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お見合い2

 盗み聞きは悪いけど後日時間を合わせて集まって同じ話をする事になるから効率が良い気がする。この状況はお見合いに近い。

 デオンは我が家の条件を知っていて現在イルの条件を確認しつつこちらの条件へ徐々に導いてくれている気がする。


「手紙に書いてあったんだが娘さんについ最近話したばかりだから君もまだ知らなそうな話がある。家業同士をさらに結びつけたところだったそうだ」

「さらに? へえ。それは知りませんでした」


 彼の声は淡々としている。自分が出せる条件はここまでと判明したからそうなると私と破談。興味ないということだろうか。


「娘さんが相手に気があると誤解していたから相手が強めに出てもそのまま受け入れたと書いてあった。縁談が始まったという噂が出ると他に敵が現れるから先回りってことだ」

「縁談相手は彼女と一回しか会っていないけど文通期間が長いからなのか彼女をわりと慕っているみたいです。なので外堀から埋めてきたのかもしれません」

「多分そうだ。格下相手に下手に出る理由は掘り出し物と思ったかそれ関係だ。つまり君が横入りしようとすると相手はさらに家と家を結びつける。君の情報を得たら後からは勝てなそうだから先だ、と前のめりになる」

「先手必勝ってやつですね。逆の立場ならそういうことをするかもしれません」

「いや君は真っ正面から蹴散らす性格だ。それで君が言ったようにお嬢さんは大黒柱になるように育てられていない」

「ええ、どう見てもそう思います。彼女にはまだまだかなり無理です。なので譲れない俺は不利です」


 こんなにハッキリ断言されると耳が痛い。


「婿取りで条件の良い男性を釣れるように育ててそこに商家の内助の功系が出来るようにする教育。早々と今の縁談相手と君が釣れた。教育方針は合っていたってことになる」

「あのお嬢さん系はとんでもなくかわゆい生き物なので釣れます。他にも釣れそうです」

「おそらくそうだろう。さらに前のめりで条件強化。それも家業の縁結び。その上で婿入りでしっかり大黒柱を担う予定。こうなると今の君だと負け戦だ」

「うーん。仕方ないです。それなら彼女の諦めもつく……んですかね。堂々と返事が出来そうなのは朗報です。彼女に誠意を見せられます。これが俺の精一杯ですか? 俺は何も譲っていないです。精一杯ではない気がします」


