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散歩1

 イルを待ち伏せして一緒に過ごした後の帰宅時間では特に叱られず。でも趣味会を理由もなくしょっ中はサボれない。そこで私は趣味会を辞めてしまう事にした。

 趣味会は息抜きや遊びでもあるけど教室の違う家の子との接点、ツテコネ入手や強化である。私はもう最終学年なのでもう十分。

 両親に趣味会を辞めるという話をしたらあっさり認められた。

 家業の勉強をするために辞めます、とまたしても嘘つき娘で真面目で良い子のメルさんはとても信用されているから何も怪しまれず。

 でもこれは嘘つきではなくて半嘘つきだ。なにせ家業の為に勉強強化をするのは家の為になる。

 家業を一人で背負うくらいの勢いになれば私は今よりは自由な結婚が可能。

 イルが紅葉草子の勢いで私に惚れてくれて私もそうなった時に必要なのはお婿さんを支えて家に子どもを増やして育てるという普通の生活や気持ちを捨てて男性並みに私がこの家の経営を背負うこと。シエルやシエルの家が存在しないことが前提だけど。

 これはシエルが他の縁談へ行って、イルも私に特に惚れなくて誰もいなくなった時に私の人生の選択肢が増えるから励みたい。

 そう思ったけど父の仕事を洗い出してみたらやる事も学ぶ事も沢山あって材料の購入元の農家との付き合いや手伝いも必要。つまり私は勉強だけではなくて体も軽く鍛えるべき。

 勉強だけではなくて人付き合いなども強化しないとならない。

 頼れるお婿さんと二人三脚で両家の両親や頼りになる奉公人からコツコツ学んで成長していく。

 今現在歩んでいる道から険しい道へ移動して走らないと無理そう。成せばなるらしいからやるしかない。イルとの未来があるかも、という気持ちでやる気満々なのはとても不思議。恋って凄いな。

 

 趣味会を辞めて放課後は毎日ポチの散歩へ行ってヤイラ小神社へ顔を出す。

 イルに挨拶だけして帰る日、勉強に付き合う日、ヤイラ小神社に行くのを我慢して散歩道を変える日と分けようと計画。

 イルと会っても会わなくても帰宅したらポチの散歩をして終わったら気合を入れて稽古や勉強。それを私の新しい生活にする。

 それもするの? と親に言われたらやる気を提示だ。

 そういう訳で趣味会を辞めた私はさっそくイルに会いに行った。今日は挨拶だけで我慢する予定。初日は勉強をしまくらないと。

 昨日と同じ場所にいるかな、と覗いてみると彼はまた片足を立てた格好で教科書を見つめていた。挨拶だけなのでそのまま彼に近寄る。


「こんにちはイルさん」


 ゆっくりとこちらを見た彼が私を見て目を丸くした後に正座してから歯を見せて笑った。来るまでもそうだったけど胸がとてもドキドキする。


「こんにちは。今日の小試験、やっぱり声で覚えやすかったのかほぼ満点でした。点数どうこうよりも仕事で使うだろうからありがとうございます」

「お役に立てて良かったです」


 昨日は顔を見られない状態で勉強ばかりだったのでこれは嬉しい雑談だ。しかも私が役に立ったとは嬉しい。

 彼は切れ目縁から降りてなぜかしゃがんだ。


「昨日思ったんですけどそのポチポチ犬は俺に対して吠えないです。きちんと番犬になりますか?」


 イルはポチを見つめて首を傾げた。ポチという名前なのにポチポチ模様の犬だからポチポチ犬って呼ぶんだ。


「むやみに吠えないように(しつけ)られています。散歩ではしゃいでも吠えません」


 ひょいひょい、とイルが手招きをしたらポチはぶんぶん尻尾を振ってイルの方へ行こうとした。紐を離したら駆け寄っていった。


「こらポチポチ犬。お前は俺を警戒するべきだろう。他の男もだろうけど。おりゃあ」


 撫で回されたポチはとても嬉しそう。私もあそこまでではなくても頭を撫でられてみたい。


(いいなぁ。あんなに撫でてもらって彼の笑顔も独り占め……)


