縁談話
幸せな散歩の翌日は我慢。この日のポチの散歩は全く違う方向にした。
目立つようにポチの首輪に部屋に飾った紫陽花を飾って挨拶出来そうな知らない人にも声を掛けて自分の印象づけ。
頬に二つ並んだ黒子のあるお嬢さんとポチポチ模様の犬はこの辺りで見かける、という印象を与えたら私とイルとヤイラ小神社は遠ざかる。私は本当に悪知恵ばかり働く女性である。このような自分を知らなかった。
彼に会いたいけど手紙を読み返すことで満足しなさい、と自分に言い聞かせて数日間そうしていたら夕食後に父にシエルの話をされた。
「お出掛けですか?」
「向こうのお母上が少し格下への婿入りはあまりと気が乗らないようで他の家もまだまだ検討していると」
「そうなのですか。なのにお出掛けですか?」
「ああ。我が家としては嬉しくない話なのでシエルさんに会いに行ってそれとなく簡易お見合いはどうかと頼んでみた。お父上も乗り気で助かる」
なんて余計な真似を!
心の中でどうしたものかと悩む。両親とシエルから我が家に悪印象がないように切り離されたい。私以外の家の女性を気にして欲しい。シエルの母には是非頑張ってもらいたい。
「お父さん。シエルさんのお母上の印象が悪くなります。見張り付きで大人数はどうでしょうか。友人達と出掛けた大寄せでたまたま会ったみたいに」
積極的なケイと美人なモモに我が家よりも格上に思える美術商家のミイネを連れて行こう。
シエルは私と仲良しの素敵な友人達の誰かに惚れろ。今は結納前でお互い、特にダエワ家の奥さんは良縁探し中のようだから我が家と比較して乗り換えなさい。
「あらメルさん。それは良い案ですね」
母が乗ってきた。
「メルさんは相手の家に気を遣いつつ手に入れないといけないから大変ですね。お父さん、お母さん、七夕祭りがあちこちであるからそれはどうですか?」
姉もお味噌汁を飲んだ後にしれっと提案してくれた。これは幸先良しだ。
「私が見張りをします」
「ハンを連れて行くつもりだろう。それは別で行きなさい。許すと言ったが常識的ならと伝えたよな。ハンにもそう話した。最初もそうだったが彼は先に挨拶に来たのにお前は」
「私の見張りは良い子のメルさん。その他ご友人。それからシエルさんその他です!」
「非常識な家だと思われるからやめなさい」
「えー、未来の弟を見たかったのに」
姉がしっかり者で妹はわりと自由みたいな話を聞くけど我が家は逆。姉が羨ましい。
まあ、現在の私は全然良い子のメルさんではなくて姉より破天荒だけど。
「お母さんとお姉さんが付き添いでハンさんが用心棒が良いと思います。人が多いので目が沢山必要です」
「さすがメルさん。気が利く。お姉さんが後押ししますからね!」
姉に笑顔を投げられて私はイルとのことを応援してくれたと脳内変換してから嘘つき笑顔で感謝の返事をした。虚しい。
「奉公人と手堅く縁結びも考えているから早く結婚して欲しいとは思っていないがシエルさんは良い相手だから結納出来たらこっちのものだ。結納後は引き伸ばしで構わないしな」
「余程のことや書類調査上にはなるけど格上獲得なら円満結納破棄も出来ますしね」
「まあそうなるな」
姉の発言はその通り。シエルの次は目をかけている奉公人が候補で他の家の男性も調べているだろうな。
格下相手なら嫌々言いながら縁談を避けて、その間にこの家の旦那を目指す勢いで励むからシエルと縁が切れて他の格上が現れませんように。シエルを切ってイルは間違いなく無理だ。
「まあ、シエルさんはお父さんにちょこちょこ会いにきますから大丈夫でしょう」
そうなの?
