お見合い1
彼が私の話を開始した。デオンは黙って聞いている。私とどう出会って最初はこうでそこからどういう交流をしていたなど。私が知っている話と相違ない。
私の視点と彼の視点は同じようだし告げられた言葉の数々なども本心みたい。
「花咲ジジイになるから退職させられない限り地区兵官でいたいです。警兵でもええけど家族がいるから遠いから通勤を考えると地区兵官です。先生に言われて振り返ったら桜吹雪ならずっと励みたいです。それもなるべく目一杯」
「そうか」
「その上でこの醤油味噌屋のお嬢さんと一緒に居る方法はありますか? 彼女は姉妹でお姉さんは職人のまとめ係の道、彼女は経営の柱の一本とそれぞれ分担教育をされています」
「他の情報も知りたい。その前に私に何を相談したら自分の答えが出ると思っているのか知りたい」
「はい。準官にもなっていないので半見習いの範囲でしか勤務内容が分かりません。先生は大豪家の大旦那さんですから商家の考えも分かると思いました」
「地区兵官として目一杯励みたい。それは譲らないんだな」
「はい。今の状況でもそう思ったからこれはうんと大事なことです。これはなるべく譲れません」
「地区兵官の勤務は学校で習うだろうし以前から屯所で学んでいるだろう。八時間勤務で日勤、準夜勤、夜勤。過密勤務だと日勤休憩夜勤休憩準夜勤と繰り返す。そこに通退勤時間や日によって残業がある」
これは私の知らない来年地区兵官になれた彼の新しい生活。過密勤務は屯所に泊まり込み?
休みはどのくらいあるものなのだろう。
「はい。家のこともあるけど勤務外の時間と休みでなるべく商家の勉強です。うんと励んで花咲ジジイだと売り子みたいになりますか? 助けられたし買うか、的なことです」
「なるだろう。ただうんと励みたいなら勤務外の時間や休みの日に稽古や勉強があるぞ。昇進試験や中官試験だ。合間に小銭稼ぎの日雇いもすると言っていなかったか?」
「小銭稼ぎは元々は親父と母ちゃんの甲斐性の問題なので無視して……。無視出来ません。二人はともかく妹達が腹減りし過ぎたら困ります。それで稽古と勉強ですか……」
両親の甲斐は実際にはあるから自分が貧乏の原因だったと知った彼はますます家から離れなそう。
「目一杯励みたいなら花咲ジジイ関係の勉強や稽古は山程ある。そこらの単に同じような事を繰り返す下っ端地区兵官で良いなら話は別だ」
「それは嫌です。俺は花咲ジジイがええです。それに下っ端地区兵官だと商家の役に立たないです」
「私からしても勿体ないと思う。途中でつまずいたり上手くいかない事は沢山あるが最初から好機を与えられる者は少数派。最初からといっても八歳から積み上げてきてようやく掴んだものだ」
「はい。彼女は大黒柱、当主を目指すと言いました。俺の負担が少ないようにです。俺は花咲ジジイをあまり譲りたくないけど半分までってどこまでですか?」
「半分譲る必要はない。譲ったら私としては釣り合いが取れないと思う」
「そうですか? なぜですか? 食べ物の半々は分かりますけど人生の半々が分かりません。優先をつけて下からバシバシ切っていくのかなぁとかグルグル悩みまくりです。それで先生に指摘されました」
下からバシバシ切っていく。彼はそういう発想をするのか。
「お前との事がなくても大黒柱であるべきだからだ。他の支柱も用意しておくもの。選んだ婿がロクデナシだったとか、逃げられたとか、色々ある」
「えー。先生の意見だと彼女は何も譲っていません」
「親戚関係は知らないがいるなら使うし経営方面の奉公人頭を軸にして娘を家業に役立つ家に嫁入りさせる方がより栄える」
「嫁入りですか」
「二人姉妹なら一人は嫁入りに使えるようにしておくものだ。いざという時に家業に良い縁を逃さないように」
父を見たら気まずそうな顔をした。破談話をしたからではなくてデオンは素でこの意見を口にしている気がする。
イルが口にした通りデオンはこの大豪家の大旦那だ。
「バカな俺がグルグル悩むよりも先生に早く教えを乞うべきでした。そうか。彼女は嫁入り道具としては育てられていないからそれをして初めて譲ることになるんですね」
「嫁入り先がイマイチ使えない家だったら連れ戻してまた他の家。そうやって繰り返し使うことも出来る。格上から婿取りだと出来ないだろう。婿を追い出しにくい」
「嫁入り道具って言いましたけどその考え方は嫌いです。家と家って大変ですね」