「ペン、ぺぺンと軽く叩いたら吠えまくりです。あと助けて、痛い、怖いと騒いだ時など」


 噛め、と命じると噛む。助けて、痛い、怖いだと吠える。


「試せますか?」

「ポチ、痛い」

 

 私は叫んでしゃがんで手を押さえてみせた。あっという間に戻ってきたポチが私に寄り添って唸り声を上げる。

 イルを指差すと彼に吠えた。すぐに「もう大丈夫」とポチに手を見せて何もないと示して「ありがとう」と撫でたら番犬ポチは終了してのほほんポチへ様変わり。叔父がこのようにポチを育てた。


「おお。これなら番犬になりますね」


 ポチはまたイルに近寄っていって尻尾をぶんぶん振り回した。

 そのポチをイルは「お前は偉いな。立派だ立派」と褒めてまた撫で回した。


「はい。ポチ、帰りますよ。今日は挨拶だけにして家で沢山勉強をします。勉強家のイルさんのように励みます」


 ポチは呼んでも反応しないでイルに夢中。ズルい。そのイルは雑にポチの頭を撫でながら私を見据えた。


「お嬢さんは家でなんの勉強をするんですか?」


 お嬢さん。昨日も呼ばれなかったけどメルとは呼んでくれないみたい。


「主に家業の事です。あとお稽古日なので先に茶道教室へ行きます」

「道場で行っている花見や月見で兄門下生の奥さんが簡単な茶会をしてくれるんでお茶の飲み方やお菓子の食べ方だけ知っています」


 それは意外な話。ド貧乏という話からだとそのような教養は無いと思っていた。

 綺麗な礼も剣術道場と言っていたので彼は完全な無教養とは異なる。それは両親の印象が良くなるので朗報。

 剣術道場はそういう教養を学ぶ場所なんだ。知らなかった。


「私はその簡単な茶会をする側になる稽古中です」

「台付のお茶碗とかどうやって運んで飲むんだっけ? ってなるのに亭主なんてうんと小難しそうです。お菓子の食べ方は真似だけです。お菓子は持ち帰って妹にあげるんで食べてなくて。順番にあげているのに下三人や末っ子のものになるんですよね」


 台付のお茶碗。天目台(てんもくだい)貴人台(きにんだい)を彼も扱うことがあるのか。平家って手習をしているとそうなんだ。また新発見。

 ポチを連れ帰らないといけないから、という理由を掲げて私はイルに近寄った。チラッと振り返って人が居ないか確認。前方にも人は居ない。大丈夫そう。


「簡単な点前だと良いのですが色々あるから難しいです。ポチ、帰りますよ。遊んでもらうのはまた今度です」

「ポチポチ犬。帰れって言われているから帰れ」

「ゔー」

「帰りたくない。まだ遊びたい、遊ぶってぐずるロカみたいな奴だな。帰れ帰れ」


 ぐずる、だからロカは妹かな。イルに体を押されたポチは不満げに小さく唸った。

 私はしゃがんで紐を拾ってポチの体を撫でた。イルの顔を見たいけど恥ずかしくて見られないので俯く。


「ポチ。帰りますよ」

「そうだ。そうでした。手拭いって今日もないですか?」

「はい。すみません。返さなかったらまた会う口実……」


 これは口滑りだ。私は慌てて口元に手を当てた。


「えー……。いや、まあ。ほら。お嬢さんが洗った手拭いってなんかええから返して欲しかったんで……すけど、そうですか」

「あ、洗います。それなら別の手拭いがあれば洗います。帰ります! 三日後の月曜日に持ってきます!」


 明日も来たいけど他の散歩道も歩くようにすると決めたので明日と明後日は我慢。日曜日はお互い学校がないのでイルはここへ来ない。

 ただでさえ話すだけでも恥ずかしいのに恥ずかしい事を口にしてしまった。逃げよう、と私は立ち上がってポチの紐を短く持って引っ張った。抵抗するポチを引きずって無理矢理歩く。

 今日は掃除している人はいないなと思ったけど参拝者がいたのでそれとなく演技。


「ポチ。知らない人と遊んでもらって楽しくても帰りますよ。知らない男性は私が困ります」


 引きずるのが重いから私はポチを抱えることにした。これは毎日しようかな。重い荷物を持てるようになる訓練だ。

 