婿入りする気満々なの。やめて欲しい。それなら私を口説いてくれる方がマシだ。
熱心になったような手紙も結局どことなく素っ気ないのでまるで心が動かない。
口説かれているのかもしれない。イルがいるから私の心に響かないだけかもしれない。
イルの変な絵とか、学校や下街生活や妹達の話の方が楽しくて面白いしこの間なんてデートしてしまった。
虹を見ながら手を繋いだ事を私はきっと一生忘れない。
しかし、どこに対しても不誠実過ぎて胸がとてもジクジクする。心が目に見えたら傷だらけで膿が出てそう。
「ごちそうさまでした。お父さん。お風呂後に奉公人関係の事を教えて欲しいです。それまで琴のお稽古をします」
「メルさんが気合十分なので私も売り上げ向上案などを考えまーす。私とメルさんの代でお店を大きくして奉公人達を豊かにして皆で楽しく面白く暮らしたいです!」
姉が肩を揺らして笑ったのを見てさらに罪悪感。私は笑顔を作って逃げるようにお膳を持って台所へ移動した。
手前の部屋で住み込み手伝い人のツァンとキリ夫婦が食事中だったので美味しかったとお礼を告げる。
(好きがつまったこの家を捨てるのは私には無理な気がする。未婚を貫いてイルさんがそれなりになるまで待ったら許されるかな。許されるように励むしかない……。強行出来るくらいこの家で幅をきかせる……)
そのイルが振り向いてくれるかも分からない。今で既に女性に好かれる人なのにそこに地区兵官の地位がついたらもっとモテそうな気がする。特に近所の下街女性達に。
楽しくて優しい貧乏幼馴染と結婚でも構わなかったのに玉の輿に変化だとそんなの得しかない。
彼は大家族で生活があるから遠い場所勤務で一人暮らしの道しかない警兵になる気はないと言っていた。
しかし地区兵官から何かしらの理由ではねられたら当然検討するそうだ。そんなの当たり前だ。
基本は遠くに行かないのは安堵だけど就職前だからまだまだ分からない。
彼と今のように過ごせるのは十二月いっぱいまで。見事地区兵官になった彼はヤイラ小神社に毎日来る事はないし、私も学生ではなくなるから不規則めな生活。
時間が合わないし待ち合わせ場所もあるし夕方しかポチの散歩が出来なそうという理由も来年からは消えてしまう。
会えるのかも、会ってくれるかも分からない生活になる。
(出口がない迷路というか、出口なんてない気がしてくる……)
イルと密会したり手紙を通じて私はますます彼への気持ちを募らせ中。
単に恋をしたと認識したから恋に恋しているだけかもしれないし、本当に惹かれているのかもしれない。彼の気持ちは全く不明。
友人と言い出したのが私なので友人みたいではある。たまに照れてくれるのは私がお嬢さんだから。
彼から口説きのような事をされることも言われることもない。
気がついたら皆でシエルと会う日曜になっていた。両者とも父親同士で参加者の簡易釣書を交換して各家の親了承のもと出掛ける。ただ、シエルの母親には内緒だそうだ。
シエルの父親も他に欲しい家や役立つ家があるぞと反対者に回ってくれれば良いのに。
姉と母が私達の見張りで奉公人のハンが用心棒。ニ区の風月公園でシエル達とたまたま会いました風に合流して行われる大寄せに参加して公園を散策の予定。
シエル達の見張りは彼の父親の補佐人。朝九時にケイ、モモ、ミイネが家の人に我が家へ送られてきて母と姉とハンと出発した。
学校と同じような感じで友人達とお喋りをしながら私は大通りの明るい日差しの中を堂々と並んで歩く姉とハンを羨ましく思った。
(小雨の日はあれから無かったから息抜き散歩はあれきり。私とイルさんは私のせいでお姉さん達みたいには歩けない……)
しかも姉とハンは私と違って相愛。おまけに親同士の許可も出ている。姉妹なのになんなのこの格差社会。