 意外。意外というか少し嬉しい。もう自分はこれ以上考えません、ではないのか。


「彼女も譲っていないからな」


 うーん、とイルはまた唸った。それから「彼女が半分譲ると言うたら、それがなにか分からないけどそれだと俺も譲るので何かありますか?」と口にした。


「ある。その場合、生活基盤は君の家だ」

「俺の家? 俺の家は長屋ですよ。しかも八人一部屋です」

「嫁にきて家計も家族の家事も背負って下さい。花咲ジジイと大豪邸を建てられる成り上がりをする為の内助の功をお願いしますと頼む」

「ああ。彼女が譲りました。貧乏大家族と貧乏生活です。半分ではない気がします。これだと全部ですよ」


 私もそう思う。何もかも捨てて彼のお嫁さんになるのは全部譲ることだ。


「君と彼女の家計についてだが、可愛らしいお嬢さんなら売り子だな。額がイマイチなら女学校卒だから家庭教師などの仕事もある。区立女学校卒か?」

「国立女学校を今年卒業です」

「それはより良いな。準官と合わせてあの長屋で二人暮らしをするくらいは稼げるだろう」

「長屋にお嬢さんなんて発想はまるでなかったです」


 私が全部捨てて長屋暮らし。私も同じくそのような考えをしたことがない。

 蛇投げをしてから川で洗濯……。川で洗濯はともかく私に蛇投げなんて出来る気がしない。


「だろうな。君の給与と合わせて二人で生活出来るくらい稼いでもらう。生活費分の仕事に加えて売り子の副業は必須。勤務先のツテコネは君が持っている」

「そんなに働かせるんですか⁈」


 私もそう思う。イルのド貧乏生活に飛び込むって、これは私が半分譲る話ではなくて全部譲るような話だ。

 イルもそう言ったのにデオンはそれを無視して話を継続している。どういうことなのだろう。


「売り子は家計ではなくてそこからその商家で商売の勉強だ」

「商売の勉強ですか」

「売上をあげているから教えて下さい。生徒や家族にも宣伝していきます。将来は夫も宣伝に参加します。ひくらしの大旦那さんなら話を聞いてくれると思うぞ。国立女学校卒の可愛らしいお嬢さんが売り子をしたら売れる気がする」

「お嬢さんはかわゆい生き物なので買う気がします。男はしょうもないです」

「そうだな。そんなに働かせる、ではなくて実家の為の勉強や支援の下準備の方だ。金はついで。でも金はある程助かるだろう?」


 私の家の話が出てきた。つまり全部譲る話ではない予感。最初に譲るってこと? 他の商家の勉強は実家でも出来る。何か意味があるの?


「はい。もちろんです。家計ではない分は彼女が総取りしたらええです」

「君の実家から君一人分の負担が消える。お嫁さんに頼んで家事を助けてもらうと妹さん達に余裕が生まれる。特にリルさんだろう」

「ルカとリルはそうです。リルは逆立ちしても我が家の貧乏くじなので元服後に格上狙いで相手に任せて幸せにしてやりたいです。そういう予定です」


 私が励むとイルの家族は得。私を口説き落として嫁取りしろって話?


「ご両親とそういう話をしているのか。ということは三年後だな」

「はい。リルだけだと変なのでルカも一蓮托生で元服後に早めに祝言にします。ただルカは手堅く親父の知り合い関係の職人狙いです。リルは若干玉の輿なのにルカは違うと変なので職人同士だからだと言います。その中から好みの気の合う男を選べって。隣の部屋へ婿入り可能な職人を探しています」

「そうなのか。ルカさんはそろそろ縁談なのか」

「はい。なので俺とルカ、二人分の負担が消えます」

「家計の負担が減った上にそこにさらに女手が増えるからリルさんはさらに楽になるな」


 来年からはイルの学費と半見習いのお礼代も消滅する。こう考えるとイルと長女が早く結婚すると彼の家はかなり楽になるのではないだろうか。

 特に大家族の家守りの中心となっている次女のリルの仕事が減りそう。


「リルの若干玉の輿は両親が無理なら俺が頭を下げてまわります。先生、ここの門下生、準官になっているはずなので先輩達、あと忘れていた俺と少し関係のある商家です。いや、リルに商家は無理です。大人しいですし学がないです。家事育児は今も凄いから三年後は完璧です」


 十三歳で八人家族の家事の中心に妹達の世話をしているって改めてリルは凄いな。

 平家だとちょこちょこいるとイルが言っていた。親が共働きで娘に家をなるべく任せて花嫁修行。イルの家は貧乏だから無理だけどそこに稼いだお金で手習などを付加していくという。