「高望みをするとそうなる。現状維持やそこそこなら裏切らなそうな相手と手堅く縁結びだ。そうなると家の都合だけではなくて当人同士の気持ちも含める」
「はい。相手の親は高望み系です。呼ばれた理由は断りだと思います。あと叱責。違う事は違うと言いますし謝るべきところは謝ります」
両親は私の気持ちを汲んで話し合いを重ねてくれたけどイル視点だと高望み系で娘は道具という親。
これは先にデオンと話をしていなかったらデオンの両親への印象は悪かっただろう。
「縁談相談と言ったがそもそもお前は何を申し込みたいんだ」
「俺ですか?」
「口約束でも何かしないと、って口にしただろう」
「そうです。来年から準官になれる可能性が特大なのでもう今のように会えません。なのに彼女に結納話が浮上しています」
「それに対して何を申し込みたいんだ」
「俺は返事をしたいです。彼女が望むことに対して俺が譲れるところまでの返事です。俺を慕っているから結納は嫌だ、だから同じく結納可能なのかが土俵かと」
私は目玉が落ちるかと思った。恋仲ではないけど結納お申し込みをしてくれるつもりがあるの?
いや違うか。返事だから申し込んだのは私ということになる。
「おお、そうか。いや、恋仲ではないし中途半端に特別とか恋かも分からないと言ったけどそうなのか」
「違うんですか? お嬢さんは結納後半で恋人みたいな感じでした。そんな事を言うていました。結納後半でキスでないとハレンチと言っていました」
「それで結納お申し込みか。結納前半は下準備期間だから恋人未満だと考えたんだな」
将来の仲をほぼ約束します。なので契約書を交わして裏切らないようにします。
それが結納なのにイルは私との会話で結納をそういう定義にしたの。
考え方がズレているってこういうこと?
まあ、結納は両家がそれで良いならなんでもありなので契約内容であれこれ出来る。
「はい。それでお申し込みではなくて返事です。俺から申し込む程の気持ちはないです。でも彼女に自分なりに精一杯譲れるところまで気持ちも覚悟も返したいです」
「そうなのか。違いが分からないというか言っていることが乖離しているように感じるんだが」
「どこがですか? バカだから説明下手ですか? 彼女は俺を慕っているから他の男と結婚は嫌だ。結納は嫌だと引き伸ばしました。年明けからもう中々会えないし手紙もあまり。だからその前に結納に横入りするか終わりの二択です」
「でもお申し込みをする気はないのか」
「彼女と俺が次の段階に進むには縁談相手が邪魔です。そいつを蹴散らすのに俺が出来るのはここまでなので検討して下さい。それはお申し込みではないですよね?」
自ら我が家の門を叩いて土下座する気持ちはないと以前も言ったから同じことだろう。
「そういうことか。彼女が諦めると言ったら諦めてお申し込みもしないのか?」
「はい。俺の彼女への気持ちはごちゃ混ぜです。面倒で疲れるし迷惑だから逃げたいし、かわゆいお嬢さんが好きにしてと言わんばかりなんて初だから遊んでしまおうとか。思い出作りって言われましたし」
両親が顔をしかめたけど私は残りの三分の一の彼の台詞をもう知っている。
「でも俺を噂の恋穴に初めて突き落とす大切な女性かもしれないから今の俺が譲れるところまで目一杯大事にしたいです」
両親の表情が変化した。それが複雑そうな顔になる。
「だから返事なのか。現段階では縋りつかれているからそれに対する返事をしたいってことだな」
「はい。結納お申し込みの返事だと思います。だから今の俺が彼女と結納出来る条件を悩んでいました。そうでないと彼女の両親に相手の家と俺を比較してもらえません」
「君は彼女の為に結納可能な条件を出せるか知りたいってことか?」
「そうです。でも俺が譲れるところまでです。破談なら理性を総動員して女は後。みんな袖振りします。また似たような事になるのはゴメンです。それでまずは正官を目指します」
「そうか」
「お嬢さん系が好みだと思っていたけど本物お嬢さんはとんでもなくかわゆい生き物でした。まぁ、お嬢さんにも種類があるみたいですけど。励んで家が落ち着いたら本物お嬢さん狙いをします」
「とんでもなく可愛らしいお嬢さんなのか」
「そうです。俺は妹達も本物お嬢さん系になって欲しいです。稼いで女学校に入れたくなりました。そういう意味でも地区兵官としてうんと励みたいです」
