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縁結びの副神の微笑み1

 桃の節句のお祭りで俺は彼女を見つけた。転んだ子どもをサラッと助けた優しい笑顔のかわゆい女性。

 出店の売り子だと平家娘の可能性だから縁はないけど俺の将来は嫁取りで家に子どもが増えたら良い程度なので縁なしとも言えないから彼女が働いている味噌田楽の出店で味噌田楽を買ってみた。

 単に言い訳である。両親、特に野心家の母が欲しいのは格上で見栄えの良い嫁だ。

 でも兄二人がお見合いを沢山してそれを成しつつあるから俺は若干自由疑惑。


(上手いなこの味噌。この味はなんか覚えがある)


 我が家は料亭を営む豪家で俺は三男。長男次男は経営関係で俺は物心ついた時から料理が好きなので看板料理人になるぞと幼い頃からずっと料理人修行中。

 学費のこともあるから学校は中等校までしか通っていない。教育費が足りなくなるのは三男、四男あるある。

 俺と兄二人は少し間が空いていて合間に生まれた女の子は生まれてすぐ病死。それも二人。

 両親は丈夫な長男次男に期待して私立学校へ入れたりしていたら俺が生まれた。

 味噌屋の名前を確認したら朝日屋で、朝日屋なら使っているなと味もあって思い出した。


「では頼みます」

「はい旦那様。メルお嬢さんももう商談に参加ですか」

「お稽古で三味線を褒められたので華添えをしてきます」


 出店の近くで味噌田楽を食べながら「ふーん」と彼女の背中を目で追った。


(平家娘ではなくて商家のお嬢さん……)


 衣服の質が良いしかわゆいなと思ったらそういうこと。


(ん? かわゆい? 女の子に対してそんなこと初めて思ったな)


 メルという名前なのか。年が近いから女学生疑惑。


「シエル。お前は彼女に一目惚れか? 顔がずっと赤いぞ」

「……うえっ⁈ ええっ! な、な、なんですか兄上!」


 友人二人と遊びに行きたいと頼んだら次男を付き添いにすると言われた。

 未成年で子どもだけどもう十四才なのに付き添いとは母は過保護。友人二人にもからかわれたというかバカにされた。


「味噌屋だし、醤油も作ったり他にもあれこれ手広いかもしれない。商家のお嬢さんなら縁なしじゃないから調べてやるよ」

「いや、別に。別に気にしていません!」


 友人の前で辱めないで欲しい。腹を立てつつお祭り観光に戻って珍しい他地区料理はないか探した。

 ふと露店で梅の形の小さな髪飾りを見て、北地区のものと聞いて、しかも今回初めて南地区で売るなんて耳にして、俺はこっそりそれを買った。

 兄と友人達が道芸に夢中の間にひっそり購入。


(別に誰に渡す訳でもないけど珍しいし……)


 出会った日に、優しい君を見つけた日にいつか渡したくて買いまし……。


(どういうことだ⁉︎ 出会った日というのは話したり顔を見合わせた日だし、こういうものは出会ってから本人に好みを確認して……うわああああ。えー……)


 俺は何をしているんだ。

 そう思っていたのに二週間後に俺は味噌と醤油を売る朝日屋にいた。

 俺が修行中の我が家が営むお店で味噌も醤油も多少使っていたからお店の場所がすぐに分かってしまった。

 あんな風に彼女が気になってそんな事があるんだ。まるで俺は導かれているなんて自惚れ気味で寝る前に「シエルさん」と彼女が俺に笑いかける妄想が出てきて自分がとても気持ち悪い。


(何しているんだ俺は)


 都合の良いことに店先に犬。飼い犬に嫌われる男はきっと好まれないと思って犬に近寄った。


(なんだこの発想⁈)


 犬嫌いの兄がいるから我が家は犬を飼えない。俺は犬好き。友人の家でいつも犬を堪能している。

 白い毛は短めで茶色い水玉模様の犬でこの種類は初めて見た。伏せていて俺が目の前にしゃがんでも目を閉じて無視である。


(看板犬なのにそっけないな)


 常連客らしき客がきて犬——ポチと呼ばれた——を可愛がったら嬉しそうにぶんぶん尻尾を振りだした。


(俺はわりと犬に懐かれるのにこれは悔しいな。また来よう。俺はこいつを振り向かせる。犬好きとして犬に無視されるのは許せん)


 何も買わずに帰るのもどうなのか、と思って少し味見をさせてもらって店で使ってない味噌の味が好みだったので試作用と思って買って帰宅。

 指導教育係に味噌を渡したら見ていた副料理長と味見会になって新しく仕入れた野菜に合う、とか今の味噌の仕入先が最近横柄みたいな会話が登場。


(朝日屋と店の接点が増える? 俺も父上か兄上にくっついて商談に参加しよう)


