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縁結びの副神の微笑み6

 社内は少し埃っぽくて人が入った形跡がない。勘違いかもしれないけれどそう感じた。


(つまりあの男とメルさんはこの中で何やらは無いかもしれない……)


 こういう発想に至る自分が嫌になった。夏なのに冷や汗で体が冷たくて心臓がやかまし過ぎる。

 二人がいた位置の方へそうっと足を進めて上だけではなくて足元にも窓があったので静かに静かに開いた。

 それぞれの着物が少し見えるでこれで二人が移動するか分かる。


(喋らない)

 

 密会なのに喋らない?

 男の位置とメルの位置は変化していない。なので二人は近寄っていない。


「暑いし邪魔するなポチポチ犬」


 男が喋った! と思ったけどそれで終わり。


(俺は何をしているんだ。いやメルさんこそ何をしているんだ)


 剣術道具袋と竹刀袋?

 花火大会でメルが目で追っていたのは地区兵官達……。


(こいつは地区兵官? いや制服ではない。地区兵官で休み? メルさんは祭りの間彼を探していた?)


 いつどこでどう知り合ってこの密会になる。メルの家族はこれを知らない。散歩にたまに見張りをつけたのに発覚していない。


(メルさんの後を追ったら社の裏で休憩と読書に見える。この男は見えない)


 その為にこの座る位置ならズル賢い。メルがポチの散歩を始めたのは五月頃。つまりこの密会は五月頃から開始だ。

 俺とメルが本縁談話になった頃になる。二人がどこかで出会ったり待ち合わせ話をしたのはその前ということになる。


(登下校には見張りで他のお出掛けも元服前の若い娘は心配だから人が付き添うのにどこで出会ってどうやって待ち合わせの話をする)


 文通お申し込みは親を通さないものは全て握りつぶしてきたとメルの父親に聞いた。

 それで今のところ親を通したのは俺だけ。最初はそういうところが気に入ったと遠回しに言われた。


(つまり無理だろう。待ち合わせ話をするとか手紙のやり取りを始めるのは無理そう。なのにどうやってこうなる。サッパリ不明だ)


 逆か。散歩を始めてここも散歩道にしたかたまに言うことを聞かなそうなポチが勝手にここを散歩して彼と出会った。これだ。これならしっくりくる。


(……あの最初はそっけなかったポチが懐いている)


 メルはそれなりにかわゆいし、平家男から見たらどう見ても住む世界が異なる格上お嬢さん。警戒するメルに挨拶から始めてポチを口実に近寄って親しく……。


(親しいのか? 喋らないぞこの二人。ポチだけ狙いか? いやメルさんを油断させている最中?)


「だから暑いって。邪魔するならお嬢さんの方へ行けポチポチ犬。あはは。やめろ。勉強中だ。舐めるな。臭い」


 男がまた喋った!

 

(お嬢さんの方へってメルさんとやはり顔見知り。お嬢さん? 名前は? 名前を知らないのか?)


 読書は勉強ってこと。喋らない二人はそのうち近寄ってあれこれ始めるのだろうか。


(それは吐き気がするというか辛い。こんなことあるのか……)


 嫌な時間は中々経過しないというけど今がまさにそれ。息を潜めて盗み聞きって情けない。


(勘は大事か。シオン兄上、俺の勘と偶然でとんでもない事を知ったけど俺はここからどうしたら良いんだ?)


 結納前だけどあれこれ事業提携を強化してきたので親しくなった父親同士の不仲は関与している奉公人達に悪影響。

 母に知られるのはマズい。真面目なシアドもあまり。シオンは多分俺と動いてくれそう。

 

(身辺調査をしっかりしてこれって……)


 メルの両親、姉、友人も恐らく知らない。そうでないとこんなの放置しない。何か手を打つ。

 メルは何を考えている。そこがとても大切だ。この密会している男をどうするつもりで俺もどうする。

 結納した後にこれが発覚するともっとマズい話になる。

 俺の母が過保護で面倒で野心家みたいな話を知っていなくても我が家が怒って有償結納破棄で業務提携も悲惨なことになり悪評までつく可能性は大バカでなければ分かる。

 困るのは我が家ではなくてソイス家だ。

 

(……この男はそういう事を知っているのか?)


