結納
家族と話し合いの結果、他の縁談は書類と調査結果で断ってシエルとしっかり交流。ダエワ家にこちらから結納お申し込みという結論。
そうだったけどシエルと話してあれこれ聞いて父も彼と話した結果、意志はさらに強固になった。
結婚は家と家の結びつき。私の今の大優先事項も家のこと。自分の気持ちの優先度は低い。
両親は家業関係はある程度必要だけど、それよりも人柄重視で候補者の中だとシエルが一番私と合っていると判断。
姉は「メルさんの勘は当たる」でシエルを推した。シエルが連続殺人鬼の魔の手を逃れたのは私の勘のおかげ疑惑でそれも姉の意見の後押しだった。
日付を指定してダエワ家三男シエルへ両親と共に結納お申し込みをしてそこからはトントン拍子。
ダエワ家当主、シエルの父は私の父の正直さや誠実そうなところをとても気に入っていたらしくて、病気関係の話をしないなら破談にして家業関係も徐々に縁切りするつもりだったそうだ。
イルとのお見合いがなかったらダエワ家を多少騙し討ち予定だったので、またシエルと縁結びに転んだんだなと思った。
デオンと会った後なのもあり、父はわりとぼんくらでシエルの父親はわりと切れ者だと感じた。
それなのに父のこういうところが良いと誤解で褒められたから私は心の中で苦笑い。
父も帰宅後に「ちょこちょこ誤解されている。祝言にならなくても結納期間に色々学べる。デオンさんといい、格上との差はこういうところだ」と苦笑である。
下手するとソイス家はダエワ家に乗っ取られるけど私の勘はあの両親とはなんだか馬が合いそう、である。
特に怖いらしい母親。そう思ったので結納破棄にならないで祝言する気がした。
私は私の勘を以前よりも信じるようになっている。この勘はいつでも好きな時に働かないのでそれは残念だ。
元服祝いは振袖を着て家族でいつも通りの食事。そうして宴席代を結納費用に回すことにした。
九月三週目土曜日の結納日に私は白無垢姿になった。そうさせてもらった。
結納の宴席はダエワ家が営む料亭で行い、来月祝言するダエワ家次男シオンの許嫁ミレイと彼女の両親も参加。
結納前にシエルに教えられたけど、私とミレイは同じ琴門教室で、私とシエルにはそんな縁まであるんだと驚いた。
上座に二人で並んでいるけどシエルはちっとも食事をとらない。緊張しているのだろう。私も同じく中々箸が進まない。
「自分達もそうでした。二人で外の空気を吸ってきたらどうですか? この店の庭はわりと景色が良いです。大きな店ではないですが多少自慢します。あはは」
ダエワ家次男シオンは父から聞いていたり調査結果通り気さくな性格のようでちょこちょこシエルに軽口叩く。
二人の兄のうち次男兄は特に世話焼きだとシエルに聞いた通りのようだ。
「兄上、ありがとうございます。メルさん。少しどうですか?」
「はい。お願いしたいです」
歩きづらいから助けてもらいたいのと、覚悟を決めて彼と向き合うぞという意志を込めて彼に右手を差し出した。
手を取られてイルよりも小さい手だと比較した自分を心の中で殴りつける。
今日はちっとも寒くないのに重ねている手はとても冷たい。
部屋を出て廊下をゆっくり進んでいるとシエルは空いている手で首の後ろを押さえた。
「手紙の内容が変わって散歩もしていますけど、今日から本格的に交際なのにこの格好だと祝言みたいです」
私が白無垢なのでシエルは黒五つ紋付き羽織袴だ。
「頼みを無下にせず、我儘を許してくれて嬉しいです。ありがとうございます」
「父上は渋ったんですが母上が後押しです。交流期間はわりとあって短期間結納だから祝言は既定路線。もうほぼ決まっているんだから念のため父親に晴れ姿を見せておきたいのは当たり前だと。店の中だからなおさら」
「お母上がそのように。ふふっ。私の勘はやはり当たる気がします」
