お見合い5
後出しジャンケンで私はイルの恋心を引き出せるものなのだろうか。彼の考え方は色々分かった。
諦めに来たのもあるしグサグサ胸を刺されるような話や彼の変わったところやお互いの価値観の違いなどあれこれ不安。
今日会ったデオンに私の気持ちは小さいと指摘されて悔しいし腹も立ったけど視野が広い人物の考察は正解疑惑。
可能性があると分かったから縋りつきたい気持ちはある。私の声が届くのか分からないけど。
「本当に君は自分自身への理解が遅いな。このように話さないと気がつかなさそうだし困った性格だな」
「バカ過ぎです。でも嫌なこととか気持ちが動かない事はきちんと把握しているから大丈夫です。へえ、先生との話し合いのおかげで出会いたい口説きたいお嬢さん像が少し分かりました」
「こうして時間を割いて良かった。今回破談になって時期がきて君に仲人を頼まれた時の参考にもなる」
「今回破談なら十年後にお願いします。最初は多分かわゆい照れ照れ系お嬢さんに普通に拐かされて、その後に気持ちが大きくなるかは今みたいな事です」
イルはとにかく家族優先。欲しいのは内助の功をしてくれる彼好みのお嬢さん嫁。
貧乏暮らしが嫌なら十年待って欲しい。待てないなら貧乏家族と楽しく愉快に苦楽を共にしてもらいたい。
自分は出世するから信じてついてきて欲しい。代わりにうんと大事にする。家族同士の納得許可や譲り合いは必須。デオンはイルの今後のお見合い条件をそう口にした。
「今後、お嬢さんとお見合いをするならそういう条件ってことだ」
「はい。そうなります。教えたら無意味そうだからそんなに言わないです。常識的な交際をするうちに発覚するでしょう」
教えたら無意味そう……。
「教えたら無意味なのか?」
「俺が欲しいからそう演じるとかありそうだから教えなくてもええかなって。しょうもない考えや演技は見抜けるでしょうけど。現に俺は友人以上で特別だけど恋穴落ちはあやふやとメルさんの立ち位置をしっかり把握していました」
「自己理解が乏しくても自分の感情に素直だから分かるってことだな」
「はい」
「こうなったらどうする。メルさんはその条件から外れている。彼女は君にお申し込みする気持ちがない。親に呼び出しだから彼女が胸を張って君を紹介した訳でもない」
「そうですね。こうなると堂々と出掛けてもあまり変化なしな気がします。でも出掛けたいです。今の彼女は俺の理想でなくても変わるかもしれません。とっかかり段階では選んだ訳ですから」
私と堂々と大手を振って出掛けたいという気持ちはずっと変化なし。やはりこれが彼の中の私の立ち位置なんだな。
他の女性よりは特別だから将来を見据えた上で口説きたい。その先は未定。
今夜未定はほぼ袖振りみたいになったけど私が彼の心を動かすと彼の生涯の宝物になれる可能性はある。
他の女性はその前に切られるけど私は可能性ゼロより前へ進めた。
変わっているし辛辣なところもあるけど家族最優先だから家族に加わると私だけどころか私の家族ごと大事にしてくれるだろう。
(家のためならそれこそ彼みたいな人……)
「現段階のメルさんへの評価だと袖振りの可能性は高い。それは君なら伝えるよな。あれこれ提示して出掛けたいですというお申し込みをする訳だから」
「メルさんは俺を口説きたいから一回くらいは、と言ってくれる気がしますがこんな横柄な男は袖振りされそうです。なにせ俺に家に来て欲しい、という親です」
「向こうが来いとは横柄だな」
「そうですか? 密会の件はあるけどメルさんも共犯だから手打ちです。先生と話していたら俺はそこまで得のない男ではなかったです。申し込むのはむしろ俺がええと泣くメルさん側だと判明しました。元々待って欲しいと考えていたように俺はやはり待って欲しい側です」
「まさか謝罪に行かないなんて言い出さないよな」