 それにしても喋らない。だから余計に分からない。


(文学だと親密な二人が発見されて、だけど喋らない。なんなんだ? ポチは近寄らせるけど自分は嫌ですってこと? そうなると恋仲とは違う)


 それは俺の願望だ。二人は親密ではありませんようにという願い。

 冷静になれ、冷静であれと自分に言い聞かせる。俺はメルは優しいと知っている。

 両親が調査したのもあるけど俺自身の目で何度か見てきた。

 病気の父親や今のソイス家と我が家との関係が分かっていて自分勝手な事はしないはず。

 今しているけど何か事情とか、何か考えとか、ポチだけ友好関係みたいに何かあるかもしれない。

 

(この男は何も知らなかったりして。地区兵官ならそこらの商家のお嬢さんは手に入ることがある。結納話があると知らなければ……)


 それだとメルだけが嘘つきになる。


(いやメルさんは現在我が家も自分の家族も騙してる嘘つきだ)


 俺はこんなに大きな嘘をつける女性と一緒になりたいか?

 

(結婚していたら浮気。うーん。何もしていないこれは今のところ浮気ではないな。しかも一応結納前だから結納破棄も起こらない。結納前に意外な一面を知れて良かったってこと……)


 結納したら本格的な交流を開始するだけで絶対に祝言とは言われていない。祝言は既定路線だけど嫌なら逃げられる。


(俺はそうだけどソイス家側は厳しい。父上は母上の面子というか俺への親心を大事にするだろう。格下に足げにされたってなると母上の怒りがヤバそう。それを止めたいかっていうと……)


 円満にメルと縁を切ってソイス家に迷惑をかけない義理はない。破談になってこの二人が縁結びも(しゃく)に障る。

 なにせ拳を握りしめて二人の前に出て相手の男を殴りたい気分。人に暴力を振るいたいなんて思ったことは初めてだ。


(何も知らない男を殴っても無意味。メルさんは殴りたくない。これも勘というか優しい彼女がウキウキこの状況な気がしない)


 友人達に俺と縁結びで嬉しい、みたいに話せるメルは本当に嘘つき女性だ。


(ん? つまり俺? 俺を選ぶ? この男と恋仲なら俺と縁結びは嫌だと逃げるよな。どんどん話が進んだけど春頃なら、本縁談話前なら断れた。いや散歩で出会ったこの見なりの平家地区兵官のために縁切りするか? ……喋り始めた!)


 線香が消えました、とメルが告げると男が「息抜き時間ですね」と笑った。声の感じで笑ったと分かる。


(線香を燃やしていたのか。時間を決めて読書。というか勉強。ふーん)


 窓から少し見える二人の位置は変化なし。息抜き時間になったから二人で並んで座るということはしないようだ。

 ますます二人の仲が分からない。この位置のまま別れたら恋人とは指摘出来ない。

 男がメルに「買ってきてくれた玩具は大正解です。ありがとうございます」と口にした。


「妹さん達は喜んでいるということですね」

「はい。紙風船は下の妹達が自分達や友人達と楽しんでいるそうです」

「私も昔姉としました。叔父さんが出店で買ってくれたのを思い出したんです」


(俺への声色と全然違う、たまたま聞いた事のある家族との会話やお出掛けの日にハイン達と話していたような感じだ。つまりこれは素……)


 俺には拗ね演技ってこと。嘘つきだから演技も上手いということ。


(でも拗ね演技というよりも嫌われたとか怖がられたと感じた……。怖がられたがしっくりくる。今思い返すとそんな感じだ。俺に怯えていた)


 なぜ俺に怯える……。


「——……は大人しいのが暴れ妹達の(しつけ)なのかピーピー吹いて使っているらしいです。紙風船は終わり、洗濯開始、みたいに」


 少し聞き逃した。


「大人しいのは次女さんでしたっけ」

「そうです。あいつは陰湿なんですよ。怒らせた翌朝に俺の鼻の穴に花がさしてあったり、食事担当だからって漬物をなしにしたり」

「鼻に花。ふふっ。イルさんはなんて怒るんですか?」


 男の名前判明。地区兵官疑惑で名前はイル。六番隊の屯所で尋ねたら調べられるかもしれない。

 しかし六番地はかなり広くてその六番地を守る六番隊の中枢である屯所へ行っても不在者は多いし人数もかなり多いから空振りかもしれない。

 イルという名前もありふれている。なにせ皇子の名前なのであやかって付ける家は多い。華族はしないけど俺達庶民層はそうだ。


(メルさんはとても楽しそうな声、と……)