 そうして月曜日、私はまたイルに会いにヤイラ小神社へ向かった。

 この日も私達はお互いが見えない、手も届かないところに腰掛けて勉強。ただし私も勉強用の筆記帳を持ってきた。

 イルの勉強の手伝いをしつつ私も少し筆記帳を読もうと思って。

 日曜日は母ではなくて父にひっついて「お婿さんの仕事をしっかり把握するにお父さんの働きぶりを深く知らないとと思いました」とまた嘘つきになった。

 両親に長生きしてもらって私は両方の働きをこなして優秀な奉公人達に助けてもらう。それが今のところ思いついている私の将来像。

 私は奉公人達にメルお嬢さんは旦那並み、メルさんが当主、ついていくと思われるようにならないといけない。

 鐘の音が鳴ったので帰る時間。彼も稽古へ向かう時間。お互い角に立って「ありがとうございました」と挨拶をした。


「ポチポチ犬。日が暮れるからしっかり働けよ」


 今日のポチは紐に縁柱に繋いだら不満そうに唸ってうるさいし軽く暴れるので解放したらイルの足の上やら隣を陣取った。たまに覗き込んだらそうだった。とんでもなくズルい犬である。


「イルさん。手拭いをお返しします」

「ありがとうございます」


 来た時と帰る時に笑いかけてもらえるから趣味会を辞めてポチの散歩作戦も成功して良かった。

 私は手提げに入れてきた彼の手拭いを差し出した。

 手拭いはそのまま彼の帯にぶら下げられた。今日の彼の手拭いは二枚並びである。こういう事は父はあまりしないけど奉公人はいつもしている。

 すぐに手を拭いたり汗を拭くためにこうしたり首に下げていたりだ。


「あの時は仕方なくですけど俺が手や汗拭きに使ったものを洗わせるのはちょっとなんなんで、使ってない妹達のものを持ってきました」

「えっ?」


 そう告げると彼は切れ目縁に乗せたままの剣術道具袋から折り畳まれた麻の葉模様の手拭いを取り出した。

 色褪せていて見えるところに縫い跡があるから長く使っていそう。とても丁寧な縫い目で私よりも上手。

 それでその手拭いの上に手紙が乗せられた。宛名は書いてない。


「貸すから返して下さいってことです」


 彼は私から顔を逸らして少し赤い耳で右足を少しだけ動かして地面を草鞋(わらじ)で撫でた。


「……はい」

「満開の紫陽花はここでそのうち見られそうなんでうんと咲いたって教えなくてもええかなと思ったからそれは手紙に書きません」


 また会いたいです。それで満開の紫陽花を一緒に見ましょう。これはそういう意味だからときめくし嬉しくて少し泣きそう。

 そう告げると彼は剣術道具袋を担いで竹刀袋も持った。


「必ずお返事を書きます。あと必ず返します」

「ここに来られなくなったらあの佃煮屋に返して下さい。手拭い一枚でも貧乏人には大切です。しかも妹達のなんで」

「はい。あの、妹達ってことは妹さんはお二人ですか?」

「それが五人もいて大人しいのは一人だけだから耳が壊れそうです。稽古後に一旦帰って飯を食う時にやかましくて」

「五人もいらっしゃるのですか」


 それは多いな。


「握り飯片手で教科書を読んでるんですけど背中に怪獣が来るし大人しいのも楽しそうな事を教えてって静かにうるさいです。あはは。じゃあ帰ります。この間話した通りお気をつけて。ポチポチ犬。しっかり働けよ!」


 屈託ない笑顔を投げてくれて胸がキュッとなった。駆け出した彼に手を大きく振られたので小さく手を振り返す。

 初めてここへ来た日の帰りに私は彼から親みたいなことを言われた。

 安全な道の歩き方など学校や父から教わったような防犯対策を教えてくれた。

 怖い男に掴まれたら足を踏んで手が緩んだ時に土を掴んで目潰しをして逃げろと練習までさせられた。学校や親からでさえそこまでされていない。サラッと教えてくれたからきっと妹達に教えているんだろうな。


(妹が五人……。貧乏なのは子沢山だから? 兄弟はいるのかな。やかましいとか耳が壊れるとかうるさいなのにとても嬉しそうだった)