「そうだな。八人家族の家守りをしてきました。妹達の世話もしてきました。学がなくても内助の功が欲しい家は欲しがるだろう」

「はい。可哀想ですが勉強は後回しです。真面目で妹達想いの頑張り屋です。変だし大人しいけど同じ変で優しい男ならきっと大丈夫です。近所でないと心配ですけど」

「リルさんにその学が増えたらどうだ。君のお嫁さんが国立女学校卒なら妹さん達に無料(ただ)で学ばせられるだろう」

「ああっ! そうです!」

「国立女学校卒の義姉が教養を多少与えた。リルさんの条件が良くなる」

「めちゃくちゃええ気がします。彼女が嫁入りだと我が家に得が沢山です!」


 こう考えるとイルは早めに嫁取りをすると良い気がしてくる。彼の性格や将来像ならそこそこ格上の女性が釣れる。

 最初は長屋暮らしでも構わない女性は平家ならいる。

 リルへの学話は消えるけど全く学なしなら寺子屋へ通う時間を作れるし寺子屋くらい通った平家女性は大勢いるから義妹に勉強を教えられる。


「家守りに教養も武器にしたリルさんも婿取りにする。男手が二人だ。福祉班辺りの兵官は良い気がする。探すツテコネには私や君の先輩達がいる」

「自分達で見つけられなかったらその時はお願いしたいです。改めて頭を下げにきます」

「私は君が望んだ花咲ジジイと成り上がって大豪邸の道を突き進むならリルさんの仲人になる。そこまでが君の今回の縁談に関係してくるから世話してやりたい」

「はい。身に余る名誉です。ただ、まずは両親と自分で探します」

「それは一旦置いておいて、実家から三人分の負担が減って男手が二人増える。リルさんが祝言をして一年程度は様子見。ここから先は君はお嫁さんの内助の功と実家繁栄のお礼として見返りをうんと返す。五年後を目安に同居だ」


 最初に譲って後から我が家という話をだったのか。


「同居……。はい。そうです。得だらけだから返さないといけないというか返したいです。五年間も俺は常に俺よりも彼女を優先して家族にもそう言います」

「裏切らなそうな義理の息子が稼ぎとツテコネを手土産に持ってきて同居。私としては悪くない話だと思う。娘も他の商家の勉強をしてツテコネも引っ提げてくる」

「おお。相手の家に得が出てきました」


 我が家になんの得があるのなと思ったら得が現れた。

 不安要素のイルの気持ちがないから逃亡という欠点を、彼に恩返しの気持ちが芽生えるとか家と家の結びつきで解決ということになる。

 こんな方法、家族の誰も思いついていなかった。


「そうだ。彼女は全部譲る、ではないだろう? 先に譲るというだけだ」

「先生。俺はこういう先を見るとか作戦が苦手だから軍師系の科目が悲惨です」

「良く知っている。だから君は人を頼れと常日頃言っているだろう」

「はい。バカだから一人で悩むのはもう限界だと短期間で一人で悩むのは諦めました」


 私にも分からなかったから別に彼がバカなのではないと思う。それか私もバカの仲間だ。


「学校から話がくるくらいだから遅いくらいだ。五年後の君は順調ならそれなり。日雇いはもう要らない。多少自分の将来を削って家業の手伝いや勉強をしていける。君は先に譲ってくれた彼女の為なら自分も譲れる範囲で譲るだろう?」

「そんなの当然です」

「この場合だと番隊長に絶対になりたいとかはないよな?」

「はい。その状況ならないです」


 地区兵官として目一杯励みたいという意思が薄れた。やはりイルの中で家族という存在はかなり大きいのだな。


「娘が戻ってくるまで五年。ご両親の年齢は分からないけどお姉さんがいるなら踏ん張れるというか普通なら問題ない」


 この普通なら、はわざとこう告げたのだろう。


「そこは俺には分かりません。十年ではなくて五年だったんですね。いや、家をルカとリルと婿二人に任せられるからです。俺も隙間時間に顔を出しますが両親もいて四人もいたらルル達は安心です」

「提示する将来は四年目に三等正官。これは絶対。翌年は飛ばして一等正官。また飛ばして二等曹官。次は一等曹官かいっそ三等尉官だ」


 私は兵官の階級はまるで分からないけど飛ばす、だからわりととんでもない出世な気がする。


「先生? 正官の次からおかしくないですか?」


 戸惑い気味の声なのでとんでもない出世という推測は合っているみたい。


「十年以内に地区本部兵官か番隊幹部。地区本部は遠いとゴネるか短期単身赴任で励んで地元に出戻りする。五年後から十年以内に小将官だ」

「……先生。小将官ってもっとおかしいです! それはごく限られた人がたどり着く道です。まず曹官から脱出が大変です」

「サボらないでこれまでのように励めば君ならなれる可能性がわりとある」

「えー。えーっ! 俺はそんなに凄いんですか⁈」


 デオンが彼の最大の目標は総官と言っていたな。


「凄くない。誰もが振り落とされるから可能性は高くない。この夏、無駄に悩んで成績を下げたし稽古にも身が入っていない。そうやって可能性が低くなっていく。そのように振り落とされるのはあっという間だ」

