26 「サテラ! 別に他意は無いからな!」
そう思ったら、つい手が出ていた。
「うっさいっ!!」
「へっ――」
パチン! と。
森の中に大きくて不釣り合いな音が響く。カイの頬を張ったのだ。
「落ち着いて下さい。大丈夫、アンドなら何処かに保護されて殺される事はありません。貴方の臭いだって覚えてるのでしょう? なら匿香薬が切れた頃にすぐ合流出来ます。ですから逃げますよ!」
まさか叩かれるなんて、思ってもいなかったのだろう。
状況が呑み込めず呆然と瞬きを繰り返しているカイは、まるで父が乱入した時のよう。
その手を取り、アンドが飛んで行った逆方向に足を踏み出し駆け出す。
「サテ――ったく!!」
何か言いたげだったカイの声は、しかし途中で終わる。
次第に手の重みが軽くなって逆にカイに手を引っ張られた。
バサバサ! と頭上を慌ただしく鳥達が飛ぶ音がする。すぐ近くを竜が飛んだのだ。
「何処に逃げるっ?」
「滝に戻りましょうっまさか逃げ帰ってるとは思わないでしょうから」
「了解!」
気が付けばカイが先を走っていた。自分を引っ張ってくれているので森の中でも走りやすい。
「はあ……っ」
遠くに鹿が――動物が見え竜が至近距離に居ない事を察し、心底ホッとした。初夏の森を全力疾走すると、それだけで汗が垂れる。
「……もう大丈夫か?」
「かと思います。もう歩きましょうか」
ああ、とカイが頷き、ずっと繋がっていた手がそっと離れる。
カイの血が自分の手に付着していてハッとする。
「申し訳ありません、指は大丈夫でしたか?」
「あんなの掠り傷だ、気にするな。そっちは? もう大分問題無さそうだが」
「はい、お陰様で。有り難う御座います」
会話している間も、カイは空を見ていた。アンドの事が気になるのだろう。
ロンガで騎手の居ない竜は見付かったらすぐに保護され、騎手の安否確認が行われる。アンドも今頃何処かで保護されているだろう。
ただ。
そうなったら、雲海の隠者たるパドラックに会うのは困難を極めるのも確か。
「大丈夫、大丈夫……」
乱れた髪を直すついでに頭を振って余計な考えを振り払い、近くを流れていた川に近付いて手を洗い喉を潤す。
もう空は日の入り後の紫紺色。
竜が自分達を見付けるのは困難だ。
――だからなのだろう。
「カイちゃん、サテラちゃん」
すぐ近くまで竜騎士の接近を許してしまったのは。
「!?」
突然舌足らずな女性の声が耳元でし、飛び上がる程驚いた。カイに至っては剣を構えてる。
「ちょっと止めてよカイちゃん~。フィーだよ? 敵じゃないよ。良かったぁ、2人に会えて。もー心配したんだから」
振り返るとそこには、自分よりも背の高い女性が立っていた。
完全に暗くなっていないし、森の中には光石もぽつぽつ落ちているので、赤い長髪も、白地に赤い縁取りが施されているミニスカートタイプの竜騎士団制服も薄っすらと見える。
味方である事を証明するかのように、フィーは手ぶらである事をアピールしている。
「フィー!? どうして」
「え、フィー?」
面食らったようなカイの声を耳にし立ち止まる。
まさか、会いに行こうと思っていた人物の方からやって来るなんて。
(突然現れた? まるで居場所を知ってるかのようだったけど……ニつ名を持つ程の腕利きだからそう思っただけ?)
