縁結びの副神の微笑み7
メルの秘密を知って途方に暮れた俺はシオンに相談と思いつつ一人で悩み中。
問い詰めたら嘘が下手そうなメルは白状しそうだけど、恋人でもない二人を結納前の俺はとやかく言えない。
腹が立つという理由で自分とメルの縁談を壊して家業関係で面倒を起こす事は可能だけどメルの泣き声はひたすら悲しさしかなくて怒りなんて感情は湧かない。
むしろ自分が身を引くとか、上手く立ち回ると彼女は楽になるのではないかと思ってしまう。
そこに俺の好機もある気がする。潰れてぺちゃんこになりそうな彼女に優しく手を差し伸べたら俺に気持ちが移るかもしれない。
そういう卑怯な手は嫌だけど、メルなんてどうでも良いから始まり、何の縁なのか偶然遭遇し続けた結果、今の俺はあっさり彼女との縁を手放す気になれない。
情報を増やそうと翌日から毎日同じ時間にヤイラ小神社へ行く事にしたけどあの日から二人の姿はなし。
シオンに相談する前にあの男に接触して知らないフリをして近づいて彼がメルについて何と口にするか聞こうと思いついた。
しかし顔が分からなくて名前だけしか知らないので兵官育成専門高等学校の下校時間に門脇で待ち伏せをしても見つけられず。
こいつか? という体格や見なりの男は何人かいたけど確信を持てず。
土曜日は学校の後に我が家とミレイの家の食事会で俺は最初の挨拶後に叔父と共に厨房に入って少々上の空。
手元が狂って包丁を自分の足の近くに落としたから久々に料理長にかなり強めに怒られた。
空き時間ではメルとイルの密会をまた盗み聞きは出来ず、男も発見出来ず。
俺はぐるぐる悩んでメルと顔の分からない男がいちゃつく夢にうなされた結果、こう結論付けた。
一年間仮結納をして俺に口説かれたメルの心が全く動かなくて彼が恋しくてならないなら無賃結納破棄。
父親同士の仲が深まり気味で家業も共栄状況なのでそこは台無しにならないように俺が上手く立ち回る。もちろんメルにも協力してもらう。
引き換え条件は彼に会わないこと。手紙のやり取りは許す。彼に会わないという約束を破ったら有償結納破棄にするし家同士もごちゃごちゃにする。
一年以内に俺が罪悪感で潰れたらその時点で破談にするかもしれないし、大事な女性には笑って欲しいと諦めて彼女の背中を押すかもしれないし、交流が増えたら俺はメルを特に……と感じるかもしれない。
先のことは全く分からない。今の時点ではこう、とメルに提案してみるつもり。
夢にうなされるけど、蝉の鳴き声が耳に届くたびにメルの泣き声の幻聴がして胸が痛過ぎるのでこういう結論に至った。
譲る気はないけどあの泣き声も嫌だ。
しばらく経過して、メルの元服祝いに我が家は関与しないことになった。
病気の事も含めて家族会議が必要です。縁談はダエワ家が最優先だけど書類が来た分くらいは娘達のためにしっかり相手や家を調査します。
父はソイス家の旦那にそう言われたそうだ。
病気について楽観視していたけど、調べた結果かなり少数でも転がるように亡くなる同年代の石化病の者がいるという。
ダエワ家もその辺りを含めて家族会議をして欲しい。特に俺の意志を確認して下さいと言われたそうだ。
「誠実な人柄を特に気に入っていたから結納前にそういう話がないならどうするかと思っていた。俺の目は節穴ではなさそうだ」
父の書斎で二人きり。父は何かの書類を読みながら俺にそう告げた。
「父上はどう思いますか? メルさんのお父上が早く亡くなられるときっと自分は苦労します。我が家で乗っ取りみたいにも出来ますけど」
早々に家を背負うことになっても俺には無理。そうなると出てくるのはシアドやシオン。
人を食ったような性格のあの姉は兄二人と上手くやれるだろうか。ハンはわりと平気そう。
出掛けた際に彼に文通を提案してやり取りをして一回飲みにも行ったけど今のところ気が合う。
(メルさんは立ち回り下手だし顔に出る。旦那がいきなり亡くなったらソイス家は大丈夫なのか?)
