運命の歯車2
家族と話し合いを重ねていって私はまもなく元服を迎える。
シエルのことは最優先だけどダエワ家がいるから、と切る予定だった縁談話も切り捨てないで調査したり話し合いだ。
鍵付きの箱にしまっているイルからの手紙はまだ捨てられなくて取ってある。
朝の登校時間は変わらないので彼を見かける。相変わらず友人達と楽しそうに笑い、たまに誰かを助けている。不思議なことに相手は今のところ全員男性だ。
目が合った時にどうなるかと思ったら彼は私に向かって歯を見せて笑って軽く「やあ」と手を挙げてまた友人達へ顔を戻した。
諦めたとはいえ私は鉛を飲んだように重たい気持ちがあるのに彼は清々しい姿。でもあまりにも屈託無く笑うから小さく手を振りかえしてしまった。
「えっ。メルさんって、メルさんは今のあの男性とお知り合いですか? あの集まりは良く見かける兵官学生さんですよね? 彼は少ししか荷物がないですけど」
驚き顔のケイに問いかけられて私は曖昧に笑った。
「はい」
「えええ。嘘。メルさんはたまにあの集団を見ていましたけどまさかメルさんが。しかもあの地味な方。どこまで何をしてどうしてそうなったのですか?」
彼の後ろ姿と私を見比べたケイに私は首を横に振った。地味な方ってケイは彼が何人もの人を助けた姿をしっかり見ていないんだな。
二回目撃しているのは以前の私との会話で確実なのに彼女の心には響かないみたい。近寄らないで欲しいからそれで良いけど。
サリアは永遠の恋人疑惑だから彼女の万年桜の桜吹雪で他の女性を蹴散らし続けてしまえ。
色欲に負けて女性に手を出しても彼の中でサリア以下なら彼の心は奪えない。
辛い時、苦しい時、悲しい時、悔しい時、憎くてならない時にもサリアが優しく優しく励まして彼の心を抱きしめるから年月が経つ程彼の中で理想の女性は肥大化する。
そうなるとサリアに勝てる女性はどんどん減っていくだろう。
「前に助けられてから時々見ていました。いつも楽しそうに笑っているし誰かを良く助けているなと。あんなに人を助けている人は珍しいです。そもそも困っている人にそんなに遭いません」
「メルさんは彼に助けられた事があったのですか。あんなに? 明日から見てみよう」
ケイは私と彼の出会いを覚えていないのか。喧嘩の方に気を取られていたのかな。
見なくて良い。余計な話をしてしまった。でも言いたかった。私は色々自己改善をしたいからケイに話せる事だけは話す。
「ポチの散歩をしながら待ち伏せをしてこっそり手紙を渡しました。お嬢さんはかわゆい生き物だから嬉しいけど大切な恋人がいるからすみませんと受取拒否です」
なんだか彼ならそう言いそうな気がする。恋人に会わせろと言われても会わせられないからそうは言わないかな。彼の考え方は私とはかなり違うから分からないや。
「へえ。なのに挨拶をされるんですね」
「飼い犬がいても夕方に男性を待ち伏せは危ないと怒られました。少し怖かったです。ポチが役に立つか確認されたんですよ」
「へえ。本当のところはどうなのですか? お嬢さんはかわゆい生き物? メルさんがかわゆい、ではなくてですか?」
「平家男性さんだからかお嬢さんは皆かわゆい、みたいな感じでした。だから危ないから帰りなさい。ポチは役に立つようだけど一応と見回り兵官さんに私を迷子ですって」
こんな話をして私はケイに彼を気にかけて欲しいのだろうか。
「そんなに子ども扱いされたんですね。若そうだけど若くないのか」
ケイは男性を見る目を養った方が良いのではないだろうか。私はイル贔屓なのでそう思ってしまう。
「さあ。おいくつなのでしょう。来年には区民が安心する地区兵官になるので応援して欲しいですと言われました」
「来年には地区兵官ってあの中だと小さめで細いのに優秀なんですね。しかもどう見ても平家で他の学校に通ってきていなそうな方です。いや試験があるから見栄です。というより目標か」
その目標はかなり高い将来有望な男性だとは教えてあげない。自力で彼の凄さに辿りついて彼の心を奪ったなら諦めるけど。
「かわゆいお嬢さん達に応援されたら張り切って働きますって。あはは。優しい見回り兵官さんは挨拶や声掛けをしてくれるから似た事だと思います」
