表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/55

縁結びの副神の微笑み5

 予想以上に箱入り娘気味に育ったメルは元服前に色事の知識が増えて動揺しているので異性に慣れる前に結納はちょっと、ということで俺とメルは秋に結納ではなくて半結納という話になった。

 結納で触るなという契約でも構わないのに半結納なのは交流が増えて気持ちが変化したらすぐに結納とか、思い出が出来た時に結納することは憧れるものらしい。

 ただしこの半結納は一般的な半結納とは異なり結納寄りにするそうだ。

 父やシアドはこれは駆け引きで他の強めの縁談と天秤にかけるのだろうと予測。

 娘が乙女心で拗ねているとか現実の異性に照れたり臆病な気持ちがあると提示されたら突っぱねにくい。何か思惑があるなら上手い手だなと俺も思う。


 家族と共にミレイ家族に会った時に拗ねとか乙女心がイマイチ俺には腑に落ちないのでそれとなくミレイに聞いたら「思い出後に結納はすとてときです」と言われた。

 お嬢様は素敵、と口にするのは恥ずかしいらしいとシオンに教わって俺が知っているお嬢さんと違う! とわりと衝撃的。

 シオンがミレイに素敵やキスと無理矢理言わせたら楽しかったと惚気てうんざりである。

 腑に落ちないなら自分の身に置き換えてみると良いとシオンとミレイに言われて想像。

 メルが強かな野心家で俺を本命として文通を掛け持ちして数人と簡易お見合い。それで全員に気のある素振り。

 俺の価値観だと嫌だった。それでそれは俺だった。相手の立場や相手の性格から推測が出来るとより良い商売人になるぞと言われてわりと納得。


 しばらくして父に「メルさんに縁談話が三件きた」と聞かされて、両家としては間に邪魔が入るのは嫌なのでやはり結納しようという話になっていると聞かされた。

 ソイス家の旦那は我が家と誰かを天秤という気は無かったようだ。

 メルの気持ちを汲むので裏では仮結納で表向きは結納。メルが希望した時期に本結納へ移行。契約書をそのように作る。

 仮結納期間の内容は書面半結納と似たようなものにするけど世間的には違う。そういう話。

 俺としては彼女の気持ちに寄り添っていて親同士が良いのなら何の不満もない。

 わざわざ仕事中に父に呼び出されたので破談になるとか悪い知らせかと思った。安心したらその悪い知らせを告げられた。


「メルさんのお父上が石化病ですか?」


 初老から老人が発症するありふれた病で友人の祖父母がなったみたいな話を聞くけど俺の身近な人物では初めてだ。


「中途半端な年齢で余命の予測は不明だそうだ。今は軽い痺れや痛みがたまにあるだけ。俺も十年後くらいに発症するかもしれないよくある病だ」

「ええ。よくある病気なのは知っています。俺はソイス家の、メルさんの役に立つと思いますか? 役に立ちたいです」

「ここで恩を売るとより我が家有利になる。なので特に反対する理由はない。嫁入りなら看病などが気になるけど実の娘が二人いるし向こうの家の家計もカツカツではないから困ったら人を雇える」

「……。別にそんな気はないですが嫌なら出戻りってことですよね」

「その通り。最悪は見捨てる。損切りだ。今する必要は全くない。お前は励んできたから隠居を強く意識した旦那と二人三脚だと大きく成長出来るだろう。前のお前のままだったら破談にするところだった」