 私も姉とは仲良しなので姉があと四人いたら楽しいかもしれない。妹という存在も友人姉妹を知っているから気になる。

 友人に兄や弟がいるけど滅多に会わないし会っても挨拶だけなので兄弟は分からない。

 若い奉公人や見習いは忙しい日々で会う機会が少なくて挨拶やお礼くらい。これからはもっと関与して色々情報を知らないと。

 一日の時間が倍になれば良いのに。そうしたら私はイルと約二時間も一緒にいられる。今は一緒にいられる時間は一時間くらいしかない。

 お礼を言うだけだったのに、こうして会えるようになったからどんどん欲張りになっていく。


 こうして私とイルの交流は続いた。私達は会っても雑談はあまりしない。イルの邪魔になるから話題を振られなければ話さないようすると決めていて、彼もほとんど話しかけてこない。

 その分雑談は手紙でする。大人しめの私でも努力をしたら商家の主になれると両親に思って欲しいので、その為に佃煮屋懐柔をして実績を作る。

 だから手紙の受け渡しは佃煮屋にしてもらうことにした。

 何かあった時に文通しかしていません、と彼を守りたいのもある。

 六月に入って十日過ぎると紫陽花が満開になった。

 小雨の日、四日振りにヤイラ神社へ行くと彼は勉強をしていなくてボロめの傘をさして紫陽花の近くに立っていた。

 傘をさしているというよりも肩に乗せている。荷物は切れ目縁の上だ。


(そういえばなんで荷物を佃煮屋さんに預けてるんだろう)


 後で聞こう。私はそろそろとイルに近寄った。


「こんにちはイルさん」

「こんにちは」


 彼は相変わらず私の名前を呼んでくれない。なぜなのか聞けなくて聞いていない。

 彼は手の上に手拭いを広げていた。そこにカタツムリが二匹乗っている。


「カタツムリですね」

「家の周りにはいないんですよ。雨蛙(あめかえる)ばっかり。末っ子がでんでん虫虫カタツムリって歌ってでんでんとかカタツムリって何って言うて、へぇ見てないのかって」


 私は少し吹き出しそうになった。軽く歌ったイルの歌声はそんなに上手くなかったので。


「それなら私も集めます」

「小雨の日に散歩って手紙に書いてありましたけどどうしますか? 河原の紫陽花を見て行ってもコイツらいるかなって。たまには息抜きというか……」


 軽く背中を向けられた。傘で隠れたみたいな格好。


「晴れの日に散歩ではなくて小雨の日って雨が好きなんですか? 俺は雨ってあまり。小雨って風呂代わりにならないから特に。でも今日は違う気がします」


 傘で隠れられるから並んで歩いても見つかりにくいからです、と言えなくて胸が苦しくなった。


「小雨だと晴れた瞬間が見られるかもしれないので」

「おお。それは気分が良さそうです」


 隠れるにはポチがいると目立つ……。手提げから今日は雨だからと枚数を増やした手拭いを出してポチの胴体に巻いて結んだ。ついでだからほっかむりにもする。


「おお。ポチポチ犬はたまに服を着させてもらえるんですね。犬なのにお洒落か。さすが金持ち犬」


 お金持ちではなく庶民層の商家と言いかけて彼からしたらお金持ちだかけだと思って言うのをやめた。


「急に思いついた傘代わりです。息抜き散歩に行きたいです」


 私達は手紙を何往復かしたのでお互いかなり用事で過密だと知っている。


「俺も息抜きしたいです。行きましょう。ポチポチ犬。かわゆくなったな。なんだお前はオスか。格好良く……ねぇな。花柄服って俺なら嫌だ。あはは」


 ついに抱っこされた!

