知らない話
デオン剣術道場は予想よりも大きな道場だった。今朝遣いを出したら稽古と稽古の合間時間にどうぞと招かれた。父の体は元気そうだけど急変に備えて、相手には理由を伝えずに至急と頼んだら今日の今日だ。
応接室に招かれてしばらく待っているとデオンが来て私達は机を挟んで向かい合った。
挨拶を交わして父がイルに手紙を託した話と、デオンに相談すると聞いているので事前に話をしたくて来ましたと告げた。
それから私と彼の関係を改めて説明しますと話して出会いから今日までの話をした。それから我が家の事情話。ダエワ家との縁談話や業務提携話など。
私が知っていた話から知らない話に私がイルに伝えていた事や、私と彼はどのような話をしていたのか、どうしてこうなったのかも全て父が話した。
「娘がこのように影でコソコソしたり悩んでいたのを知らない情けない親です。それでそちらのお弟子さんにも娘がご心労やご迷惑をお掛けしています。ご両親に相談ではないと娘に聞いたのでまずデオンさんにと思いまして手紙を認めました」
父が深く頭を下げたので私も一緒に謝罪した。
「こちらこそ弟子が非常識な行為をしていたようで申し訳ございません。教育不足です」
けれどもデオンは頭を下げなかった。その通りでイルは非常識行為をほぼしていない。
デオンは凛と背筋を伸ばして父を見据えている。私が出会った事のない種類の雰囲気の男性だ。近寄り難くて怖くて凄みがある。
「嘘をついて唆したのは娘です。そこからズルズルしたのも娘です」
「稽古に身が入っていないし顔色も様子もおかしいので気にして声を掛けました。一つ確認したいのですが昨日とても大切な人の為だから稽古を休むと言って、今朝は桜はどこに咲いているか聞きに来ました。お嬢さん関係ではないのですか?」
(とても大切な人の為……。桜は私と関係なさそうだからサリアさんは赤の他人から彼の大切な人になった……)
一通の手紙でそうなるの?
サリアはイルにどのような手紙を贈ったのだろう。
「いえ。最初は娘です」
父はネビーがなぜ桜を探しているのかを話した。どういう経緯なのか、昨夜のイルの様子も含めて全部。ここに来る前に我が家に来た話もした。
「コダ山まで行ったのですか」
「多分また手前まで行きました。コスモスがとても咲いていたと言って飛び出しましたので。コスモスなら近所にもあると言う暇もなかったです」
「話を聞かないところがあります。直すように注意し続けていて昔よりもマシになりました」
「手紙に何て書いてあったのか分かりません。桜の君だから桜なのか他にも何かだったのか。いくら死に際とはいえ返事で十分だと思うのに赤の他人の為に土曜の夜からずっと駆けずり回るとは驚きです」
「お人好しでそこらで好まれていますが優先順位がはっきりしているのでこれはとても珍しいです」
デオンは私の顔を見て少し首を捻った。
「娘さんが懸命に頼んだから家まで行った。そう言いましたよね。それが彼です。病らしい女性に同情はしたけど赤の他人よりも家族のお金の方が大切。つまり家族最優先です」
「はい。優しいから同情したと思ったら私の想像とは天秤のかけ方が異なりました」
「それが手紙一つで給与も稽古も学校も捨ててコダ山なんて余程です。その手紙の内容で相当気持ちが動いたんだと思います」
流石彼の師匠というか彼を良く知る人物だ。話をしに来て良かった。
「何があったかさり気なく聞いてみます。その半見習いの給与ですがお礼代の方が上回ります」
……そうなの?