「メルさんは最近一人で喜んだりため息と忙しいけど今日も緊張ですか?」
「はい。モモさん。いつも素っ気ないようなそうでもないような手紙なので一喜一憂です。今はかわゆくなかったと思われたくなくて緊張です」
私はどんどん嘘つきになっていく。イルへの気持ちがしのぶれどでダダ漏れなのでその理由を全部シエルの事にしている。
しのんでいても誰がどう見ても私は恋をしていると分かるみたい。なので木を隠すなら森の中。少し違うか。
有名な龍歌が我が身にふりかかるとは不思議だけどそうでもない。普遍的な事だからずっと残り続けて使われているのだろう。
「メルさんはかわゆいから大丈夫ですよ」
「男性の好みは千差万別らしいです。こう、こーんなに太っている方が良いとか色々らしいです」
私は自分の倍くらいの大きさを腕で示した。これはイル情報。
男はしょうもないとは何なのか身の安全の為に教えて欲しいという話の流れで教わった。
「そうなんですか? お兄さんに聞いてみよう」
「男性なんて皆美人好きです。モモさんにデレデレをよく見かけます。モモさんは文通お申し込みもちょこちょこされますし」
「ケイさん。若い奉公人からその美人の定義が男性によってわりと違うと聞きました。営業練習中の佃煮屋さんの店員さんにも似たことを教わりました」
私の唇に「嘘つき」という書き付けが浮かぶ日が来るかもしれない。
「メルさんって実はあの店員さんに想いがあったりしますか?」
ケイに耳打ちされて私はそういう設定でも良いのか、と思った。でも彼を巻き込んでそこからイルに繋がって両親が彼に迷惑をかけたら困る。
「いえ。好みではないです。でも兄弟がいないのであまり知らない男性という生き物を知る参考人にしています。若めの職人さん達と個別に親しく話すと誤解されて迷惑をかけます」
「なんだ。良いことだけどつまらないですね。紅葉草子の上手くいく版みたいな。醤油味噌屋と佃煮屋はわりとありです。それも含めて接近かと思っていました」
「ケイさんこそどうですか? シエルさんは両親の期待が強い分怖いです。気にかけて振られるのも。文通の皇子様くらいが良かったです。格下相手の方が我儘を言ったり文句を言えるなぁって」
「文通の皇子様。分かるかもしれませんメルさん。格差婚で上の人達に服従も怖いですよね」
何の話? とモモとミイネに問いかけられたので同じような話を母と姉に聞こえないようにコソコソ話。
私は悪知恵娘なので「男性は好みの幅が広くてモテるのは基本的に嬉しいそうなのでシエルさんがしょうもなくないか知りたいです」と彼を口説けたら口説いてみて欲しいと頼んだ。
そこに結納前で二人でお出掛けも前だから相愛になるなら応援して私は気楽な相手探しをのんびりさせてもらうと追撃。
この中の誰かが彼に見染められて気に入られて本人達も気持ちを寄せて縁談になってしまえ。
ケイ、モモ、ミイネならシエル相手なら誰でも玉の輿傾向なので彼女達の親に喜ばれる。シエルの性格などは私の両親が調査済。遊び人で花街へ入り浸り、とかはないらしい。
これを教えられて私はとしたことのない舌打ちを心の中でチッとして遊び人で破談になれば良かったのにと心の中で毒づいた。
朝恋敵のお嬢さんを見かけたら彼女は憂顔なのに「他の人に惚れなさい。勇気を出すな」と念じているし、恋を知ったら性格がどんどん悪くなっている気がする。あの憂顔は彼女も私と同じようにもう縁談があるとか何かだろう。それだと朗報だけど油断はしない。常にイルと縁なしであれと念じておく。
その後はケイ達と雑談をしながら目的地を目指して到着。夏はまだまだ本番ではないけど今日は日差しが暑いからずっと日傘をしている。
(日傘同士でもイルさんと散歩出来る!)