怖いらしいという噂のシエルの母親と初めて会った時になんだか親しくなりそうと感じた。その話をしたら「へえ」という返事。
彼は考え込むのか時々次の言葉が遅いので続きを少し待ってみる。
「母は格下から若干格上へ嫁いで苦労したそうで親近感かもしれません。あとはなんだろう。自分の母親なのに結構知らないから調査中です」
「私も両親について最近そんな感じです」
庭へ出られるところへ来て自由にどうぞというような草履があって、転ばないようにとシエルが草履を履かせてくれた。
「ありがとうございます」
「いえ」
庭は狭いけど白い石が敷き詰められていて美しい。赤く色づき始めた紅葉の木が風で揺れるとひらり、ひらひらと葉っぱが池の水面へ落下して浮かんだ。
「我が家は話した通り俺の気持ちが少しと俺に勉強と掘り出し物疑惑のソイス家確保。下手すると乗っ取りです」
「はい。私は父の代わりやもしもの時の後ろ盾や相談役目当てです。親心は少し無視で娘心優先。父が亡くなる前に結婚や子どもと家業の安心を希望です。そこに他の方よりは、です」
「結婚は家と家の結びつき。利害の一致。わりと良くあるお見合い結婚予定ですね」
手を引かれているのでついて行く。シエルは紅葉の木の下まで移動した。
「私は勘が良いので初恋相手だと思ったり、常に縁があるようだったシエルさんと夫婦円満になれたら嬉しいので結納破棄前提とか、常に離縁を頭に置いておくことはしたくないです。予防線は張るけどそれは二の次です」
「……。言おうとしたことを先に言われました」
「えっ?」
シエルは手を伸ばして枝から紅葉の葉を取った。二枚だ。この意味は分かる。
「メルさんなんて別に、メルさんでなくても楽しいしかわゆい美人、男と密会女性なんて嫌だ、などなどあるのにメルさんからいつも逃げられません。なので自分も君と縁があると思っています」
はい、どうぞというように紅葉を差し出された。
「私は紅葉草子にあやかりたくないです」
「受け取られたら気が合わないと思ったのに。俺もです」
ポイポイッとシエルは紅葉を捨てた。
「気が合わなかったら嬉しかったですか?」
「いえ。考えてみてメルさんは紅葉草子を嫌いになった気がしました。だから気が合うだろうなと。推測的中です」
「紅葉の川浮かべは素敵です。願掛けの意味は良いです。でもその通りでちょこちょこ嫌いになりました」
「紅葉草子は流し読みしました。準備不足で遊んでばかりみたいな印象で共感場面がイマイチ分かりません。今度教えて下さい。それでですね、積恋歌を彼を想って弾いたことはありますか?」
なぜ急に積恋歌?
私は小さく首を横に振った。
「いえ、ないです」
「発表会で二回聴いていて、街で偶然見かけたメルさんと友人達との会話でどうやら自分に対して弾いていると知りました」
「……えっ。ええっ! 発表会は一回ではないのですか?」
私に会いたくて自ら琴の発表会へ行ったのではなくてミレイと会うシオンに連れて行かれたと聞いた。
「秋と春の二回です。二回目の方が上達していました。努力家ですね」
「ありがとうございます」
「本屋の話はしましたが別の話でその日道案内をしているメルさんを見かけました」
そんなことあったっけ?
私は軽く首を捻った。
「その髪飾りが陽の光に乱反射して綺麗で桜も舞っていて……。あー……。さく、桜の精ではないかと……。つまり俺の桜の君……」
真っ赤になったシエルは袖から美しい柄の筒を出した。それからもう一つ、梅三つが並ぶ細工物。髪飾りに見える。
「初恋がイルさんなら俺はその前、初恋もどきではないかと。多分……。さらってって、早く来てって積恋歌を弾いていたなら。鼻歌も偶然聞きました……」
……。
鼻歌をいつどこで聞いたの⁈
なんでシエルは付きまといしていないのに私にそんなに遭遇しているの?