「いや行きます。向こうも言うべきだと思っただけです。そこを俺が自分が行きますと言って彼女と並んで謝罪です。相手の家へ行って謝罪は必須です。睨まないで下さい。横柄でした。説教は後でなので、後でまとめて聞きます」
すみません、という声の後にデオンが「ああ、その話はまた別で」と口にした。
「こうなると俺こそ思い出と確認で一回お出掛けして下さい。お申し込み内容はそうなります。それをあのメソメソ泣きのメルさんに頼むのは残酷な男です。優しくないです。なのでお申し込み出来ません。でもしたいです。いやメルさんも俺を諦めないぞかも。困りました」
「そんな気持ちだけど縋りつかれて荷物をまとめて君の家に突撃してきたら祝言案か?」
「はい。彼女になら押しかけられてもええです」
「それなら向こうの家に私と一緒に謝罪しに行って、その後は縁切りしたらどうだ」
「相手が来るのを待つってことですか?」
「商売人なら得がなさそうでも調べる。しかも娘の為だ。違うなら君達家族とは分かり合えない。価値観が異なる家だからだ。皆で苦楽は無理。彼女が来ないなら彼女に必死さもない。親と話し合い出来ないなら夫婦だともっとだ」
家を抜け出すな。未成年のお嬢さんは危ないから付き添いや番犬ポチなしで夕方歩くな。
そういう彼だから押しかけると家に連れ戻し。そこから話し合い。話し合いは他の女性の場合はしない。
嬉しいけど嬉しくないのはイルの私への現段階の評価。
「彼女の両親に目先の損害分を取り戻してくれる男ではないと評価されたらそれはそれで仕方ないです。コケる可能性は十分あります。それは俺の至らなさやお嬢さんと縁を結ぶ時期ではないという俺側の問題です」
「今の自分は机上の空論から抜け出していないから諦めるということか?」
「一回散歩は言う気がします」
「自分の気持ちが白黒はっきりするからか?」
「多分そうです。袖振り前提みたいなのは嫌だから出掛けたくない。そう言われたら諦めます」
「地区兵官は他の地区に欲しいとか、ある程度登った時に属国で上役などたまにある。それは知っているか?」
「えっ。そうなんですか? 成り上がって地区本部兵官に引っこ抜かれたら、成せるなら十年後くらいだから俺は下手すると寂しく一人暮らしです。大豪邸で大家族がええですけど。なのでお嫁さんは欲しい。その気持ちはあったから元々嫁に来て欲しいの方です」
「そこに両家の親の病気話が出たらどうする」
「俺の親は連れて行くとして、お嫁さんの方は……俺が単身赴任で転属希望を出して励みまくるしかないです。お嫁さんの他の家族や俺の両親や妹達が世話をするからと頼み込んで俺をお嫁さんが支えてくれたらとても助かります」
誰か頼れる人がいたら頼る。助けてもらう。代わりに自分も何かを返す。一人で大黒柱を目指してどうにかとか、一人でぐるぐる悩んだ挙句にわりと思考停止。これはかなり悪いことだった。
「つまり君の望むお嫁さんの条件に家のしがらみがあまりなくて兄弟姉妹がいて身動きしやすいことが追加ってことだ」
「最初に条件で切ってそこを突破したお嬢さんに拐かしてもらって俺も口説いてあとは本能が教えてくれる。普通のお見合いだとこれです。うわあ。励みまくらないと無理です」
「年月が経つほど君の条件が減る。長屋で貧乏暮らしがなくなって主に妹さん達の事もだ。ここが消えてくると婿入りでも構わない。いざって時は一緒に来てくれ、で良い訳だ」
「可能ならお嫁さんです。妹達の家族とも同じ家で大家族が楽しそうなので。先生。バカで理性に負けて本物お嬢さんに目が眩んで密会男になって、おまけにあやふや条件で生きていたからこんなです。大変申し訳ありません」
「謝罪は聞いたし説教は後だと言ってあるよな。後だ。生活圏にいる女性をお嫁さんならわりと困らない条件しか有していなかったけど、君は今後高望みをするから難しくなるな」
「照れ照れかわゆい慎み癒し系で妹達の誰にも似ていない平家女がいたらええのに居ないんですよ。鬱陶しいのしかいないです。長屋で暮らすお嬢さんはいなそう。三年後と十年後でかなり違います」
