事だったのだ。
「このクソ王子っ、よくも人を嵌めやがったな!! 父さんは何も悪くないだろ!!」
声を荒げてミックを非難するが、最上階に虚しく反響するだけ。
「ミック様っ、ミックが! ミックが魔法使いを使って私に罪を着せたんだっ!」
どれだけ真実を主張しようが、物音1つしない。
きっと処刑される事を知り、気が触れたとでも思われているのだろう。魔法使い、なんて絵本の中の単語も口にしているのだから。
「クソ……っ」
音のない独房にギシリ、と歯軋りの音が響く。
でも、一気に目が覚めた。
処刑される前にここから脱獄しなければ。
こんな汚い茶番に付き合って命を落とす事は無い。自分を罠に嵌めたミックの思い通りにさせてたまるものか。
早く父の元に行って村から逃げるように言わねば。
──俺の娘にならないか?
あの日手を差し伸べてくれた温もりを、今度は自分が助けなければ。
「この足枷をまずはどうにかしなきゃ……」
こうもギリギリの長さだと、パンを置きに来た看守に襲い掛かるのはまず無理だ。
(結構ボロいし、針金状の物があれば空きそう……コップを加工すればいけるか?)
木製のコップに視線を落とす。
自分の手が届く範囲で自由に出来そうなのはこれくらいだ。これを足で割ってどうにか鎖を解けないだろうか。
そう思ったがすぐに行動に移しはしなかった。
今空は夕焼け色だから、もう数時間もしない内に看守がパンと水を持ってくる。
脱獄を試みるなら、それを待ってからにした方が絶対に良い。
「ふう……」
焦ってやっても失敗するだけ。
一度心を落ち着かせるように深く息を吸う。
深呼吸は人間が唯一使える回復魔法なのだ。そう思うと体の痛みも少しは楽になった。
今後の事を改めて考えていく。
看守が来たらコップを踏み割り、破片同士を擦り合わせ針金状に加工する。そして足枷を外し監視の目をかいくぐって脱獄し、麓の農村に行き父を逃がすのだ。
「大罪人サテラ・クェンビー! 夜の分のパンと水だ、ここに置いておきますよ」
足枷の鍵穴を観察していた時、冷たい靴音を響かせながら若い女看守がパンとコップを置きそう告げてくる。どうやらもう夜になったらしい。
(大罪人、か。二つ名がステータスのロンガで嫌な二つ名を貰っちゃったな……)
盛大に溜め息を吐きたくなる気持ちを堪える。
「ん?」
──後は看守が階下に引き返すだけ。
そう思っていたのに、看守が何かを不思議がっているような声を出し、心臓が止まるかと思った。
「なっ……にか?」
まさか脱獄を企てているのを悟られたのか。
何時もと違う看守に、聞き返す声が若干上擦る。
「いや……気のせいだろう」
自分の緊張に反して、返って来るのは歯切れ悪い声。
帽子を目深に被った看守の表情はいまいち分からない。
それ以上聞くのも怪しまれるので黙っていたが、ツカツカと廊下を引き返す音を聞きながら背中に冷たい物を感じていた。
一体何だったんだ。
詳細が分からないから怖い。
階下に耳をそばだてながら、支給されたパサついたパンと水を流し込む。
「……」
食べ終わるまで何も音はしなかったし、もう行動に移しても大丈夫だろう。早く父を助けに行かないと。
「よし」
小さく呟き空になったコップを床に転がす。
立ち上がり、地面に置いたコップを踏んで割ろうとした時。
通路からふと──男性の鋭い声が飛んで来たのだ。
「おい」
「っ!?」
心臓が止まるかと思った。