「バカなのに一人で考えようとしたから花咲ジジイや大豪邸が遠ざかったってことですか⁈」

「そうだ。かなり遠くなった。悩んでいても気持ちを切り替えて励めるならともかく君は元々あれこれ同時に考えることが苦手だろう」

「えー……。やはり破談でお嬢さん狙いなら十年後くらいです。色欲に負けたとか噂の恋穴落ちをしたら話は別として。かなり遠くなったって取り戻さないといけません! 取り戻せますか⁈」

「難しいけど君次第だ」


 なんとなくだけどそんなに遠ざかっていないのにデオンは弟子に努力をさせるためにこう言った気がする。


「非現実的気味な最大の目標では信じてもらえない。なのでそこをこう言う。五年後に三等曹官。これでも早いと思われる。自分の中での目標を達成すると大歓迎されそうだ」

「五年後に三等曹官も早いですよ!」

「大豪邸が目標なら最低限このくらい励みなさい。結納お申し込みに対する返事がこの条件だと同居結納だ。でも五年も暮らすからいっそ祝言。この計画は子どもが生まれたら崩壊する」


 この案は私の希望条件と合っていない。イルがこの案を選んだら私とは破談。デオンは私達の縁結びを反対したいからこの提案をしている?


「全ての理性を総動員します!」

「五年間、誰かに兵官さんありがとう。どうしてもお礼をしたいですと言われたらお嫁さんの実家の商品を買って欲しいと言える。婚約者だとイマイチ効果が薄い」

「おお。その通りです」

「商品が良ければそこから顧客が増える。君は仕事にうんと励みながらお嫁さんの実家の宣伝担当になれるという事だ」

「親父と母ちゃんも参加させます。特に母ちゃん。得意だからあちこち日雇いに困りません。こっちに寄越せと喧嘩になるらしいです」


 そういうお母さんなんだ。両親の話はそんなに聞いたことがない。


「五年後からお嫁さんの家の売り子になってもらうと良い。君の稼ぎから正当な額を払うとお嫁さんの家の家計は痛まない。実家支援にもなる。それとは別に仕送りをしたかったらすれば良い。単に婿入りなら君の稼ぎは無かったんだから頼める」

「しょうもない俺がグルグルかなり悩んだ半分譲る案はしょうもなさ過ぎました。ありがとうございます」


 私も目から鱗だ。このような柔軟な考え方が出来ないと家を結びつけるとか家を背負うことは難しい。

 またしても私の未熟さを感じたし両親のこともデオンと比較したら小さい存在なのだな、と思った。これがそこらの商家と大豪家の差ってこと。


「その為に縁談には親や仲人がつく。この案で相手が首を縦に振ったら君は大手を振って街を歩きたいだけの彼女と年明けには祝言だ。彼女と祝言したいか?」

「えっ。あー。祝言? そんな金はないです。かわゆい大事なお嬢さんを長屋に迎えるのに何も贈れません」

「五年後に神社で白無垢を着せて宴席を設けられる。五年目は木婚式だ。夫婦が一本の木のようにしっかりと根を張って一体となって未来へ進んでいこうと誓う年。新しい生活に相応しい年だと思う」

