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出会い

 我が家は醤油・味噌屋で私は次女。姉は職人頭候補と結婚で私は経営上手そうな商家の息子と結婚。そう言われている。

 逆でも良いけど姉が先にしれっと職人と恋仲になったから私の道は決定済み。

 姉は自分も職人になると女学校へ通わなかったので前から怪しい気配はしていた。私も恋をして結婚が良かったけど、そう思う頃には姉が先回り人生である。

 私は現在女学生。年が明けたので今年が最終年。卒業と同時にお見合い開始予定。


 本命は料亭複数経営者の三男。彼は中等校まで通って料理人修行をしたり商家系の専門高等校へ入学して現在は学生。

 私が卒業する時に彼も専門高等校を卒業するので時期が良い、と言われている。

 親同士がもう決めているようなものなので私と彼は去年から文通中。

 同じ日に陽舞伎(よぶき)観劇をして「彼ですよ」と教えられるという顔合わせ後から文通開始。

 すっと伸ばした背と涼しい目が印象的だった彼と私は恐らく夫婦になる。


 お互い他に良い縁談がないか探すから夫婦になる未来は確定ではない。

 特に我が家は格上の相手の家に保険にされているので、会って話して恋仲になると困るということで、彼との交流は二週に一度の文通まで。

 縁結び前なので大した内容の手紙ではないけれど、優しげな文字で四季の移ろいを描くような手紙の内容なので早く会いたいな、と思っている。

 私はわりと勘が良いので、きっと彼に恋をする。したいという願望の方かもしれない。だって夫婦になるなら恋人にもなりたい。


 今の季節は冬で梅が少し咲き始めたニ月。今日も母に集団登校の集合場所へ送られて当番に見張られて登校だ。


(断るにしても噂の文通お申し込みをされてみたいな。あの格好良い人とか)


 男子学生達を遠目に見ながらそんな事を考えつつ友人とお喋り。

 結婚したら私は我が家の醤油と味噌をあちこちに売り込んだり定期購入客の維持をする仕事を両親、特に母にひっついて学ぶ。卒業したら家業の勉強漬けで働き手だ。

 今は接待用の琴に励んだり話題を仕入れたり学校でツテコネ作りなどなど姉とは違う人生を歩んでいる。

 突然大きな物音がして驚いたので体が停止。前方左手側の小さいお店から何かが飛んできた。


(喧嘩?)


 人だ。若そうな男性。


「お前は今日でクビだ! 恩を仇で返しやがって!」


 ドンッと人にぶつかられてよろめいた。よろめいたどころか体勢を保てなくて転んだ。

 握り飯片手に駆け足気味の男性が遠ざかっていく。通勤で急いでいる人が急に止まった私にぶつかったみたい。


「メルさん。大丈夫ですか?」

「はい。ありがとうございます」


 ケイに手を差し出されたのでありがたく手を取って立ち上がった。着物についた乾いた土を軽く払う。生地が痛んでなさそうで安堵。

 投げ出された鞄から中身が飛び出していてそれを若い男性が拾ってくれていた。

 つぎはぎのある着物姿で剣術道具袋と竹刀袋を担いでいる。

 リスみたいな顔だと思った。無表情で「どうぞ」と鞄を差し出されたので受け取ってお礼と会釈と思ったけど怖い気がして言葉が喉に引っかかった。

 華奢(きゃしゃ)めに見えるけど威圧感がある。大人になって親と共に世間に揉まれるまであまり近寄らない方が良いと教わっている下街男性は遠目でも怖いのに近いとより怖い。


「ありがとうございます」


 小さな小さな声が出た。


「怪我はなさそうですね」


 彼は私に軽く会釈をしてほとんど私を見ないで違う方向へ顔を向けた。


「だから違うんです! 俺じゃありません! 恩人の金を盗むなんて絶対にしません! ひっ!」


 お店から投げ飛ばされた若い男性が中年男性と少し揉み合っている。若い男性が中年男性に殴られる! と思ったらそうはならなかった。

 パシン、と中年男性の腕を掴んだのは先程私の鞄を拾ってくれた若い男性だった。


(いつ移動したの?)