広い池を眺めながら川で少し水遊びは楽しいかもしれないと思った。イルに提案しよう。
彼はわりと日焼けしているから日傘を使う男性ではなさそうなので事前に一本持っていってヤイラ小神社の縁の下に置いておく。散歩当日に自分の分を持っていく。
(二回目のデート。いっそこの公園に一緒に来られたら良いのにな)
遠いから無理だ。到着する前に解散時間になる。
(頭巾もあった! でもあれはかわゆくない。でも隠れられる。イルさんにお嬢さんだからじゃなくて私はかわゆいって言われてみたい……)
池に近寄ってしゃがんで泳ぐ鳥を眺めながら今日は確か出稽古と言っていたなと思い出す。
朝早くから日銭稼ぎをして出稽古の途中から参加して試合をするそうだ。きっと格好良いから見てみたい。
出稽古が終わったら半見習いや勉強に家のことらしい。
私は彼に素振りをして欲しいとお願いをしてみるつもり。とても気になっている。代わりに私もお嬢さんらしい何かをして見せるからと頼む予定。
(忙しそうな予定なのに今日は余裕があるから幼馴染と軽く飲むって言っていたな。お酌もしてみたい)
目的人物達と合流した気がすると思いながら私は景色を眺めて遠い目。ここに彼がいたら良いのに。
ぼんやりしていたけど母に呼ばれたので立ち上がって池から離れた。
横顔しか見たことのなかったシエルとついに再会。他の男性の名前は釣書を読んで覚えてツテコネ強化と思って来た。
ケイとモモに合わせたようなほぼ家族経営の茶屋の息子とご飯屋の二人はイルと同じく特別寺子屋経由でシエルと同級生。
家業修行をして商家系の専門高等学校にだけ通うことは小規模の商家ではよくある話。
もう一人はミイネに合わせたと思われる浮絵屋の息子。
シエルは四人の男性の中で二番目に背が高かった。イルと同じくらいの背丈だ。
イルを華奢めだと思ったのは兵官学生達と並んでいるからだとよく分かる。職人達も力仕事だから体格が良い方だけどシエルは線が細め。そして肌の色も白い。
顔はやはり整っていて涼しげな顔立ちだ。冷たいとか怖いという印象を抱くとも言う。
顔立ちもだけど少し茶色い髪の毛、気持ち長めの癖っ毛でイルと違う。風で髪が揺れないから整髪剤で整えているなと思った。
あれこれ違うということはシエルを見てもイルを思い出さないで済む。しかしこうして比較している時点で私の頭の中はイルばかり。
全員、順番に名前だけの自己紹介をして私達は大寄せへ向かった。ごくごく自然にシエルが私の隣に並んで困惑。
「改めましてメルさん。初めましてではないですがこうしてお話しするのは初めてなので初めましてシエルです。快晴で幸先が良い気がして嬉しいです。公園だけどここは柳緑花紅ですね」
照れ臭そうに笑いかけられて私は少々怯えた。
「春風駘蕩で気持ちが良いです。ああ、もう春は終わっていました」
「初夏は晩春かと。初めて来たけど良い場所ですね」
手紙のやり取りと似たような会話。知的だけど面白くない。イルへの恋心が無かったら雅で素敵、なのに!!!
会ったらチンチクリンで残念ってならないかと思って指摘されない程度の範囲で手抜きをしてきたけど照れ笑いをされてしまった。
笑顔を返してみたけどぎこちなくないか心配。幸先が良いって私達の未来ってこと?
それは私の失恋という不幸への道なんですが。
「初めましてシエルさん。私は雨上がりの虹が好みなので雨が良かったです」
「虹を見られたら得した気分になりますね。それなら雨の日も楽しめそうというか、考え方次第ということですね。前向きというか、良いですね」
わざと嫌われて悪印象は困るけど好かれたくないから晴れ話に乗らずに雨話にしたのに好印象みたいになってしまった!
また照れたような優しげな笑顔で背中に冷たい汗が流れる。
あばたもえくぼと言って変なことやしょうもない事でも恋する相手のことはよく見える。前向きなことに変換してしまう。
私はそれを知識ではなくて実体験で知っている。
(本当だったら、イルさんと出会っていなかったら、今日の私はきっと優しそうで良かった。雅だし格好良いし素敵。嬉しいって浮かれていた……)
なのに全然嬉しくない。お願いだから前を歩く美人のモモに鼻の下を伸ばして欲しい。ケイでもミイネでも良い。彼の家に袖にされると私は一旦そこそこ自由になれる。
(そうしたらイルさんといっそ街中を歩く。名前も教えてもらう。そうしたら友人ではない目でみてくれるかもしれない)
シエルが何か言っているから雑にええ、とはいと言っておいた。彼はイルだぞと笑顔を浮かべて。誰にでも愛想笑いは商売人の基本のき!