「へえ。五年目は木婚式ですか」

「木婚式をして同居で正式な祝言とする。子どもももう自由そうだ」

「はい。それにとても意味がええです」

「君に気持ちがあまりなかったとか、途中で君がつまづいても彼女は生娘でそれなりにツテコネと勉強をして現在していなそうな家守りも覚えて出戻りだから次の縁談がある」

「はい」

「縁談がある、だと相手に悪いので私が仲人をして紹介する」

「えっ。先生がですか?」

「華族、豪家、商家、卿家、平家と揃っている道場だから色々紹介出来る。彼女の不義理時にはしない。君の尻拭いの時だけだ。それも君次第。この意味は分かるな」

「はい。先生、相談だけではなくてそこまでとはありがとうございます」

「花咲ジジイは絶対だと言う君にはこのくらい肩入れしたい」

「こうなるとリルの為にも早めに祝言したくなってきました。リルにも遊ばせてやりたいから隙間時間をあまり減らしたくないので今はリルが興味あることを少ししか教えていないです」

「リルさんは家守りが最大の武器だから嫁入りの方が窓口が広い。なので彼女が選べなくなる可能性がある」

「あー。それだとイマイチな話です。早めに祝言案は嫌です。リルは若干玉の輿狙いで窓口が狭いのにそこからさらになんて」


 家族や妹のことでイルの意思はコロコロ変わるな。自分よりも家族や妹が優先なのが良く分かる。


「だから今回の縁談に関しては私がリルさんの縁談の仲人をする。これを提案しているのは私だからだ」

「えっ! そこまで俺の為に世話をしてくれるってなぜですか?」

「去年の君ならお嬢さんが気になっても最初の方で袖振りしただろう。今回の原因はかなりの過密予定にした私達周りの責任だと思うからだ」

「先生達のせい……違います。俺の性根の問題です」

「息抜き時間がほぼないのに学校や屯所での嫌がらせ。君なら大丈夫と過信せずにもう少し気にかけてやるべきだったと思っている」


 屯所でも何かあるのか。通常の半見習いにお礼代を増やして色々させてもらっているということは出る杭だから誰かに打たれるか。

 いつも明るくて楽しそうで前向きだから悩みがあまり無い人みたいに思ってしまっていた。私は私の悩みでいっぱいいっぱいだったし。


「いや俺のせいです。しょうもない奴なんて俺は相手にしません」

「君は私が説教をする前に余裕が出るまでお嬢さんと縁結びをしないと自己改善の意志を示した。君は自分に厳しいから同じ過ちはしないと信頼している。これまでの積み重ねの結果信用する。なので今回限り尻拭いをする」

「同じ失敗をしないように努力します。バカを直すのは難しいけどしょうもない男には絶対になりません」

「それにしても、ここまでしなくて良いとは言わないんだな」

「笑わないで下さい。その通りです。俺はわりと自慢の弟子で今後さらにそうなる自信があるから迷惑をかけたいです。あの時背中を押して力添えして良かったと必ず言うてもらいます」

「そうか。それは楽しみだ」

「今後はうっかりしそうになっても逃げます。平家の慎み系女で満足なら正官で多分平気です。お嬢さんなら十年後が目安。今回のことで色々学んだから次は間違えません」

「そのうっかりを君は中途半端な特別とか恋ではなくて同情な気がすると言ったけど、これだと彼女と祝言したいか?」

「したいです。先に苦労をかけるけどこの将来なら苦労して欲しいと頼みたいです。気持ちがとても前向きです。彼女は先に苦労するけど残りの長い人生で彼女をうんと豊かにします」