「目先の得か後から得の話だ。地区本部兵官になれたらお嬢さんどころかお嬢様だぞ。縁談相手として並ぶのは」
「えっ。ええっ! えーっ! お嬢様ですか⁈」
「メルさんと同じ国立女学校にはお嬢様が混じっている。だから彼女はそういう系統なのだろう。同程度から少し上の私立女学校のお嬢さんやお嬢様。それなりに選べるぞ」
「お嬢さんで高望みなのにお嬢様は雲の上です。いやメルさんもお嬢様系なのか。無理だけど夢はみないと。お嫁さんはお嬢さんと言いふらしてそこらの女に逃げてもらって心の中でお嬢様です。励むけど俺も自分を信じられません」
「地区本部兵官ならもう長屋暮らしではないし身なりもそれなり。君を家の飾りとして欲しい家から申し込まれる。後はお嬢様と話が合うか。いや、教養もないとな」
「おお。文学とか雅とか何か勉強しないといけないです。準官になったら少しずつと思っていたけどやはりします。上に登るほど教養強化です」
「色々話した結果君はどうしたい。鐘が鳴ったしそろそろ稽古だ」
「そこらの尊い目の保養になってくれるお嬢さんは今は我慢して無視しますけど……。まずは謝罪で俺のしょうもなさを教えて……」
ここに女性の声が混じってイルに手紙だという会話が出た。
「土曜の女性が亡くなって都合がつく日に線香をお願いしたいと。都合がつくのは今です。顔は見ない約束ですが家族が許してくれるなら手くらい握ってあげたいです。先生。訃報で稽古を休みます。休む分の稽古代は遅くなっても必ず払います」
早い。土曜に病気が判明して今ってサリアの死はあまりにも早過ぎだ。
嫌な予感ってこれ。イルは彼女に会うことが叶わなかった……。
「土日分も含めて理由書を上手く書くから気にしなくて良い。君の中になかった将来像や目標を贈ってくれた女性だ。妻に言って支度させるから手紙を持って行っていきなさい」
「はい。ありがとうございます。明日の朝なんて悠長な事を考えなければ良かったです……」
少し震えている小さな声だ。
「私もだ。まだ少し平気そうとか良くなって悪くなって悪化と聞いてついまた少し良くなるかと。良くなることもなく……。こんなになのか……。葬儀に参列したくて許可を得たらその分も理由書を書く。葬儀は恐らく明日だろう」
「参列したいので頼んでみます。その時はよろしくお願いします」
泣きそうな震え声を残してイルはデオンが退室するような音が聞こえた。
しばらくしてデオンがまるで舞台の幕を左右に開くように襖を開いた。
隣室に招かれたので移動して下座の席についた。
「密会の繰り返しに対しては隠れお見合いが良いと思いました」
「まるで思いつかない提案やネビーさんの希望や意見に価値観を聞き出していただきありがとうございます」
「これだけ聞けば三人で話し合えると思います。先程の訃報で明日も恐ろしい気持ちは理解しましたので弟子の帰りを待って今日のうちに謝罪をしたいです」
「何かを申し込む気があるならこちらからということでしょうか」
「私は最初からずっとそう思っています。不誠実で嘘つきで相手任せで何も捨てられない甘ったれ。気遣いという名目で自分は苦悩したくない、傷つきたくないと自己保身。頭も察しも悪いお嬢さんです」
笑いかけられて背筋が凍った。面と向かってこのような悪口を投げられたのは初めてだ。
「私が怖いから言い返せなそうですね。なにせ反論材料がない。身から出た錆とはこのことです。人を頼れないし諦め癖もある。それで弟子に対する想いも覚悟も義理人情もないお嬢さんです」
こんなの想定外だ。両手で耳を塞いでしまいたい。
「おまけに自分で言いました。結婚相手は道具だと。その事は否定しません。しかし弟子と価値観が合いません。他の点でもそうです。そのようなお嬢さんに自慢の弟子を渡す気はありません!」