(恋仲になれたら彼が地区兵官になった後に両親に教えてしまって私は家の大黒柱になると大宣言……。細い道だけど今よりは絶対に細くない……)
「暑いですね」
「今日は八月並な気がします。それにしても顔合わせの時もですけど可愛らしい髪型ですね。涼しげな気がします。風で揺れるので」
「……」
雑に一本結びにしてきたのに褒められてしまった。なんなのもう。サラッと褒めちゃって慣れてる。また照れ笑いだから慣れまくりではなさそう。
寒い。とても寒い。日傘を持つ手が冷えていく。
「シエルさんは男性にしては髪が長めなので暑そうです」
「そうですか? それなら切ろうかな。短い方が好みでしたら」
シエルさんは真っ向勝負の人疑惑!
短い方が好みなので切らなくて良いです、と口から飛び出しそうになった。
顔や見た目の好みはどちらと言われたらシエルだけと今はイルのあの楽しそうな笑顔が見たい。
慣れているはずなのに慣れていないような照れ笑いとか言い淀みも恋しい。
「シエルさんは女性に慣れていて自信のある方なのですね。人気がありそうな方ですもの。良い事だと思います」
……余計な事を口にしてしまった!
逃げよう。逃げてどうにか誤魔化そう。いや余計な事ではなくて上手い台詞だったかもしれない。今ので私の印象が悪くなりますように。
「あの、お姉さんに話忘れていたことがあります。友人達は皆、今日は男性と話す練習に来たのでお願いします。きっと助かります」
事業関係に影響が出る嫌悪は困る。非難されるのも困る。それ以外なら問題ないというかそれが私の目標だ。私は後ろを歩く姉のところへ移動した。
「お姉さん。あの」
「聞こえていましたよメルさん」
シエルは私達の目の前を一人で歩いている。振り返られなくて安堵。聞こえないように姉と小声で会話。
「シエルさんが色男で驚きです。ハンさんと交換しますか? 彼の容姿はとても好みです。私は慣れた方に優しく扱われるのも夢がある気がします。ルロンのように」
「私はルロンは嫌いです。交換ってハンさんがガッカリしますよ。しないなら良い気がしますけど。でも私とハンさんなら私は他の職人さん方とお見合いです」
私はその嫌いなルロンの名前を一時期イルにつけていたという。
イルは下街男性というか火消しや大工の常識の範囲だったらしいけど堅物になる宣言をしたから今後は遊び人ではない。
火消しは勇敢で頼りになる街の守護者達だけどわりと女性と遊ぶなんてあまり知らなかった。情報通のモモに教わった。大工は知らないと言われて調べると言ってくれた。
ケイやモモは火消しの浮絵を持っていて会いに行って記名や握手をしてもらった事があるそうだ。
お嬢様ではないのに箱入りお嬢様気味で清楚純情な私にはなんとなく言わない話題だったと言われた。
清楚純情ではなくて興味津々と話したらハレンチ情報が増えた。噂のキスに種類があるとは知らなかった。
イルが話した難癖結婚は手繋ぎではなくて軽いキスで難癖、な気がしている。私の知っているキスの上のキスがあったから多分そうだ。
イルがどのキスまで経験しているのか非常にモヤモヤ、イライラするけど終わった事は仕方ない。時間は戻らない。過去をなかったことには出来ない。
「でも私はハンさんのあの情熱的なところが好みなので。仕事に熱ですけど。律儀でつまらないけど結納したらどうなるか楽しみです」
「ハンさんの階級が上がったらでしたよね」
「ええ。メルさん。ルロンならそれはそれで気楽ですよ。こちらもそこそこ遊べます。かなりの格差ではないですから」
「私は遊びたくないから嫌です。遊び人ではないなんてお父さんもお母さんも嘘つきです」
もしかしたらこの方法、娘が遊び人と誤解して嫌がっている。これで逃げられるかも!