「簡易お見合い程度の話に思えたけどこれだと祝言したいのか」

「手を出さないから結納と同じです。毎日一緒で家族ごと助けられたら絶対に生涯の宝物になります。俺の家族も彼女をうんと大事にします」


 涙が溢れて嗚咽が漏れそうになった。今の言葉があるなら私は彼を信じてついていきたい。長屋生活は分からないし腹減りもどの程度か不明。

 でもたった一本の牡丹花火で私はうんと幸せだった。安い飴細工と髪飾り用らしき紐だけでとても嬉しかった。


「それなら半年後ではなくてすぐに祝言でも同じか?」

「すぐ? すぐってなんですか?」

「結納争いだと負け戦だからすぐに祝言で対抗だ。苦労をかけるけどその分絶対に裏切りませんと提示出来る。将来性の裏付けはあれこれ提示出来ると言っただろう」

「おお。でも先生、家業の縁結びを邪魔する分の金がないです」

「結納ならともかく君の祝言となったらあちこちで祝金代わりに商品を売れるだろう。この道場とリヒテンのところだけでもかなりの家の数だぞ。味が良ければそこから繁盛だ」


 ……。そんな稼ぎ方があったのか。これまでもだけどデオンは両親や私ではまるで思いつかない提案ばかりする。これが大豪家の大旦那ってこと。リヒテンとは誰だろう。


「醤油は知らないけど味噌はとても美味いです。金があれば我が家の味噌をあれにしたいです」

「こことリヒテンのところ以外で君の祝いで味噌と醤油を買うのはどこだと思う?」

「味噌くらいの値段なら友人に一回買えって頼みます」

「君は友人が多いよな」

「はい」

「ご両親関係でも頼める気がするけどどうだ」

「あちこち頼めそうです」

「屯所はどうだ」

「味噌くらいなら先輩達に頼みます」

「火消しはどうだ」

「それも味噌くらいなら頼みます」

「幼馴染に大工もいなかったか? 前に道場の屋根の雨漏り時に君がすぐ手配してくれた」

「親父と俺の幼馴染がいて先生の時みたいに依頼者を紹介するから味噌くらいなら頼みます」


 父親の奉公先、佃煮屋、酒屋、小料理屋、うどん屋に加えて屯所と火消しと大工が出てきた!


「祝いたいと言われたら妻の家の商品を一つか二つ買ってくれ。こことリヒテン関係で華族、卿家、豪家、商家と色々。今回は助力すると言ったから助力する」

「ありがとうございます」

「君の友人知人にご両親関係に火消しに屯所。短期損害分くらいどうにかなる気がする。君が稼ぐのではなくて周りに払わせるってことだ」


 今回の縁談に関してはデオンが後ろ盾で協力者になる。この場合は商家の我が家よりも余程ツテコネが多そう。

 それを抜いてもイルは私よりは確実に世界が広くて人脈がある。彼の交友関係を私はまるで知らなかった。


「この発想も全くなかったです!」

「こう考えると君の人脈は宝の持ち腐れだな。今回破談なら標準的なお見合いや結納、祝言が出来る時期に商家も豪家もそれなりの地区兵官の君を欲しがるぞ。君がコケて転落しなければだけどな」

「常に励みます! 花咲ジジイになるにはある程度上に登って教育とかあちこち行くとかしないといけません」


 家族でイルを諦める話し合いしたのに徐々に光が見えてきて驚愕。

 特にイルがすぐに祝言します、と言ったこと。妹達に得があるからが大きい気がする。

 父のことがなかったらイルの生活を調べて彼の家族も含めて話し合ったらダエワ家を袖にして彼と縁結びは夢ではなかった。


「はぁ……。待たなくても家を巻き込んで縁結びを出来る可能性のある掘り出し物ってことか。メル、俺はお前が彼と文通をしたいと言った時点できっと切り捨てていた」

「私はそう思って彼のことを隠しました」

「普通のお見合いなら格上のお嬢さんをド貧乏の長屋暮らし男の嫁になんて言っても門前払いだろう。でも今回はお前の気持ちがある」

「はい。お父さんのことを知らなかった時期なら知らない生活を調べて彼の家族と話し合いたかったです」

「彼は知らないが転属の可能性があるし、お前は家から離れたくないと言ってくれていて子どもなど条件が合わない」

「それにお父さんの代わりの柱を確実に用意したいです。シエルさんの後ろには商売人の両親と祖父がいます。私はあまりにも未熟で頼りないです。縁がないとヒシヒシと伝わってくるけどこんなに色々と聞けてありがたいです」

「いや、俺の器の小ささだ。色々と耳が痛い」


 縁がありそうだったのに縁がない。デオンとイルの話し合いを聞いているとそれが良く分かるので私はまた涙を流した。

 

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