彼がおかしいのではなくてケイの視点や感想が愉快。ケイが変な男に引っかからないかちょこちょこ確認しよう。
私は多分男性を見る目を養えたと思う。イルは私の両親にしょうもない男に大事な娘は任せられないから当然と言ったけど両親はイルを捕まえる気があった。
なにせ父はきっと人柄性格がとても安心だ。そう口にした。
「お嬢さん達ですか。明日から二人で手を振りましょう。そのうち恋人に勝てるかもしれませんよ」
「いえ。淡い誰にも秘密の恋は玉砕だったのでしれっとお見合いの続きです。誰かが私を見ていて、それがシエルさんで男性と笑顔で手を振り合っていたら優良物件に袖にされてしまいます」
「メルさんがシエルさんに気持ちが無かったなんて知りませんでした。教えてもらっていないしこの嘘つき。悩んでいました? 悩んでいそうな気がするけど教えてくれないなとか、まあ色々です」
ペシンッと軽くおでこを叩かれて軽く睨まれた。
「私の嘘つきは縁談が壊れると我が家が困るからでケイさんには言いたい気持ちがありました」
「それって私が告げ口したりすると思ったってことですか?」
「共犯者になってくれるだろうから迷惑をかけたくないの方です。私は嘘つきで悪いですけどケイさんは何にも気がつかないのだなと思っていました」
前ならここまで言えないし言えてもここで終わりだった気がする。
「いや少し様子が変だなと思いつつ、聞いても家のこととかで……。すみません。気遣い屋だから迷惑をかけたくないって考えてくれますよね。なのに私を信用出来ないのかなんて」
「いえ。少し信用していないとか、拗ねていたり八つ当たりしたい気持ちもありました。でも今嬉しさに変わりました。ケイさん、心配してくれていてありがとうございます。いつもありがとう」
不思議。短期間一緒に過ごして雑談時間は少なかったし手紙の頻度も高くなかったのにイルならこう言うかなという考えをする。
違くても私はケイと喧嘩ではなくて一緒に悩める友人であり続けたい。何もかもは話せないけど話せる範囲で頼り頼られたい。
迷惑をかけるのは悪い事だけではない。人は誰かを傷つけずには生きていけない。誰も傷つけない人はいない。大切な程傷つけ合うから手当てし合わないと関係が崩れる。
深い仲になる気がないとか大事にする気がないなら話は別だけど。私はそれを彼から学んだ。
「メルさんはなんだか少し雰囲気が変わりましたね」
「彼と文通する下準備の為に両親や姉とかなり話し合いをしました。商売人なので駆け引きや比較は大切だから文通くらいは良いけど常に相談しなさいと。ふふっ、なのに玉砕です」
「かなり話し合い。文通お申し込みだけでそうなるなんて大変ですね」
「ええ。窮屈ですけど幸せ者です。家族は私に気持ちがあるなら即座にその気持ちを切り捨てられないと言ってくれました」
「まあ、兵官学生さんなら学業成績とか色々確認したら商売に得かもしれないですしね。地区兵官になって出世していって浮絵とか。色男ではなくて地味だから浮絵にならないし売れなそうですけど」
「あー! ケイさんは私の淡い初恋の方になんて酷いことを! 賭けますか? 彼の浮絵を見つけたら私はケイさんに何を要求しようかな。我が家の味噌を家庭の味にしろ! とか?」
「あはは。メルさん。我が家の味噌も醤油も昔から朝日屋ですよ」
「そうでした。何を要求するか毎年考えますね」
伝わるかな。伝わらないかもしれないから私はきちんと口にした。
卒業してもこれからも友人でいて下さいと。ケイはそんな事、改めて言うこと? と照れ臭そうに笑ってくれた。
私は夕方にしていたポチの散歩を再開中。二度ヤイラ小神社へ顔を出しけれど彼の姿はなかった。
一回目の日はすぐに散歩を継続したけれど二回目はいつもの切れ目縁に腰掛けてぼんやり。
(もう来ないから待っていても無駄なんだけどな……)
切れ目縁に座る前に花火をした時の蝋燭が残っていた。あと他にはここに何もない。
(私と合わなくても彼はここみたいなどこかで勉強していた。最初の手紙にそう書いてあった。学校に残って勉強出来なかったってこと……。邪魔する人がいる……)
ゆらり、ゆらゆらと足を揺らしながら未だに直さない鼻緒を見つめる。お洒落だと言い続けているりぼん結び。