「正座って言うて口で言え、喋ろって。逆に兄ちゃんはいつになったら謝るのって怒られて親父と母ちゃんにも俺が怒られてあいつは軽く怒られます」

「兄ちゃんと呼ばれているんですね」

「ええ。母ちゃんがかなり働く分リルが家守りだし下の三人がやかましくて苦労しているから飴は次女に全部やりました。長女と二人で分けろって」


(家族をこの呼び方は平家。見なり通り。平家から地区兵官は努力家かつ強いやつ。この格好だから給与が安い下っ端……)


 平家から地区兵官は時間がかかるからわりと年上疑惑。

 パッと見は細かったけどあの腕の筋肉で地区兵官となると敵わないから殴りかからない方が良い。


「きっと喜びます。喜びました?」


 地区兵官なら正々堂々と訴えれば足元をすくえる。そう考えると名前を知らないお嬢さんにこのような人がいない場所で近寄らない気がする。


(色々謎だな。メルさん側から難癖が嫌だから自己保身? メルさんも都合が良い。つまり……なんだ? この二人、近寄らないしな)


「嬉しそうでしたけど多分二人とも譲るから俺は下二人に姉ちゃん達は優しくていつも我慢するからたまにはどうぞって言えって言うつもりです。末っ子は小さすぎるからまだそこまでしなくてええかな」


 俺は指を会話を思い出しながら折って妹の数を確認。五人だ。兄弟の数は不明だけどこいつは五人姉妹の兄。やはりかなり年上そう。


「優しくて譲るのはイルさんもですよね」

「俺は一つは確保して死守。全部は譲りません。前はそうではなかったけど半分にしなさいってガミガミ怒られるので気をつけています。優しさもお人好しさも大切だけど自分の事も大切にしないと周りの大切な人がが時々傷つくって。難しい話です」

「半分ですか」

「母の言う半分って物の話ではないんです。父に軽く言われました。俺は別に飴一つくらい食わなくてもわーきゃー騒ぐ妹を見る方が得した気分になります。兄ちゃんありがとうって笑って背中に飛びついてきたり」


 男の声色が変化して少し低くて小さめの声になった。


「俺は毎回そうでも妹達は三回に一回くらいは飴を食べたいかもしれないから俺が譲ってばかりだと長女も次女も譲らないとってなってしまいます。そう言われてそうか、と反省です」

「優しいお姉さん達なんですね」

「三人になって一緒に食おうぜ、が正解だったのかなぁとか。小さい頃、兄ちゃんはリルばっかり。いつもリルリルってルカに言われたから今は上二人が両親や俺に対して下三人ばっかりって思っているかも」


 はあ、と小さなため息が聞こえてきた。


(こいつメルさんに妹達の話しかしないな。口説く話題にしてはおかしい。いや、自分は家族想いだと主張したいのか?)


 飴一つでこんなことを考えるのか。


「別に差別していなくて単に小さいからおぶってたとかそんななんですけどね。つまり今度はロカばっかりって言われるのか? いやロカも含めてルルもレイも私も私もってうるさいから言わないか。我慢するのはルカやリルだよな……」


 イルはしばらくブツブツ言い始めた。その内容はまるで親の悩みだ。


(親みたいだしあとなんかこいつシアド兄上みたいだな。世話焼きそうというか……)


 なんだか悪い男ではない気がする。俺は飴一つでこんなに考えたことはない。それでこのイルの家は飴一つを譲り合う貧しい家。奪い合いではなくて譲る家。


「イルさんはうんと優しいお兄さんですね。こんなに悩んで」

「いや別に普通です。大して何もしてないです。あと俺は親ではないから思ったようにして間違えたら親に怒られておこう的な。元服してもまだまだ子どもです子ども。あれこれあちこちで痛感します」

「もしかして嫌な目に遭う話ですか?」

「俺は長男だけどあちこちで下っ端なので相談しまくり人生です。だから今の状況は時々苦しくなります。君は大丈夫ですか?」


 話題が急にメルと男の事になったので虚を突かれた。なんだこの急な話題変更。ドキンッと跳ねた心臓がそのままバクバク鳴り始める。


(位置は……。変化なし……)