赤い長髪を靡かせながらカイにニコニコと近付くフィーを見る目が、得体の知れない物を見るような穿った物になってしまった。
「フィーも竜騎士団員だもん、カイちゃん達の捜索には当然参加してるよ? さっきまで洞窟に居たって報告も受けてる。フィー、もしかしてカイちゃん達戻って来るんじゃないかって1人残って張ってたの。そしたらほらっ正解だったね!」
にっと白い歯を見せて笑うフィーに、内心驚いている自分が居た。
(あの時は特に何とも思わなかったけど……)
外見は成熟した女性なのに、フィー・フィロレッタと言う人の内面はとても幼いようだ。
まるで子供のまま大人になったような──。
「フィー、サテラは冤罪なんだ。幾らサテラが兄上の部屋に出入り出来たとしても、そう簡単に兄上を暗殺出来るわけ無い。それは兄上の許婚だったフィーが一番分かるだろ?」
「うん。私が1勝も出来なかったディアスちゃんが、サテラちゃんなんかにあっさり殺されるわけ無いもん、フィーもディアスちゃんの死は変だと思ってた。逃げる前にカイちゃんが主張してた魔法使い……ミックちゃん……そいつらが本当に絡んでるんでしょ?」
「そう、そうなんだよ! ミック兄上の事も知っているなら話が早い。そのパドラックって魔法使い、マクドールの空に居るらしいんだ。マクドールの事だから、俺等もフィーに相談したかったんだ。な?」
やっと話の通じる人に会えた――胸を撫で下ろして安堵するカイは、そう言わんばかりに笑っている。
その表情を見るに、カイは義姉になる筈だった女性に全幅の信頼を寄せているのだと分かった。
(……私もこの人には助けられてるしな)
隣でこうも笑う人が居るのに、一瞬でもフィーを怪しく思ってしまった自分が恥ずかしい。
カイに同意を求められ、自分も首を縦に振る。
「はい、どうかミックを追い詰めるご協力をお願い出来ないでしょうか。魔法使いに会える事が出来れば、私達の状況は好転しディアス様に報えるのではと考えています」
「ミック、かぁ……ふふっ、この前の喧嘩でも引いてなかったし、サテラちゃんって結構言うのね?」
自分が第2王子を呼び捨てにしたからか、くすくすっと可笑しそうにフィーが肩を揺らして笑う。
「サテラは大分言うぞ。俺なんてさっき殴られた」
「え~? それはカイちゃんがやらかしただけでしょ? 弱腰になったとか、手でも出そうとしたんでしょ?」
同情でもして欲しかったのかボソッと呟くカイに、フィーはこれっぽちも同情を示さず逆に責めるような視線を向ける。
「フィー様の仰る通りです。情けないくらい取り乱しておりました」
「やっぱり? ふふっカイちゃんは仕方ないねぇ?」
「全くです。冗談は面白くありませんし」
「あははっ、サテラちゃんは面白いねっ!」
居心地悪そうな表情のカイがすっかり黙りこくってしまった中、ニコニコ笑うフィーにすっかり絆されていた。
思ったよりずっと話が合う、と。
「で、うん、そうだね。フィーもディアスちゃんに良い報告がしたいな。政略結婚だったけど、さ……じゃあ2人とも、うちにおいで? 匿ってあげる」
「はい、是非お願い致します」
「もう暗いから見付からないと思うし、ってあれ……そう言えばアンドちゃんは? 一緒に逃げてたんじゃないの?」
「アンドは今別行動中だ。陽動と言うか囮と言うか……」
「じゃあ何処かに保護されてるのかな」
まだ若干居心地が悪そうなカイに、ふーん? と首を傾げたフィーは一拍後、こちらを向いた。
「じゃあまずはサテラちゃんからフィーの竜に乗って家においで! もう夜になるし、フィーの後ろに乗ってたら誰も気にしないよ!」
どんな大柄な竜でも、騎手の集中力の観点から2人乗りまでしか推奨されていない。だからアンドが居ないのなら、フィーの竜で1人ずつフィロレッタに行くしか無いのだ。
「20分後くらいに迎えに来るから、カイちゃんはここで待っててね! 絶対だよ? ぜーったい」
「えっ」
待つよう言い付けられたカイが少しの動揺を見せる。
「どうかされました?」
もしもの時自分の身を守れるカイより、自分が先にフィロレッタに身を隠す物だと思っていた。だから、カイが少々反応を見せた事に驚く。
(まさか先に行きたいとか言う気じゃ……)
もうこの人の口からどんな言葉が飛び出しても驚くまい。
──そう思っていたのに。
「あ、いや…………ここ最近ずっとサテラを守っていたから離れるの寂しいな、って思っただけだ」
「はぁっ?」
斜め上を行く言葉に、物の見事に驚いてしまった自分が居た。
「…………」
半開きの口が塞がらない。
少しして、こんなに驚いてしまった事に恥ずかしさを覚えた。一度深呼吸をした後何時もの調子で返す。
「なに馬鹿な事を言っているんですか? 貴方は本当にディアス様の弟ですね」
「そんな馬鹿な事でもないだろ。側に居ないと守れる物も守れないんだから」
と言うかそこで何で兄上? と首を捻るカイは、きっと少しも自分と同じ事を思っていない。
その事実に顔が赤くなる。今が暗くて良かった。
「もーカイちゃん、そう言う事は女の子にホイホイ言っちゃ駄目でしょ!」
「へっ? あ、いや──」
「サテラちゃん行こっ!」
「わっ!」
カイに釘を刺すフィーに手を引っ張られ、数歩よろめく。
その際小枝を踏んだらしい。ポキッと小気味良い音が周囲に響いた。
「サテラ! 別に他意は無いからな!」
気が付けばカイの声が随分遠い。
「男って本当しょーもないよね〜。仲良かっただけあって、カイちゃんってディアスちゃんの影響結構受けてるよね。ディアスちゃんもああ言う所あってさー、フィーあれ嫌いだったなぁ」
そう笑うフィーの手は、湖に突っ込んだかのように冷えていて。どこか歪な物を感じてしまう。
第3章終わりです。読んで頂いて有り難う御座います!
面白かったら評価して頂けますとモチベになります。




