24 「まあ許すさ。兄上と似ている自覚はある、どっちも顔良いだろ?」
──どうしてこんな事も出来ないのっ!
目を瞑ると思い出すのは、良く母に言われた言葉。
この言葉を思い出すと、ちゃんとやれと母に叱られている気になる。
「大丈夫です、母上……。貴方の息子はちゃんとやります。そしてまたとない偉業を達成してみせます……」
祈るように呟くと、母の顔を思い出して力が湧いてきた。
「その為にもカイとドブネズミをどうにかしないとな」
やるべき事を見付けミックは立ち上がる。
グロシアーナ神の石像に一礼した後、優美であらん事を意識して礼拝堂を後にする。
廊下の窓の外には、母が生きていた頃と何1つ変わらないトゥルバ山の樹海が広がっていた。
***
『飛行制限は確かにロンガに不利な条約だ。しかし竜からしてみれば、母たるトゥルバ山の近くを飛べて却って嬉しいだろうな』
『ディアス様の意見に同意します。海を越えるくらいトゥルバ山から離れると、竜は飛べなくらしいですものね』
『良く知っているな。だから竜はこの大陸にしか居ないんだ。養父から聞いたのか?』
『はい。何で平民の父がこんな事知っているか、までは分からないのですが……あの人実は貴族なのかな』
『ふっ、きっと養父殿は昔仕事で竜に乗っていたんだろう。気にする程の事ではない』
『はあ、父もそんな事を言っていましたが、竜ってそういうものなんですか』
『そういうものだ。竜に乗る仕事は案外多いからな』
サテラ・クェンビーは、ディアスとの会話を夢に見ていた。
自分がギルベルトの養女だと知っていたのなら、言ってくれれば良かったのに。
黙っていたなんて、傲岸王子は意地悪だ。
「あ、起きたか?」
つらつらとディアスの事を考えていたからか。
「ディアス様……?」
こちらを見て笑う青髪の青年を見間違えてしまった。
「また兄上と間違えたな? だから違うっての」
少しして目の焦点が合い、それがディアスではなくカイである事に気が付く。
カイはディアスよりも髪が短いし、人懐っこく笑うのに。
頭から樽一杯の冷水をぶっ掛けられたかのような心地に、一気に目が覚め飛び起きる。体の痛みは随分楽になった。
「あっ、申し訳ありません!」
「まあ許すさ。兄上と似ている自覚はある、どっちも顔良いだろ?」
それはスルーをし、申し訳ありません、ともう一度謝り、改めて3段目に座っているカイに視線を向ける。
スルーされた事に若干不満気だったし思った通り目が腫れていたが、それらは見ないふりを決め込んだ。
「私、どれくらい寝てました?」
「もうすぐ太陽が沈む。そしたら丸2日だ」
「そうですか、お待たせ致しました。お陰様で大分体が楽になりましたので、もうミックを追い詰めるべく動く事は可能だと思います。ところで、カイ様ってこういう生活慣れているのですか……? 流石放蕩王子、と言った所でしょうか」
寝る前よりずっと洞窟内に生活感が出て来た事が気になり尋ねる。
2段目、アンドの足の近くには梨が3個積まれているし、木の板を嵌め合わせて作ったと思われる器まであった。
「いや、放蕩してた時は殆どベッドの上で寝てたよ。っても、野宿する事も少しはあったし、戦時中は亡命先でも物資に乏しかったし、それかな。本音を言えばこんな生活慣れたくないな」
言いながらカイは器に滝の水を注ぎ渡してくる。
竜すら生む霊峰トゥルバの天然水は、濾過や気化をしなくとも飲めるのだ。
「有り難う御座います」
梨に至っては己の剣で皮まで剥いてくれて――正直驚いた。
(放蕩王子……話を聞く限りもっと未熟で適当な人だと思ってたんだけど、結構……いや、大分器用だな。脱獄を手伝う度胸もあるし、馬車の中では機転も利かせてた。父さんやディアス様が評価してただけはある、って所か。私の話はずっと聞かなかったけど)
匿香薬と一緒に冷たい水を飲みながら、一緒に逃亡する相手に多くの長所を見出せた事に少しホッとした。
「やるよ」
第一印象を改めていた所、6等分された梨を渡される。
鼻腔を掠める甘い匂いに思わず笑顔になりながら、そちらも受け取る。
「何から何まで有り難う御座います、頂きます」
「じゃあ食べながら聞いてくれ」
何を、と思ったがすぐにピンときた。
ミックをどう追い詰めていくかのカイの見解。自然と背筋が伸びた。
そんな自分を見てクスリと笑った後、カイはふと視線を外した。
「亡命ってのは無し?」
「無しです。ミックを玉座に座らせるおつもりですか? 私は嫌ですよ。父にもディアス様にも顔向け出来ませんし、ロンガの未来が不安ですからね。どうしても逃げたいと言うのならカイ様お1人でどうぞ」
やっぱりこの人は放蕩王子だ。
そう思ったら返す声がキツくなった。
「…………そんなに怒るな。ちょっとした冗談、だって」
「とてもつまらない冗談ですね。もう口にしない事をおすすめ致します」
「お前随分言うようになったな? メイドにここまで言われるの、俺初めてだ……」
「ここまで来たらメイドも王子もありません」
「ははっ、それもそうか」
カイの表情は良く変わる。
罰が悪そうにしていたと思えば、叱られた子犬のように項垂れ、かと思えば破顔する。
目を細めて笑う姿を見ている内に、怒っていた気持ちも絆された。
「では、本気の案をお聞かせ願えますか?」
梨のシャキシャキとした食感を味わいながら、1段下に居るカイの黒い服を視界に映す。
「王城は言わずもがな。竜騎士団は腐ってるし、別荘の奴等に裏切られて、俺等にはもう味方が居ないかと思っていたんだが……1人居たよ。まぁそいつも竜騎士団だけど、信じて良い」
「どなたですか?」
心当たりが無くて首を傾げる。
竜騎士団に味方──自分が思い付くのはせいぜい、馬車で見逃してくれた男性くらいだ。
「フィー・フィロレッタって分かるか? クワバ村からまあ近くの、マクドールとの国境にある侯爵家の令嬢。25歳でストレートの赤い長髪が印象的な、赤き舞姫ってニつ名がある見た目は凛とした人」
説明を聞いていく内にピンときた。
「あっはい、知っています! 以前助けて頂きました!」
あれは冤罪を掛けられ、ディアスが死んでしまった日。
竜の世話をしていた時、メイド2人と喧嘩になった。
──さっきからうるさいなぁ、何でメイド同士で喧嘩してるの?
あの時の人だ。
「フィーなら俺等に協力してくれると思うんだ。だからあいつに接触するのはどうだ?」
「あの方なら私も異論はありませんが、カイ様はどうしてそこまで言い切れるのですか?」
「変にフィロレッタ家に力が集まらないよう直前まで伏せる予定だったんだが、言っちゃうと」
カイは一度そこで言葉を区切り、少しだけ声を潜めて続けた。