(そんな訳ないか。私は世間知らずでこんなの遊び人ではないと両親が私を説得する)
「あらまあ、メルさんがへそ曲がり」
「私は誠実な方が良いです。縁談拒否が無理でも……。そのくらい……」
姉が羨ましいをこえて妬ましい。イルは日陰者に出来るような人ではないししたくない。
私が結婚することになったら彼は私から得た知識でいつかお嬢さんと縁結びだ。イルを見つめているあのかわゆいお嬢さんかもしれない。
私はこの嫉妬心と妬みの気持ちからくる不機嫌を誤魔化せなさそうで暑くて怠いと母にくっついて回った。
それからツテコネ強化、商売にいつか使えるかもしれないとシエルの友人達と付き添い人と会話。こちらは気楽で楽しかった。
頼んだからかケイ、モモ、ミイナが順番にシエルと話してくれたのでお互い惚れてしまえと念じ続けた。しかもシエルは私に興味が薄れたのか私に話しかけてこなかったという。
翌日、学校で皆がシエルを褒めまくったので良し良しとほくそ笑んだ。私に縁結びの副神様が微笑んでいる気がする。
なのに二日後の朝食中、父に衝撃的な話を聞かされた。
「お父さん、今なんて?」
「ダエワ家が、シエルさんが結婚お申し込みをしてくれるそうだ」
一昨日の感じでどうしてそうなるの⁈
「驚いた。メルは駆け引き出来たんだな。いや俺達の娘、商売人の娘だから当然か。誠意のないフラフラした男性だと誤解されているようなのでハッキリすると言ってくれたそうだ」
「メルさん、そうらしいのよ」
「二兎を追う者は一兎をも得ず。バカにしているような態度に感じたかもしれませんが格下なんて思っていません。母の理想が高くてすみません。こちらがお願いする立場です。お願いします」
父はとても嬉しそう。あーあ、母も同じだ。
「お父さん。メルさんは本気で拗ねていただけだと思います。素直で真面目なメルさんには駆け引きはまだまだ難しいです」
姉の発言に母が頷いたけど最近の私は嘘つきで不真面目だ。
「ルロンみたいだったなんて、と拗ねていましたね。かわゆい嫉妬というか。ふふっ。懐かしいです」
「お母さん、私にあらあらかわゆいわねって。ぷんぷん怒るへそ曲がりメルさんもおろおろするシエルさんも愉快でした」
へー(棒読み)
シエルはおろおろしていたんだ。なんなのこの誤解。まるで縁ありみたいに話が転がるなんて最悪。
「良い。実に良い。家の共栄関係があってお互いにそれなりに想いもあるのは商売繁盛だ」
違います!
他にお慕いしている方がいます!
そう叫んだらどうなるのか少し分かるから唇を強く結んだ。
シエルは母や姉から、下手したらケイ達からも私はシエルを気にかけていたのに拗ねたと聞かされた。
それを実は違いますと言ったら怒らせるし家族もガッカリ。
結婚お申し込みで両家両親と私と彼が顔合わせ。殴り込み結婚お申し込みではないから結納は既定路線。横入り者は書類のみ可となりそう。
別に勝手に結婚出来るけど家同士が賛成しない縁結びには破滅しかない。不幸しか待っていない。本当に?
身近にはいなくて過去話でも文学でもお見合い結婚以外で上手くいった話を聞いたことがない。駆け落ちは家の没落に至ることもあるのは常識だ。商家は特に評判ガタ落ち。
そもそもイルは私と恋仲ではないし惚れられていないから結婚お申し込みされない。簡易お見合いお申し込みすらされないだろう。
シエルとは文通で前から交流している。家同士の情報はとっくに交換済みてお互い調査も沢山している。
なので結婚お申し込みは形だけでその後両家で顔合わせの食事をすると言われた。まあ、そうだろう。予想通りだ。
ところが両親と本人同士どころか本当に両家顔合わせと言われた。結納前だけどかなり前向きなので本人を努力させるためにハンまで参加らしい。こうなると姉が憎らしいを超えて憎悪だ。
結納条件がまとまったら結納だけどわりともう父親同士で進めていたからすぐに結納。
これで大手を振って恋人同士として交際出来るぞ、と父に言われた。
私が元服する九月、季節的にも秋が良いだろうから結納は秋にする。
家族揃って恋愛を含むお見合いの結納は春か秋か定番だから私のため、みたいな空気。
姉に紅葉浮かべが出来ますね、と笑いかけられて張り手したくなった。
私がそれをしたいのは、好きですと紅葉に気持ちを込めてずっと一緒にいようと誓い合いたいのはイルなのに!
祝言までは期間を設ける。そう告げられた。
十五年間で一番最悪な朝だと思った。