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説得

 結婚お申し込み話と共にシエルは私に手紙をくれた。私とお出掛けするまでは他の女性とも文通までしかしないと決めていてそうしてきたとか色々書いてあった。


(態度が悪めで雑な格好で行って彼と全然話さなかった私になぜこのように熱心な手紙。初めて熱烈。失敗した! 大失敗! なんなのもう!)


 私は手紙を机の上に放り投げ敷いてある布団の上で頭を抱えて左右に揺れた。


(具合が悪いと言って結納を引き伸ばそう。ハッ。仮病。そうだ仮病。病なので結婚相手には相応しくないです。それだ!)


 本当に病気の人に悪いしこんな嘘はすぐに見抜かれる。尊い働きをしてくれている医者や薬師に迷惑行為なんてしたくない。


(嫌だしお医者さんや薬師さんに頼むツテコネもない!)


 縁結びの副神様は意地悪なのでこれは試練なのかもしれない。乗り越えたらイルと街中を歩く未来があるのかも。

 嫌われたい。シエルに嫌われたい。家業に影響がない範囲で嫌われたい。他の家に乗り換えて欲しい。


(結婚お申し込みをされると縁談がくるって言うからすぐに結納しない方が良いと言おう!)


 これだ。拗ねた振りと共に私達は商売人だから釣りをしようって言う。家の為にって説得なら通じる。


(シエルさんに縁談が本格的に舞い込むからそれを跳ね除けてくれるか知りたいと言えば良い。これも言おう)


 引き伸ばしてシエルとお見合い中の付き添い付きデートの付き添い人は常に姉に頼んで姉に惚れてもらう。

 姉はシエルを好みと言ったし、シエルも姉妹だから似たところのある姉に惚れるかもしれないし、我が家とダエワ家は縁結びなので一石三鳥だ。


(それだ。そうしたら私は職人達とお見合いみたいになる。それをのらくら避けて大成長してその間にイルさんを口説き落として恋仲になる)


 薄ぼんやりした細い道だろうけどまだまだ逃げ道がありそうで助かった。小賢しい私を私は褒めたい。

 素直で真面目な私が性悪で不誠実と囁くけど無視だ無視。

 イルと手を繋いで散歩して素敵な景色の中でキスをされたいのに、結納したシエルにそれをされてしまうなんて耐えられない。


(彼が準官から正官になるにはあと四年。四年経ったら風向きが少し変わる)


 イルは真面目な努力家てさらき期待されているようだから彼は問題ない。問題は私の方だ。

 四年という具体的な目標が初めて出てきたのは頭が悪いからだろう。

 イルとの会話や彼の笑顔に浸ったり大黒柱道に夢中とか考えることやすることが山程あるのも理由だな。

 善は急げと私は部屋を飛び出して両親の寝室へ乗り込んだ。

 両親は共に寝ていたけど無視して起こす。一日二日で何があるか分からないと学んだから遠慮しない。


「縁談が舞い込むから跳ね除けてくれるか知りたい。結納は早いって逆だろうメル。夜更かしだな。頑張り屋は偉いが寝なさい。寝不足だから頭が足りないのだろう。沢山寝なさい。いきなり起こされた事なんてないから事件かと思った」

「もしかしたら、万が一ですけど、登下校中にうんと格上の高等校生さんが私を見染めているかもしれません。私は頑張り屋ではなくて野心家です」


 いっそ高等校生の誰かを(かどわ)かしてシエルよりも格上の男性を確保して調査してもらう間にのらくら?

 高等校生は華族、豪家、商家、卿家か学費全額免除の優秀な平家で国立女学校生なら門前払いはされない。

 華族は無理。卿家は卿家と縁結びなのでこれも無理。でも華族よりは卿家は隙がある。

 卿家は商家よりも恋愛寄りのお見合い結婚をする。豪家と商家は跡取りでなければ格上だから得。シエルは兄が二人共高等校に通ってから専門高等校にも通学したのでその分貧乏くじ。彼だけ婿へ行けなのもそう。代わりになるべく好きに女性を選んで良いということで私。

 良家のお坊ちゃんで容姿端麗で選べるのになんで私なの!!!

