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冤罪メイド、味方は放蕩王子だけ  作者: 上津英
第4章 柔らかいシーツの上で

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33 「サテラ……ごめんな……」

 青い瞳から滲んだ涙は、やがて筋となり白い頬を伝い落ちていく。

 フィーはそれを手の甲で拭い、もう止められないとばかりにまくし立てていく。


「私が王位を継いだら飛空制限を撤廃するから協力してくれないか、って。ミックちゃん実は性悪で驚いたけど、元々深く知らない子だったし、利害が一致しているから良いかって」


 その言葉にカイがぴくりと反応を見せる。

 今も呆然としていたが、気になる言葉があったようだ。


「飛空制限を!? 何でそんな事を」

「さー? 本人に聞いたら良いじゃん」


 ふいっと拗ねたように突っぱねるフィーに、その理由を教えてくれるつもりは無さそうだった。


「透明になったミックちゃんがさ、サテラちゃんと一緒にあの部屋入ったの。それでまたサテラちゃんが出て行った後、着替え中にぐさっ! ふふっあいつが死んで清々した──」

「っ黙れ!!」


 フィーがディアスの死を喜ぶ光景なんて見たくなかったのだろう。青褪めたカイがフィーの声を遮るように怒鳴った。


「っ!」


 その声に叱られたかのようにフィーがビクついたかと思うと、ジロリとカイを睨んだのだ。


「……フィーね、ディアスちゃんだけじゃなく、ロンガから逃げてばっかのカイちゃんも嫌いだったのよ! 兄弟仲も良くてさ! なんでここはギスギスしないのよ、しかも何でこの子だけ亡命を許されるのよズルいでしょ、って腹が立って仕方無かった!! 嫌いっ嫌いなんだから!! フィーの為に死んでよ!!」

「っ」


 ──フィーの態度が変わった。

 今までただただ吐き捨てていたと言うのに、まるで地団駄を踏む少女のように叫び出したのだ。

 実戦経験の無い自分でも分かる。

 槍を持っているこうなった人が、次に取る行動を。


「カイ様!!」


 なお呆然と立ち尽くしている王子の名を叫ぶ。

 何処を見ているのかいまいち分からないカイは、それでようやく我に返ったようだった。


「っ!」


 直後、ビュッ! と風を切る音がした。

 自暴自棄のように顔面に迫って来た槍を、カイが弾き返した音だ。


「だからっ死んでって言ってるじゃんっ!!」


 廊下でこんなに騒いでいると言うのに、誰かが止めに入ってくれる事もない。何処までもここはフィロレッタだ。


「フィーっ! だからっ!!」

「きゃっ!!」


 赤き舞姫の叫び声と同時に、硬い物が落下したけたたましい音がした。

 どうやらカイがフィーの槍を弾き飛ばしたらしい。赤い槍が狂った秒針のように少し離れた床の上で回っている。


「フィー……! っそんなの……聞いてくれっ!!」


 憔悴した表情のカイは、こんな状況で、フィーの慟哭を聞いた直後だと言うのに。

 今も義姉と話し合えるのではないかと思っているのだ。

 そんな訳、無いのに。


「本当仕方無い王子様!!」


 カイにフィーは傷付けられない。

 フィーから槍が離れた今しか、逃げるチャンスは無い。


「カイ様っ!!」


 気付けばカイのチョーカーを引っ張って玄関に向かっている自分が居た。


「っ! サテラっ!?」


 予期せぬ出来事に動揺を隠せぬカイの声がするが、構わず玄関扉を開けて外へ飛び出す。

 逃げなければならない事は、カイも何処かで理解していたのだろう。動揺している事もあるのか、その体は思っていたよりもずっと無抵抗だった。

 湖が近いからか、朝日の下は初夏の割に涼しい。


「逃げないでっ!!」


 槍を拾ったフィーの悲痛な声が廊下から聞こえてくるが、それから逃げるように中庭に走っていく。


「……っ」


 カイが何も言わず着いてくるのが、余計にいたたまれない。

 はあっ、と庭園を突っ切るように逃げると、そこにはフィーの竜──コリーが休んでいた。

 自分達の騒ぎは余裕で聞こえていただろうに無視していた辺り、彼女は主人の事があまり好きではないのかもしれない。気が強そうだし、アンドとは随分違う。


「お願いっ、逃げたいんだ! 乗せて!」


 突き飛ばすようにカイを鞍に押しやり、自分は運転席に座って手綱を掴む。


「ぶあああー…?」

「お願いっ!」


 眠そうなコリーは自分の声に反応が薄かった。


「ちょっと!」


 なかなか飛ばないコリーに焦っていると、槍を拾ったらしいフィーがこちらへ駆け寄ってくる。


「お願いっ!!」

「ぶあっ!」


 それを見てコリーは目が覚めたらしい。

 一度主人を見た後、フィーの手が届く前に上昇する。

 建物を越え太陽に近付いた分気温が少し上がった気がした。


「えっ何で人の竜で簡単に飛ぶのよ! ってか平民の癖に竜乗れたの!?」

「うっさい! フィー様が、アンタがこの子に信頼されてないだけだろっ!! 私は嵐騎士ギルベルト・レーベンハイトの娘! 竜くらい乗れる!!」


 竜の影が落ちている地面で飛び跳ねながら文句を言っているフィーに、負けじと文句を返す。

 その際、すぐ後ろに居る青髪の青年をチラッと盗み見る。


「……」


 未だ俯いているカイは、遠ざかるフィーを横目で見ているようだった。


「カイ様…………」


 呟きながら、中腹に向かって隠れるような飛行を続ける。


「昼間に動くのは危険です。とりあえず一度身を隠しましょう」


 確かこの辺りに身を隠せそうな森があった筈、と思った時。


「サテラ……ごめんな……」


 羽ばたきにかき消されそうな程小さな声が、鼓膜を掠めたのだ。


「……いえ」


 微かに首を横に振りながらその声に応える。

 振り返らなくてもカイが今どんな表情をしているかが分かって、無意識の内に唇を噛んでいる自分が居た。


「……」


 それからはどちらも口を開く事が無く、他の竜の目を盗むように静かに崖っぷちに着陸した。


「お疲れ様、乗せてくれて有り難うね」


 大樹の下に広がるちょっとしたスペースに隠れ、ふううう、と息を吐く。そのまま胸を膨らませると、初夏の森の蒸れた匂いが肺を満たしていった。

 一先ず、少しならここで身を隠せるだろう。


「カイ様、大丈夫ですか? ……ふう」


 鞍から地面に降りて振り返り──そうだよな、と息を吐く。

 いつの間にかカイは運転席に移動しており、意識の無い人物のようにぐったりとコリーの首に抱き着いていたのだ。顔はこちらを向いていない。

 別荘の従者達に裏切られた時、カイがこれ以上裏切られたら持たないだろうな、と思った通りになった。

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