何も知らなかったら俺は気合いを入れて、助けられながらソイス家を背負うぞと思うのに逃げたい気分。
覚悟を決めて結納したのにメルに袖にされたら、待っているのは失恋したのに歯を食いしばって悔しい思いをしながら両家の仲を保つ努力をする道化役なので嫌だ。
(想像しただけで無理。俺が悪いから結納破棄ということにしたら病気のあのソイス家の旦那さんを裏切るようなもの……。それはしたくない……)
かといってメルに泥を被せると子煩悩な母を止められなそう。これはこれで嫌だし面倒くさい。サッと考えた段階では詰んでる。
「結納中に考えてみろ。元々そのつもりだ。非常識な事以外は無償結納破棄にする。用意している契約書は見せているだろう」
「はい。結納で開始地点なのは分かっています」
父にはこう言うしかないからこう口にしたけど結納したら終わりだ。
(いや、あった。三年子なしなら離縁。それだ。その常識があった)
いっそサッサと祝言して口説き落とせなかったら三年後に離縁。これはありだ。病気なら早く婿を取ってあれこれ教えたいだろう。
俺は他の商家の勉強を出来るし一つ屋根の下で夫としてメルを口説ける。
(病気のこともあるから早くと言える。いや言ってもらう。会ったら燃え上がって早く祝言したくなった。それも追加。確認不足による性格の不一致。三年待たなくても大嫌い並みの空気なら喧嘩別れ。こっちだ)
その間にメルの両親と姉とハンとかなり親しくなっておいて、メルとは離縁だけど家とは縁を切りたくないと言う。
俺ではなくて我が家の家族自体をソイス家と親しくさせて俺とメルは不仲。
性格の不一致、価値観の不一致みたいにどちらも悪いみたいにする。
その後のソイス家との付き合いはなるべく祖父と父、兄達に放り投げ。
メルと二人で話して提案してこの話に乗ってきたら密かに契約書を交わす。まもなく成人同士になるからそれが出来る。
(他の縁談を蹴散らせる。なんかもう囲ってしまっているから囲ってしまえ。祝言してから口説く。良いと言われるまで触らないとか先に契約して祝言だ)
自分でも考えたり考察するようになれと励まされてきたので我ながら悪くない案を思いついた気がする。
「お前の気持ち優先で始めた縁談だから気が合わなかったら破談で構わない。向こうは嫌だろうけどな。こちらはあの家に捨てられるのはあまり。同情するような事になりそうなら上手く立ち回ってみろ」
父はニヤリと笑ってそれも商売人として成長する良い経験になると口にした。
可愛い息子のために外堀りから埋めてお膳立てした。自分はソイス家の旦那を気に入っている。
どっちの面子も潰さないように破談に持ち込める男は立派な経営者になれそう。店も一軒任せられるかもしれない。まだまだ資金を貯めないと新店舗は無理だけどな。父はそう笑った。
行けない日もあるけど俺はなるべく毎日ヤイラ小神社へ行っているのできっとあの二人の密会現場を押さえられる。
堂々と二人の前に出て、あの男も他の縁談も気に食わないからもう祝言にする。
メルは俺に毎日口説かれる代わりにあの男と文通までは許す。俺は彼女が嫌がる間は触らない。
約束を守るなら一年後に俺はメルを諦めるし両家の縁結びの邪魔もしないように立ち回る。
俺は諦めなくて、メルも諦めなくて良くて、両家の共栄も壊さず、ついでにあの男の自尊心を踏み潰せる。
今の我が家とソイス家の状態で祝言に横入りは下準備や調査をあまりしていない家業の縁結びもまだの家の男には無理。貧乏平家学生にはもっと無理。
最初は子なしで離縁はあるある話だから三年とふっかける。
あの男に残された道はメルを連れ去ることだけど優しいメルは父親を残して家から出て行ったりしない。十中八九俺と住んでみる道を選ぶ。
それであの男はあの男で常識的でないと嫌、という理性か自己保身優先男だから多分釣れる。