雷のような怒声と睨みで私の体は完全に硬直。怖すぎる。少ししてデオンは父に笑いかけた。
「加減したつもりがやり過ぎました。長生きされて欲しいですが短命である程娘さんは苦労しますよね? お相手の家の奥様が少々と聞きましたし格上相手と付き合っていくのは大変です」
「はい。苦労をかけると思います。このように良い経験、薬をありがとうございます」
「娘さんは大事な弟子の特別な存在なようなので。甘やかすのは本人の為にならないと思います。私に会いにきた娘さんは最初に誠心誠意私に謝罪するべきだったと思います。親子ともども私について下調べ不足ですね」
「父親である私の責任です。耳が痛いですが良薬は口に苦しです。娘は必ず改善してより良い成長をとげます。そう育てます」
父はしがない商家の主でも主は主だからか低姿勢ですぐこのような発言を出来るってこと。一日でも長く生きて私に色々学ばせて欲しい。
「ええ。親想いの優しい娘さんで弟子が補助したとはいえ理性を保って道を踏み外さない立派さもありますし自慢の息子がかなり苦悩するくらい慕った女性です」
貶されたけど褒められた。慕った女性。そうだよね。私はそれなりに惚れてもらえているよね。
恋ではないはそれこそ自己理解がおかしいからな気がする。小さな両想いってこと?
「そのようにありがとうございます」
「恥ずかしいのですが弟子はまだまだ未熟者なので謝罪時に踏み潰して下さると助かります。是非お願い致します」
「いえ、とは言わない方が良いのでしょうね。飼い犬無しで彼の前に現れた娘を即座に危険だと叱って我が家へ送ると言った彼を見てつい許してしまいましたが甘かったです」
「それは知らない話です。密会自体も線引きしているからそんなに叱る事ではないのですがお調子者なので厳しくしています」
「ほんの少ししか接していませんが娘から色々聞きました。彼は真っ直ぐですね」
「伸びてきた筍の皮を下手にいじって剥くと曲がった竹になるのでどの弟子の事も悩みます」
「彼のようでも更に上を要求するのですね」
「やり過ぎて門下生に逃げられています。反省の日々です。娘さんもまだ放心中ですみません。弟子達と同じく叩いたら伸びそうでつい。弟子への気遣いの言葉やその時の目がとても美しかったのもあります。弟子はそういうところに惹かれたんでしょうね」
デオンは稽古がありますので、と私達を隣室へ案内してから去っていった。
(褒めてくれた……。でも罵声もきっと本心で……。怖い。厳しい人……)
こうして私は両親と話し合いになった。といってもイル関係の話し合いはほぼない。
なにせ今夜することは謝罪と先のことは気にせず一回お出掛けして下さいというお申し込みだけ。その後のことはイル次第だし、私は小さくても両想いなら諦めたくなくて一回お出掛けに我が家の損はない。
私は今さら一回散歩したってそのくらいで気持ちがドンッと大きくなって袖振りがより辛くなる事はない。
なにせ小さな両想いなのに失恋気味でもあるから既にもう辛い。辛くてもなんとかなっているから平気。平気ではないけど平気。
イル関係の話し合いはあまりないので私へのお説教の開始。デオンに感化された両親からのお説教は辛い。それから両親と我が家の事やダエワ家のことを改めて考え直し。新しい価値観を得た上で話し合い。
私とイルの恋はどうやら両想いだったけど小さくてほとんど燃えなかったあっという間に終わった花咲花火みたいなもの。
私は最初からこの恋をずっと諦め気味でその気持ちは彼に伝わり続けていたということ。
私は親も彼も信じないで試しに話をすることさえしなかった。
でもまだ終わっていない。花咲花火の玉が出来たばかりのところでこれから銀色の花が咲いて私と彼の世界を輝かせるかもしれない。
知りたい話や彼自身と話し合ってみたいことや聞いてみたい事があるから今夜未来を決めつけたくない。諦め屋さんとか諦め癖を直す。