 嫌な目に遭う話、とはなんだろう。イルはあからさまにメルの問いかけを無視した。


「あの、はい。私は……。いえ、たまに。誠実でありたいように感じるイルさんを我儘(わがまま)に付き合わせているなって……」

「喜んで欲しくて、笑ったかわゆい顔がみたいからそうだと思って花火とかしたけど気を引いた分だけ傷つける事になるから酷い事をしているのかなって。本当の優しさってなんでしょうか。分からなくて誰かに意見を聞きたいですけど……」


(メルさんは彼と花火をしたのか。気を引いたら傷つける……)


 メルはこのイルを慕っている。それをこの男は理解している。


「私と同じで止められるから話したくないという事ですか?」

「親父や母ちゃんにちょこちょこどうしたって聞かれるから学校とか屯所にしょうもないのがいるって言うて誤魔化していたけど親はしっかり見ているから師匠に話がいきました」

「それで師匠さんに相談したのですか?」

「まだ。難しい年頃だから親に話したくないなら私に話せと。誰かのせいにしたくないから自分で決めたいと言うたら誰かに話しながら意見が決まる事もあるとか親身になってくれました」

「イルさんの苦しさが減るならそうして下さい」

「話すか話さないか絶賛悩み中です。八歳からかなりの時間世話になっているし先生には大勢の門下生がいるから誤魔化しは通用しませんし。俺はそんなに後ろ暗くない話だけど君はどうなのかなって思いました」


 イルの声色はどんどん暗くなっていって深いため息が聞こえてきた。


(自分は後ろ暗くないってなんだ……)


 裏返すとメルは後ろ暗いになる。


「私は……。私が私に対しては自業自得です。イルさんの気持ちを考えるとたまに辛くなります……」

「会った時の心底嬉しそうな顔や別れる時の泣きそうな顔や縁談相手の話をする時の絶望的な顔とかグルグルします。君の気持ちが限界になって親に話す時は俺も一緒に謝ります。迷惑をかけるけど師匠に頼むつもりです」


(俺の話を知ってるのかよ……。絶望的な顔って……。俺に怯えているって正解……)


 惚れた男がいるから俺との縁談は嫌。俺が彼女を褒めたら顔色を悪くした。


(あの日、もしかして彼女は俺と破談になれって思っていた?)


 やり過ぎと思われたくないと悩んで友人達にも合わせた格好、ではなくてあの日の格好は手抜きだった?


「えっ? あの」

「一緒に嘘つきになろうと言うたから一緒に背負います。八月ももう終わりです。三ヶ月後にはもうこうして会えません。何にも約束出来ないのは良くないなと。口約束でもないのとあるのでは全然違うと思うんです」

「それって……」

「今は相手の男と文通だけだけどこれからは違うから相手に対して罪悪感が酷くなる気がするから心配です」

「……」

「俺はほら、中途半端野郎です。別に恋人でもなくて何も約束していないから別に。自分の意思ですし。でもこの先は俺もわりとしんどくなりそう的な。結納前までは違うなと」


(メルさんは黙り込んでいるから分からない。このイルは俺とメルさんが文通していてこれから結納なのも知っている)


 恋人ではない。何も約束していない。結納前までは違うなら結納前までの関係ということだ。


(関係って恋人でもないならなんなんだこの二人は。この会話だし……)


「戦場兵官の話。わりと学校で聞いています。物でも難しいのに目に見えない物だとさらに分かりません。俺が君に譲れる人生の半分って何かな、なんて……。今日はもう帰ります」


 結局二人は隣同士に並ぶことなく、元の位置から動かず、触れないような位置から移動しないで解散した。


(戦場兵官ってなんだ。学校……学生か。専門高等校生でまだ地区兵官じゃないってこと。メルさんに譲れる人生の半分……)


 冷静であれ、と話を聞いた結果訳が分からなくなった。

 貧乏な家で学生で地区兵官希望。お金を貯めて学校へ入学して成り上がりを目指すのはあるある話。つまりあの男は苦労人かつ努力家で野心家だ。


(地区兵官は強さだけではなくて学業必須の上にツテコネその他狭き門だから戦場兵官になるってことか? それを辞める? 辞めてどうする)


 成り上がりを諦めてソイス家で一から奉公人?


(恋人でもない……。学校まで入ったのに進路変更して一から奉公人は半分譲るじゃないだろう……。何をどう悩んでいるんだ?)

 

 一から奉公人になるから娘さんと将来の約束をさせて下さい。密会男がそう現れても門前払いしないか?

