15 「だからディアス様は私に優しかったのか……」
「覚えててくれてましたか……光栄です。貴方は……3王子の中で一番才があるだけありますね、落石なんて物ともしませんか」
「俺に才なんて──」
父から視線を外し俯くカイを見て一層頭がこんがらがった。
「えっえっちょっと待って! カイ様は父と知り合いなのですか? 他人の空似と言う可能性はありませんか? 確かに父は竜の乗り方は知っていましたけど? チェスの好きな父さんが? 寡黙で交渉下手なこの人が? 竜騎士団団長なんて? 務まる訳ないじゃないですか、名前だって違いますし」
「……酷い言いようだな。静かに暮らしたかったんだ、偽名くらい使うさ」
父にボソッと呟かれる。
第3王子の表情は今も混乱の色が浮かんでいる。自分も名乗っていた姓が偽名である可能性に動揺していた。
「……先生は元々白髪だ、少しくらいの加齢で間違えるか。先生は、兄上が7年前に竜騎士団長に就任される前の竜騎士団長で、終戦後隠居してからは俺等3人に暫く稽古を付けてくれていた……亡命から戻って来た俺には竜の乗り方だって教えてくれて……まさか、サテラが先生のご令嬢だったなんて」
小さく頷くグスタフ――ギルベルト――の横、少しずつ事情を飲み込めてきた。
思えば。
初めて会った日、父は戦争の事を嘆いていた。
あれは騎士だったから、と言えるのではないか。
偶に数日居なくなっていたのも、王子達を教えていたと言うなら納得が出来る。
それに。
「ねえ父さん……まさかディアス様は、私が父さんの娘だと知っていたの?」
筆まめな傲岸王子は良く「ギルベルト・レーベンハイト」なる恩師に手紙を送っていた。麓の配送ギルド留めのその手紙を出しに行くのも自分の仕事だった。
自分を一度チラリと見た父は小さく頷く。
「ああ……家畜泥棒に遭った後だ。俺がお前の今後の心配をディアス王子に漏らしたら、国が今こういう政策を考えているからご令嬢をこれでメイドに出すのはどうか、と提案してくれたんだ」
「そう、だったんだ……」
思ってもいなかったところで点と点が繋がっていく。
「だからディアス様は私に優しかったのか……」
呆然としながらも腑に落ちていた。
戦災孤児雇用促進政策で、何故か自分が選ばれた事も。
いきなり掃除係に任命されたのも。
恩師の養女なら、自室を見せても平気だと思ったのだ。
自分を養女に迎えた事も父から聞いていただろうし、ディアスが自分に古い友人のように接してきたのも当然だ。
ディアスからしてみれば、自分は5年間ずっと話に聞いていた人物だったのだから。
「っだったら余計に! 何で兄上を──」
その話にカイが思い出したように口を挟んできた。
「カイ王子……ですから声が大きいです」
「あっすみ……ません……」
父に窘められ、しゅんとカイが項垂れている。
稽古を付けて貰っていた時も、こんな風に怒られていた光景が目に浮かぶ。
「俺が生き延びられたのは……少しの経験のおかげです。血気盛んな若いのに見付かったら、逃げられません……俺の顔は知らないでしょうし、俺はもう老いぼれです」
貴方も竜には勝てますまい、と父はカイに言った後、青く濁った瞳もゆっくりカイに向けた。
「カイ王子……俺の娘を信じてはくれませんか。一緒に居たのは5年だけですが、こいつが少し口が達者なだけの無害な人間である事は俺が保証します。サテラが言ったように、ミック王子がディアス王子を暗殺しても……おかしくはありません。ミック王子は王位に固執してる節も、貴方達ご兄弟を嫌っている節も確かにあったので……っ」
怪我をしているからか、ギルベルトの声が苦しそうに乱れた。
大丈夫? と声を掛けるだけしか出来ず、手も伸ばせぬ自分がもどかしい。
「せ……んせいは、確かに何時も正しかった、けど。俺いっぱい怒られた、けど。でもサテラはミック兄上が魔法使いに協力を依頼したとか、変な事を言うんだ! それでも信じろって、先生は言うのか?」
魔法使いと言うおとぎ話が介在している為か、カイは自分の無実を信じきれないらしい。
「投獄された私にミックが会いに来て、魔法使いに透明化を頼んだ、って言ってた。私がこう言うのも何だけど……魔法使いって居るの?」
父の眉が僅かにピクついた。
こんな質問を父にした所で答えられるわけないか、とギルベルトから視線を外そうとした時。
「──居るぞ。マクドールの空に」
静かに響く低い声が、今夜の料理名を言うようにあっさりと朝日差し込む川辺に響いたのだ。
「へっ」
思ってもいなかった返し。
マクドールととても近い場所に、おとぎ話の存在が居ると言う。
場違いに素っ頓狂な声が、自分とカイの口から零れた。
でも――父はこんな時に冗談を言う人ではない。
それを知っているからこそ、父から目を離せなくなっていた。
それにマクドールは、ロンガと同じくトゥルバ山の噴煙の影響で曇りが多い。
空を飛べるらしい魔法使いが身を隠すには、案外良い場所なのかもしれない。
「一度会った事がある」
「へ」
そんな話初めて聞いた。
目が丸くなる。
「終戦直前だった。疾風王とマクドールから撤退していた時だ。雲海を飛んでいたら、突然魔法使いの空間に迷い込んだんだ。そこには、パドラックと言う青年の姿をした半竜が居た。マクドール出身らしくてな、2000年ずっとマクドールで生きているんだと」
父親が絡んだ具体的な話が出たからか、カイはもう何も言えなくなってしまったようだ
「パドラックは俺達の傷を一瞬で治してくれた。疾風王はパドラックを戦争で使えないか、と思って協力を請うてたが、目立ちたくないとにべもなく断られていたよ」
「でっでも魔法使いが実在している、なんて教えてくれなかったじゃない……っ!」
どこか懐かしそうに語る父に、思わず責めるように言ってしまった。
魔法使いの絵本を使って字を教えてくれたのに、一度もそんな話はしてくれなかった。
「魔法使いなんぞ人間の欲をかきたてる存在、棺まで秘めておこう、と王と誓ったんだが……王は息子には漏らしてしまったか」
ギルベルトは、木に凭れかかって体を休めながら言う。何時になく雄弁だから疲れたのかもしれない。
「王はあいつを、雲海の隠者と恨めしそうに呼んでいたな。パドラックはグロシアーナ様のように、嘘吐きだけに雨を降らせる事が出来る。あいつならこの事件の真実を証明してくれるだろう」
「雲海の隠者……そ、その話もっと詳しく教えて!! あいたっ」
ミックに真実の雨を降らせられれば、自分に着せられた冤罪は晴れる。
パドラック。
その詳細が知りたくて詰め寄ろうとし、ズキッと足首が痛み顔を顰めた。
「それは後にしてまずは安全な場所に身を隠そう、お前は少し休め……して、カイ王子」