 高等校生狙いって我が家があまり大きくない味噌・醤油屋なのは弱い。弱々だ。しかも家業を背負って欲しいとか婿入り希望だから余計に弱い。


「野心家? そうなのか。でもそんな釣書やお申し込みがきたら円満結納破棄だろう。交流前ならそう出来る。お前は若いから急いでいないけど高望みばかりし続けると失敗するのは商売と同じだ」

「円満でも結納破棄は契約書関係やダエワ家との話し合いや業務提携顧客関係などで大変ですよ。釣りも天秤もするなら結納前です」

「その価値がある家が来れば励む。ルロンは誤解だから安心しなさい。要は不安って事だろう?」

「そうです。結納なんて早いです。再来年くらいから縁談で一年後に結納です。三年後くらいに祝言が平均的です」


 最悪結納でも構わない。嘘をつき続けてイルと出会ったのは後からで常識と思われる話を作り上げる。


「だから結納期間を長くする。その間に彼に仕事を教えて婿に良いか判断したいのもある。お見合い中だとそれは無理だろう」

「それは……はい。しかし結納中になんて家業の情報漏洩になります」

「それ目的で早めに離縁する婿もいるからいちいち気にしてられない。そもそもダエワ家は同業者ではないだろう」


 考察力不足だから明日勉強のために話し合おうと言われて部屋から追い出されてしまった。

 眠れない夜を過ごして父を言いくるめられそうな事をグルグル考えて朝を迎えた。鳥の鳴き声は嫌いではなかったのに非常にイライラする。

 朝食前に父と軽く話せたので思い切って「シエルさん自体が不安です。怖いです」と口にした。子どもっぽく拗ねた、と思われている今なら言えると思って。


「ニライみたいになると困ると思って男性と離し過ぎたな。性格もあるだろうけど」

「慣れています。お話し出来るしそれなりに知っています。お出掛けの日にほんのり彼の友人の方が気になったからシエルさんは嫌です」

「誰だ?」

「浮絵屋の長男さんです。浮絵を我が家の製品と一緒に売りましょう。浮絵になっている人気者は会いに行くと握手してくれるので差し入れと言って渡して彼も使っていると宣伝出来ます」


 あの家だとこう出来るとかこの家ならこうできるとのらくら逃げる作戦を一晩中考えて私はこの結論を出した。


「その案は良い。しかしシエルさんの友人に乗り換えは出来ないだろう。調査してあってルロンではないし好青年だから安心しなさい。いや安心しなくて良い。もっと交流すれば分かるから」


 作戦失敗。シエルの友人に乗り換えは確かに出来ない。


「お姉さんがシエルさんで私は友人という手があります。両取りです。その為にまずはお姉さんとシエルさんが交流すると良いです」

「ニライは無駄だ。あれは頑固だからずっと昔々からのハンとは離れない。仕方ないなと思ってハンを厳しく育ててもらって彼は期待に応え続けている。大事な職人を切ったら他の者達に逃げられる」


 その通りだ。娘が何人かいたら一人くらい真面目で家を支えてくれる職人と縁結びは我が家くらいの商家だと既定路線。


「……いです」

「メル?」

「ズルいです! お姉さんは恋仲結婚で後押しされてなのに私は嫌な方と家の為になんて酷いです! ずっと、ずっと、ずっと、素直で真面目な良い子は私の方なのに! 普通は逆です!」


 私は嘘つきで不真面目で不誠実だ。おまけに作戦失敗で腹を立てて八つ当たりなんて子どもだ。

 私は父の書斎を飛び出して自室に戻って着替えて家をサッサと出た。朝食もお弁当も要らない。イルがたまに腹減りなら私も経験する。

 風邪の時でさえお粥を食べられているから食べられなくて困った事なんてない。


我儘(わがまま)を言いまくってお父さんとお母さんに采配してもらえばいいか。今の私は当主ではなくて付属品なんだし)


 こうなると問題はイルに惚れられていない事の方になってくる。

 彼が私と一緒にいたいから我が家の職人になってハンのように育てて下さいと土下座してくれたら許されるかもしれない。その為には彼に惚れ抜かれないといけない。


(イルさんの十七年間の努力が水の泡みたいになる……。嫌だな。とても嫌。あんなに熱心……。今から修行って何年……。許されないか……)


 そもそもイルが退学したり兵官にならなかった場合に学費返還がある。その問題があった。


(お姉さんとハンさんに全部押し付けて家を捨ててイルさんのところへ行く……)