話が私とのことからズレてきた気がする。
「お嫁さんはお嬢さん。俺は今後これも譲りません。難癖結婚は回避します。そんなにしてきていないけど女遊びはもうしません。お嬢さんが不潔、みたいな氷のような恐ろしい目で見て俺を袖振りします」
「氷のような恐ろしい目で見られたのか。何かしたのか? 手を出したなら一緒に謝るから言え」
「いや、あの、まあ、襲ってくるような女と多少あれこれしたみたいな話をさせられたから睨まれました。何度も手を出そうと思ったけどほぼ触っていません」
「ほぼってなんだ。それを言え。君は昔から本当に嘘がつけないというか正直だな」
「かわゆい事に俺と手を繋ぎたいから転ばないように手を貸して下さいってかわゆい顔で言われました」
「分かっているのに手を貸したって事だな」
……。これはとても恥ずかしい状況だ。
「はい。歩きにくいところが終わって手を下ろされたから名残惜しかったです。手を離したら残念そうなかわゆい顔。俺は耐えました。律儀になる練習を兼ねてです。建前無しでは触りません。それで俺はその建前は自分では作りません。作ったら口説きです」
私は手を離されてしまって残念と思っていたけど彼はこういうことを考えていたのか。
「縁談時に誠実な過去があるのは好印象だから良いかもな。続けなさい。結納お申し込み相当で地区兵官として目一杯励むのは譲れない。先程言った隙間時間に商家の勉強などはどうする。地区兵官として励む時間や日雇いとの兼ね合いだ」
「半分までは譲ります。相手も半分なら俺も半分。向こうが譲らないなら俺も譲りません」
「君は現時点で商家と少し縁があるだろう。お父上の働くお店に加えて酒屋、佃煮屋、小料理屋とかなかったか?」
佃煮屋は知っているけど酒屋と小料理屋は何?
「はい。少し良くしてもらっています。あとうどん屋もです」
まだあるの。
「商売人ならそこからあれこれ広げられる。ツテコネを土産に同居するからひたすら地区兵官をさせて欲しい。譲るのではなくて得を用意したら良い」
「得を用意は頭にあってもツテコネの事は思いついていませんでした」
「自分の時間は基本的に自分の時間。日雇い分も合わせて給与は実家に入れます。後々宣伝担当になる。かなり良い宣伝担当になります。今のお前の話をまとめるとこういう提案になる」
「土産は大したことがなさそうだしとんでもなく横柄です!」
「そうか? 給与は敵の結納相手も他の仕事がないなら同じ土俵だ。むしろそのうち花咲ジジイで宣伝担当として勝る。実家が落ち着いたら稼ぎを家に入れる。そうなると相手よりも有利だ。君関係だとツテコネは大したことある」
「大したことある? あるんですか? これでもう有利なんですか?」
あの佃煮屋はイルに助けられたから荷物を預かっていると言っていたな。
似たように助けた結果のツテコネだとデオンの言う通り大したことありそうな気がする。
「目の前の得か未来の得かという話だ。確実な相手か不確定な高望み。君を選ぶのは高望みの方になる」
「えっ。俺が高望みの方なんですか⁈」
「不安要素のある高望みだ。花咲ジジイでおまけに番隊長なら大儲けかもしれない。商売以外の収入源も喜ばれる」
「不安要素は俺がコケたら使えないってことです。役立たずです」
「そうだ。向こうの家の心配は君に気持ちが大してなくて途中で逃げられる事。家同士の結びつきがないし君には中途半端な気持ちしかない。良縁を断ったのに君も去る。大損だ」
「えー。そう言われても今は何も約束出来ません。大手を振って出掛けてみないとなんとも。家同士も何も。十年結納は門前払いですか?」
十年って何⁈
「十年? その年数はどこから出てきた」
「末っ子以外が嫁にいってるはずです。金もだし用心棒とか躾とか俺の仕事があります。あと単に妹バカです」
「十年結納は条件が良い相手が出てきたら天秤にかけられて捨てられるだけだが十年結納? 十年?」
「常に天秤でええです。俺と結納しても彼女は今の縁談相手に口説かれてええです。十年結納だから他の男達もです。今の縁談相手も同時並行で会ってええです。これだと彼女の家は大損しませんよね?」
「君は自分と結納した女性に釣りをさせる気なのか」
それは結納前にすることだ。
「はい。付き添い付きのデートまでで触るのは禁止ですけど。気持ちが移ったら仕方ないです。今の俺はその程度の気持ちです」
「今の、だから変化したらどうするんだ」