つまりネビーは現在お金を払って半見習いをしている事になる。
「そうなのですか」
「彼の両親が出せるという最大限のところまでです。半見習いは内容でお礼代が異なります。半見習いの給与と相殺程度にする事も可能ですが私が彼にさせたいところまでだとはみ出します。それで彼のご両親と相談して妥協点です」
妥協点ってお礼代を払えたらイルにさらに内容の濃い半見習いをさせたいって事だ。
「彼はそれを知らないのですね」
「ええ。そのうち教えます。その前に自分で気がついて欲しいです。今のところ目の前のことに夢中でそこまで頭が回っていません」
「もしかして休んだからそのお礼代は浮きますか?」
「いえ、月単位なのでそれはないです。理由を提示させて不必要な授業を減らして半見習いを追加など調整が入るでしょう。私も間に入ります」
調整が入るって休んだら彼だけの問題ではないんだ。
「彼はそのような扱いをされている方なのですね」
「ええ。彼の学費は半額免除です。ご両親の希望で黙っています。この道場の兵官育成稽古代は国から全額支給です」
「半額? 半額なのですか。えっ。お礼代と半額の学費をご両親が払っているという事ですよね」
こうなるとイルが話した父親は稼げないけど真面目が取り柄という話は違うということになる。
「そうです。稽古を休んだ分は理由を提示させて理由によっては稽古代は本人払いになります。今回の話は私が上手く書くので問題ないです」
「彼の家の貧乏ってもしかして彼ですか?」
「そうです。彼は自分を強いと過信しています。まぁ、実際それなりに稼いで来ると思います。家族の貧乏が自分となったら彼の性格なら何をするかは明白で、それは家族も私も番隊も困るので嘘をついています」
なにで稼いで来ると言われなくてもなにでか分かる。
「それだけ彼を危険な地へ送りたくないからですね」
「いえ。両親はそうですが私や地元番隊としてはそこらの戦場兵官にするのは大損だと思っているからです」
「大損ですか」
「煌護省としては学費を出すなら戦場兵官で構わないと判断すると思うので、戦場兵官に取られたくないからこいつは強くないぞと剣術大会でかなり格上としか戦わせなかったり、本人の鼻を折りまくったり、色々工夫しています」
剣術大会で負けるってこのような裏があったのか。私は大会に行った事がないから彼のあの素振りや突きなどは凄いのに柔いのか、という感想しか抱かなかった。
「デオンさんはそれ程彼が地区兵官になることを望んでいるのですね」
「ええ。私だけではなくて番隊幹部もです。彼の家族の利害とも一致しています。なので彼の両親にも出せるところまで出して欲しい、足らなければお金を貸すと言っています」
「娘が少し聞いたそうなので本日はその辺りも聞きに参りました」
この剣術道場は手習稽古と共に兵官育成稽古も行っていて兵官育成や地区兵官の個人鍛錬なども引き受けている。
兵官育成の中でもイルのように支援金が出ると教育が優遇されていく。
半見習いの範囲を越えた先取り業務がそれで、そこまで頼むには推薦もだけどお礼代が必要。その代わりに稽古代支給申請をして負担減。
学費半額はイルの成績がめちゃくちゃで全額支給にならなかったから。彼は忘れっぽいとか興味関心で科目ごとの落差が激しいそうだ。
両親の依頼はイルを地区兵官に、なのとデオンも番隊幹部もそれを期待しているからとっくになれる戦場兵官にはさせないし、そうならないようにイルの評価が煌護省で「強いし使えそうだから戦場兵官」にならないようにしているという。
「ド忘れも酷い時は酷いし興味がないと本当にないです。渋々嫌々するから頭に入らずです。あと不器用です。捕縛縄が下手過ぎてずっと練習していた事もありました。火消し半見習いの時もそうだったそうです」
「火消し半見習い? 彼は火消し半見習いだったのですか?」
「ええ。八歳の時に知り合いに頼める火消し半見習いにして、その上でこの道場に地区兵官育成も任せてどちらか優れている方。それが彼の両親が息子に提示した将来です」
生粋火消しは家系職なのに半見習いがいるんだ。兵官もだけど火消し半見習いも見習いと区別がつかないから分からない。知らなかった。
竹細工は壊滅的に下手なので見切りをつけて逆境でも息子の長所に合った職。地元を守る名誉職なら娘達の将来にも好影響。
そうしてネビーは火消し半見習いをしながらこの道場と特別寺子屋通い。剣術の才能があったので火消し半見習いは辞めて地区兵官を目指す道へ。
「ちなみに取り合いです。剣術の腕が優れているから兵官だと奪いました。親が見抜いた息子の長所やそれを生かした将来は大正解だったということです」
「取り合いですか。一人息子に早くからそういう道を選んだとは驚きです」
「歩くとひょいひょい好かれますし幼馴染もいるから未だに火消しの組に出入りしています。地元だと彼は少し有名人です」
あれだけ飄々と人助けをしていたら地味な見た目でも目立つか。
春だけで私とサリアが彼を見つけたし佃煮屋の従業員は荷物を預かっている。他にもいるのは当然だ。
「そうでしたか。兵官育成専門高等学校の学生で竹細工職人の長男という情報だけだと門前払いですが娘が知った内容だと違うなと思ったらそうですか」
「彼の父親もなのですがなぜか困った人に遭遇しやすいようです。それが彼の日常。無意識くらいの勢いで手助けをするから好かれます。彼は天然の人たらしです。自覚は乏しいです」
「私も土曜に会って少し話して今駆け回っている状況や娘から聞いた話で彼の性格をわりと気に入っています」
初めてデオンが微笑んだ。自慢の弟子です、というように。
「両親は私に任せたら安心、難しい事は分からないのでとほとんど丸投げされています。本人に言うと調子に乗るので言っていませんが最大目標は総官です。現段階だと南地区総官争いからまだ脱落していません」
一目惚れした地味めな優しい彼はとんでも人物だった!
