18 「何の騒ぎでしょうか?」
■第3章 敵か味方か
と。
「へっ? サテラ?」
数分後、戸から唖然としたカイの声がしたのだ。
出入口から自分は見えないので、消えたと思ったのだろう。
涙を拭い返事をする。仄かな光の中浮かび上がる、少し跳ねた青い髪が箱越しに見える。
「ここ、です」
「あ、そこに居たのか。おじさん達からサンドイッチと水を頂いたんだけど、食べられるか? 揚げたサバを挟んでるって。マクドールはロンガより海が近いから良いよなあ」
「水だけ、飲みたいです……サンドイッチはカイ様、どうぞ」
食べ物の名前を聞いた途端空腹を意識したが、今揚げ物を食べられる自信がない。
動き出したのか微かに振動が走る中、カイに起こして貰い竹筒に注がれた水を飲み干し「有り難う御座いました」とまた横になった。
「意外と親切な方達だったよ。馬だけ貰って俺等を売る気じゃないか心配だったんだが、それは無さそうだ」
「こんなボロボロの女売っても……暴れられたら厄介そうな剣士も居ますし……下手したら赤字になりますからね。確実に馬を手に入れた方が、得と考えたのでしょう」
「なるほど、何処の国の商人もそう言う頭は良く回るな。あ、サテラにあげるって着替えも貰ったんだ。着替えるか?」
「はい。ですがその前に……カイ様、父から何か貰っていましたよね? あれは何だったのですか?」
白地に緑色の刺繡が施されたシャツに下着、紺色のズボン、それと赤いターバンを床板に置いているカイに問う。
「ああ、これはガーデニング袋……かな? ここまで必死だったし、俺も初めて中を見る」
壁際で膝立ちになったカイは泥が付着した腰袋を外し、中身をそっと床上に出していく。
ゴト、と重量ある音と一緒に落っこちて来たのは、すっぽりと掌に収まりそうな大きさの火打ち石。
「火打ち石? それに……」
元々ガーデニング用腰袋に入っていただろうハサミと小振りのシャベル
それと匿香薬――竜餌を煎じたこの薬を1日1包飲めば鼻の利く竜の追跡を逃れられる物で、ギルベルトはもしもの時の為にこの薬を常に備えていた――が10包、5枚のペリンがパラパラと落ちて来たのだ。
「ハサミとシャベルはともかく、ガーデニング袋に……普通火打ち石や匿香薬なんか入れませんから、これは父さんが逃亡に必要だと判断して持ってきたのだと思われます。お金までなんて、父さんは竜が気軽に飛べないマクドールまで……逃げるつもりだったのでしょうか。火と先立つ物があれば逃げられる可能性はある、と……先を読んで動く父さんらしい……」
「ははっ、本当にな……流石嵐騎士。先生、家でもそう言う合理的な人だったのか?」
「はい。家の暖房効率を上げる為、壁際に本を詰んで隙間風対策する人でした……本棚あるのに」
「俺も偶に剣の訓練で、ぶら下がったのとか投げられた野菜切らされたよ。使用人の夕食で使うんだと」
「父さんならやりそうですね」
悲しくはあったが、全てが終わるまで泣くまいと決めた。
久し振りにクスッと笑いを漏らす。
「では少し……着替えさせて頂きます。後ろ、向いててくれませんか?」
「あっ、ああ。1人で、大丈夫なのか?」
「ゆったりした服ですし、10分程かければ大丈夫かと。カイ様はサンドイッチを食べていて下さい。着替えが終わったら声をかけます」
「……じゃあ」
カイが後ろを向いた音を確認し、自分も泥まみれのスカートを脱いでいく。足首が窄まった紺色のズボンを着ると、不思議と気持ちが落ち着いた。
次の動作に移る前に目を瞑って少し休む。後ろから聞こえていた咀嚼音は、気付けばしなくなっていた。
次に上着を脱いでいく。
と。
「──!」
「っ──」
壁の向こうから言い争う声が微かに聞こえて来たのは、ブラウスを脱ぎ終え上半身裸になった時。
「何の騒ぎでしょうか?」
「……もしかして竜騎士団に気付かれたか」
「えっ」
僅かに声を強張らせるカイの緊張が自分にも伝わってきた。
気付けば馬車の揺れも止まっている。この馬車に何かあったのは間違いない。
直後。
ガラガラっ! と乱暴な音を立てて、扉が開いたのだ。
薄暗かった荷台が、朝日で一気に明るくなる。
「っ!」
こんな時に何て運が悪いんだろう。
今着替えたら音と木箱からはみ出した動きで絶対に見付かる。
身分がバレそうなメイド服とスカート。それらと膝を抱え小さくなりながら頭が真っ白になった。
「ですから城下町の友人の顔をやっぱり見ておこうと思い直して、引き返しただけなんですってば! 竜騎士団がわざわざ調べる必要ありませんっ!」
「そうですともっ! もう荷台は空で、マクドールに連れ帰るこの馬が乗ってるだけですっ!」
「お前達の言い分は分かった! だからやましい事が無いのなら荷台を検分させろっ! 犯罪者を追っているんだ!」
「っ!」
真面目そうな男の声が、剥き出しの肌をぞわつかせる。
どうやら、竜騎士団がこの馬車を不審に思ったらしい。
下っていた筈の馬車が、森で見えなくなっている間に上り直した。
上空から見ていた者なら、それは確かに気になっても不思議ではない。失念していた。
「あっ……!」
荷台の入り口からマクドール人女性の声が聞こえて来る。きっと振り切られたのだ。
がつ、と男が荷台に上がり床が軋んだ。
不味い。
いざとなったら裸で逃げるしかないのか。
そんな体力ももう無いし、これ以上何処に逃げたら良いのだろう。
今が初夏で良かった、と場違いの事を思いながらただただ息を殺す。
ギシリ、と荷台が軋む度、心臓が口から飛び出しそうになる。