私は差し出された二つの贈り物をそろそろと受け取った。
メルという存在に何かないの、というイルへの愚痴にシエルは自分はあるとまた教えてくれた。
「……そうです。だから両親は私はシエルさんに夢中みたいに誤解していきました。勝手に作り上げた理想は偽物だけど手紙は本人からだから会ったらきっと本物に……」
恋をする。私の初恋はシエルさん。私はそう思っていた。そこにイルが現れて私の気持ちをさらった。
春に知った恋は秋までもたずに終了。次の恋はどうなのだろう。
胸はまだまだ痛むけど私はシエルに期待している。
(期待しているだけではなくて私も彼を見たい。見つけていきたい。既に見つけている良いところ以外ももっと知りたい)
私は贈られた万華鏡を覗いてみた。これまでいくつか見たことのある万華鏡の世界とまるで異なる。
動かすとキラリ、キラキラと輝きを放つ青系と白銀の世界は雪景色のようだ。
「メルさんはきっと万年桜を好んでいると思います。少し苦々しいけど憧れたかと。自分も誰かと万年桜って。俺ならどうかと考えてそう思いました」
「綺麗……。雪の結晶のようです……。シエルさんは心を読めるのですか?」
「いや、推測なのでこうして尋ねています」
「当たるのが凄いです。席は別々ですが二人で万年桜を観ましたね」
「ええ。俺はあの観劇まで物語をまるで知らず。それでこれ。初めて会った桃の節句の時に渡す予定もないのに髪飾りをつい買って、二回目は珍しい万華鏡。桜の精なのか梅の精なのかなんなのか。万華鏡はなんか良いな、くらい。意味なしです」
彼は両手を合わせるように顔の下半分を覆った。相当照れてそう。
私も好意的な相手にこんなに色々言われて贈り物まで渡されたから照れる。
「桜よりも早く咲くので梅が良いです。人生で初めて異性から贈られた髪飾りにちなんで万年梅です……」
「話した通りあれこれ何も興味なしから色々勉強して面白くなったり楽しくなって知識が増えました。龍歌とか……」
「知らないところで自分が人を大きく変えていたなんてとても不思議な感覚です」
「それで龍歌はまだ作れないから探してきました。梅の香を君によそへてみるからに花のをり知る身ともなるかな」
「えっ……」
「前は分からなかったけど今は分かります。その髪飾りは青星花です。勿忘草。前は俺が忘れずに手紙を書くようにという意味で今はイルさんですか?」
梅の香りを貴方に結び付けて梅の花を見るから花の時期を知る身となった。
この前の言葉と合わせて私と会う前に花を色々覚えたという意味も含ませたようだ。
「半元服祝いの際に両親と亡き祖母から贈られた幸福の花の髪飾りです。青星花には勿忘草という別名があるんですね」
「えっ。そうですか。これはハズレと。それは良かったです」
「今日覚えたのでこれからは目の前の方が私を忘れないようにと思って使います……」
「失恋してウジウジ引きこもったことのあるシオン兄上も来月祝言です。それで俺は初恋もどきの相手なので……。前向きに万年梅物語と考えてもらって……。いや迷っています」
シオンは私に背中を向けた。耳まで真っ赤。私の体も熱い。とても熱くてならない。
「慈雨京雪華の火樹銀花。その銀色の髪飾りを揺らしながら積恋歌を弾いていたから君は俺の火樹銀花や雪の華。でも一緒に雪を見ていないしとか……」
「慈雨京雪華を知らないです。私が火樹銀花……。ちはやぶるみたいなことですか?」
「兄上が持っているので貸します」
つい最近イル以外と花火を見たくないと思ったし鮮烈な花咲花火と牡丹花火の思い出もあるのに、私は今シエルと夜空の花火を眺めて玩具花火で遊びたいと思った。
「花火はイルさんと見たかった。俺とは見たくなかった。その話でわりと凹みました。なので君と雪景色を眺めたいです」
夏の火樹銀花と冬の火樹銀花。花火は一瞬だけど雪は高い山の頂上付近だとずっと存在している。
「いえ。こんなに口説かれたから尻軽な私は今シエルさんと二人で夜空に浮かぶ火樹銀花を眺めて笑い合いたいと思いました。でも雪も見たいです」
「尻軽って。今回は尻軽が良いです。今回だけ。打算や利害の一致だけど多少気持ちもある。お互い前向きなようでホッとしました。あれこれ格好悪っ。これが俺です」
うわあ、と言いながらシエルはしゃがんでしまった。
(このシエルさんはかなり好みというか、私はお出掛けの時の格好つけのシエルさんはあまりだった……)
褒められたし口説かれたので胸がかなりドキドキしていたけどさらに追撃された。