 しかもイルの頬を舐めるってあれはキスみたいなものだから本当っっっにズルい犬だ。ムカつく。しかしポチがいないと私はイルに会えないから大事にする。


「イルさんは今日は下駄なんですね」


 見える範囲の木の模様が洒落ている。鼻緒も質が良さそうで綺麗だ。足袋はいつもと同じ黒。でも新しめに見える。

 着物もいつもの物と違ってつぎはぎや縫い目などがない。雨だからか裾をわりと上げている。


「雨だから裸足でもええんですけどお嬢さんと散歩をするならって思って。来なかったら脱いで荷物にしまって裸足になろうかと。元服祝いに親父の働く店の大旦那さんがくれました。虎斑竹(とらふたけ)っていうのを使ってるって」

虎斑竹(とらふたけ)とは初めて聞く名前です」

「虎は絵でしか知らないけど強いらしいし竹はかなり伸び続けるから縁起物の大事な下駄です。亡くなった祖父も親父もその前もずっと真面目に働いてくれて助かっているからってありがたいです」


 行きますか、と告げられたので荷物を持った彼と並んで歩き始めた。本当に散歩出来るとは嬉しすぎる。

 ただ残念なことに持ちますよ、とポチの紐を持たれてポチが私と彼の間に入った。人目を気にするならこの方が良いけどポチはお邪魔虫過ぎる。


「大旦那さんということはイルさんのお父さんは大店にお勤めなのですね」


 いや、違うか。私が結婚したら結婚相手は若旦那や旦那で父は旦那とか大旦那だから大店だなくてもそう呼ぶ。商家の娘なのに何をトンチンカンな事を言ってるんだか。

 日用品店ひくらしについてまだ調べられていない。彼が通う剣術道場もだ。

 近しい者に尋ねたら何かを疑われた時に、そういえばとなるから家族友人知人奉公人には絶対に口にしてはいけない。

 私が調査可能な範囲では無理そうと調べる事を放り投げ気味。


「はい。親父は八歳から見習いの竹細工職人です。この下駄も親父も作成に関与したって言うてくれました。今日の着物は同僚一同からって。多分ほとんど大旦那さんな気がします」


 否定されなかったからひくらしが大店ってことは分かった。お店の利益がとてもあるかはまた別の話。

 納税寄付金額が上がるから稼げるようになって大商家と呼ばれても黒字は少なめとかある。そうなると奉公人の給与は上げにくい。それでイルの家族は貧乏?


「こちらの着物と下駄を元服祝いに贈られたんですね」

「ええ。地元を守ってくれる奴になるって期待しているぞって。顔見知りではあるけど俺は奉公人ではないのに大旦那さんに呼ばれたので何かと思いました。まさか真面目が取り柄の親父が何かしたか? って」


 彼の横顔はとても嬉しそう。期待されて応援されていて目標まで後一歩だから誇らしいのかもしれない。

 私も最近やる気を出したように見えるから両親にも姉にも叔父にも奉公人達にも褒められるのでとても嬉しい。

 奉公人だけではなくて奉公人の家族も気にかけた方が良い、と改めて心に刻む。私はイルからこういう事も学べるんだな。


「応援されると勇気や励もうという元気が出ます」

「ええ。たまに着たり使って頑張るぞって思います。次は友人達と地元の夏星祭りの時かなぁ。師匠は元服ではなくて正官祝いか少し考えがあるって言うてくれています。何かな、いつかなと期待してワクワクしています。あはは」


 本当に嬉しそうな声色。きっと素敵な笑顔だから顔を見たいのに傘が邪魔。傘をずらせ、と心の中で何度か呟いても何も起こらない。

 道に出てもイルは迷わず進んで行くので私はそのままついて行く事にした。河原の方角は私も分かる。ポチと散歩しながらこの辺りの道を覚えまくっている。

 傘で隠れられてしまうのであまり顔が見られない。照れているなら嬉しいけれど少々複雑。

 彼は私をメルとしてではなくてお嬢さんという括りで認識している。隣を歩くのが他のお嬢さんでもきっと同じように照れるだろう。

 

(でもあのお嬢さんは勇気を出していなそうだなら私と違ってイルさんと文通していない。喋れない)


 最近また登校中に彼女を見かける。それでイルを見つめてしばらくすると顔を背ける姿も目撃している。

 私は性格が悪かったようで彼女も私と同じで結婚相手をかなり選べない人でありますようにと願っている。

 イルに近寄るなと念じている。私のわりと当たる勘が彼女をイルに近寄らせては行けないと告げている。

 彼女がイルに話しかけようとしたら私は彼女に話しかけるつもりだ。雑談で勇気とタイミングをへし折る作戦。

 それでシエルがとびきり美人で優しくて性格良しで家業に役立つお嬢さんと出会いますようにと祈って眠っている。

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