「その時は条件強化をして契約変更を申し込みます。代わりに俺の気持ちも強いから逃げる確率が減って相手の家は安心です。手札が無くて条件が悪くて袖振りされたら終わりです」
「そういうことか」
「今の彼女は俺がええと言うて泣いて俺もその気持ちに応えたいから相手の家に出来れば勝ちたいです。そうしたら堂々と街中を歩けます。文通も家に直接です」
「目標はそれで地区兵官と花咲ジジイと家族のことは譲れない。勝つ条件が分からないから考えて欲しい。君から私への相談はこれで合っているか?」
「はい。説明下手ですみません。その通りです。門前払いなら年数を譲れるところまで下げます」
「最初の天秤相手がいるから年数を下げる下げないの前に条件で勝てないと話にならない」
「はい。そうです。家業関係のツテコネと業務提携を手土産に家業の柱になります。それで来年結納。その相手にギリギリ勝ちしたいです」
「ギリギリ勝ってその後は条件で負けても良いのか?」
「話した通り俺は堂々と出掛けてみないと気持ちが大きくなる気がしないです。俺は自分が思っていたよりも理性的でした。誠実に出掛けてみて気持ちが変わらなければハッキリ断れます」
私の為に時間稼ぎを堂々としたいということなのだろう。
「気持ちが大きくなって後から条件で負けたらもっと必死になるし、そうでなかったら今の相手をどうぞって事で合っているか?」
「はい。彼女も俺がキッパリ背を向けたら諦めるしかないです。なので先にそいつと結納されるのは嫌です。俺と両天秤を許可してくれるならええですけど。結納前半は触るの禁止で付き添い付きで出掛けるのは構わないって」
それはやはり結納前の段階のことだ。だからシエルには勝ちたい。それで自分は一般的な結納未満の契約条件を用意する。
理由は十年くらい待って欲しいから我が家が損をしないように。標準的ではないけど縁談は両者が良ければなんでもアリだ。
「一般的にそれは結納前にすることで、本来の結納はその逆だから勝ちたいってことか」
「はい。俺は他の男が彼女に触れるのは嫌です。触るの禁止で彼女と堂々と出掛けられるなら今の気持ち的には彼女が誰かと俺を同時並行してええです。何人でも。普通の結納でそんな他の奴に都合の良い話ってありますか? ないですよね」
「そうだな。普通はない。お前が勝ったらそれを用意するってことだな。十年結納だから自由に釣りをして良い。それは相手の家の為になる。君は目的である堂々とお出掛けをすることが可能だ」
「そうです。俺は現状だと十年くらい待って欲しいです」
「ちなみに平均的な一年間結納後に祝言。婿入りするけど稼ぎは実家に入れて良い。そう言われても十年待って欲しいのか?」
「妹達の用心棒や躾などがあります。現段階の彼女のへの気持ちだと妹達と離れるのは心配だし寂しいから嫌です」
優劣がハッキリしているとデオンに教えられた通りハッキリしている。私も彼と話し合いみたいになった時にこのような感じだったな。
「相手の家の大きさが分からないけど一緒に暮らすとか近くで暮らすならどうだ。君の家族が引っ越しだ。それでも十年結納か?」
「それなら短くてええです。俺の家族がええって言うてくれたら」
……。十年結納が一気に短くなった!
「お嬢さんが義姉で近くに住んでいたら女学校に入らなくてもお嬢さん教育を少ししてもらえると思うけどどうだ」
「ああ。そうです! でも親父とルカの職場がかなり遠くなるから無理です。無理というか本人達がええと言うても俺が嫌です。やはり嫌です」
こうして聞いていると彼の優劣は本当にハッキリしている。
花火をした日からそんなに時間が経過していないので私が妹達の下なのは想像通り。
「なら九年別居婚みたいなのはどうだ。君は基本的に実家暮らし。君が許せるだけ、過ごせるだけお嫁さんと過ごす」
「それはええ案です。それなら勉強を向こうの家でします。あと会う時間を決めるとか。地区兵官のままでもええ話が色々出てくるものですね」
「それをしょうもないお互い損しかない案で悩んでいたとはバカだ。今回で色々学べるからしっかり自分のことを把握したり視野を広げなさい。君の意志や条件がハッキリしているとどんどん考えられる」
イルはバカなんでって自分で言うからデオンは彼にこのような注意をするのだろうか。
いくら師匠とはいえ面と向かってお前はバカと言われてイルは腹を立てないの?