 二度と家の敷居を跨ぐな、と言われて家族も大事なものが沢山詰まった家も全て捨てる未来を選べる程の気持ちはない。

 一人と沢山なのでイルだけを選ぶ事が出来ない。それともいざとなったらイルだけが欲しいってなるのかな。

 駆け落ちして二人で生きようとか、心中してしまおうなんて私にはまだ分からない感情や世界だ。


(真面目な努力家で誠実に思えるイルさんの両親なら常識的な人達な気がするから家出婚なんて許さないって言いそう。私の家族が悪どかったらともかく子煩悩で優しい……)


 常識的な親なら常識的な親の気持ちが分かるからきっとイルの両親は息子を説得する。

 説得されなくても真面目なイルは引きそう。

 そうなるのもイルと私が恋仲だったら、の話だ。私と彼はそれ以前の問題である。私は単なる片想い。


(学校をサボろう。ずっと待ってる。ヤイラ小神社で夕方まで……)


 そう思うのに私は引き返した。学費も食費もとてもありがたいものだとイルを通して知ったから粗末にしたくない。真面目な人の隣には真面目な人が似合う。


(嘘つきで偽名なんてつけたしデートも出来ないから惚れてもらえない……。いやお嬢さんって分類は乗り越えたけど私自身は好みじゃないのか。天罰。真の見返りは命に還るってこういうことだ……)


 帰宅して手を洗った後に居間へ行って正座。父が来たらすぐに謝った。

 私は大黒柱並みになると決意したから話し合いを出来ないと認めてもらえない。父は少し意外そうな顔をした。


「家を飛び出して勝手に早朝登校と聞いたので校門もまだ開かないから探しに行かせようと思っていた」

「子どものように駄々をこねましたがそれでは望みは叶いません。私は職人仕事に熱中しがちなお姉さんの代わりにこの家を継ぐ覚悟をしています。すぐに反省して頭を冷やしました」

「そうか。メル。一番嫌なのはシエルさんなのか? そんなに話していないのになぜそうなる。文通は楽しそうにしていただろう」


 母と姉はなんの話? と少し目を丸くしたけど聞いていれば分かるというように無言で食事を進めている。


「楽しくなかったです。家の為に仕方ないと我慢していただけです。手紙は全て誰に送ってもよさそうな内容でした。天秤に乗せられ続けて会ったらそのような感じで嫌悪感です」

「メル。それは嫉妬心だから好意の裏返しだ。期待していたから裏切られたとか。どうでも良い相手にそういう気持ちは湧かない」


 ……また失敗した!

 興味がないから興味ないと素直にそう言うべきだったのか。


「お父さん。メルさんは拗ねまくりなんですね。日曜もかわゆかったですし。ねぇ、お母さん」

「あらあら若いわね二人ともってお母さん、くすぐったかったわ」

「……」


 微笑ましい目で笑いかけれてしまった。反論しないと。軌道修正しないと!


「私は火消しみたいな方が良いです! 鍛えていて豪快で愉快な方。火で遊ぶみたいに女遊びでも本妻は絶対ならそこは諦めます!」

「メルさん。流行りの火消し小説でも読んだの? ルロンは嫌なのに火消しの女遊びは良いってそれは小説に共感でしょう?」

「握手して憧れの方です」

「メルさんの推しの浮絵を後で見せて。見たい! 火消しって猛々しくて素敵よね。火消し音頭を近くで見たいのに結納前はダメって窮屈。私も遊ばれてみたい」

「火消しは親戚に一人は欲しいが妻でも遊び相手でも男児をことごとく火消しに持っていかれるからダメだ。しかもそんな有象無象になって選ばれたいって。彼等の本妻は肝っ玉。特に火消しの娘。お前達みたいなのは遊びだ遊び。姉妹揃って本の読み過ぎだ」


 父は大きなため息をついて箸を置いた。妻はともかく遊び相手の男児ってなに?


「遊び相手の男児って、結婚していないのになぜ子どもが生まれるのですか?」


 私が質問をすると両親と姉が目を見開いて私を見据えた。なに?