 彼の足はとても速いみたい。


「盗みなら屯所ですよ屯所! 小屯所に行きましょう! 殴ると立場が悪くなりますよ。彼じゃないなら空き巣かもしれないです。日頃なにか彼に思うところがあるんですか?」


 無表情で怖かった彼が歯を見せて笑ったのでドキッとした。ひゅう、と春風が吹き抜けていく。


「誰だい君は! はな、離しなさい!」

「まあまあ。かわゆい女学生さん達が怯えていますしあの店はなんだ? ってジロジロ見られるから落ち着いて。朝起きたら金が無かったんですか?」


 行きましょうメルさん、とケイに声を掛けられたので私は歩き始めた。


「そうなんだ! 毎朝銀行に預けに行く売り上げがごっそりなかったんだ! 信用して店締めを頼んだ翌日にこれ。素性が分からなくても拾ってやったのに! ちょこちょこ抜け出してサボりやがるから迷っていたけど許せん!」

「それは酷い。とりあえず中に入りましょう。俺はまだ時間に余裕があるんで少し話を聞きますよ。冷静になるには人がいる方がええです。誤解があるかも。こいつ、悪い目はしていないですから」


 リスっぽい顔の若い男性は土下座している若い男性を腕を持ち上げて立たせて、中年男性の肩に腕を回してお店の中へ入っていった。

 

「暴力や盗み疑惑だなんて朝から怖いですね」

「ええ」


 遅れないで着いてきて下さいと見張りに声を掛けられたので私達は歩き続けた。後ろ髪引かれるとはこのことだろう。


 翌日。登校中に私は昨日のリス顔男性を発見した。やはり身なりは良くなくて剣術道具袋に竹刀袋を担いでいる。

 素足に下駄や安っぽい草履(ぞうり)ではなくて黒い足袋を履いていて草鞋(わらじ)なのは気になるところ。あれだとまるで旅装束の足元。

 身なりの良い男子学生達は眺めていたけど彼のような人は昨日までは景色の一部で無関心だった。


(もしかして兵官学生さん?)


 そんなに遠くないところに兵官になる為の方法の一つである専門高等校がある。

 専門高等校は十六歳、元服する年から学費を納めて入学試験に受かれば他の学歴は不問。

 兵官育成専門高等校は何かの武術に優れていると入学が贔屓(ひいき)されて、学校に通ってこれてない人達が筆記試験に受かる為などを目的に通う、成り上がりたい者達が多く通う学校だったはず。

 

(あっ。昨日の殴られそうになった人が掃除してる)


 兵官学生らしきリス顔男性は彼に話しかけて肩を組んで大笑いしてから遠ざかった。

 それで他の似たような男性達と合流というか彼に人が集まっていった。方向はやはり兵官育成専門高等校の方角。


(友人かな。同じように剣術用の道具を持ってる。楽しそう)


 その翌日も私は彼を発見。登校時間が同じだったみたい。

 二ヶ月経過すると鼻緒が切れたお爺さんに話しかけたなとか、子どもを肩車してどうやら迷子らしいその子の名前を呼んでいるなとか、屋根を修理中の若い大工——見習い疑惑——が落とした木箱に向かって軽く走ってひょいっと掴んで中年男性を助けたり色々見かけた。


(私には無表情気味だったけどいつも笑ってるな)

 

 桜がひらひら舞うようになると彼は剣術道具袋や竹刀袋を持たなくなり、手で直接筆記帳や竹筒を持つようになった。


(……いいなぁ)