 メルが三味線片手に華添えに来るかもしれない。我が家の営む料亭で商談なら琴かもしれない。

 父に商談話になるか確認して何事も勉強と言って自分も参加して会話を聞いて学ぶと頼んだら「商談にも興味を持ってくれるのか!」と喜ばれた。

 料理関係ばかりに夢中だったから嬉しそう。味にうるさい母や副料理長のおじと気が合う俺が父に懐くような感じがあまりなかったからだろう。

 母も俺が何でも学ぶような姿勢は嬉しいようで、上の兄達が優秀で俺はイマイチで料理関係以外にやる気もなかった分掌返し気味に褒めてくれた。

 この日の夜、俺は渡す勇気のないメルへの文通お申し込みの手紙を書いて眺めた。なぜ書いた。むしろいつ書いた。

 次男兄が部屋に来て軽い挨拶後にからかわれた。


「こんな雅さのみの字もない単なる情報のみの文通お申し込みなんて捨てられるぞ。同年代の他の奴らよりもお子さまだからどうするものなのか調べた事もないんだろう」

「や、やさ、優しい女性は捨てません!」

「捨てなくても他に負ける。丁寧にお断りの返事が来る。本人の心も掴めないけど、こんなの親が見たら教養ゼロだと思われる。中々可愛らしかったからきっとそろそろモテ始めるな」

「別に遊びというか釣りです。友人と練習がてら……」


 ふーんと上から下までジロジロ見られた。腹の立つ兄だ。長男兄ならこんなこと言わないのに。

 俺の部屋に来て同じ状況なら何も言わないで退散しそうだけど。俺としては多分次男兄で助かった。


「俺はお前の為に少し調べたぞ。朝日屋のお嬢さんは二人姉妹だ」

「別に調べなくてもええ話です……」

「俺にもあったがその天邪鬼思春期をしていると好機を逃すぞ。協力者が去る。別に初恋くらい破れても元服したら縁談の山だから構わないけど普通にしていたら朝日屋のお嬢さんはお見合い相手に出てこないぞ」


 ……。

 兄は人生の先輩だし父親よりは話しやすいので「知りたいです。お願いします」と軽く頭を下げた。恥ずかしいから逃げ出してしまいたい。

 メルは朝日屋を営むソイス家の次女。現在やはり女学生。俺の一才年下だった。

 朝日屋の規模なら姉妹を揃って区立女学校のはずだけど姉は小等校までで現在職人修行中。小等校までしていた手習も現在はしていない。

 一方メルは彼女の家からすると少し入り口の狭い国立女学校に通っていて茶道教室と琴門教室で琴と三味線の手習をしている。その教室もわりも良いところ。

 姉は元気溌剌系で売り子にも出たりするけど妹は大人しめで表には全然出てこない。


「この格差はなんでしょう兄上。逆なら分かりますけど」

「さあ。性格や得意分野か? どちらにしても姉妹を奉公人用と高望み婿取り用みたいに分けている。まあ、片方を良いところに通わせたらその知識を姉妹で共有出来る。そういうことをする家もある」


 そのような情報を俺は有していないし考察も無理。十歳近く年齢が違うと頼りになるな。


「区立、区立だとそれは出来ないから工夫ということでしょうか」

「そうかもしれない。我が家もそうしたら良かったのに。兄上が私立、俺は国立、みたいに。そうしたらお前の分が出てきた。まあ無理したら通えるけどそれより濃い料理人修行と言ったのはお前だけどな」

「……。高望み婿取り用ですか? 高望み嫁入り用ではなくて」

「まず高望みというのが厳しめだな。我が家もそれだから。父上は手堅いのが好きだけど母上がうるさい。邪魔されて疲れる。俺はようやく結納出来そうだ」


 見聞きしているから知っている。兄が好みの女性で父が首を縦に振っても母が首を横に振る。

 格上狙いだから向こうから断られやすいのに困った母である。


「婿入り出来るぞと提示して母上は放置して父上を納得させられる恋仲を強めの縁談にしたらなくはない。姉婿と経営の柱をしながら料理人。婿取りだと婿が逃げるとかあるから姉妹をそれなりの柱に育てるはずだ」

「中途半端な奴よりも柱になるぞ、という婿入り希望がよくないですか? 二人とも奉公人……は手堅過ぎですね」

「そうだ。それは姉に任せるだろう。高望みってことは得が欲しい。家業で稼いでくるとか実家関係で店を栄えさせてくれるとか」

「俺は嫁取りでも婿入りでもわりと自由です。兄上達が嫁取りするんで」

「我が家の得がないと困る。しかし、こちらも朝日屋系列で自分の店を持つとか夢がある。顧客をぶんどりだ。お前が料理人をする分経営に兄上や俺が参加する。つまりダエワ家で若干朝日屋を乗っ取り」