 相手の家は少し焦りだして俺も他の縁談が横入りは嫌。まるで後押しみたいな状況だな、と父に言われた。

 石化病は生活の質が徐々に下がっていくけど他の病気や事故で亡くなる事の方が圧倒的に多い病。

 なので気にするような話ではない。俺がソイス家の役に立ってその後に我が家に何か不幸があった時に恩返しして欲しいと頼む事があるかもしれない。

 俺もメルも若いので結納期間を長くして祝言は二人の気分次第。

 話せば話す程、父とメルの父は気が合うらしくて事業拡大や強力話に花が咲いているからこのままあれそれ進めていくそうだ。

 病気の事を半結納前に教えられたのも好印象だという。蓋を開けたらそうだっただと騙し打ちだから当然。

 それに格上から婿入りだとわりと逃亡は自由。事業関係の為に事を荒立たないのは前提だけど父は自分の方が駆け引き計算が上手い、常に優位に立つ自信があるそうだ。

 代わりにお人好しそうな自分に足りないところを補強として欲しいという。

 結納したら俺はソイス家の次期当主として本格的に修行と言われた。

 俺は両家の両親から学びつつ料理人としても励む。

 料理長を目指すなら仕入れ関係や経営にツテコネなど色々必要。改めてなんでも学ばせる、学べと告げられた。

 どんどん料理人から父や兄達と家を背負っていく事の方に興味が移っているなと改めてそう感じた。

 料理は楽しいけど最近は記念時に家族に振る舞うとかメルに食べてもらいたいな、とかその程度になりつつある。

 多分家業の采配や経営案も料理みたいだからだろう。色々な物事を絡み合わせて結果を出す。それで家族も奉公人達もお客にも良い影響になったら料理を美味しいと言われて嬉しいのと同じようなものだ。


 去年、来年の夏はメルと花火を見られると思って今年のこの状況なら頼めば行けると思ったのに断られた。

 今の家族だけで行けるのは最後かもしれないからという理由。それで結納後に音楽会へ行きたいと誘われた。

 

(父上にからかわれた。今の家族だけって来年は俺が家族としているかもってこと)


 音楽会デートは前なら寝ていただろうけど音楽に触れ合って興味の湧いた今の俺はきっとメルと楽しめる。多分。なにせ俺は拗ねたメルとしか会っていない。

 どことなく道を誤っているような変な感覚がずっとしている。メルからの手紙を読むたびにそう思う。素っ気ないというかなんというか気持ちがザワザワしてならない。

 例えば結納前にメルの元服日があって祝いたい話を手紙に書いたけど感謝だけで終わって何の話も浮上しないとか、花火大会の「最後かもしれない」などところどころ違和感。

 俺は石化病について調べ始めた。中途半端な年齢だと余命不明、というのが引っかかっている。

 調べたら石化病は治療法を国をあげてずっと探している不治の病。

 若年である程突然死が多い病で高齢になる程進行が遅くなりこの病で亡くなる確率が低下していく。

 若い子どもだと一ヶ月程度であっという間に亡くなることもあるという。長くて半年、奇跡的だと一年程度。

 メルの父親の年齢で発症した者は本当に余命不明で若年寄りなのか老人寄りなのかその人それぞれ。

 医者二人と薬師三人に尋ねてみたら本当にこの年代は様々だった。肝が冷えたのは病気が発覚して二週間という者がいたこと。逆に八十歳まで生きた者もいた。


(父親が来年には亡くなっているかもしれない。その可能性はかなり低い。でもなくはない。最後かもしれないって多分それ……)


 メルの父親にも俺の家族からも俺達は相愛で家も良縁みたいな雰囲気と言われるのに肝心の本人からの想いが何も感じられないのは気のせいだろうか。

 会った日にメルは俺との縁談を断れない、拒否出来ないみたいな事を口にしたからそれが妙に気になっている。


(二人姉妹で二人とも独身で運が悪いと父親は早くに亡くなる。メルさんの立場なら……。俺がメルさんなら我が家が欲しい。俺ではなくてダエワ家、父上や兄上の後ろ盾が欲しい……。お祖父様も隠居は退屈になってきたから俺のおもりとか言い出したし)


 それならメルの父親はどうだろうか。親だからいつかは娘を残して先に亡くなる。

 それがいつか、ではなくて予想に反してあまりにも早いかもしれないと突きつけられたらどう考えるだろう。

 娘に頼れる、信用出来そうな後ろ盾を残したいと考える気がする。


(父上に話したら不利になるのに彼は話した。それで父上はあの前向きさ。まあ、父上は自分は違うと言うけどわりと人情派だしな。俺の気持ちもあるし、ソイス家に恩売りは俺を心配する母上の安心へ繋がる……)