 転びかけた女学生らしき若い女性が彼に帯を持たれて助けられた。力持ちな気がする。

 彼は何かを告げた後に彼女を立たせてサラッと去った。

 女学生が少し大きめの声で「ありがとうございます」と告げたら、振り返った彼はとても優しい笑顔を浮かべた。すると女学生は耳まで真っ赤にした。

 

(うらやま)しい……)


 彼は私には「どうぞ」と無表情だった。私もお礼を口にしたのにあの優しい素敵な笑顔はもらえていない。

 私が通う女学校の授業はゆるゆるだけど家で商いの勉強、味噌と醤油作り関係の勉強、家事の勉強、琴と三味線と茶道のお稽古や練習があるので私はそれなりに忙しい。

 気がついたら夜になり眠りについて朝だけど今夜は中々寝付けない。


(怖くない。むしろとても優しい人なのに私が失礼だったから……。お礼をもっとしっかり言っていたら私にもあの優しい笑顔……)


 もう理解していて認めないようにしていたのに悔しくて悲しくて眠れなくて私は自分の想いを認めざるをえない。


(彼が無事に兵官さんになっても我が家と兵官さんの縁結びは無理。名誉職でそこそこ稼いでくれるお婿さんが欲しい家もあるからあのお嬢さんはもしかしたら縁結び出来るかもしれない。同じ女学校な気がする……)


 彼が通う専門高等校を卒業したら確実に戦場兵官になれる。

 0歳からなれる最前線など危険な所へ送られる戦場兵ではなくて戦場で少し上の立場になったり長く働く事を望まれる兵官が戦場兵官。

 王都外の街や村に配属されてその地でそれなりで満足してもう戻ってこないとか、成り上がりまくって皇居守護兵の座を狙うとか、平和なこの王都の治安維持を任されている兵官を目指したり色々。

 優秀な学生で推薦状を得られて下級公務員試験を突破すると王都治安維持を任されている兵官になれる。

 あの学校だと農村地区や行商経路の警兵か私達区民の暮らしを守ってくれる地区兵官だ。


(戦場兵官で戦場行きだと功績を積むほど稼げる。地位を得られる事もある。代わりに死んでしまうかもしれない……)


 今年が終わると私は結婚か結納。彼は戦場かもしれない。うんと危なそうだから危険が減りそうな警兵や地区兵官になって欲しい。


(私とは結ばれない人……。話してみたいな。いつも楽しそう……)


 あまり眠れなくて朝を迎えていつものように学校へ登校した。


(昨日のお嬢さん。見てる……)


 私が見つけたように別の女性も彼を見つけたみたい。彼女は彼を少し見て顔を背けて歩き続けた。

 授業中、ずっとその事と紅葉みたいな顔になったかわゆい彼女と笑顔の彼が頭の中でぐるぐる回り続けた。

 放課後の茶道会中も上の空で濃茶付き花月の輪乱し。

 今日はお稽古日ではないので帰宅したら勉強だけどソワソワが止まらなくて私はそうっと集団下校の集まりから遠ざかろうとした。


「メルさん、どちらへ?」

「ケイさん。文通している婚約者候補と話してみたいのです」

「まあ。例の方ですね」

「はい」

「見張りが見ていない今のうちですよ」

「ありがとうございます」


 ケイが見張りから隠してくれて罪悪感。会いたい人は別の人。私はケイに会釈をして兵官育成専門高等校へ向かった。


(門前で待つのははしたないから物陰で待って話しかけてお礼……。死んでしまったり王都に戻らない人かもしれないからせめてお礼……)


 手紙も考えたけど渡しても返事をもらえない。登校時間中は見張られていて下校時刻は異なる。

 毎日このように抜け出すのは不可能だし彼と接触しないと待ち合わせなんて出来ない。

 路地は危険、と教わっているけれど隠れないと待てないので良く良く確認してコソコソ隠れんぼ。

 

(下校者の中から見つけられるかな……。お礼だけ。それで私も笑いかけてもらう)