末銅貨も惜しいと口にした彼の手拭いの切れ端。彼は草鞋ばかりなのによじったら鼻緒になりそうな大きさの手拭いを持ち歩いているのはきっと誰かを助けるため。
私以外にもこれをしたのを見かけた事がある。その事に今更気が付いた。
(家で勉強しないのは長屋の部屋が狭いから? 妹達と遊んでしまうとか? 家事は手伝っていたのかな。イルさんならしてる。ああ、家の事と前に書いてあった。詳しく聞いていない……)
三つ隣の教室の同級生が急死した話は若い人の石化病は恐ろしいという噂になって私の元まで届いた。
以前少し親切にされたので、と私はサリアの友人達に近寄って軽く彼女を調査。
サリア・フューネ。茶道門に属する豪家の次女で兄が一人。
十二歳から祖母に助けられながら子ども相手の茶道教室の先生として働いている。
大人しいけど意思は強めで昔彼女はイジメを見て見ぬ振りをして少し苦労した。
周りをよく見ていて親しくなくても仲間外れ気味とか困っている同級生や後輩に声を掛けたりする優しい女性。
少し人見知りだけど迷子の為には大声を出したり強面の兵官に声を掛けられる芯の強さがある女性。
友人達は彼女はかわゆいしとても優しかったのに龍神王様が好んで黄泉の世界に連れて行ってしまった、みたいに泣いた。私と同じ発想だ。そうでないとやり切れない。
(優しくて強くて私と違って家業の女性部門を継げるように家族や生徒やその親に少し認められていて……)
多くの人と触れ合うような生活をしていて厳しい先生に教育されてきたイルの人を目を見る目は良い疑惑。つまり私もそんなに悪くない女性ってこと。
でも悔しい。かなり悔しい。実際のサリアは彼の理想や妄想と異なったなら良かったのに。
(お兄さんにお嫁さんは同じ茶道門からと頼み込むのもあり。頼まなくてもお見合い相手はそうだろうな。頼まなくても自分と兄がいる)
これから家を背負います、ではなくて十二歳からもう開始しているからわりと説得力あり。手習系豪家の娘はわりとそういうもの。
(親戚や優秀な弟子もいる。総宗家ではないから生活していければ今の仕事にしがみつきもない家。待てるな。それでイルさんの見抜いた通り強くて優しい……)
勝てない。サリアが勇気を出してイルに文通お申し込みをしたら彼は私に対する返事と同じ内容の手紙を送る。
縁談話はまだ無かったサリアは親に手紙を見せる。調べて欲しいと頼む。
(許すな。文通くらい許す。稼ぎ頭とか地区兵官達の子どもを生徒にするぞとか彼が欲しいから保険として確保だ)
後は同じ。優しい彼と優しい彼女。気遣い屋の彼と気遣い屋の彼女。頑張って、桜の君とうんと優しく応援される。彼の気持ちはどんどん大きくなる。
(それで彼は彼女を堂々と口説く。胸を張ってフューネ家の門をくぐって約束を交わす。まずは準官になるから付き添い付きで散歩。また彼は口説く。次は正官になったら、それで五年後以降……)
葬儀に行った彼はサリアの為に泣く家族や友人達を見るだけではなくて気になってどのような女性だったか尋ねるかもしれない。
それで言う。きっとあの手紙の事やサリアは自分と一緒に桜の花を探し続ける。自分がそうするみたいな話をしそう。
(彼の中の妄想や理想は非現実的なお嬢さんではないと変化する。待つな。彼は励み続けてサリアさんみたいな女性と縁結び出来る時期まで待つ)
夢物語の理想や妄想のお嬢さんではなくて広い世界のどこかに似た女性がいると考える。
(それで自信がついた時に沢山の女性からきっと自分の心を動かす女性を見つけ出す。その時に袖にされないように励み続けてもう自信があるから口説きまくり。真っ直ぐ体当たり。勝手に恋人ではなくて本物の恋人を作る)
調べてみたらサリアにやはり完敗。寂しい時、辛い時、悲しい時、悔しい時、腹が立つ時、励めない時、彼は春なら桜を眺めるだろう。
それから秋桜も見る。秋桜には種類があるから見られるのは秋だけではない。
桜も秋桜も見当たらなければ手紙を読み返してサリアが描いたという桜を見れば良い。桃色のものでも良いだろう。
(私は先に咲き続けるからまだ蕾の貴方が咲くのを待っています。先に咲いて永遠に咲き続けるから万年桜だな。万年桜は恋愛成就の喜劇。私が調べた優しいサリアさんはしょうもない性悪の私の予想とは違う意味を桜の絵に込めた気がする)