 メルと行きたかった南三区六番地唯一の花火大会の日曜がやってきて、今年は専門高等校の友人達と行って、それとなく朝日屋の出店へ寄ったけどメルは見当たらなかった。

 あまりにも大勢の人がくる大きなお祭りなのに俺はソイス家とすれ違った。

 なぜこう、俺は彼女と偶然出会うのだろう。


「シエルさん?」

「いやあの、俺は今夜はもう帰ります」


 後をつけるなんて悪いことだけど、気がついたら友人達についそう告げて来た道を戻っていた。


(挨拶だけ。いや、何か言われるかも。お父上に誘われるとか)


 今の家族と花火大会はきっと今年が最後。だから俺とは音楽会へ行きたい。病気の事を聞いたので至極納得なのに感情は妙な気がすると告げている。


(誘いはメルさんではなくて父親発信。音楽会の話題なんて手紙に書かれた事がない。俺もそう。練習中の曲を教えてもらったりお互いに好む曲について書いたことはあるけど最近ではない)


 一家団欒の邪魔をするのは悪いし付きまといもしたくない。なので離れようと思うのに足はついついソイス家の家族を追ってしまう。


(こんなことしているなら話しかけた方がマシだ。結納するんだし)


 気になることがあるのに俺は父親同士が進める結納話や事業提携話に乗っかっている。


(もしもメルさんが俺を少しでも断りたい気持ちがあると周りから囲うみたいな状況。でも向こうの両親が娘の事を確認している。俺には分からないメルさんの気持ちは彼女の親が気にしている)


 だから俺は悪くない。なにせ勘というかなんだか気になるという感情しか不安な理由はない。

 それとも俺からしっかり尋ねるべきなのか?

 結婚は家と家の結びつきなのでメルの両親はメルの意志などどうでも良いという親という可能性もあるけど俺は彼女の父親と何度も会ってそれはなさそうだと認識している。探られる内容からそう感じてきた。

 結納話が半結納にしようとなったこと、その後やはり結納だけど中身は薄く。この一連の流れは娘の気持ちの為だった。


(浮かれて池に落ちたけど、なんで今はこんなに喜べないんだろう……。彼女の元服前の音楽会でついに二人きりなのに……。二人といっても付き添いはいるけど)


 今夜、帯結びも髪型も髪飾りもお洒落しているメルは楽しそうに姉と笑っている。それで彼女は時折周りをキョロキョロ見渡す。

 大きな祭りだから楽しいのだろうと微笑ましかったけどそのうち俺はある事に気がついた。

 メルは出店を見ているのでも道ゆく人の服装などを観察しているのでもない。


(見回り兵官が通り過ぎるたびに目で追っている)


 地区兵官はわりとモテる。瓦版に載るような活躍をした人気者だと浮絵になってハインの家が営む浮絵屋でバンバン売れる。

 老若男女に圧倒的に売れる人物画のは皇族有名華族想像図、役者、火消し、地区兵官、芸妓、遊女だ。


(シアド兄上はさり気なく芸妓の追っかけをしている。ミレイさんが火消しの浮絵を集めていると知ったシオン兄上がイライラしていたな。母上は役者好きだし)


 メルは俺とは違う屈強で強い男に憧れがあるのだろうか。メルは見回り火消しのことは見ない。

 人混みでソイス家を見失ったし付きまといはやはり悪いので帰ることにした。

 メルの近くで眺められないなら打ち上げ花火なんてどうでも良い。


(ミレイさんみたいにメルさんは地区兵官の浮絵を集めていたりして。えー、俺は鍛えるべきなのか?)


 誰に何を確認するべきなのか分からない。チラッとシオンに尋ねたら「違う気がするけど会った時に熱心に口説け」で終わった。

 状況証拠的に俺の勘の方が変、結納不安だろうと笑われた。

 俺の方こそ実は他に気になる女性がいるのではないか。バカな俺は無意識で気がついていないかもしれない。

 心当たりがないか自分に問いかけてみろ、とまで言われてしまった。

 この変な勘が当たっているとメルは何かで悩んでいるかもしれないと口にした俺にシオンは「そこがお前の良いところだ」と言って軽くメルの身辺調査を助けてくれると口にした。勘は大事と言って。


(メルさんは優しいから言えないとか? 家と家って考えは縁談に大切だし元々格上狙いで育てられている女性だ……)


