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【現代】aesthetic escape

昔、Pixivの二次創作用のアカウントで書いたショートショートです。

何故かそこで一次創作の小説を勢いだけで書いてしまったので、こっちで一緒にしておきます。

「aesthetic escape」を日本語訳するなら「美(芸術)の逃避」。

ヤバホラ小説というホラー系の企画用に書いたものですが、ホラーというよりは幻想文学かもしれません。


音読動画→https://youtu.be/9PvY4NdVZhM?si=GluIqeYG32jolD-H

 亡霊たちのそぞろ歩く音がする。

 周りにいる者たちはみんな亡霊だ、と少女は思った。何故そう思うのかは判らないが確信だけはある。それは夢を見ながら「ああ、これは夢だ」と自覚することに似ていた。その確信がはずれることはまずない。

「さあ宴だ」

 と誰かが言った。声のない声で、木陰からこぼれ落ちる光のように、あるいは夜の隅にたまる闇のように。

 そして静まり返った湖に雨のしずくが一つ飛び込んで波紋が広がるようにざわざわと亡霊たちが騒ぎ始めた。その声は足音と混ざり合って一つのうねりを作り、少女の体を押し流す。

 様々な色と姿をした亡霊たちが少女の視界を埋めつくし、極彩色を描いた。そのまばゆさにくらくらとしながら少女が「何の宴?」と尋ねる。

 すると亡霊たちは口々にしゃべるのをやめてぴたりと立ち止まり、世界はろうそくの火を吹き消したかのように突然の漆黒に沈んだ。

「誰かいるぞ。あれは肉声だ」

「だが体を持ったまま入っては来られないはず」

「意識だけ迷い込んだのか」

 亡霊たちの輪郭のない声がそんなことをささやき合っている。

 そして唐突に少女の方へこんな言葉が投げられた。

「さてはお前が引き込んだな」

 しかし驚いた少女が何か言う前にその背後から「わたしが好んで手を引いてきたわけじゃないんだがね」と別の声がした。

 反射的に振り返った少女の目に映ったのは光だ。あまりにも輝かしく、美しく、そしてそれゆえに恐ろしさを覚えて目を背けたくなるような光を放つ服のすそである。顔を上げてそれを身にまとっている亡霊を直視することなどとてもできなかった。

「責任がないとでも言うつもりか?」

「ないとは言えないな」

「ならさっさと帰してきたまえ。我々はもっと遠くまで行かなけりゃならん」

「宴をしながらね」

 周囲の姿の見えない亡霊たちと、闇の中で一人輝いている亡霊がそんなことを言い合い、笑う。その声はいっそ不気味なほど美しかった。

「おいで、お嬢さん。君はとても見込みがあるが、人間がこっちに来るのは反則だ」

 そう言って亡霊が少女の手を取り、光のすそを引いて歩き出した。それが底なしの穴にも見える地面を擦るたびに小さな星がきらきらと散り、宇宙を描く。

 少女はその星と宇宙にすっかり目を奪われ、温かくも冷たくもない亡霊の手に引かれるままに歩いていると、やがて不意に一枚の絵の前に飛び出した。

 いや、初めから絵の前に立っていたのだ。

 ありとあらゆる色が共存しているかのような絵には端の方にだけ黒い闇があった。まるでキャンバスから逃げ出そうとするかのように。

 絵の名前は『文明破壊からの逃亡』という。

少女を絵の外へ戻してくれたのは、拙作「【現代/怪奇】冬を撒く者」に出てくる絵の幽霊と同一人物(?)です。

画家が描いた最後の絵(の幽霊)。


名前を「もっとも恐ろしき美」といい、芸術を理解する人にだけ見える幽霊で、見込みのある人の目に世界の真実を見せるため、美しい世界への扉を開いてくれるが、その結果人は狂い死ぬ。そのため恐れられているが、それくらい「もっとも恐ろしき美」は芸術の理解者であり、本人が元は絵画であることから芸術の体現者でもある。


恐ろしいほど美しい姿をしていることもあり、芸術を理解する人の心を惹きつける。

少女もそれに惹かれてこの絵『文明破壊からの逃亡』の中に紛れ込んだのかもしれない。


ちなみに「文明破壊」とは戦争のことである。

戦中では芸術など何の役にも立たない。

平和な世界においてこそ、芸術は価値がある。

だから絵に描かれた者たちは、戦火の及ばないところへ逃げようとしている。

後に絵画という形から解放され、本当に幽霊のようになった最も恐ろしき美もその中にいる。

しかし『文明破壊からの逃亡』は華やかな絵(何しろ芸術そのものを表しているから)なので周辺は極彩色。もちろん宴は欠かせない。


そんな感じの絵の中に迷い込んでしまった少女の話でした。

特に少女である必要はないし、少女にした意味もないけど、何となく多感なお年頃の少女が一番ぴったりな気がしたので。

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