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冤罪メイド、味方は放蕩王子だけ  作者: 上津英
第2章 逃亡生活の始まり

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17 『風断ちの光石を粉状にしてばら撒けば――』

――娘になってくれて有り難う。


 注意を自分に集める為かそう声を張ったかのような唇の動きに、堰を切ったかのように涙が溢れる。


「とうさ……っ!」


 自分もだ、と口を動かそうとした直後。

 一瞬の隙を狙ったかのように、騎士が父を強く蹴り飛ばしたのだ。

 形勢逆転だ。

 ギルベルトは元々怪我人で初老。こんな事をされたら。

 遠くに投げられた槍を拾った騎士は、どこか歪んだ笑みを浮かべながら這いつくばる父の胸部に槍を突き刺した。


「と……!」


 ブシュッと噴水のように血が噴き出し父の全身から力が抜け──木が視界を邪魔し、動かなくなった父は見えなくなった。


「…………っ!」


 言葉にならなかった。

 声を上げてはいけない、と言う思いから詰まった胸を解放する事も出来ない。


「とう……っ」


 涙を我慢するようにカイの背に顔を押し付ける。

 視界を遮断する直前、上流に到着したのか茶色い毛並の馬が見えた。


「……ほら、乗れっ!」


 父との思い出を振り返る時間もなく、カイによって馬に乗せられる。

 その時僅かに見えたカイの表情も、暗く切羽詰まった物を感じた。


「カイ様、父さんがぁ……っ」

「ああ、分かってる。だからこそ、俺達は逃げ切るんだ。……馬じゃ竜から逃げ切れない、頃合いを見て乗り捨てて狭い山中を歩くぞ」


 もう少し頑張ってくれ、と声がし自分の後ろにカイが乗り馬を走らせる。

 コク、と頷く。

 馬の振動は何時もと何も変わらない。

 両腕に当たるカイの腕の温もりが、今はこんなにも心を落ち着かせてくれる。


「っ……」


 それでも。

 動かなくなった父の事を思い出すと、どうしても涙が頰を伝ってしまった。




──父さんは何で牧場を経営しているの? 交渉下手なのに。

──こいつらは空を飛べないからかな。


 思い出すのは、自分の減らず口を無視して答える父との何時かの会話。

 あれはきっと、もう竜に乗って争う事にうんざりしたギルベルトの本心だったのだろう。自分を拾ってくれたのだって、きっと贖罪の念があったからで。

 山中を駆ける揺れを感じながら、ずっと父の事を思い出していた。

 父はいつだって生意気な自分に付き合ってくれたし、自分も父に報いるように仕事に精を出した。

 だからあんな行為に出た父の為にも、自分は生きて冤罪を晴らすべきなのだろう。

 今は泣くべき時では無いのだ。


「っ」

「あの騎士もここまで来れば流石に追い掛けてこないか。よし、ここら辺で下りるぞ」


 そう思い大きく鼻を啜ったのと、馬を止めたカイが息を吐いたのは同時だった。


「……カイ様、私は杖になりそうな物があれば1人でも歩けます。ですので貴方は何時でも剣を抜けるようにしてくれませんか?」


 馬から降りた第3王子に、涙を堪えて毅然と話しかける。


「へ?」


 青い目を向けられたカイは最初、自分の雰囲気が変わった事に戸惑いを見せていた。が、数秒視線を交えている内に自分の意思を汲んだらしい。


「分かった」


 カイは地面から手頃な枝を見付け、自分が馬から下りるのを手伝ってくれた。

 地面に足を着けた際ズキッと足首が痛んだが、この程度なら我慢出来る痛さ。

 一度眉を寄せたものの顔を上げ周囲を見渡し──気が付いた。


「あれは……」


 傾斜を下りた所にある林道に、2人の男女が屋根付きタイプの荷馬車の横で朝食を食べていたのだ。


「頭にターバン……あの着こなし、あの方達はマクドールの商人って所か。嫌な所に居るな」


 声を潜めて話し掛けてくるカイに頷き返す。

 この傾斜を下りた方が、空から見付かりにくいのは確実だと言うのに。


「見付かって面倒になるのも避けたい。仕方無い、迂回するか」

「いえ。私に考えがあります、ここはお任せください。カイ様は馬を連れてゆっくり斜面を下りてきてくださいね、言いたい事が出て来るでしょうが口を挟まないで下さい」

「え? って、おい!」


 言うなり枝を使い慎重に傾斜を下り始めた自分に、慌てふためくカイの声が届く。

 傾斜の上に居るカイの困り顔が返ってきたので「大丈夫です」と返し下りていく。

 初夏の濃厚な山の匂いを感じながら、浮浪児時代に良くマクドールの商人から物乞いしてた事を思い出していた。

