20 「隣来たら? そこじゃ声が届きにくいだろ」
「……はあ……では2階の談話室を用意して……きます……少々、お待ち下さい」
拷問士が職場と家で見せる顔くらいカイの態度が変わったからか、執事が混乱している事が表情から読み取れた。
赤や黄色の花が区画ごとに咲き乱れている庭内を、小走りで館に向かう背を見送り、自分達もふかふかな芝生を歩く。
と、中庭の端に翼を生やした緑色の生き物が居るのが見えた。
「アンド! 戻ったぞ!」
己の愛竜と目が合い、パッと表情を明るくさせたカイが頰を持ち上げる。
「ぶあ〜!」
それに呼応するようにアンドが翼をはためかせて答える。
飛行制限がある為、放蕩王子の諸国漫遊にこの竜は同行出来なかった筈。
そう思うと。
「仲が良いんですね」
「飛行はしなかったけど、亡命中から一緒だったからな。俺のもう1人の兄上だよ」
「カイ様が竜に乗り出したのは終戦後、父の指導下ででしたっけ?」
「そうそう」
父、と口にしたからか鉛を飲み込んだかのように胸が重苦しくなる。
「……」
その後の会話はなく、すぐに館の中に入った。
壁紙を張り替えたのか、白い館内は火事があったとは思えない程綺麗だった。
「俺が居ない間何か変わりはあったか?」
「もう一度使者が来まして、大罪人が脱獄した事と、ミック様が王位に就くだろう事を伝えに来ました!」
「やっぱりミック兄上か、そうか……」
館の掃除をしているメイドの言葉に、カイが複雑そうに呟いた。
(ミックの思い通りに進んでるのか……あんな性悪が王になったらロンガがどうなっちゃうか……早く冤罪を晴らさないと)
目を伏せてそれを聞く自分の胸中も複雑だ。
「もう少ししたら私達も向かいますので、談話室で少々お待ち下さいませ」
「ああ」
壁に王族の肖像画が並ぶ談話室に入る。
他に人が居ない部屋には、王家の面々の肖像画が並んでいた。
疾風王クレフとその正妃イリアは勿論、故第2王妃ミカエラの肖像画もディアス、ミック、カイの物もある。
こうして見ると、同父とは言え異母なだけある。ディアスとカイら正妃の子と、第2王妃の子であるミックは似ていないのだ。
──天国で母上に会ったら、私が王位を継いだ事を伝えておくれ。
思い出すのは、牢獄で会ったミックの言葉。
きっとミックは母親が生きていた頃から、母子で王位を狙っていたのだ。そうじゃなかったらこんな言葉出ない。
そんな先入観も大いにあるからか、絵の具で描かれたミカエラとミックにも裏を感じてしまう。
「サテラも座れよ」
「あっ、はい。失礼します」
肖像画を眺めていた自分にカイが声を掛けてきた。中庭が一望出来る窓際の席に腰を下ろす。
「隣来たら? そこじゃ声が届きにくいだろ」
「いえ、まだ人が来るのでしょう」
「それもそうか」
自分の言葉に頷いたカイは、何を思ったか今の席から立ち上がり隣の席まで移動してくる。一気に距離が近付いた青い髪にギョッとする。
「なっ何でこっちに来るんですかっ!? 分かって頂けたのでは!?」
「だから詰めろって事だろ?」
「違います貴方は本当にディアス様の弟ですねっ! とにかく、カイ様は王子なんですしもう少し真ん中に座っていた方が意見の取り零しが無いと思いますが?」
「あー。もう遅いな、諦めろ」
カイと言い争っている間に、気が付けば談話室には少しずつ人が集まっていた。
先程のメイドから屈強そうな傭兵まで、10人近く。この館にこれだけ人が居るとは思わなかった。
館を管理している使用人から、放蕩王子の旅に付き合っていた従者まで、と言ったところだろう。
「カイ様、これで全員です」
複雑そうな表情を浮かべていた執事が、長机を囲む全員を見渡した後口を開いた。
「有り難う。えっと、何から話すかな……」
次の言葉にカイが悩んでいる中、出入口の一番近くにいる執事が全員分の紅茶を淹れていた。
「まずは大罪人がどうして王子の隣にいるか、教えて頂きたいのですが」
刺々しい執事の言葉に苦笑いが漏れる。
「実はサテラは先代竜騎士団長ギルベルト・レーベンハイトの養女だったんだ。虐殺が行われていたクワバ村の近くで、俺は先生に会ったんだ」
カイの言葉に「嵐騎士の?」「嵐騎士って3王子の教育係もしていましたよね」「ドブネズミが……?」と談話室が騒がしくなる。
皆驚きつつも何処か信じられない、と言った様子だ。
「先生は俺とサテラを竜騎士団から逃がす為に囮になって……死んだよ。竜騎士団はもっと正しい立場だと思っていたのになあ……」
死んだ、と目を伏せて嘆くカイの言葉に、誰かが息を飲んだのが分かった。
「今の竜騎士団の多くは戦時中子供でした。だから、人を殺してこそ強くなれると思っているのでしょう」
「先程使用人が集まったタイミングで伺ったのですが、サテラは冤罪だったのですよね? ミック様が被せたとか……まさかカイ様は、ミック様の有罪を証明する気なのですか?」
「そのまさかだ。じゃないと兄上が可哀想だ」
ふと。
メイドの言葉に違和感を覚えた。
(ん?)
湯気の立つティーカップが白いテーブルクロスの上に順番に置かれていく中、違和感の正体を考え──鼻孔を擽る紅茶の渋い匂いにハッとした。
(もしかして!)
立ち上がるようにして身を捻り、隣の席でティーカップを口に運ぼうとしているカイに慌てて手を伸ばす。
「駄目っ!!」
「へっ」
パリンッ! と甲高い音を立てて白い陶器が床に落ち、飴色の液体がくすんだ緑色の絨毯に濃い染みを作っていく。
「サテ──っ!」
突然の自分の行動に目を丸くして驚いていたカイだったが、すぐにその顔付きが鋭くなる。
「っきゃ!!」
どんっと自分を押し倒して床に逃げたカイのすぐ上を、風を切る音と共に細長い物が通り過ぎていく。
衝撃にズキリと節々が痛んだ。それが男の槍である事を理解し肩に力が入る。
「何するんだっ!」
再び襲って来た男の槍を、己の剣で受け止めながらカイが叫ぶ。カンッ! と金属音が室内に響いた。