なぜか何度も偶然メルに遭遇してきた俺は彼女に執心気味だけどフラッとした時もあったから現状や似たような関係のままメルに袖にされてもきっと大丈夫。
顔が良いという長所を知ったし中身はマシになったはずだしツテコネもあるのでこの祝言詐欺でソイス家を手に入れて他の家を再婚で追加だ。
メルが振り向いてくれてお互いの気持ちが大きくなると良いけど楽観視出来ないから予防線。これを基礎案にして話し合いだ話し合い。
そう思っていた三日後、二人ではなくてメルだけを発見した。最初にメルを見つけて確認したらイルは不在。なのでまたメル側へ戻った。
彼女は切れ目縁に腰掛けて足を宙を蹴るように動かして隣に伏せているポチを撫でてぼんやりしている。
「あの、すみませんメルさん」
足を踏ん張って拳を握らないように気をつけてメルに声を掛けた。声が震えなくて安堵。彼女は勢い良くこちらを向いた。
「街中で見かけて声を掛けようか掛けないか迷って今になりました。その、すぐにと思いつつずっと暗い顔でここへ来てからは泣いていらしたので」
距離があるし曇り空で暗い上に屋根の影もあるから彼女の表情は見えない。少し待ったけど何も言わないので言葉を続けることにした。
「あの、ずっと考えていて。本当は単に自分が嫌なのではないかと思いまして。親同士が色々進めたから、俺が周りから囲もうとしたから逃げられなくて……みたいな」
俺は軽く髪を掻いて俯いた。俺に聞いてくれたり俺の家族に尋ねてくれたら俺が取り囲もうとした訳ではないと知ってもらえる。
信頼関係を積み重ねられないと家族にはなれない。メルから逃げたら俺は次の縁談や上手くいって結婚した相手とも似たような事をする。
壁にぶつかった時に俺は周りを頼りまくってきたけど肝心の本人から逃げたらその本人とは深い仲になれないだろう。
「先日ここで見かけたので。この位置の陰から少し覗いたら一人で楽しそうに本を読んでいて迷っていたらそこから角の向こうを覗いたので……」
「確認しました? それなら人がいましたよね?」
「ええ。何を話すのか気になって最低ですけど縁の下から盗み聞きです。聞こえるくらいまで近寄って。彼の体勢や距離で顔は見えず。自分も隠れたので彼のことは探せません」
彼女は俺の嘘に気がつくだろうか。本当は社の中で盗み聞きだ。縁の下は狭い。しかし俺の体格で潜り込むのは出来ない事もない。
立ち回り下手ということは思慮が浅いから見抜けなそう。
「俺の話だな、と思って。飴の話から俺の話でした。俺と君と彼の話。密かに恋人がいたんだと怒りとか悔しさとか悲しみと色々思ったけど話を聞いていたら少し違うなと」
「あの日にシエルさんはここにいらっしゃったんですか……。縁の下……」
「中途半端野郎とか、別に恋人でもなくて何も約束していない。分からなくて。会話の端々から、特に最初の飴の話などで悪い男ではなさそうだなと」
俯いていたけど胸を張ろうと思って顔を上げてメルを真っ直ぐ見据えた。
「親同士を通すと迷惑をかけるかもしれないから会ったら問いかけようと思っていました」
会ったら、ではなくてこうして会いにきた訳だけどメルは何も言わない。今、彼女は何を考えているのだろう。
「その後それとなく探りましたけど男性との付き合いはなさそうでした。顔も素性も不明なので彼自体は探せず。あの日から二人ともここには居なかったです。家族も知らない男ってことですよね?」
メルはそろそろと切れ目縁から降りて俺と向かい合った。
「あの日の夜、縁談話が進むのが耐えられなくて白状しました。私はシエルさんとは誠実に向き合いたいと思ったので家族とどういう風に貴方に彼の話をするか相談中でした」
「……」
そうなの?
ソイス家から話に来てくれる予定だったのか?
ソイス家の様子が少し変化したのはこれ?
