31 「母上、もうすぐ私は偉業を成し遂げてみせますからね……そうすれば……」
ニヤリ、と笑って発せられたその言葉は、思っていた通りの物で。
礼拝堂の中に入って扉を閉めた事もあり、またも優美王子にしては大きな声が出る。
「捕まえたのか!?」
「ううん、まだ手は出していない。こう言うのは、一度油断させてから捕まえた方が確実でしょ? 帰ってからやる気。だからこっちは任せて! ミックちゃんは親族の取り込みを急いでね。フィーは本部でちょっと仮眠してからお家帰るから」
「そうだな。それではゆめゆめ抜かりなきよう」
「分かってるって」
ざっと打ち合わせをした自分達の間に、ふふふっと宰相達が悪巧みをしている時と似たトーンの笑い声が漏れた。
「じゃっ、それ言いたかっただけだから。バイバイ!」
用件を伝えると、フィーは二つ名の由来となった印象的な赤髪を靡かせて早々に礼拝堂から出て行く。
1人になった礼拝堂に、朝日を受けたステンドグラスの微かな青い影が落ちる。
「ふふふ……」
それが今、宝石のように綺麗に見える。
「母上、今私は凄く気分が良いです。こんなに気分が良いのは、ドブネズミが脱獄してから初めてです」
手を組み頭を垂れ、祈るように母に報告する。
「母上、もうすぐ私は偉業を成し遂げてみせますからね……そうすれば……」
音1つない空間に呟きがぽつと落ちる。
「また後で来ます」
本当はもっと母と話していたかったが、自分にはやらねばいけない事が山程ある。
一礼して身を翻し礼拝堂を後にする。その際カツリと靴が鳴った。
それは、行進一歩目の靴音のようだった。
***
「ん……っ」
強烈な光が瞼を突き抜けてくる。
サテラ・クェンビーはそれを認識し、鬱陶しいと顔を顰めた。
「なんで、こんなに眩しいんだよ……ぁっ」
浮浪児時代のように毒づき、はたと思い出す。
やたら大きい天窓があるこの部屋が、フィロレッタにある事を。
大罪人である自分が、今この家に隠れている事を。
「っ!」
途端、意識が覚醒した。
慌ててベッドから飛び降り、四角い天窓の下から移動する。
と。
「ははっ、サテラはバッタみたいな動きが出来るんだな」
すぐ近くから、カラッとした晴れの日のように陽気な声が聞こえてきたのだ。
奥の部屋で寝ていたカイが、こちらの部屋の食卓まで起きてきたらしい。朝日を受けて、青色の髪がキラキラと光っている。
「カッカイ様! 早いですね……」
「こんな朝日が眩しくちゃ誰だって早起きになる。良く寝てたな、お早う」
眉を下げて少しだけ困ったように笑った顔を見ていると「寝顔が変だったのか」と、父には思わなかった事が頭の中をグルグル回り出し、矢継ぎ早に言葉が飛び出してくる。
「おっお早う御座います。はい確かに久しぶりのベッドと言うのもあり夢を見なかった程良く寝ておりました。あっ王立大学の教授の研究によりますと夢を見ない時はあまり心配事が無い時とか何とか──」
「朝から良く喋るな、調子が出て来たみたいで良かったよ」
後半は自分でも何を言っているか良く分からなかった。
カイが言葉を遮るようにクスッと笑ってくれて安心したが、恥ずかしい物は恥ずかしい。
「……おかげ様で……」
「朝ご飯食べるならどうぞ。さっきメイドに用意させたんだ」
カイが指差したウッドテーブルの上にはトレイが乗っており、空の食器と一緒にふっくらとしたパンと人参サラダが乗っているのが見えた。
「有り難うございます、頂きます……」
なかなか消えてくれない気恥ずかしさに若干俯きながら、最低限の身だしなみを整え朝食を食べていく。パンは思ってた以上に塩味が強く満腹感があった。
「これでまたマトモな食事とは当分おさらばだな」
「本格的に雲海に居るらしいパドラックの捜索を開始したら、そうなってしまうかもしれませんね」
「なるって」
笑ってはいるものの何処か弱々しく呟く王子の声からは、先程までの明るさが消えていた。
やっぱり、この状況には疲弊する物なのだろう。
その気持ちが痛い程分かるだけに、笑い返せない自分が居た。今日みたいにシーツの柔らかさを知ってしまったら余計に。
「……」
頭上の晴天に似合わぬ重たい空気が室内に流れた。
と。
「おっはよーっ!」
ガチャ! と。
突然扉が勢い良く開き、快活な声と共に赤い女性が入ってきたのだ。
「わっ!?」
飲んでいたコップを落としそうになるほど驚く。
「っ驚かせるなよ、フィー」
「ごめんごめん~フィー夜勤明けだから声だけでも元気出したくてさぁ」
ドアを開けたのはフィーだった。
白地に赤いラインの竜騎士団の制服を着て、スカートからロングブーツを覗かせている。
後ろ手には赤い槍を持ったまま。自室に戻って休む前に顔を出してくれたのだろう。
「配送竜に扮してマクドールに飛べるように手配したよ、って早く伝えたくて」
「えっ!」
にこにこと笑顔で告げられた言葉に、こちらも笑顔になった。
「有り難う御座いますフィー様! これで魔法使いを探せる事が出来ます! それで魔法使いに会えれば、冤罪を晴らせると思います!」
嬉しさのあまり立ち上がり、フィーの元に駆け寄って海のような目を見て礼を伝える。
アンドと行けないのは残念だが、仕方無い。
「有り難う、フィー。フィーを頼って正解だった」
少し後方で座っているカイもフィーに礼を言っている。
「えっへへ、匿香薬もあげるね。それで……上手く行くと良いねぇ」
その時だ。
赤き舞姫に微かな違和感を覚えたのは。
(……ん?)
心から協力してくれている──ように見えなかったのだ。
具体的にどこが、とは言えない。
ただ数年以上商人と交渉をしてきたから、何となく分かってしまうのだ。
「……」
心からの言葉と、そうでもない言葉の違いが。
「アンドちゃん居ないんだよね? じゃあうちの竜使ったらいいよ。おいで! 会わせてあげるから」
自分が若干緊張した事など少しも気にした様子なく、フィーは自分達を手招いて軽やかな動きで廊下に戻っていく。
「良かったな、上手く事が進んで」
気になって立ち尽くしたままでいると、横を通り過ぎようとしたカイに声をかけられる。
フィーに少しも違和感を覚えていないのか、その声は心からホッとしていた。