 トゥルバ山を囲むトゥルバ湖を更に囲んだマクドールは、元々ロンガの属国だった。

 属国など屈辱でしかない──そう不満に思っていたものの、竜を産む霊峰を擁するロンガは小国なれど鉄壁の防衛力を誇る。

 有史以来どんな大国だろうとロンガは落とせず、マクドールは長年耐え、他国すらいつロンガが敵に回るか怯えてきた。


 しかし。

 竜を封じる光石――風断(かぜた)ちの光石――を発見したマクドールは、万全を期してロンガにマクドール独立戦争を仕掛けてきたのだ。


『風断ちの光石を粉状にしてばら撒けば――』


 勝機のある戦争に、各国はここぞとばかりにマクドールを支援した。大陸が一丸となりロンガの弱体化を図ったのだ。

 なまじロンガの防衛力は高いだけに、マクドール独立戦争は12年にも及んだ。

 正妃イリアが戦禍に巻き込まれ死んだ。

 それを機にロンガは遂に初めての敗北を味わい、あれよあれよと他国への竜の飛行制限を強いられたのだ。


(そんな経緯があるからか、マクドール人はロンガ人を見下している節がある。敗戦国の癖に、って優越感に浸る為ロンガ人を憐れむのがマクドール人……)


 麓の村で売れ残りを浮浪児に配っていたのも良い例だ。


「わっ!」


 傾斜を降りきったボロボロのサテラに、サンドイッチを食べていた商人達が気付いた。少し遅れてそろそろとカイも斜面を下りてくる。


「貴方達どうしたの? お嬢ちゃん大丈夫?」


 思った通り商人達は心配そうにサテラを憐れんできたので、必要以上に弱々しく続ける。


「追われて、いるんです……荷台に匿って、城下町に連れてってくれませんか? 勿論、お礼は支払いますから……」

「いきなりそんな事言われても困るわ。私達、昨夜城下町で品物を売り切ったからこれからマクドールに帰る予定なのよ。ねえ貴方?」


 どうやらこの2人は夫婦らしい。

 女性は困ったようにでっぷり太った夫の意見を聞く。


「まあまあ、それくらい優しくしてあげようじゃないか。お礼までくれる程切迫しているようだし」


 ちらちら、と自分を見る細い目は、礼が何かにしか興味がないようだ。

 だがそれでいい。

 ニヤリと笑みを深め、カイが連れて来た茶色い馬を指差す。


「あの馬を差し上げます。……お願い、出来ないでしょうか?」

「ほう!」

「は!?」


 思った通り。

 男性は喜色満面の笑みを浮かべて喜び、カイからは面食らったような驚きの声が聞こえてきた。


「捨てるつもりだったのでしょう? でしたらどなたかに貰って頂けた方が、この子だってホッとすると思いますよ。……流石にこの人達も馬刺しにはしないだろうし」


 何か言いたげなカイを説き伏せ、最後はカイにしか聞こえない程声を潜めた。


「そうだぞ君、こんな美しい馬を捨てるなど勿体無い! 私達が乗らせて貰おうとも!」

「いや、まあ、そうだけど、そうなんだけど……あーもう! じゃあ宜しくお願い致します!」

「はっはっは、任せなさい」


 思わぬ拾い物に男性の声が、裏路地に大量のペリン──大陸内で流通している硬貨──が落ちていたかのように嬉しそうに弾んだ。

 その横顔からはロンガだマクドールだと言う考えは消えている。


「え、ええ、よっぽどの事情がお有りなのでしょう。どうぞ荷台にその馬と一緒に乗ると良いわ、助けてあげる」


 馬を見た途端女性も顔色を変え荷台の戸を開ける。

 拳大の光石2個と積み重なった空の木箱が6個ポツポツ点在しているだけの空間。

 カイと自分、それに馬1頭余裕で乗れそうだった。


「サテラは先に乗ってろ。俺はこの方達に位置を伝えて来るから」


 馬を荷台に乗り入れたカイの言葉に頷き、手を借りて自分も荷台に乗り込む。


「疲れた……」


 屋根のおかげで竜に怯えなくて済む──そう思ったら自然と溜め息を吐いていた。

 戸から差し込む朝日から逃げるように木箱の裏に隠れ、倒れるように床板の冷たさに頬を預ける。

 メイドキャップはとうに外れてしまっているので、ぱさりとボサボサの青髪が床板に舞った。

 桃を運んでいたのだろう。ふわっと甘い残り香が鼻を掠める。

 このまま意識を手放したかったが、色々な事があったからか却って目が覚めて眠れない。


「父さん……冤罪を晴らしたら、絶対にちゃんと弔うから……」


 目を瞑ると溢れた涙が頬を流れた。そのまま一番の心残りに謝罪する。

第2章終わりです、お読み頂き有り難う御座います!

面白かったら評価して頂けますとモチベになります。

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