南地区の全地区兵官の頂点争いに参加中って衝撃的過ぎる。父も目を丸くして固まった。
これか。これなのか。若いうちに学校経由の方が後々良いってこのこと。それなのに本人は知らない。イルは調子に乗るんだ。
「総官以外にも目指して欲しい高みがいくつかあります。私は元地区本部兵官で煌護省と共に兵官育成に関与しているので彼以外にも期待の弟子がいます。地区本部幹部、番隊長などになるのにかなり有利だからわざわざ学校へ通わせています」
わざわざ、ということはイルは学校へ通わなくてもイルは地区兵官になる道があったということになる。
イルも軽く話してくれたけど彼の認識と師匠達の思惑には乖離があるみたい。その原因は隠し事や教育の為。
「想像以上だったので驚きました」
「私としては彼には教育者になって欲しいです。向いていますし色々そういう指導をしています」
「人に教えるのが上手い方なのですね」
イルの父親がそうかもしれないという話を姉としたけど正解なのかもしれない。
「いえ、教えるのは下手なので指導中です。慕われるとか、彼に言われると励めるとか、彼の話なら聞きたくなるとか素質があるからです」
「そうなのですか」
「色々不器用であれこれ乗り越えているのでそういう者の経験は指導に活きます。彼は努力家なので何の仕事をしてもそれなりになると思います。職人も平凡ならなれた気がします。父親の見切りが早かったのでしょう」
イルの書き付けだらけの筆記帳はその証かもしれない。彼はいつも工夫してどうにか苦手な勉強を克服しようとしている。
最初から覚えられるような人は出来ない人に教え下手。そういう事だろう。
何の仕事をしても、は我が家の事だろうか。しがない商家を背負わせるには勿体無さ過ぎる男性。しかも両親が相当お金をかけている。
「娘と会う時も勉強ばかりと聞きました。線香の半分が燃えるまで雑談とか規則を決めたりです」
「彼の父親は息子の負担を自分のせいという事にして頑なに支援金を受け取らずに家族八人を養っています」
「彼が知らない事なのでこの情報はなかったです」
父親は立派だと自分が証明するってイルはそう言ったけどその父親はもう立派だ。
息子が自分は強くて怖くもないから戦場に稼ぎに行くと言わないように、それで娘達が悩んだり悲しまないように自分が泥を被っている。多分そういう事だ。
「飢死にしない限りは借金はしないそうです。少々あの生活はどうかと思いますけど私からも番隊長や副隊長からも火消しからも奉公先からも借金拒否です」
「貸しても構わないという者がそれだけいるという意味ですね」
「それも父親の方にです。ご両親は教育費は親の勤めだから息子が気にしないようにして欲しいと私に頼みました。こちらも都合が良いので嘘をついています」
「何か調べたら気がつく気もしますが彼はずっと気がついていないのですね」
「ええ。忙しいのもあるし優秀な面があってもこのように欠点も多いです。ご両親はずっと隠しそうですが私は弟子の鼻を折って成長させたいので時期をみて教える予定です」
妹達が大切なイルはその妹達に悪影響を与えていたのが自分だと知ったら相当凹みそう。父親への気持ちも大きく変化させるに違いない。
「父親の背中の大きさを知って己の小ささやしょうもなさを学ぶでしょう。正官時と思っていましたが本縁談をするなら丁度良い気がします」
そうやって教えた結果、イルは戦場兵官の道を選ぶかな。私なら選べない。両親その他の猛反対に遭うのも明らかだ。
このデオンがお前は地区兵官だ、と口車に乗せるのもある。
イルは視野が広いようで狭くて雑ってこと。師匠にお前はバカだがら稼ぎたいなら言う通りにしろと言われて深く調べないでそれを鵜呑みにしたから雑だと思ったけどやはり雑そう。
「今の彼は地区兵官にあまり興味がないです。自分の将来像も無いです。自分の特技で家族を養って大事な家族を守る。稼げればなんでも構わない。稼ぎたいのも家族の為。私欲が乏しいというか私欲が家族です」
私はこれを少し本人から聞いている。
「思考が単純だから目の前の事でゆらゆら天秤を揺らすばかりです。視野が狭いから日々訓練中です」
「目の前の事で天秤を揺らす、は娘の事です。お話しした通り無理と突っぱねたのに悩んでくれているそうです」
「中途半端に特別や恋なのか分からないとは意味不明です。普通にかなり大切なのでしょう。家族よりは優先出来ないからとか、縁談の邪魔をしてはいけないとかそういう思考が邪魔しているのかと」
そうなの?
