32 「正解。サテラちゃんは良く分かってるね」
「は、はい……」
上手く言い表せないので頷き返す事しかない。
「……」
茶色いシャツの背中を眉を下げて見ながら、自分もそっと蒸し暑い廊下に出た。
「あっその槍、兄上が贈ったってヤツか?」
「うん。特注品、って言ってたかなぁ。……見てよここ、赤き舞姫とか彫ってあるんだよ〜恥ずかしい……」
「ははっ、兄上やるなあ」
少し先を話しながら歩くフィーは、昨日自分の腕を引っ張って森を歩き愚痴を言う姿と少しも変わらない。
(待った!)
──いや、違う。
どう考えてもおかしい事がある。
「カイ様、駄目ですっ!」
違和感の正体に思い至った瞬間。
廊下一杯に叫び、槍に顔を近付けていたカイのシャツを引っ張ってフィーから遠ざけていた。
「へ!? っ」
突然の事にカイがたたらを踏む。
大きく目を見開いたカイは、少しして何かに気付いたらしい。
突き飛ばすように自分の手を振り払い、腰の剣を抜いたのだ。
「っ」
突き飛ばされた衝撃でどんっと勢い良く尻餅をつき、苦痛に顔を歪める。
直後。
カンッ! と戦時中のような金属音が弾けたのだ。
カイの胸部を貫かんばかりに伸びた赤い槍を、胸部ギリギリのところでカイが弾き飛ばした音だ。
「もーっ! サテラちゃん邪魔しないでよ〜っ」
怒ったような声を上げるフィーを、カイは困惑したように見ている。
「フィー!? っ!」
何が起きているのか分からない──そんな表情をありありと浮かべているカイは、赤き舞姫の槍捌きに防戦一方だ。
「あはっカイちゃん反射神経良いよね~槍と剣じゃ普通剣のが不利よ?」
そう口元を歪ませるフィーは、ちょこまかと位置を変えながらカイを串刺しにしようとしている。自分も立ち上がって、フィーやカイから適切な距離を取るしかなかった。
「やっぱり……! あんまり上手く行き過ぎてておかしいと思ったんだ!」
金属音で途端に騒がしくなった廊下に声を響かせる。
「昨夜森で貴女と初めてお会いした時、貴女は何でか私達の居場所を分かっていたのですよね? だから暗くてもあんなにスムーズに私達と接触出来た! それに何より! あの時は槍を持っていなかったのに、今は持っています! 本当に仲の良い婚約者からのプレゼントなら、何時だって持っていたいと思うものでしょう! 貴女は、貴女は言う程ディアス様を愛していなかったのでは……っ!?」
推測通りフィーが敵であって欲しいと思うのに、推測通りだったらディアスが居た堪れなくて、叫びながら眉を顰めていた。
距離を取っている時、見えるのはカイが首にしている黒いチョーカーだったから余計に。
「は〜……」
自分の言葉を聞き、今より一歩後ろに跳躍したフィーが諦めたように大きな溜め息をついた。
「フィ、フィー?」
見るからに攻撃の手を止めたフィーは隙だらけなのに、カイはそれでも幼馴染を──義姉を攻撃しようとしない。
「フィー、演技の才能もあるって思ってたのになぁ……」
「いきなり何だよ!?」
それは、カイがフィーを信用しているからこそなのだろう。
フィーは別荘の使用人達のように自分を裏切らまい、と。
「カイちゃんって本当女の気持ち分かんないんだね? 何って、大罪人達に死んで貰おうと思ってるんだけど」
しかし当のフィーは、見下すような視線を義弟に向けている。
「っな……!?」
「っ」
氷のように冷たい表情には、今までのような幼さや朗らかさは無い。
まるで牢獄で見たミックの豹変ぶりのようで、背筋が寒くなる。
「フィー様もミックに協力している……と言う事ですね?」
言葉を失っているカイの代わりに、自分がフィーに尋ねる。覚悟していたつもりだったが唇が震えていた。
「正解。サテラちゃんは良く分かってるね」
「なん、なんでフィーがっ! フィーは兄上の許婚だろっ!」
義姉が兄の暗殺に加担した。
その事実をカイは受け止められずにいるようだ。
「それが何? 許婚なんて親同士が決めた形だけのものでしょ! フィーはそもそもディアスちゃんみたいに偉そうで女の子の気持ちが分からない奴嫌いなのっ!」
吐き捨てるように――やっと言えたかのような言葉は、きっとフィーの本心なのだろう。
フィーはディアスを愛してなどいなかったのだ。
「そんな……」
その事実に小さく呟いて目を見張るしか出来ない自分が居た。
「でっでもっ、最近は仲良かっただろっ」
「そんなの演技に決まってるじゃん! 次期国王に取り入る為に仲良くしてただけですぅ~あいつにはやって貰いたい事があったから」
「何だよ、それっ! そんな……っ!」
言っている事が分からない、とばかりにカイが腕を振るように剣を下ろす。
「……」
そんなカイの悲痛な表情に、長年の付き合いとしては思うところがあったのだろう。
決して目を合わせようとはしなかったが、補足するようにぽつぽつと呟き始めた。
「……フィーさ。戦争が勃発した時3歳で、終わった時は13歳だったんだよね」
苦しそうに告がれた呟きは、この場には不釣り合いなように思えた。
「え?」
どうしてフィーが突然こんな話をしたのか分からない。
だから続きを聞く事しか出来なかった。
「フィロレッタってこんな場所にあるじゃん? だから戦時中はずーーーっと国境を気にしてて、みんなしてフィーはいつも後回し。やっと戦争が終わってみんなと過ごせるって思ったら、今度は領空の番犬としてずーーーっと空を気にする事になってさ。じゃあ強くなったらフィーの事見てくれるかな、って二つ名貰うくらい頑張ったけど、それでも駄目。相変わらずずっとうち……ギスギスしてたし、家族は東西南北に引き離されるし。パパもママも妹も……誰もフィーの事見てくれなかった。だから、だからっ! フィーずっとずーっと寂しくて、飛空制限なんて大嫌いだった!」
喉から絞り出すような声に、腑に落ちていく自分が居た。
どうして気付かなかったのだろう。
こんな要塞で育った少女が、健全に育つわけがないって事に。
だからこの人は子供っぽいんだ。13歳で時が止まっているんだ。
フィーは戦災孤児ではないが、彼女もまた自分のような被害者なのだと。
「次期国王のお嫁さんになって飛空制限なんて無くしちゃおうって思ってからは、我慢してあいつとも仲良くしたよ? でもあいつさ、動物大好きで口先とは裏腹に平和主義でしょ。ベッドの中でそれとなーく飛空制限無くしたいって言っても、あいつは絶対頷かなかった」
カイもフィーが抱えていた孤独に気付いていなかったのだろう。
剣を片手に立ち尽くしたまま動かない。
赤き舞姫は一度ちらっと義弟を見た後、唇を噛んで青い瞳に涙を滲ませる。
「なんでこんなのと仲良くしてるんだろ……って思った頃よ。あいつフィーの事疾風王に漏らしやがったみたいで、それが酔った疾風王からミックちゃんに伝わって……ある日、ミックちゃんフィーにこう言ってきたの」




