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冤罪メイド、味方は放蕩王子だけ  作者: 上津英
第2章 逃亡生活の始まり

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16 「いや、軽い、けど……あんまり耳元で喋らないでくれ……」

 ふとギルベルトがカイに鋭い視線を向ける。

 その際水面に上空の竜が横切る影が映り込み、心臓を鷲掴みされたかのように息苦しくなった。


「カイ王子は何時までそこに立ち尽くしておられるつもりで? 王子は今もサテラがディアス様を暗殺したなどとお思いですかな?」


 父に問われ、カイがハッとしたように自分に視線を向ける。


「……いや、すっかりそんな気も無くなったよ」


 それは小さな声だった。

 人の気持ちは些細な事で変わる物。

 カイの気持ちも変わったのだ。


「カイ様……!」


 やっと信じてくれた。

 それが嬉しくてパッと表情を輝かせていた。


「先生にそこまで言われて、お互いを気遣う2人を見て疑えるわけない。兄上はミック兄上に殺されたんだ。こんな所で先生に会ったのだって、きっとグロシアーナの思し召しだ。お前は間違っている、ってさ。……魔法使いなんかまで探してそんなに王位が欲しかったのか、ミック兄上の性根はそこまで腐っていたか。許せない」


 ぽつぽつと思いの丈を吐き出すカイの緑色の目は静かに自分達を見下ろしていて、先程よりもずっと穏やかで確固たる光が浮かんでいた。


「カイ様は王位を継ぐ気はないからミックを追い詰める事を躊躇していたとお見受けしましたが、ミックの企みを白日の元に晒したとしたら、ロンガの次の王はどうなるのでしょうか?」

「まあ……俺が継ぐのが一番なのは確かだけど……放蕩王子には重すぎる荷物だ。流石に民だって嫌がるし、俺には無理だよ。伯父上も従兄弟だって居るんだ、何とかなるだろ」


 自分の問いに苦笑して返す第3王子の目には、諦観の色が浮かんでいるように感じられた。

 柔らかな風を受けながらその表情を見ていると、気を取り直したように王子が笑った。


「先生、サテラ。とりあえず城下の別荘に戻ろう。上流に馬を繋いであるんだ。別荘に俺が居たら、竜騎士団とて早々中に踏み入れられない。そこでどうやって兄上の墓前に良い報告が出来るか会議だ」


 それが良い、と父も自分も頷いた後。

 青色の髪に朝の木漏れ日を煌めかせているカイが、ふと自分に背を向けてしゃがみ込んだのだ。


「へ」

「痛め付けて悪かったよ、それじゃ歩けないだろ。俺の背は汚したって良い、少し我慢しておぶさられててくれ。ご老体じゃ流石に無理だろ」


 と笑ってギルベルトを見る教え子に、当の父は呆れたように笑った。


「変わりましたね……昔の貴方は嫌な事から逃げてばっかりでしたのに」

「変わってないと思うぞ、別に。相変わらずだよ」


 その言葉に今度は「ははっ……」とカイが笑った。


「えっと……では、失礼します、有り難う御座います」


 メイド風情が王子のこの言葉に甘えて良いのか、と一瞬躊躇したが言い返せないくらい正論なので、そろそろとカイの背にしがみついた。

 見た目よりもずっと筋肉に覆われた背から、緊張が伝わってくる。


「お、重く……ないですか?」


 こんな状況だと分かってはいるのに、思えば自分もおんぶなんてずっと昔両親にされた気がするのと、父に何度かおぶられただけだった。

 そう思うと妙に緊張してしまう。

 初夏と言うのもあり、腕からダイレクトに体温が伝わってくるのも落ち着かない。


「いや、軽い、けど……あんまり耳元で喋らないでくれ……」

「あっ申し訳ありません」


 カイの声もどこか強張っていて、そう言えばこの王子が1つ上の18歳だった事を思い出し慌てて俯く。


「もうすっかり明るい……俺も負傷しているのは確か、竜騎士団に見付からないよう森を通って慎重に城下に向かいましょう」


 そんな自分達の気持ちを知ってか知らずか、父が声を潜めて淡々と告げてくる。

 頷き、どうミックに雨を降らせようか考えを巡らせた時。


「──っ走るぞ!」

「え」


 突然カイが走り始めたのだ。

 同じく何かを察したらしい父も足取りが早くなる。ボキッポキッ! と地面の小枝が折れる音が森に響いた。

 直後。


「生き残り発見っ!!」


 川辺から少年の声がしたのだ。

 急降下してきた竜の羽ばたきが自分達にまで届いて、ぶわりと舞ったカイの髪が頰を擽る。


「ふんっ、大罪人も居たか!」

「っ!」


 遠くなった川辺に見える緑色の竜は大きい。

 それだけに森の中を突っ切っては来なかったが、竜から降りた騎士は違う。

 青色の甲冑を返り血で汚した、15歳と言った紫髪の少年騎士。

 これだけ若ければギルベルトは勿論、カイの顔すら忘れている可能性だってある。

 しかし、自分の顔は把握しているようだ。最悪だ。


「不味いな……っ」


 槍を握った騎士が勢い良くこちらへ走って来たのを見て、父が呟いた。

 多勢とは言え、こちらは殆どが怪我人。唯一対応出来そうなカイも、自分をおぶっている為両手は塞がっている。


「これをっ!」

「っと」


 一瞬にして森の空気がピリつく中、上流へ走り出したカイに向かってギルベルトが持っていた腰袋を投げ渡す。

 自分から片手を離したカイがそれを受け止める。


「サテラ逃げろっ!! カイ王子、娘をお願い致します!!」

「っ父さん!?」

「先生!? ……くそっ!」


 一段高い山道に上がり振り返ると、そこには地面の上で揉み合っている騎士とギルベルトが見えた。

 ギルベルトは騎士から奪ったらしい槍を遠くに投げ、少年を押し倒して動きを抑え込んでいる。


「無抵抗の国民を襲うとは騎士の風上にも置けんな?」

「うるさい! 主の命に従ってこそ騎士だっ!」


 返す騎士はギルベルトの顔を見ても、カイが王子と呼ばれようと、やはり何も思い至っていないようだった。

 このままでは父が殺されてしまうのでは。

 その可能性に気が付き顔から血の気が引いた。


「カイ様止まって! 父を、父を助けて! お願いだから止まれぇっ!!」


 父が騎士を押さえつけている間もカイはどんどん2人から離れていく。

 もう父と騎士が何を話しているかも耳に届かぬ程離れてしまった。


「サテラ! 先生は俺等を逃がす為に騎士と揉み合って時間を稼いでくれているんだ! ここで俺等が戻ったら先生の覚悟に意味が無くなるっ!」


 まるで喧嘩のような応酬はそれを最後に終わった。

 自分だってそんなの分かってる。でも、納得したくはなかったのだ。


「っ父さん……ぅ」


 目頭がじわっと熱くなる。

 声を張って父さんと叫び続けたいのに、そんな事して竜騎士に見つかるわけにもいかない自分の状況が恨めしい。

 叫びたいのを堪えるようにカイにしがみつくも、視線はどうしても父の方を見てしまう。その際、揉み合いを続けている父と目が合った。

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