 調べて違うならメルの気持ちは俺に向いていて誤解で拗ねられていたり男女の仲というものに不安を抱かれているだけなので朗報である。

 ほとんど会っていないのに大嫌い、みたいな事はないはず。

 メルの父親は俺に好意的なので悪口を吹き込まれていることはないだろう。

 拗ねた、ではなくて嫌悪で俺への印象が良くなっていなくて不安でならない。この可能性は結構あると思う。

 親の病気のことを知って我が家と縁結びは良い事だと我慢中。

 手紙にルロンではないような事を書いたし会う予定があるからゆっくり誤解を解きたい。

 囲われたのが嫌だったなら謝るけど完全には謝れない。謝らない。どういう意図だったとか話し合いだ。


(お前も調べろってどうやって。メルさんの友人に近寄って遊び人と誤解されるのは困る。ハインからモモさん経由で少し確認したけど俺と半結納は嬉しいらしい……)


 メルは秋に書類半結納と思っているのはこの下調べで分かった。

 結納が良かったとか、まだまだ保険疑惑で不安視されているという楽観的な考えは出てこなくて、夏の汗みたいに拭えない不安感や嫌な予感がするのはなぜなのだろう。

 打ち上げ花火が始まり、帰りながらたまに夜空を見上げたけど昨年と異なり火樹銀花だとは思えなかった。


 南三区六番地唯一の花火大会が過ぎて少しして、学校から帰宅した後に俺は朝日屋へ行くことにした。

 定期的に会いに行くポチに会うのもあるけど、健康の副神様を祀る神社で個人厄除け守りを一昨日買ったのでメルの父親に渡そうと思って。

 渡す、といっても不在だろうから手紙を朝日屋に預けるだけだ。

 家でなくてお店へ行く理由はポチに会いたいのと野菜につけて食べている自分用の味噌の買い足し。

 健康守りはもう持っているだろうから同じ種類のお守りは神社へ返す手間をかけさせるだけ。なので個人厄除け守りを選択した。

 歩いていたら中等校時代の友人に会って久しぶりだから少し歩こうと誘われたので息抜き散歩。

 早朝から勉強、学校、帰宅後からは料理人修行と俺はわりと疲れ気味。

 今日は用事で厨房に入るのを遅らせないと言ったら叔父にたまには休めと言われた。

 花を覚えるとか街並みの知識増やしにぷらぷら散歩するようになってから俺は散歩好き。

 犬を飼って散歩をしたいとか、ソイス家に婿入りしたらポチを連れ歩けると思っている。


「……すみません。お得意様がいたので接待してきます。また」

「それは偶然てすね。元服会みたいに今度また皆で飲みましょう」

「ええ。手紙を送ります」


 ポチの散歩をするメルを見かけて俺は慌てて友人と別れた。


(なんでこう彼女とはたびたび偶然会うんだ? メルさんのお父上に聞いていた夕方の散歩ってあれだ)


 卒業後に向けて家業の事を自主的に実践的に学びだした話を俺はメルの父親から聞いているけどメル本人からは何も。

 そういうことも気になっている。散歩話を知ってポチの話題を手紙に書いたら叔父の飼い犬だから叔父が朝散歩をしているという返事だった事とかそういうところ。


(また後をつけるって俺はしょうもないな。付きまといになってしまうから話しかけて家まで送る。それだ)


 のほほんとしているポチは実はかなりの番犬で商家の跡取り娘達が営業や接待で一人でも安全気味に歩けるようにかなり厳しく(しつけ)てあるそうだ。

 命令するとしっかり相手を攻撃するし、逆に余程でないと勝手に相手に敵意を向けて吠えたりしないという。

 メルの父親は自分がそう(しつけ)たのではないのに大自慢していた。

 そこから弟自慢と再婚する意志がなくて気になるとかそういう話。

 メルの叔父は若くして仲の良かった妻を出産で亡くして、赤子も助からなくてそこから独り身だそうだ。


 話しかけよう、話しかけようと思いつつメルがあちこちの店先で挨拶をするので上手くいかず。

 ポチを待っていた、みたいに家の前で箒を片手に持つお婆さんと少し雑談する姿も見かけた。

 それにメルの足はわりと速い。ポチが速いようでメルもメルで止まるポチを少し遊ばせると引きずる。


(少し意外な姿だけど聞いていたしな。心配でたまに奉公人に軽く見張らせているって言っていたけどこれは安心する)


 不審者が彼女に話しかけようにもある程度人がいる道の真ん中を歩いて定期的に人に話しかける彼女には近寄り辛い。

 

(今の俺がまさにそれ。俺は話しかけても良い立場の男性だけどこれだ。まあ、緊張もあるけど)


 ようやく話しかけられるタイミング、と思った時に彼女は小さな神社の鳥居をくぐった。


(父親の健康祈願?)