いつか彼は理想や妄想ではない生きている恋人とやがて夫婦になって苦楽を共にして二人の万年桜の物語を作る。
死者には勝てない。けれども生きて添い遂げる者に敵う死者はいない。
生きているという温もりを与えられるのも、その場その場で生の声で励ましたり応援出来るのも生きている者だけだ。
しかもサリアとイルには積み重ねた思い出なども全然ない。亡くなってしまった本物の恋人とはまた違う。
(勝手に恋人でも妻とは言っていない。勝手にお嫁さんではない。お嫁さんはいつか現れる。彼はいつか見つける。苦楽を共に出来るずっとこの人といるって女性を決める日が来る……)
勝ち負けではないけどイルは左手薬指は自分のお嫁さん用だからサリアへの贈り物、花咲ジジイになる約束の証は右手の薬指に結んだ。
(サリアさんもだけどもっと羨ましい……。理想よりも勝る人か……。同じ時期に比較されてしまった私は無理……。戦う気力もない……)
桜、桜、舞い散る桜。永遠の桜並木を一緒に眺めて歩く人が彼のお嫁さん。転んだら手を差し出して、
倒れたら助け起こして、むしろ倒れる前に支える。それは死者には出来ない。妄想みたいな女性は自らを励ますようなものだけどそれとは異なる本当の支え。
喧嘩したりしながら分かり合えない溝を埋めながら絆を強くしていくことは生きている者同士でしか出来ない。
(サリアさんも失恋。失恋だけど花咲お婆さん。永遠の恋人だけど永遠の二番手? 左手の薬指に結婚指輪か飾り紐で生涯の宝物にします。そう断言される人が一番手……)
イルは生きている恋人を作っても妻を娶ってもきっとサリアの事を心の恋人と呼ぶなんて考えは単なる嫉妬心ってこと。
(妄想の理想に勝る女性。世界は広いし十年後が目標なら見つかりそう)
私からサリアに浮気みたいに身も心も全部お嫁さんのもの。そこそこモテるみたいだから泣く女性は少なくなさそう。私はその有象無象の中に混じった。初恋もどき、少し特別なのは救い。
(デオン先生はああ言ったけど自分の気持ちはしっかり把握しているからもどきこそ真実だな。初恋もどき。サリアさんは妄想で補完された理想だからお嫁さんが初恋だな、きっと)
桜はずっと彼は心を揺り動かし続けるだろうけど紫陽花はどうだろう。彼は紫陽花が咲く頃に私を思い出してくれるだろうか。
牡丹花火や線香花火の火樹銀花は彼の瞳には映らなかった?
「あの、すみませんメルさん」
聞き覚えのある声に私はバッと顔の向きを変えた。反対側の位置にシエルが立っていた。
「街中で見かけて声を掛けようか掛けないか迷って今になりました。その、すぐにと思いつつずっと暗い顔でここへ来てからは泣いていらしたので」
どうする? と私は自分の胸に問いかけた。彼の事は家族で話し合い中。
私は他の縁談相手には初恋話をする気はないけど同時並行したシエルには誠実に話して謝って自分の欠点や改善する意志を示した上でお申し込みしてくれるか問いたい。
商売人らしく自分達が得をするように動くのが正解だけど私は家同士の結びつき以上に私に気持ちを寄せつつあるシエルにこれ以上不誠実でありたくない。
その気持ちとダエワ家との商売の折り合いを家族で話し合っていた。損をすることになるならどう盛り返すかなどあれこれ意見を出し合っている。
「あの、ずっと考えていて。本当は単に自分が嫌なのではないかと思いまして。親同士が色々進めたから、俺が周りから囲もうとしたから逃げられなくて……みたいな」
周りから囲もうなんて卑怯者。けれども謝ろうとしてくれるみたい。優しさのある、誠実でありたい人な気配がする。
軽く髪を掻くとシエルは俯いた。予感がする。これは同じ卑怯な私達の始まりだ。
「先日ここで見かけたので。この位置の陰から少し覗いたら一人で楽しそうに本を読んでいて迷っていたらそこから角の向こうを覗いたので……」
「確認しました? それなら人がいましたよね?」
「ええ。何を話すのか気になって最低ですけど縁の下から盗み聞きです。聞こえるくらいまで近寄って。彼の体勢や距離で顔は見えず。自分も隠れたので彼のことは探せません」
嘘。まるで気がつかなかった。シエルはいつの何の会話を聞いたのだろう。
