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冤罪メイド、味方は放蕩王子だけ  作者: 上津英
第2章 逃亡生活の始まり

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12 「あの戦争の事、どう思う?」

 クワバ川に行く事を決意したものの、少し休みたかった。

 幹に背凭れ身を小さくし、杖代わりの枝を横向きに持ち替える

 こうすると微睡み始めた頃に力の抜けた掌から枝が落ち、足に衝撃が走る事で短時間の休憩が出来るのだ。


──深呼吸は人間が唯一使える回復魔法だ。


 父にしては珍しく冗談っぽく、深呼吸のリラクゼーション効果についてそう喩えていた事を思い出す。


「すー……はー…………」


 自然と深い呼吸を始めていた自分は、気が付けばとても懐かしい夢を見ていた。


***


 12歳のサテラは浮浪児歴7年目にして、気が付いた事が1つあった。

 それはトゥルバ山の高いところにある城下町よりも、マクドールとの国境に近い麓にいた方が通行人や行商人から恵んで貰いやすい、と言う事。

 特に城下町での行商を終えたマクドール商人が狙い目だ。

 余計な荷物を持って国に帰りたくない彼等は、在庫処分だと大盤振る舞いしてくれるから。


(同じ事考える子も多いからライバルが多いんだよな……誰も教えてくれなかったし)


 現にサテラは、今日何も手に持つ事が出来なかった。


(今日夕飯食べられるか?)


 滅多に膨れる事のない己の腹部を撫でながらトボトボと山中を歩く。もう秋なのでキノコが生えていたら嬉しい。

 浮浪児歴が長いとどうしても口調が荒くなる。

 両親が炎の中に取り残される前の自分は、こんな乱暴な言葉使わなかったのに。


「おかあ――ぐす……っ」


 両親の事を思い出すと自然と涙が込み上げてくる。


──サテラ、貴女は生きるのよっ!!


 自分を炎から守ってくれたのに、そんな自分はもう両親の顔をぼんやりとしか覚えてないし、助けて貰っておいて幸せに生きているとも言い難い。あの後すぐ戦争は終わったので、言いようのない申し訳なさもあった。

 せめて思い出に甘えたいのに、でも自分にはそんな資格が無い気がするのだ。


「みゃー」


 足元から猫の声が聞こえて来たのは、そんな事を考えていた時だった。


「猫?」


 マイペースに生きているこの動物が好きだ。

 あの柔らかい背中を撫でればこんな感傷も吹き飛ぶ──目を輝かせて足元を見ると、焦げ茶色の猫がこちらを見上げていたのだ。


「慰めてくれんの? ありがと、ってちょっと待って!!」


 背中を撫でようと早速手を伸ばすも、猫は直前でスルリと反対側に逃げてしまった。


「待てってば!! まーてーっ!!」


 気が付けば猫を追っていた。

 直前で撫でられなかったとなると絶妙に悔しい。どうしてもその背を撫でなければ、悔しくて今夜は眠れなくなる。


「とっとと……」


 途中根っ子に躓きそうになりながらも何とか踏ん張った。

 そうやって10分程猫と追いかけっ子をし汗を流していると、景色がふと開けた。


「こんな所に村あったんだ……」


 驚いた。

 そこには石造りの家が30棟程、穂を揺らす畑の合間合間にポツポツと建っていたのだ。

 木がまだまだ若々しいのは、戦後に植えたからなのだろう。


「みゃー!」

「……あっ! だから待てーーーー!」


 初めての村の光景に見惚れていると、少し離れた所から猫の鳴き声がしてハッとなる。

 再び猫との追いかけっ子を始めると、1人の中年農夫が嫌そうにこちらを見ていた。作物を盗む浮浪児と思われたようだ。


「ふっふっふ……もう逃げられねーぞ……」

「みゃー……」


 ようやく猫を崖下まで追い詰め、じりじりと手を伸ばし柔らかな背を撫でていく。待望の感覚に「これこれ~っ」と自然と頬が緩んだ。

 と。


「人の家の敷地で何をしている?」

「わっ!?」


 突然背後から声を掛けられたのだ。


(ビックリしたー……)


 気配を少しも感じなかったので、思わず立ち上がってしまう程驚いた。

 心臓が口から出そうな程バクバクしている。


「悪っ、ごめんなさいっ! 私確かに浮浪児をしておりますが盗みに入ったわけでは無く、山中で見かけた猫を追いかけてここに辿り着いただけなんです! ここが人の家の裏庭と言うのも初めて知りました!」


 弁明しながら体の向きを変え男を見上げる。

 50代と言った白髪の男は体格が良く、眼光だけで人を射殺せそうな程目つきが鋭かった。


「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」


 先程まで居た猫は何時の間にかどこかに逃げてしまっていた。

 絶対嘘だと思われて殴られるよな、と覚悟を決めてギュッと固く目を瞑る――が。


「……?」


 一向に痛みが襲って来ないのだ。

 それどころか先程からこの男は、自分を見下ろしたきり少しも動かない。


「あの……生きてます?」


 心配になり「殴られるかも」と言うのも忘れて話しかけていた。


「ああ、いや……終戦から7年、飛空制限に追われ復興もまだまだ途中、お前みたいな子は今も居るんだよな、と……疾風王も意地を張らずさっさと降伏していれば、こんな……イリア様も死なず……」


 サテラの言葉に男はハッとしたように瞬きブツブツと呟くと、ゆっくりとしゃがんで目を合わせてくる。


「あの戦争の事、どう思う?」


 思えばそれは、久しぶりに大人が対等に自分と視線を合わせてくれた時だった。


「嫌い」


 ブツブツ言ってた事は良く分からなかったが、あの戦争についてはこの一言に尽きるので即答する。


「ははっ嫌いかそうか! この状況でなかなか言える事じゃない。ハッキリしていて良い事だ」


 そんな自分を見て男は可笑しそうに笑い目を細める。


「動物は好きか?」

「好き……です、けど。今も猫、追いかけてましたし……」


 何か考え込んでる男が何を言いたいか分からない。鼻の下を伸ばしているわけでもないしこの男はなんだ……そう思った瞬間、男が思ってもいなかった事を言い出した。


「俺は牧場を営んでいるんだが交渉下手だから損も多くてな、お前みたいにハッキリ言う奴が傍に居てくれたら助かる。お前名前は? 俺の娘にならないか?」

「へぁっ!? ぁ……サテラ。姓は覚えてません」


 突然そう言われ変な声を出しながら名乗る。

 こんな目付きをしているのに牧場経営者と言うのも、何かの悪い冗談だと思った。

 何より。

 助かる、と自分なんかを必要としてくれた事に動揺した。


「グスタフ・クェンビー」


 己の自己紹介を簡潔に済ませ、グスタフと名乗った男は改めてこちらを見下ろしてくる。

 まるで答えを促すかのように。

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