「コホン。母さん」

「メルさん。子どもは結婚すると自然に宿ると思っていますか?」

「違うのですか?」

「お友達と色春話はしないかしら?」

「……し、します」

「例えば? 大事な話だからしてちょうだい」

「キスの種類などです。種類があるなんて最近知りました」

初心(うぶ)過ぎる! 真面目なかわゆいメルさんには同じような友人が集まるって事です! 私がその年の時にはもう少し知識がありました。なにせ友人が春画……。朝からする話ではなかったです」

「私もそうだったのでつい。元服したら教える話ですけどそうなの」

「オホン。メル。その種類のあるキスをあっちでこっちでした男とお前は添い遂げたいか? シエルさんは違うのにルロンみたいで嫌だと拗ねたお前は許せるのか?」


 無理。絶対に無理。イルの過去に嫉妬して眠れない日がある。現在進行形なんてきっと頭がおかしくなる。

 私はまた話題を間違えた。火消しみたいに鍛えていて豪快で愉快な方、までにするべきだった。


「お父さん。恋もまだのメルさんには想像がつかないのでは?」


 姉の発言に私は「恋なら知っている!」と叫びそうにった。慌てて唇を結ぶ。


「どう見てもそうだ。時間もないし影もないけど本気で慕っている男性がいるのかと思ったらよくある憧れとか現実への不安みたいだな」


 ……この流れは話して良いの?


「お父さん。本気で慕っている方がいたら話が変わるのですか?」

「変わらない。正面から堂々と来られないならロクでなしだ。それか覚悟がない。そのような縁はすぐに破綻する。それも経験と試しても良いがシエルさんを逃してまですることではない」


 覚悟がない、という父の台詞は私の胸をグサリと貫いた。イルは覚悟がないのではなくて私と恋仲ではないの方だ。結局問題はそこ。


「メル。素行調査もしてあるし本人とそこそこ交流もしていて好青年だから勧めているんだ。ロクに話してもいないのに決めつけて嫌々ゴネルな。しかも妬きもちや勘違いや不安で」

「はい。すみません。きちんと会います」

「万が一火消しと恋仲なら連れてきなさい」

「恋人なんていません」

「お父さん。火消しと恋仲ならもっと色々知っていますよ」

「だろうな。なんの話か分からなくなった。ここまでとは嬉しいようなもっと泥にまみれさせとけば良かったのか分からないな」

「私は泥の方なのでメルさんの個性や性格だと思います!」


 私は初心(うぶ)とか世間知らずとか純情みたいな話を繰り返されて朝食終了。

 登校しながら失敗したとか、春画って何とか、子どもの事などをグルグル考えた。


(春画は春は春売りの春と同じな気がする。キスを売るからキスの絵? 今朝の会話の流れだとそういう感じではなかった)


 つまり最近知ったハレンチキスのさらに上があるの?

 そうなると難癖結婚は過激なハレンチキスをしたから結婚な気がしてくる。


(イルさんはそれもしてるの? 噂のキスしまくりの子はそのキスをしまくりなの? 子どもが出来ないから問題ないって結婚しないから問題ないのではなくて何かあるってこと⁈)


 頭を抱えていたらケイに「どうしましたメルさん」と話しかけられた。


「何か悩んで考えている様子でしたのでここまで話しかけませんでした」

「休み時間に話します。ここでは恥ずかしい内容な気がします」

「そうですか。恥ずかしい……。楽しみです」


 ケイにニヤリと笑われたのでシエルの話をすると思われた疑惑。そろそろイルを見られる辺りだなと思ったらいつものように彼がいた。

 私達は目が合っても手は振らない。笑い合うことはある。今日も少し目が合って、既に友人と笑っている彼に笑いかけられて幸せ。しかし腹も立つから私はプイッとそっぽを向いた。


(恋人とすることを恋人でもないのにしていたってふしだら過ぎる。それが常識みたいな口振りだったのも)


 なのに嫌い! にならないのはなぜなのだろう。私が赦せる範囲のことまでだけど私にもして! という気持ちしかない。

 拗ね。軽いキスくらいされてみたい。手助けなら良いという手繋ぎを助けとは関係なくされたい。


(イルさんから見て私には女性の魅力がないってこと……。失恋なら諦めて家に役立って両親が太鼓判のシエルさん……)


 シエルの姿を想像して「メルさん」とキスをされる想像をしたら嫌! と思った。私はイルにキスされたい……。

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