 神社の名前や全体を確認して学問の副神様を祀っていると分かった。掃除をしている年配男性が一人いる。

 

(あっ、見失った)


 小さな神社だし敷地内にいるのは確か。


人気(ひとけ)のないところで若い女性に話しかけて近寄るのは非常識だけどポチがいるし俺は知り合いで不審者ではない)


 距離を保って話しかけたら良いだろう。心配なので家まで送ると告げて雑談混じりで俺と半結納は嬉しいのか探る。

 嫌悪があるなら、何か悩んでいるなら聞き出すか親や姉に話すと良いと伝える。

 特に娘のことをいつも考えているように見える父親やきっとその父親と話し合いをしている母親。

 我が家が怖いと思うなら俺は何もしないし兄と上手く立ち回るからと伝える。


 参拝して帰らないで行方不明とはどういうことだ。ポチの散歩だから社を一周? と思って社の横を歩こうとしたら切れ目縁に男性が座っていた。

 神社で行儀の悪いことに片足を立ててそこに肘を乗せて頬杖。それで俯いている。

 こちら側の腕で頬杖だし夕方なのもあって顔は見えない。本を読んでいるのは分かった。

 浴衣と言われても違和感のない古そうな藍色着物の丈は短めで黒い足袋に草鞋(わらじ)。大きな荷物が隣にあって細い袋も立てかけてある。

 街中で見かける剣術道具袋と竹刀袋に見える

 見なりからして平家だ。顔が見えないので若いのか若くないのかも分からない。

 頬杖している腕は袖がはだけているので素肌が見える。

 茜色でも分かる少し浅黒い肌で俺の腕とはまるで異なり鍛えていると分かる。細めだけど筋肉が凄い。


 メルは?

 社を一周するならメルは彼と会う。こんな男と会ったら危ない気がする。


(その為にポチがいるか。それか彼を見て周り右する)


 さらに俺がいる。俺はこのためにメルを見かけたのか?

 反対側から一周するならここに居たら会える。しかし少し待ってもメルが現れる様子がない。


(ポチ……)


 読書中らしき男が本を置いて俺に背を向ける形で角から現れたポチを抱き上げた。

 血の気が引いていって足元が崩れる感覚がした。慌てて周り右をして隠れて少し観察。男は何か喋ったけど遠くて聞こえない。離れたし反対側へ向いているから顔はやはり分からない。

 ポチは男の隣に伏せた頭を撫でられた。とても大人しい。


(ポチしかいない。メルさんは?)


 大混乱する頭で社の裏側、と思って反対側へ行って社の裏を覗いた。


(メルさん……)


 男が座っていた位置は角。メルが座っているところも角。並んで二人で座るのではなくて片方から見ると一人にしか見えない位置。


(ポチを抱き上げたってことは知り合い)


 メルも読書中。少し遠いし社の屋根の影で見えづらいけど微笑んでいるように見える。


(待て、待て待て待て。これは予想していなかった)


 男と密会疑惑なんて発想はまるでなかった。手足が微かに震えている。

 

(並んで座らないで読書と読書? かなり端同士でもないから手も届かない位置関係な気がする……)


 俺の体は勝手に動いて、こんなことをしたら神罰が下ると思ったけれど止められなくて、掃除人が消えたのもあり社の中へ侵入。

 縁の下と迷ったけど音を立てる確率が上がるし縁の下は狭かった。窓があるから二人が会話するなら何か聞けるはず。

 カナカナカナカナカナとかミンミンミンミンミンと響き渡る蝉の声は不協和音でまるで俺を嘲笑っている気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