「俺の話だな、と思って。飴の話から俺の話でした。俺と君と彼の話。密かに恋人がいたんだと怒りとか悔しさとか悲しみと色々思ったけど話を聞いていたら少し違うなと」
「あの日にシエルさんはここにいらっしゃったんですか……。縁の下……」
「中途半端野郎とか、別に恋人でもなくて何も約束していない。分からなくて。会話の端々から、特に最初の飴の話などで悪い男ではなさそうだなと」
俯いていたシエルは顔を上げて私を真っ直ぐ見据えた。
「親同士を通すと迷惑をかけるかもしれないから会ったら問いかけようと思っていました」
またしても気遣い屋発言。ジッと私を見据えているからではなくて彼の瞳自体が真っ直ぐだと感じる。
「その後それとなく探りましたけど男性との付き合いはなさそうでした。顔も素性も不明なので彼自体は探せず。あの日から二人ともここには居なかったです。家族も知らない男ってことですよね?」
私は切れ目縁から降りてシエルと向かい合った。
「あの日の夜、縁談話が進むのが耐えられなくて白状しました。私はシエルさんとは誠実に向き合いたいと思ったので家族とどういう風に貴方に彼の話をするか相談中でした」
「……」
腹を立てて黙り込むとはこれ?
父と裏返したら冷静なので良いという話をしたな。
「周りから囲まれたので事業の事があるから言わない方が得策。駆け引きは商売人の基本のきです。家族と相談中でしたが知られていたなら隠しても無駄なので話をしたいです」
「ええ。聞きたいです。考察しても分からないので自問自答は無駄だと思いました」
「親同士を通すと迷惑になるという配慮や気遣いをしていただき感謝します。ありがとうございます」
苦虫を噛み潰したような表情を短期間でまた見てしまった。
「いえ。後をつけたりしてすみません」
「いえ。私も似たような経験があります。私がシエルさんに話したい内容は私がしょうもないから縁談を再検討して欲しいことと失恋話です」
「えっ。失恋話ですか?」
そうか。シエル視点だと密会男と上手くいったかもしれないという考えがある。
「はい。お見合いして失恋して破談です」
「……。ここは人目がない場所なので移動しましょう」
「家まで送っていただけますか? 我が家で話します。貴方の信用の為に。家族は今はもう全て知っている話なので先程と同じ話をしていただきたいです」
「分かりました。けど自分は親同士を通す前にあなたと二人で話をしたいです」
「それなら二人で嘘をついて我が家で私と二人で話しましょう」
「ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます。話した結果家族も含めて膝を突き合わしたいと言うのでしたらそうします。卑怯者なので貴方の優しさに甘えてそちらの両親を、特にお母上を怒らせたくないです。破談でも破談でなくても」
お互い商売人の息子と娘で卑怯者なら理解し合えるからお似合いかもしれない。
私は彼に笑いかけた。自然と笑っていた。
「初恋を知るまで私の初恋相手はきっとシエルさんだと思っていました。私の勘はわりと当たります。卑怯者同士だと理解し合える気がします。それでシエルさんは冷静で優しい気遣い屋なのも知れました」
「えっ。あの。メルさんは卑怯者なのですか?」
「はい。嘘つきで不誠実で卑怯者で優しくないし気遣い下手です。でも直します。ただ卑怯さは商売人には必要な事です」
これはとても不思議な話な気がする。二人で花火をしたり、飴を贈られて嬉しかった日ではなくてあの日の会話を聞かれた。
別の日なら恋人みたいに思われただろうけどイルの人柄が分かるような話や恋人ではないという話の日にシエルは私達を目撃した。
(いつもシエルさんと縁結びみたいに話が転ぶのはやはり気のせいではない気がする)
恋を知らなかった私はシエルの周りから囲むやり方を嫌がったかもしれない。けれども今なら分かる。
人を好きになってどうにか手に入れたくなる気持ちなどを今の私なら色々理解出来る。
これから私とイルの話を聞かされるシエルの気持ちは私がネビーとサリアに感じる気持ちと似ているだろう。
私達はそういう意味でもやはり理解し合える。
どんよりどよどよ曇り空だったのに、いつの間にか晴れていて私達に光が降り注いだのも偶然な気がしない。




