19 「カイ様! 大丈夫でしたか!?」
と。
突然ふわりと頭に何かをかけられ、赤い布が眼前に垂れて来たのだ。
(ターバン!? カイ様がやったのか!?)
振り返って確かめたくても、音1つ立てるのも怖くて動けない。
「なっ!?」
そんな中、すぐ近くで男の声がして──静寂に包まれた。
見付かった。
もう冤罪を晴らす以前の問題だ。
背筋を冷や汗が伝う中、聞こえて来たのは困惑を隠せぬ男の小声。
「あの……どうして王子がここに居て、女と遊んでいるのかさっぱり分からないのですが……?」
その言葉にハッとした。
この人は自分が大罪人だと気付いていない。
となると、この状況はただの放蕩王子のお戯れだ。
ターバンで頭を隠してくれたのも、それを見越して顔と髪色を隠す為だったのだろう。揺れる荷馬車の中で密会なんて、良くある話だから。
「見逃してよ。続けざまに父上も兄上も亡くして、俺もやっていられないんだ」
ぽつ、とカイの小さな声がした。その声はわざとらしい程弱々しい。
「貴方とディアス様は、本当に仲が良かったですもんね……近い内にまた城にお戻り下さいよ」
カイがこの方向で乗り切る事が分かったので、自分も現場を見られた貴族令嬢を意識し、顔が見えないようますます小さくなった。
ふう、と溜め息が響いた後、かつかつと靴音が遠ざかっていく。
「ここには馬が乗っているだけ! 人間は乗っていなかった! 他を当たるぞ!」
男が他の竜騎士団員にそう声を掛けるのが伝わり、一拍後ピシャリ! と戸口が締められた。
荷台が再び静かになってから数秒後。
「…………はあああ。放蕩王子してて良かった……」
カイが心の底からと言ったような溜息をつき、馬車に再び揺れが戻る。
「心臓が止まるかと思いました……助けて下さって有り難う御座います」
「良いよ。先生にサテラの事を頼まれたんだし、ミック兄上を追い詰める上でサテラは必要不可欠な存在だ」
カイの言葉を聞きながら上着を着ていく。ゆったりしたシャツはすぐに着られた。
「もう振り返っても大丈夫です、お気遣い頂き有り難う御座いました。これで、この馬車は竜騎士団のマークから外れるかと思います。ですので……私は城下町まで一眠りさせて頂きます。お休み、なさい……」
ゆったりした服に着替え、数時間は確実に安全な時間を確保出来たからか。
緊張の糸がぷっつりと切れ、眠気が急に襲って来た。
「ああ、ゆっくり休んでくれ。着いたら起こすよ」
ターバンを枕にして横になって目を瞑ると、立ち上がったらしいカイが戸口まで近付いてマクドールの商人夫婦に礼を言っているのが微かに聞こえてきた。
(竜騎士を止めてくれたり、良い人達だったな……一瞬だけでも疑ってごめん……)
遠くから聞こえる声を耳にしながら呼吸を繰り返していると、すぐに深い眠りにつき何も考えられなくなった。
──そうか、牛は居たのか。ああ、またな。
──失礼致しました。
久しぶりに味わう安全な睡眠。
夢を見ていたかも分からない程の感覚なのに、ディアスと最後に交わした会話をふと思い出したのだから、何だかんだ夢を見ているのだろう。
「サテラ、起きろ! 着いたぞ!」
頭の片隅で取り留めのない事を思っていると、不意にカイの声が暗闇を切り裂いてあっという間に意識が浮上した。
「…………?」
薄っすらと目を開けると、視界に青髪の青年が映り込む。
「ディアス、様……?」
その人物が傲岸王子に見え、唇がその名を紡いだ。
「その弟のカイだっての。ほら、さっさと起きろ」
ディアスだと思ってた人影が違う名を口にする──唐突に頭が覚醒した。
「あっ! 申し訳ありません!」
「あははっ、やっと起きたか。良いからさっさと起きろ」
目を細めて笑うカイ──瞼が少し腫れていた。自分が寝ている間に、こっそり泣いていたのだろう──にもう一度「申し訳ありませんでした」と謝り体を起こす。
ズキッと肩や足首が痛んだが、休む前に比べたら羽が生えたかのように体が軽い。
館の中で話し合う時は座れるだろうし、これならもう杖は要らない。赤いターバンを巻く動作も、痛みに声を上げる事なく出来る。
「っと。……元気でね、幸せにおなり」
木箱を使って立ち上がり、ずっと大人しくしてくれていた茶色い馬の柔らかな背を撫で別れを告げる。
外は明るく、太陽が高い位置にあった。
「いきなりだったのに着替えまで……本当に有り難う御座いました。マクドールまでお気を付けて」
「助かりました。サンドイッチ美味しかったです」
「途中ヒヤヒヤしたが、無事君等を送り届けられて良かったよ」
「ですね、あの時は俺も息が出来ませんでしたよ。居ないフリまでしてくれて……嬉しかったです、有り難うございました!」
「いやいや、あんな良い馬をくれたんだ。なのに君等を売る訳にはいかんだろう」
御者席に座る男性と笑顔で話すカイは、上空を飛ぶ配送竜に途中で気が付いたようだった。
話を終わらせるように最後に一礼したので、自分も一礼する。
「では」
手を振って商人達と別れ、体の向きを変えて3階建ての館へ向き合う。
と。
「カイ様! 大丈夫でしたか!?」
バンッ! と正門を開け慌てた様子の青年執事が飛び出してきたのだ。その黒髪は少々乱れている。
「こいつの後を追う事1日近く、とても心配しておりました。何で大罪人がこんなに自由に立っているのですか?」
「少し事情が変わってな。サテラは冤罪で、真犯人は王位を狙ったミック兄上だったんだ」
「えっ、ミ、ミック様が……? では大罪人が言っていたように本当に魔法使いが……?」
優美王子の名前を聞いた執事がまさか、と狼狽える。
「ですから言ったじゃないですか。魔法使いはマクドールに居て、疾風王も嵐騎士も会った事あるんですって」
この執事は端から自分の言葉を信用していなかったので、返す言葉が少し刺々しくなった。
「ミック様が……?」
「そ。だから俺が本当に恨むべきはミック兄上なんだ。だから何処か焦げていない部屋でみんなと話し合いがしたい、準備してくれ」




