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冤罪メイド、味方は放蕩王子だけ  作者: 上津英
第1章 捕まったドブネズミ
3/34

3 『お前今日から俺の部屋の掃除係な』

「その牧場、もう畳んでしまったんだったか。牛は居たのか?」


 牛の有無を尋ねてくるディアスは、少年に戻ったかのように楽しげにそわついていた。

 その光景にフフッと笑う。


「盗まれてしまいましたが居ましたよ、お乳をいっぱい出してくれるのが。では」

「そうか、牛は居たのか。ああ、またな」

「失礼致しました」


 嬉しそうに目を細めたディアスに一礼し、動物が出て行かないように2重扉になっている部屋から出て行く。

 動物の多い部屋から出ると、何時も静けさにビックリする。

 ディアスが長年人払いを徹底してきた為、第1王子の部屋がある1階の廊下には誰も入れず静かなのだ。

 回廊まで出れば守衛も人も居るが、この廊下には自分とディアス以外入れない。

 竜による配達を行っている配送ギルドへの道を下る。ロンガは山にある国なので、基本坂道だ。

 歩きながら考える。


(ディアス様の弟、か……)


 カイはどういう人なのだろう。

 やはりディアスと性格が似ているのか。


(明るい方みたいだしそれはないか)


 すぐに自分で自分の考えを否定し、クスリと笑みを浮かべ配送ギルド「スマリュー」の中へ入っていった。




 ディアスに会ったのは2週間前。


『なっ!?』

『……やられたな』


 養父が経営していた牧場が家畜泥棒──元浮浪児の自分への嫌がらせだろう、ロンガは浮浪児への偏見が根強く残っているから──の被害に遭った数日後。


『サテラ、お前王城で働いたらどうだ。こんな手紙を貰ったんだ。お前は第1号に選ばれたらしいぞ』


 浮浪児雇用促進政策の声が何故か自分に掛かり、初めて養父の元以外で働く事が決まったのだ。

 来たる雇用初日。

 内心緊張しながら王城内の地理を覚えていた時だった。

 回廊で白い甲冑を着たディアスとすれ違ったのは。


『お前今日から俺の部屋の掃除係な』


 メイド長と挨拶をした時、何を思ったのか突然そう言われたのだ。

 自分はその凄さが良く分からず呆然と去っていく背を見ていたが、隣に居たメイド長は腰を抜かす程驚いていた。


『断るなんて許さないからねっ!?』

『は、はい……』


 鼻息荒いメイド長の耳打ちに、何も分からずその場は頷いた。

 が。

 『第1王子が12年間誰も入れなかった開かずの部屋』の掃除を任された事を理解してからは、憂鬱以外の何者でも無くなった。

 周囲からのやっかみも買うだろう。

 何故浮浪児を……性処理か? とも悲しくなった。

 それに自分なんかに王子の世話が出来るか不安だった。

 ディアスの傲岸不遜な性格を耳にし、更に嫌になった。


『はあああ……』


 キチンと雇用され養父に恩返ししたかったので、断れる立場でも無い。

 だったら真面目に働いてやろう、と嫌々部屋を訪れたところ。


『あっ、おい、待て!!』


 三毛猫がお出迎えしてくれた開かずの部屋の主は、自分や周囲が思ってた以上にずっとフランクだったのだ。

 同時に理解出来た気がする。

 こんなにも動物が多い部屋、貴族が多い城の人間では掃除するのは難しかっただろう、と。

 だからディアスは慣れていそうな自分を指名したのかな、と。


『この三毛猫、額に三日月模様があって可愛いですね』

『おっ分かるか? 奥の庭園で日向ぼっこ中の黒猫も愛嬌があるんだ』


 動物トークは、ともすれば第1王子が色に溺れたと噂されそうな時間続いた。

 まるで幼馴染に話しかけるかのようにフラットに接してくるディアスは、堅苦しい王城で働く自分にとってあっという間に話しやすい存在になった。


『お前には何でも話せるな』


 1週間もすれば、ポツポツと身の上話も交わす程に。

 曰く。

 ディアスはいずれ国を背負って立つ自覚があった為、人に弱いところを見せられなかったそうだ。

 動物や植物が好きと言うと、周囲に「軟弱な」と失望の眼差しを向けられ嫌だったらしい。

 周囲の期待と己の性格で板挟みになった結果。

 終戦後で12と複雑な時期だったディアスは、何時しか部屋に誰も入れなくなった。

 自室がある廊下の人払いも徹底して、2週間前まで1人でこっそり動物を愛でていたのだと言う。


(ディアス様はディアス様で大変だったのは分かるけど。でも)


 サテラはディアスとの不思議な関係に1つ疑問があった。

 ──12年前。

 マクドール独立戦争という隣国との戦争で、5歳だった自分は両親を失くし孤児になった。

 敗戦国であるロンガは、戦後は国家間の敗戦処理に追われっぱなし。

 そんな国が自分に手を差し伸べる余裕なんてあるわけない。急に1人になった幼いサテラは生きる為に必死だった。


――パンを、パンを恵んで下さい。


 貴族の足にしがみついてパンを請うては蹴られ、屋台から萎びた野菜を盗んでは捕まり顔が腫れるまで殴られる日々。

 体だけは絶対に売りたくなかった自分は、養父に拾われるまでの7年間暖炉の温もりを知らずに過ごした。


『浮浪児は嘘つきですぐに物を盗み、男に色目を使う』


 父に拾われてからも父が経営する小さな牧場でしか働けなかった。

 そんな自分に。


(……ディアス様は私なんかに優しすぎないか? 部屋の掃除が出来てあの部屋を馬鹿にしないメイドって、幾ら王城でも探せば他に居そうだけどなあ……あの部屋、誰かが出入りしてる気配あるし。同情? うーんでも、元浮浪児への同情からとも思えないんだよな。私で性処理する為の布石と言うのもディアス様の立場ではデメリット多すぎるし……明日どういう意図があるのか聞いてみるか? だけどなあ……)


 改まって誰かの本心を確かめるのは怖い。

 何を言おうが目は雄弁で、傷付く事も多いから。

 ディアスに目を逸らされたら、きっとあの部屋に行くのが嫌になる。

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