28 (えっ、ここどこだ?)
その言葉に甘えるように両手をフィーの胴に回してしがみ付いた。
マクドール風の装いをしているのもあり、ぱっと見「赤き舞姫が不正を働いた高所恐怖症のマクドール商人を連行している」ようにしか見えないだろう。
一拍後。
硬い鱗を持った生き物が、ぶわりと羽ばたき離陸したのがフィーの動作や髪に感じる風から伝わってきた。
(フィロレッタも心配だけど……カイ様、誰にも見付からないと良いけど)
これからの不安もあるが、一番に思うのは今どのような表情で居るか全く見当の付かない人物の事。
──ここ最近ずっとサテラを守っていたから離れるの寂しいな、って思っただけだ。
あんな事を言われたせいか、なかなか頭の隅から青色が離れない。
(離れる事に違和感があるのは私もか? うー……ん)
自分の気持ちを何時ものように言語化出来ない事がもどかしいのに、不快感が無いので腹の立たない変な気持ちだった。
湧き上がる気持ちを押し込めるようにフィーにギュッとしがみつく。
「そーそー、そうしててね〜」
そう言い、フィーはすっかり帳の降りた夜空へと羽ばたいていった。
夜だと言うのに何時も以上に熱く感じるのは、初夏だからだろうか。
浮浪児だったと言うのに、そんな事が少しも分からなかった。
夜であるにも関わらず荷馬車と旅人が行き交う音がする鉄橋ロンドール。
ロンドール橋は、トゥルバ湖を跨いでロンガとマクドールを繋いでいる。徒歩で唯一ロンガへ行ける道だ。
昼間ならトゥルバ湖の透き通った湖面を楽しめる橋の近くに、フィロレッタはあった。
「はいっ、到着〜」
「有り難う、御座いました……っ」
飛行中は顔を隠す為、ずっとフィーの背中に顔を押し付けていた。
ようやく顔を離し──フィロレッタを見て息を呑む。
(えっ、ここどこだ?)
そこは屋敷と言うより要塞だった。
湖畔にある建物の筈なのに四方を囲む塀が高い為、湖がまるで見えない。
自分よりも背の高いピンク色の花が、中庭や塀の近くに生えているのも何処か威圧的だ。
「……あ」
段々と思い出して来た。
こうも至近距離で見るのは初めてだったから、フィロレッタ家とこの建物が結び付かなかったのだ。
今の今までこの建物の事は「国境近くに立派な建物があるな」という程度の認識だった。
麓に住んでいたけれど、自分は国境に──マクドールに──積極的に近寄ろうとしなかったから。
商談で近くまで来る機会があったとしても、建物を見ている余裕もそう無かった。
「凄い……! フィロレッタ家って、最早要塞ですね」
城下町にあった王家の別荘も立派だったが、あれは館。
しかしこれは白い外壁が美しい堅牢な要塞だ。
「マクドールから一番見えるところにあるから、強そうな建物を置いて威嚇しておこうって魂胆なの。ささっあっちの住居スペースにどうぞ。離れのがゆっくり出来るよね?」
「えっあっフィー様!」
竜に乗る前と同じようにグイッと腕を引っ張られ、よろめくように砦内にある館へ連れて行かれる。
「やっぱり人に見付かるのでは……っ!」
いくらフィーが大丈夫だと言っても不安だ。フィロレッタ家には敷地内に出ている人も多いようだし。
思った通り。
ピンク色の花の向こうにいた女中と目が合った。
「っ」
町にはもう自分の似顔絵──それもきっと悪そうに描かれた──が行き渡っている筈。
女性の口からすぐに悲鳴が飛び出す事を覚悟した。
が。
「……」
女性は、自分達を一目見て興味を無くしたらしい。
すぐにぷいっと上を向いてしまったのだ。
「えっ」
スルーされた事に驚きを隠せなかった。
光石や燭台のおかげで夜とは言え明るいし、竜騎士団副団長に連行されているようにも見える状況だ。自分の顔が分からなかったわけでもないだろうに。
「だから大丈夫だって言ったでしょ? ほら、こっちこっち」
呆然としている自分に何て事なさそうにフィーは言い、グイッと離れがある方に腕を引っ張られる。
「は……はい……っ」
魔法使いに幻を見せられたかのような気分だ。
しかし次第に風の冷たさで頭が冷え、フィロレッタ家の異常な光景を目の当たりにした。
(ここの人……みんな空を見てる……!?)
大砲の準備をしている私兵も、執事も、メイドも。
みんな空を見上げていたのだ。
「なに、これ」
まるでグロシアーナに祈りを捧げる集団。それにしては集まっていないので、ただただ変な光景にしか見えなかった。
「領空の番犬フィロレッタは飛空制限を守る為、お空にしか興味が無いの。飛空制限を邪魔するような不審者じゃないって判断したなら、すぐ興味を無くす……だからうち、結構使用人による盗みが多くてさ」
はあああ、と深い溜め息を吐き独りごちたフィーは、そのまま別館へと入っていく。
「盗っ人を見付けるより、違反者を見付けた方が報奨金出るしぃ」
別館は人が少なく、そこまで明るくもない。
(この家は本当……領空の番犬を徹底してる感じがある)
暗いのだって、夜目の為とか出火の心配を減らす為なのだろう。
「じゃ、フィーはカイちゃん迎えに行って来るよ。その後竜騎士団本部に寄ってー……朝には帰って来るかな? だからちょっと待っててね。寝てて良いし、何かあったらどっかに執事が居るから声かけてね」
はい、と頷いて赤い髪を颯爽と靡かせて引き返していく背を見送る。
通された客室は二間続きで広いものの、革張りのソファーやグロシアーナの絵──罪人に雨を降らしている──が描かれた家具ぐらいしか無い。
「はあ……疲れた……」
1人になると自然と溜め息が零れ椅子に腰を下ろす。休憩すると体の痛みを思い出すから不思議だ。
でも。
フィーやフィロレッタ家は確かに変わっているが、自分達が休憩するには良い場所だと思う。
(喉も渇いたしお腹空いた……カイ様の分もご飯貰えないか聞いて来よう)
10分程体を休めた後、梨しか胃に入れていない事を思い出し立ち上がって廊下に出る。
暗い廊下に居た執事──やっぱり彼も空ばかり見ていて、こちらを見ても何も言わなかった──に食事について尋ねたところ「厨房で2人分勝手に用意してくれ」と返された。
「盗みが多いのも納得……あ、少し厨房お借りします」
ブツブツ言いながら、やっぱり空を見ているメイドに断りを入れ簡単に作れそうなレタスと鶏肉のサンドイッチ、とき卵とキノコのスープを作った。
この野菜を使っても良いか、とメイドに確認しても返事がすぐに返って来ないので、簡単に作ったつもりでも時間が掛かった。量も多くなってしまった。
「ここの人達、本当私に興味が無いようで……もうカイ様到着しているだろうな……帰ろう」
銀色のトレイの上に料理とコップに水差しを乗せ客室の扉を開け──固まった。
「え」
思った通りカイが居たのだ。
それはいい。
ただ。
着替え中だったらしく、上半身裸で。