「はい。バカだから助かります。ありがとうございます」
怒らないどころか感謝した。また知らない一面。彼はこういう人なのか。
「とりあえず最初の相手に勝たないと無意味です。俺が提示出来るギリギリ勝てる条件はなんでしょうか。譲れないものが増えたし先生との話で分からなかった自分の武器が出てきて混乱です」
「今話した通りだ」
自分はツテコネがわりとある後からかなり得な男。なので結納して相手と両天秤にしてくれ。
半年間今の縁談相手や他の家と並べて構わない。半年後にどちらが良いか決めて欲しい。自分も決める。相手を選ぶ場合でも無賃結納破棄にする。この期間は指一本触りません。代わりに他の男にも触らせないように。
半年後からは普通の結納でそこから一年後に祝言。ただしその祝言は別居婚で十年後を目安に同居。
それはまたその時々の気持ちや自分の実家の様子で決めていく。
別居婚や自分の実家優先が嫌なら祝言を待てるだけ待って誰かと両天秤の期間、結納期間を長くしてくれて構わない。
十年後からは稼ぎをしっかり家に入れる。家業のことは宣伝し続けるけど他の事は自分が譲れる範囲でしか背負わない。
現段階では相手が何も譲っていないから何も譲れないのでひたすら地区兵官として登る道を選ぶ。
「君の意志をまとめるとそういう提案になる」
前半は仮結納で後半は本結納みたいなことだ。父のこととダエワ家を袖にした結果被る損害、それから彼が転属する可能性がなければ私は全力でこの案に乗りたい。
不安要素は父が亡くなって柱が消えた我が家のこと。
転属したら別居婚はさらに別居婚で私は父の代わりに家を背負っていくから一緒に暮らせる日は来ない。
この案に乗るとイルと堂々と半年間交際して袖にされるとか袖にすることが出来る。
遅い。私の浅知恵で拗らせたせいで色々と遅いのと転属の可能性があるのが引っかかる。自分の世間知らずぶりも知ったのでそれも不安だ。
「おお。それです。その通りです。俺の希望が全部入っています。彼女が何も譲らないなら俺もこれです。先生。半年後は準官です。後からかなり得、の証明がなにもないです」
「八歳からの半見習いの記録、私の意見書、学業成績などなどあれこれ提示出来る。君のツテコネ関係とも話し合いをして意見書をもらう。単に励みます、とは重みが違う。そういう意味でもこうして相談に来たのは良いことだ」
「そういう考えは全くなかったです。へえ。俺って周りに助けてもらうとお嬢さんともう縁結び可能なんですか」
「いや、九年別居婚だし家の役に立つのも五年後くらいからなので普通にお見合いは無理だ。現にこれはお出掛けが目的の提案だろう。なので縁結びのとっかかりまで可能ってことだ」
「縁結びのとっかかりまで……そうですね。つまり破談になったらやはりお嬢さん嫁は本来は十年後くらいってことです」
「それは君の気持ち次第だ。君の優劣による。今の君には譲れないものが沢山ある。練習だと思ってお嬢さんと常に浅い交際もありだけどそれをする気はないのか」
「俺はそこそこモテるのでまた待てないってゴネられます。俺もお嬢さんが好みだからまた悩みます。今の自分はお嬢さんと縁を結ぶ時期ではないとハッキリしたから後回しです」
「今回はうっかりしたからってことだな」
「はい。そそのかされて浅はかでした。相手にも悪かったです。その反省は後でしっかりするとしてお互い一つ先の付き合いに移動したいから悩みまくりです」
今の彼には情報が不足しているけど父はデオンに我が家の現状を話したのでそれに沿った話をしてくれるだろう。
私は声を押し殺して涙を流した。襖を開いて「諦めます」と口にするのが正解なのにまだ話を聞いていたい。
出会った頃に不利益を覚悟で嘘つきや不誠実ではない道を選んでいたら、私と彼は堂々と街中を歩いて仲を深められていたかもしれない。
サリアの手紙がなければ今の段階でも彼はもっと別の提案をしたかもしれない。
もしもやかもしれない世界なんて存在しない。あるのは現実と過去から繋がる結果のみだ……。