「やっぱり結納なんて嫌。覚悟を決めて負け戦でもイルさんの胸に飛び込むなんて言われたり泣かれたらどうしようかと。少し安心したら吐きそう……」
「シエルさん。雪景色はここにあります。一緒に見られます。先取りです。雪景色を一緒に見ようと約束したいです」
私は彼の横に立って「しゃがむと転びそうなので見にきて欲しいです」と告げた。シエルがゆっくりと立ち上がる。
「ああ、万華鏡。買った時に覗いてから見てないです」
私は彼に万華鏡を差し出した。
「梅も約束で、その次は隣同士で万年桜の観劇で、次の発表会では積恋歌を聴いてもらい、夏は打ち上げ花火を見たり玩具花火で遊びましょう」
「秋は結納記念日。繰り返しましょうか。積もり、つのりますようにって」
「はい。雪は降り続けると溶けずに万年雪です。こちらを回すと降ります。降り続けます」
私はシエルが覗いている万華鏡をゆっくり回した。それから一言「やはりルロンでなくてとても安心しました。ルロンは嫌いです。ルロンと真逆だから真逆です」と若干つっかえながら口にした。
「えっ。あー。ミレイさんと同じ。しょうもない方が良いってそうです。格好つけはわりと評判が良かったのに難しいな」
「……。シエルさんは文通掛け持ちやデートざんまいだった方ですからね」
「ち、違います! いや少しそうだけど半分以上君対策です」
「本屋で私を見なかったら他の方とまたデートだったんですよね?」
「そうですよ! メルさんは何かと俺の前に現れるんです。密会現場もそう。知らずにいたかったけど知って良かったです。俺も初恋の思い出に食い込み。つまり俺との思い出です」
それはとても前向きな考え方。私もこの発想をもらおう。
「シエルさんと恋仲になるためだった。どう考えるかは自由なのでそういう風に思う事にします。しょうもない私でも良いとか、メルという存在に何かあるとか、傷の手当てをされるから嬉しいです」
「俺も嫌になったら逃亡します。でもどうせまた何か起こるんです。お前にはメル・ソイスだって。縁結びの副神様は俺に新しい味噌開発でもさせたいのかも。あはは」
「私も嫌になったら逃げます。でもきっとまたシエルさんの前にいることになると思います。私の勘はわりと当たります」
私達は笑い合って池の近くへ移動して万華鏡をふりかけ入れみたいに池に振ってみた。
「あっ。メルさん。雪は池で溶けます」
「何の願掛けにもなりませんね。まあ、この中の雪はずっと溶けません」
私は再度万華鏡の中を覗いた。
「天泣土潤満華幸……。正楽譜は畏れ多いですが簡易版を練習します」
「てんきゅうど? じゅんまんげこう?」
「創世記の曲です。天が泣きて土は潤い幸の華満つる。この万華鏡の景色はきっと私達の満華幸です」
創世記なんてほぼ知らないから勉強するそうだ。小等校や中等校で習ったはずだけど、と指摘したら記憶にないという。
天泣土潤満華幸を聴いた事がないから延期になっている音楽会へ行こうと誘われた。
この曲は新年の曲なので音楽会はかなり延期になる。
「年明けまで延期しましょう。明日がないのではないかと怖くなるけど先があると信じたいです」
「近い日にちの約束と少し離れた日にちの約束を常にするのは良い案かもしれませんね」
「それは名案です」
私はごくごく自然にシエルの手に手を重ねて支えてもらいながら宴席へ戻った。
行きと違って帰りは触れ合っている手が温かかった。
あれこれ話せたのでお互い緊張が消えて食事も家族との会話も楽めている。
シエルが今朝仕込んだ椀物のつみれと野菜の飾り切りを褒めていたら父が呻いて片手で目元を押さえた。
「お父さん!」
隣に座る母が父の様子を確認して、私と姉も父の側に近寄った。
「すみません。急に痛んだだけ……」
父の左目は真っ白に濁って右目も灰色気味に変化していた。炭のように黒い瞳だったのに。
「お父さんその目……」
「誰が何と言おうと絶対に白無垢。元服祝いはしないでその費用。凄いなメルの勘は。右目が辛うじて見えるが霞がかっているしぼやけている……」
こういう事は既に両家で話し合い済みだったので結納破棄にはならず。
むしろ祝言を早めようか、という話になった。縁起の悪いことを縁起良しで吹き飛ばしというありがたい提案。
「ありがとうございます。父に何があろうと意味のある日なので、シエルさんに私を見つけてもらった日なので、祝言日を桃の節句からずらしたくありません。大丈夫だと信じます」
予感がする。父はきっとまだまだ大丈夫。何か分からないけど何かが待っている。そんな気がした。