メルは真っ直ぐ俺を見据えて凛としている。何もやましい事はない、というように。まだ彼女の表情は見えない。
(俺と誠実に向き合いたいって予想外の展開……)
「周りから囲まれたので事業の事があるから言わない方が得策。駆け引きは商売人の基本のきです。家族と相談中でしたが知られていたなら隠しても無駄なので話をしたいです」
「ええ。聞きたいです。考察しても分からないので自問自答は無駄だと思いました」
「親同士を通すと迷惑になるという配慮や気遣いをしていただき感謝します。ありがとうございます」
これは駆け引きなのだろうか。俺達は商売人の子だ。
「いえ。後をつけたりしてすみません」
「いえ。私も似たような経験があります。私がシエルさんに話したい内容は私がしょうもないから縁談を再検討して欲しいことと失恋話です」
「えっ。失恋話ですか?」
あの男の存在を親に話して我が家や俺と縁切りしたいとか、それは無理だとか、そういう話し合いをしていると思ったのに違うのか。
(メルさんがしょうもないから縁談を再検討……。しょうもない? メルさんは失恋したのか……)
しょうもないかどうかはこれから知ろうと思っていた。
とにかく交流しないと今知っている思い込みかもしれない長所も短所くらいしか分からない。失恋してぺちゃんこならこれは俺の好機だ。
提案を考えたのに無駄になった。というよりも下手すると周りから囲むとか後をつける男は嫌だと袖にされる可能性も出て来る。
我が家と縁切りとか、縁は切らないで俺から逃げる方法を両親と話し合っているのかもしれない。
「はい。お見合いして失恋して破談です」
「……。ここは人目がない場所なので移動しましょう」
お見合いしたのかよ!
結納前だから我が家に教える必要はない。でも話してくれるつもりがあったのか。いや駆け引き?
(貧乏平家学生にその価値があるってこと。それかメルさんの気持ちのためにそういう場を用意した……)
血の気が引いていって俺は「下手すると袖にされるところだったのか……」と心の中で呻いた。
メルが俺を拒否するのに必要なことは我が家と関係悪化をさせないように立ち回ること。
メルは無理だと判断してあの大泣きでも父親は違うから娘のために動いた。
隠して終わりではなくて開示しようとしていたとは我が家の神経を逆撫でしない案があるのだろう。
(父上がソイス家は掘り出し物って評価したのはこういうこと。俺もメルさんのお父上はぼんくらではないと思ってきたけど……)
父はメルと破談でもメルの父親の下で俺を修行させてより大きな男にしたいのではないだろうか。
甘やかす家族よりも厳しい他人から学べる事は多い。料理人修行でそれはよく知っている。
「家まで送っていただけますか? 我が家で話します。貴方の信用の為に。家族は今はもう全て知っている話なので先程と同じ話をしていただきたいです」
「分かりました。けど自分は親同士を通す前にあなたと二人で話をしたいです」
メルの父親が出てくるときっと言いくるめられたり嘘でのらくら逃げられる。
相手にするなら、真実を知るなら弱そうな顔に出るメルからだ。
「それなら二人で嘘をついて我が家で私と二人で話しましょう」
「ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます。話した結果家族も含めて膝を突き合わしたいと言うのでしたらそうします。卑怯者なので貴方の優しさに甘えてそちらの両親を、特にお母上を怒らせたくないです。破談でも破談でなくても」
俺の母が怖いって知られているのかよ!
近寄ってきたメルは俺にぎこちなく笑いかけた。
(破談でも破談でなくても……)
「初恋を知るまで私の初恋相手はきっとシエルさんだと思っていました」
メルの困り笑いが屈託の無い笑顔に変化した。
「私の勘はわりと当たります。卑怯者同士だと理解し合える気がします。それでシエルさんは冷静で優しい気遣い屋なのも知れました」
(笑った。ずっと見たかったかわゆい笑顔。なんで今……)
数歩近寄ったら手が届く距離なので表情が良く見える。屈託ないかわゆい笑顔で俺を真っ直ぐ見つめてくれている。
(俺を見た……。卑怯者って貶されたけど褒めれた。優しい気遣い屋って俺は俺のためにここへ来たから誤解だけど……)
友人達を交えて出掛けた日にして欲しかった事がここで登場ってどういうことだ。
密会男と一年から三年戦うつもりでいたのにお見合いして失恋したってなんだ。
聞いててどう考えても相愛の雰囲気だったのになぜこのように清々しいような笑顔を浮かべている。失恋したのにここにいたのは未練だよな?
「えっ。あの。メルさんは卑怯者なのですか?」
「はい。嘘つきで不誠実で卑怯者で優しくないし気遣い下手です。でも直します。ただ卑怯さは商売人には必要な事です」
肩を揺らすメルに笑いかけられて俺は脱力。
曇天だったのにいつの間にか晴れていて俺達に光が降り注いだ。
初めて彼女を見つけた時と同じ姿に見えたので俺は何を聞かされても許しそう、と思ってしまった。惚れたら負けって多分こういうこと。
なぜこう、いつもメル関係は意外なことばかりなのだろう。