 味噌が美味くて商談で仕入れを増やす話が出たのもあって悪くない案、みたいに言われた。こういう話に転がると母もそのうち折れる、みたいに。


「文通お申し込みごときでも毎回こういうことを考えるのは商売人として大切だ。平家娘でも価値があるかもしれない。調査と作戦と得探しは大事だ」


 兄は母に縁談潰しをされてきたからこういう考えをするようになったのかもしれないとふとそう思った。


「はい。一人だと何も考えられませんでした。ありがとうございます」

「問題はお前だシエル。今の現状ではお前はどう考えてもおじ上みたいになる。店を支える料理長や副料理長だ。と、言ってもおじ上はきちんと学校へ通った。お前が興味がないと無視している商家系の専門高等校にな」

「おじ上から学んでいく予定です」

「短期間で密度の濃い勉強が出来るしお前は嫌なことから逃げがちだけど学校では中々逃げられない。あと友人関係でツテコネを広げられる。武器が多くないと格上狙いの家だから対抗馬に負けるぞ」


 メルでなくても似たような女性が気になった時に負ける。そう言われた。

 単に料理関係以外ではものぐさ気味の俺の尻を叩いて励まそうという魂胆だろう。


「シエル。いっそ学費補助を手に入れてみせろ。いざという時に母上を黙らせられる。自らやる気を出して専門高等校へ入る。しかも学費補助。猛反対した時にメルさんの為に励んだと反論だ」

「……えっ⁈」


 そこまで話を飛躍させるというか先を見据えるのか⁈


「その前に振られたり心変わりしてもお前には努力した結果残る知識などがあるから損はない。メルさんから心変わりしていたらその人の為と言える。備えあれば憂いなし。俺は先にこの考え方を知りたかった」


 二回前のお見合いの事だろう。相手の家に袖にされたし母も猛反対で泣く泣く破談でしばらく引きこもっていた。

 相手の女性とは恋仲ぽかったとはおじ談。格上に両天秤にされて心変わりされて条件にも負けたらしい。

 兄からすると踏んだり蹴ったりである。あの落ち込みようを見て俺は恋は怖い、なんだか嫌だと思った。なのに噂の恋穴落ち疑惑である。

 出店の前で転んだ子どもを助け起こして笑いかけて味噌田楽を子どもへ渡した。たったそれだけで意味不明な行動をしている。


「教訓を弟に教えてくださり尻を叩いてくれるとはありがたいです」

「俺もお前の尻を叩いたからと我儘を言う。何かの時に。そういう時は是非助けてくれ」


 歯を見せて笑った兄に対して俺は思わず吹き出した。静かな長男兄は大尊敬だけどこの砕け気味で気さくな次男兄を俺はかなり好んでいる。

 

「まずやる気を見せる。父上に学びたいとか俺やおじ上から勉強。ソイス家をもっと調査する。俺がしてやる。親父も味方に出来るからしよう。シアド兄上はやめておこう。なんか最近ピリピリしてる。なんか怖い。なぜか分からないけど」

「はい。最近近寄り難いです。なんですかね」


 この次男兄シオンもなんか怖いと言うとは俺も怖いと言うわけだ。


「お前は他の女性と文通練習をしろ。あと奥手そうだからそれも練習だな。どうせ女性の好みもサッパリだろう。この年齢の男はそんなものだしお前はさらにお子さまで料理バカだから先に乙女心とか雅とか文学や龍歌とかあれこれ勉強しろ」

「急にやる事が沢山です!」

「お前もメルさんをコソコソ確認しておけ。あの日はたまたま優しかったけど何かあるかもしれない。この年齢ですぐ動くと思い出文通で終わりとか思い出お申し込み玉砕とかだ。度胸試しとかするだろう?」

「そんなのしていません」

「お前の周りは奥手の女に興味なしばかりか。その年齢なのに本当に子どもだな。二年後には元服で早い奴は祝言なのに」


 トントン、トントン、肩を叩かれながら笑われるのは気分が悪い。

 他の女性に気持ちが移っても努力や先読みは俺の人生の役に立つから色々しろと言われた。

 調べて勉強して文通お申し込みの手紙を作り直したら見せろと言われた。

 紙がもったいないから古紙などを使った下書き。


 こうして俺はメル・ソイスに文通お申し込みをする事にしたのだが次男兄のシオンを納得させる雅な最初の文通お申し込み用の手紙を作るのに半年かかった。

 その後父に「これでは甘い」と却下である。


(家と名前と職場の情報を教えて文通して下さいという依頼なのになんでこんなにやり直しさせられるんだ! 季節が変わったからやり直しってなんだ!)


 龍歌百取りを無視してきたし、試験に無関係な文学も無視してきて、音楽も知らない。

 父とシオンに料亭の料理ではそういう知識を活かして盛り付けをしたり客と会話することもあるのにお前はサボり過ぎだと怒られた。

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