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三題噺もどき2

一般人

作者: 狐彪

三題噺もどき―さんびゃくさんじゅうきゅう。

 


 1人の人間の話をしよう。

 どこにでもいるような、1人の人間の。



 その人間は。

 けして裕福ではないが、貧乏でもないような家に生まれた。

 両親にとって初めての子であり、祖父母にとっても初孫となった。

 そのせいか、それはもう、痛くかわいがられていという。

 残念ながら、本人にその自覚はなかったようだが。


 可愛がられた―とはいったが、それは主に祖父母に、である。

 いや、もちろん、両親も手を尽くしたようだが、それはほぼ不可抗力のようなものだろう。その上、共働きをしていた両親のもとに生まれたため、日中は保育園に預けられたりもしていたのだ。

 ―いや、別にこれは、両親からの寵愛が。だから、ないと言うわけではない。それだけは間違えずに頂きたい。感じずとも、確かにそこに、何かはあったはずだ。

 だkら、その人間は、まあ、ほどほどに愛され、大切にされたと言う所だろう。

 自覚も、実感もなかったとしても。


 そんな人間が、まだ幼い。

 社会のあれこれも知らない。

 まさに無知のままでいたある頃。

 周りの環境にも恵まれ、すくすくと、子供らしく成長していった。

 何もない、無知のままで、無邪気に、園庭を駆け回り、性別関係なく、遊具に捕まり、昇り。喧嘩をしたりと、していた。


 集団の中で、自分を失うこともないままに。

 義務教育を迎える年齢になるまで、育っていった。


 その年の頃。

 無知ゆえ、無邪気ゆえの、幼き「将来の夢」というものが、生まれていた。

 それが実現するかも分からず、生きていけるものかも分からないままに。

 抱いた理想があった。

 それを、大人たちは、にこやかに笑いながら、世辞を述べていた。

 叶うといいねと。

 きっと叶うよと。

 不可能かもしれないという可能性を少しも示さなかった。

 まぁ、あの頃の人間に言ったところで、変に気を損ねるだけだろうから。仕方ないのだろう。


 それから、義務教育を迎え。

 日々を過ごす中で、その人間は。

 厳しさを知り。他と同じであることを強要され。異なればはじかれることを学び。

 個を失うことに気づかぬままに、失くした。

 自分というものの、必要性はないのだと知った。

 集団に溶けることを覚え。自分を消すことを覚え。それが当たり前だと自分に課した。


 それでも、幼い頃に誓った、願った。無知ゆえ無邪気ゆえの願いは。

 残り続けた自分として、しかと胸に抱いたままでいた。

 それだけはなくすまいと。

 ―それだけに関しては、この人間はその時までも無知だった。


 大人が認めてくれたのだから。

 一番近くにいる、両親という大人が、受け入れてくれたから。

 この夢は叶うものなのだと、信じていたから。

 だからそれだけは。


 そして、時を経て。

 無垢なる無知とは言えなくなり。無邪気でもなくなったその人間は。

 世間一般で言う思春期というものを迎えていった。

 そうひとくくりにしていいモノかと疑問は湧くが、そういう時期を迎えた。

 話に聞くほど両親との関係が悪くなったり、悪行に走ったりということはなかった。


 それはそうかと、思いもするが。

 自分を完全に失い、周囲に埋もれて、流されて生きることを、処世術と化しつつあったその人間には。

 その頃にあってもおかしくないような、主張すべき自分というものは。

 少しも残っていなかった。

 両親に反発する必要性も感じなければ、ひねる性格もなかった。


 そんな中途半端な思春期を時期を迎えたが。

 そんな中でも、やっぱり夢だけは捨てずにいた。

 もういい加減、現実を見て、考えるべきであろう時に。

 幼い頃に抱いた夢を、持ち続けた。

 唯一残った、自分らしさを、守り続けた。


 大人に、両親という存在に、否定されない限りには。

 ―否定されない限りは。だ。


 それは、義務教育を終え、さぁいざ、自分の夢をかなえるべく本格的に動いていこうと思い始めたときだった。

 進路というものを、考える時期だった。

 その夢は。

 誠に残念なことに。


 否定された。


 出来ないと言われた。生きていけないと言われた。

 しっかりとした現実として、突きつけられ、夢は、否定された。

 大人から。

 唯一の味方だと思っていた。

 両親から。

 ―否定された。


 それが、どれだけのショックだったか。

 持ち続けた夢を。

 唯一残った自分らしさを。

 失わずにいられたそれを。

 否定されたのだ。


 お前はいらないと。


 ―そう言われたと感じても、おかしくはないだろう。

 大袈裟かもしれないが。手元に残ったそれが、自分の大切にしていたものが、不要だと言われたのだから。

 自分を否定されたも同義だ。


 自分を失い。

 唯一持ったそれも否定されたその人間は。

 空っぽのままに、大人になっていった。

 そのままで、堕ちていった。


 そんな人間にとって、周囲の人間は個性の塊のようだった。

 進学を経て、社会に出て。なおのこと、そう思うようになった。

 そして、その場にいる間中、外で息をしている間中。

 なぜか分からない、疎外感に襲われるようになっていった。


 何も持たない自分が、そこにいる意味が分からなくなっていった。

 自分が分からないやつに、生きている意味があるのか。

 存在価値もないくせに、どうしてここに居るんだろう。


 そんなものを抱えたまんまに。


 そんなものを、抱えたばっかりに。




 私は、今日も。

 息苦しいままに。







 お題:疎外感・堕ちる・無知

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