 するよな。俺ならする。密会男とは言えないからそうなると犬の散歩をしていた娘さんを見かけて文通お申し込みをしたいです。そうなる。

 メルに直接は握り潰される。家へだと……一から奉公人になるとは言えない。何も知らないのになぜ知っているとなる。

 いや、ソイス家の調査をしたと言えばよいのか。縁談話に横入りしたい……無理だよな。今の我が家とソイス家に横入りは貧乏平家学生には無理。


(つまり……なんだこれは。恋人でもないってなんだ。なのにあの苦痛そうな声で人生の半分を譲るってどういうことだ)


「ポチ……。聞きました? イルさんは私に優しくすると傷つく……。私は単に結納延期で浮かれていただけなのにイルさんは悩んでくれていました……」


 震え声がして俺は頭を抱えて俯いた。こんなの分からないことばかりだ。

 結納延期で浮かれたって、半結納になった話だろう。

 メルは俺と結納したくなくて自分の親に上手く嘘をついたってこと。


(抵抗するにはしたのか。だから俺の勘が働いた……)


 メルはまだ知らないけど現在また結納話に転んでいる。


「居ないのは知っているけど恋人がいるなら連れてきなさい。半端なろくでなしは論外。これから交流する好青年のシエルさんと向き合いなさい。ポチ、正論ですね。シエルさんは良い方そうです……」


 メルの声は少し震えている。


(親と何か話しているのか……)


「正々堂々、常識的でないと無理です。あはは。八方塞がり……。隠れてコソコソ恋人になって燃え上がるって定番なのに何もされないし惚れられない……。優しくないからです……」


 無理ですって袖にされてるってことか?

 なのに自分に譲れる人生の半分……。気を引いたら傷つけるってこれか。

 喜ぶ顔が見たくて、だからあの男はメルに気がある。

 ますます混乱。お互い事情は分かっていそうで、恋人ではないのは確定で、メルはあの男を恋慕っていそうで……あの男はなんだ。


(正々堂々、常識的でないと無理……。密会男状態では恋人にはなりません? そういうこと? 譲れる人生の半分ってなんだ……)

 

「同情心につけ込んでるだけ……」


 うえええええん、とメルは子どもみたいに泣き出してしまった。


(俺はここからどうすれば良いんだ。とりあえずあの男探しとシオン兄上に相談……)


 泣き続けるメルの声に胸がジクジクして途方に暮れる。こんなの聞きたくない。

 嘘つきの彼女は誰にも相談出来ないだろう。ここで泣く事しか出来ない。


(君は大丈夫ですかって大丈夫じゃないだろうこれは。いやだから問いかけたのか。君の気持ちが限界になって親に話す時は俺も一緒に謝ります、か。何をどう謝るんだよ……)


 我儘(わがまま)に付き合わせている。同情心につけこんでいる。


(嫌いな男と結婚したくない……良い方そうですと言われた。好きな男ではないから嫌の方か? 恋人になりたいけど拒否されている……。でもあの男はメルさんに気があるよな。あの感じ)


 嘘つき女性の話を信じられるのか? と問いかけられたら無理だけど会った日の態度や手紙の感じなどでメルは嘘が苦手なんだなと感じてあまり不快感がない。それよりも胸が痛くて苦しい。

 

(あれだ。あのイルを慕っていてしのぶれどだから俺相手の態度って事にした。メルさんが散歩を始めた頃と俺と本縁談に進むと決まった時期は被っている)


 浮かれたような様子や落ち込んだような態度は俺関係。恋してそうな娘、友人は忙しいって多分そういうこと。


(メルさんは立ち回り下手……。嘘も演技も下手……。琴の演奏だけで顔に出まくりだからな。俺の知っているメルさんに立ち回り下手も追加ってこと……)


 壁にもたれかかって髪を掻きながら俺はズルズル沈んでいった。


(俺だ。俺が撤退するとメルさんは嬉しい……。これから本格的に交流だったから明らかに失恋なら……嫌だ。それは嫌。なぜ俺が譲らないといけない。メルさんもあの男を諦めてそうだし……)


 奪い合いではなくて譲り合う家の男。正々堂々、常識的でないと無理だと恋心よりも理性優先。


(今日はこういう会話だったけど実際はどうなんだか……)


 蝉のやかましい鳴き声にメルの泣き声が混じって不協和音はさらに不協和音だ。

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