そうなのか。私はネビーにかなり慕われているのか。彼にはその自覚が無いって事。
「素直で単純なようで彼の頭の中はたまに難しいです。本人も分かっていない時があるからです。バカなんでが口癖なんですがバカです。彼は変わり者です。考え方がズレているというか独特で」
「私は知りませんがそうなのか? メル」
「とても変わり者では無いですが、土曜の私が必死に頼むからみたいな話には驚きました。優しいから辛そうなお嬢さんの為にそこまでするんだと思ったら理由は私でした」
「結構そういう事があります。こき使われているなとかお人好しだと思って注意すると自分中心だったり全然別人物の為だったり。尋ねないと分からないことが多々あります」
「そうやって無償の人助けとかお人好しと思われていくってことですね」
「そうです。訳が分からない時がありますが尋ねたら話すし行動も素直です。優劣もはっきりしています」
土曜日は決断が早かったな。私が泣き顔で必死に頼んだらあっさりサリアの家へ行く事を選んだ。休んだら稽古代が自腹になると知らないからというのもあるだろうけど。
「なので自分が彼女に譲れる人生の半分は何かとは余程です。土下座してバカだから分からないので相談に乗って下さい。今日は無理なのでまた後日お願いします。彼は私にそう言いました」
イルはデオンに土下座してくれたの?
「色々教えて下さりありがとうございます。はっきり言って娘の気持ちもあるので彼のような男性は欲しいです」
「当主として望まれるのでしたら南三区どころか南地区の区民が大損する可能性があるので拒否致します。本人の口癖風に言うと彼はバカなので本人を口車に乗せるのは簡単です」
「はい。説明されて良く分かりました」
格下相手ではなくて格上相手の縁談だと発覚したのでこれは当然の流れだ。色々予想外だけど想定の範囲内。
「ここまで来たので彼はもう地区兵官という評価がついています。煌護省から進路変更は不可と思えるような要求をしてもらって追撃します。選ぶのは本人ですが学費返済など生温い要求ではないです」
「そのような可能性は考えていました。奉公人の息子が学費支援を受けています」
「この国は国が支援金を出すという事は自由にこき使うという意思表示なので個人の自由は許しません。支援されている道だと自由な上に高みに登りやすくなりますけど」
「ええ。そのようですね」
「例えばある程度まで登って準夜勤漬けにしてくれという我儘が通ることはあります。昼間は婿入り先の家業。夕方から地区兵官。二足の草鞋というやつです」
そんな方法があるんだ。これはこれで予想外だ。
「それは予想外の話です」
「この感じですと諦めに来たということですか? 逆かと思いました」
「諦めに来たのと相談にきました。しかし彼の気持ちが小さくなさそうとか、今のお話しで少し気持ちが変わりました。そもそも彼には地区兵官になって欲しいです」
これもこれで予想外。家族で話し合ってきたのになんだか風向きが変わった。
「気持ちは本人に確認しないと本当のところは分かりません。本人が望むなら私にも考えがあります。そちらの事情や状況も加味した上での検討案を思いつきました」
「それで二足の草鞋ですか。少し頭の片隅にありましたが勤務的に彼の負担が強過ぎて申し訳ないし我が家も安心して育てられないと思います」
「負担が強くて嫌なら逃げるし自分の大事な者の為なら飄々と何でもしますよ。化物体力です。私もですが優れた兵官や火消しなど結構います。体の作りが何か違うようです」
だからネビーは現在過密予定なの?
確かにネビーは忙しい予定なのにいつも元気そう。体の作りが違うのか。そんな人達がいるんだ。
「そうですか。そのような方もいるのですね」
「しかし先程も言ったようにある程度登ったらです。最低五年程度は地区兵官一本。あと見込み違いだと判断されると欲しい場所に持っていかれます。ほぼほぼ断れません」
「持っていかれる? どこへですか?」
「東西南北の地区に農村地区に王都外と様々です。彼の評価で適所へ異動。番隊長目標から外れたらあり得ます。あとは地元人気次第です」
「地元人気ですか」
「彼は天然人たらしなところを最も評価されています。そこそこの強さは私や番隊幹部などで隠していますので。彼に期待されている仕事は国と区民、地区兵官と区民の接着剤役です」
言われたらそうなりそうだと思った。派手な活躍の人気者兵官ではなくて地元にあの兵官さんに話しかけたらホッとするという兵官がいる。
見回り時にあちこちに声を掛けてくれたり小さな事件を伝えて注意喚起してくれたり。
言われてみたらとても似合うし彼のような人が増えたら私達区民はとても安心する。
「この情報があると商家は彼を欲しいと思う気がします。置物で十分です」
「彼の父親はしっかり大黒柱で腕があるそうです。奉公先の商家の大旦那さんは私にも挨拶に来てくれて給与と家の様子が合わないけど本人が口を割らないので息子関係ですかとわざわざ心配しにきました」
「お父さん。彼は元服祝いにその大旦那さんに着物と虎斑竹の下駄を贈られています」
「そうなのか。虎斑竹なんて聞いた事がない。お前は彼とそんな話もしたのか」
「お嬢さんと散歩へ行くならこれだと使ってくれてサラッと教えてくれました」
「今から支援して恩を売ったら彼の性格なら見返りがかなりきます。問題は有望株でも誰でも躓くという事です」
「ええ。先行投資が無駄になることは多々あります。しかし彼なら投資してみたくなります。なりました」
デオンが笑いかけてくれたけどこれは絶望だ。父もそう思ったようで私の顔を見て険しい表情を浮かべた。それでデオンの表情が曇った。
「お父さん。先行投資失敗はともかく国中どころか属国へは行けません。行きません」
「そうか」
「最低五年。それも待てません」
「良いのか、メル。彼ならきっと人柄性格がとても安心だ」
「お父さんはシエルさんもそうだと評価しました」
「デオンさん。多くの情報をありがとうございます。私は最近石化病と宣告されまして中途半端な年なので余命不明です。急変したお嬢さんのようになるかもしれませんし長生きかもしれません。それを娘に教えたばかりです。なので彼は知りません」
デオンは目を丸くして「それは……長生きであることを祈ります」と口にした。
「父を失うのが早い程我が家は厳しいです。姉も結納候補者と早々に祝言にする事にしました。私も父に白無垢姿を見せたいです。間に合うなら孫も見せたいです。姉夫婦と私と婿で父がいつどうなっても大丈夫なようにしたいです」
「化物体力だから準官をしながら実家もそちらの家もは気持ちがあればしそうですがすぐに祝言は断りそうです。なにせ大手を振ってお出掛けしたいですし」
「私は自分の数ヶ月程度の恋心よりも父が大切です。父が残す物全てが大事です。こうなると結婚相手は道具です。私に惚れてくれているからそれを利用して励んで貰います」
私はとことんネビーと縁がないと一昨日も思ったことを痛感して涙が出てきた。
一番欲しいのは時間なのにその時間がない。むしろシエルと縁結びをしなさいというお告げの勢いだ。
「娘が彼にこの理由は言いたくないと。今失われようとしている命があるからきっと自分に同情心が増して深く傷つくから嫌だと言いました」
「頼み事はそれ関係ですか」
「はい。私が猛反対をして破談にして娘も諦めたと提示するという話にしました。同じく反対していただきたくて」
「私の支えになれなくて済まないと傷つけたくないです。本当に私が思っていたよりも彼に気持ちがあるなら譲れなくて悪いとか、それこそ本当にあれこれ譲ろうとしたり……。私は彼に何も譲って欲しくないです……」
流れていく涙を拭かずに私は真っ直ぐデオンを見つめた。
八歳からお世話になっているとネビーに聞いたのでもうすぐ十年、彼はほぼ毎日このデオンと接している。
「今の彼は支援を受ける側です。自分が柱になる方ではありません」
「ええ。概ねその通りだと思います。ただ彼に——……はい」
ここに来客が登場。噂のネビーである。少し思案するとデオンは私達と部屋の異動をして襖越しに隠れてネビーの話を聞けるようにしてくれた。