 手汗が凄い。ドキドキ、ドキドキと鼓動がうるさくてならない。耳の中で太鼓を叩いている人がいるんじゃないかと思うくらいだ。


(いた……。見つけられた。見つけられる。彼だけ浮いているみたいだから分かる)


 特別格好良いわけではないし、背もうんと高いわけでもないし、熊みたいに大きいから目立つわけでもないのにいつも彼は私の目に映る。

 何かがうんと楽しいみたいで軽くお腹を抱えて笑っている。

 今日も剣術道具袋や竹刀袋を持っていないで素手で勉強道具と竹筒を持っている。

 左右にいる友人らしき男性は剣術道具袋や竹刀袋を持っているのになぜだろう。前は剣術道具袋や竹刀袋を持っていた。


(三人もいたら余計に恥ずかしくて話しかけられない……)


 とりあえず後をつけることにする。彼等が私の前を通り過ぎてから後ろに続いた。


「本当、お前はバカだな。なんでいきなり手拭いの巻き方が分からなくなるんだこの(とり)頭」

「あはは。バカだから小試験で頭がいっぱいでド忘れだ」


 そうなのか。彼はおバカさんなのか。楽しそうな声に胸がキュッとなった。


「このヘチマ頭め」


 彼は友人に髪の毛をぐしゃぐしゃにされた。柔らかそうな髪。


「あはは。ヘチマ。ヘチマ頭はええな」

「ん? なんでええんだ?」

「ヘチマはスカスカだけどその分中に何か入る。(とり)頭からヘチマ頭だと成長だ」

(とり)頭って事は(にわとり)だから卵を産む。つまり偉大だ。本当前向きだよなお前。それで体力バカ。この後稽古と半見習いだろう? 稽古は俺もするけどさ。今さらだけど半見習いで推薦状は確実なのになんで通学してるんだ?」


 彼は前向きさん。兵官半見習いは特別に見習いをさせてもらえる人のこと。

 本来は親か近い親戚が兵官でないと見習いになれないけど何か理由があって許された人。詳しくは知らない。

 我が家の職人には半見習いはいない。見習いだけ。信用のある人が真面目に働くと紹介された時に空きがあれば日雇いから雇用を始めるけど警兵や地区兵官の半見習いはそれとは異なる。なにせ地区兵官や警兵は公務員だ。

 推薦状は確実なら警兵か地区兵官になれるという事だから戦場へ行かなそうなので安堵。


「バカ過ぎて自力で下級公務員試験を突破出来ないだろうから通えって師匠に言われた。半見習いが通学だと在学中の勉学以外の成績で試験に贔屓(ひいき)が起こるらしい」

「へえ。バカなのもあるけどそんな得もあるのか。半見習いって許可が難しいから(うらや)しいが下半期の成績で俺も警兵半見習いがいけるかも」

「おお。そうなったらめでたい。採用試験免除も下半期の成績で評価が最初だっけ? 俺はそれもあるかもって。バカなのもあるけど学校経由の方が働き出した後もええから学費免除のお前は行けって」


 彼はおバカさんだけど期待されている優秀な人みたい。


「自慢ばかりするな! まあお前はバカだからな。謎バカ。賢い面もあるのに壊滅的な面もあるっつうか。特に軍師系は酷いよな。にしてもお前は学費免除なのかよ」

「俺は駒になる。急襲作戦や捕物計画を考えるとか無理。励むけどヤベえ。作戦を理解出来る頭はかろうじてあるから問題無いはず。学費免除じゃなきゃこの年のド貧乏が半見習いの給金だけで通えねぇよ」

「そういやそうか。俺の六つも年下でド貧乏だもんな」


 彼はド貧乏なのか。うんと優しくて前向きでおバカさんでこれから稽古と半見習いをするから努力家で期待されているから見た目と違って強い疑惑。

 じゃあな、と言い合って彼等は別々の方向へ歩き出した。


(好機……。頑張れ私。お礼。お礼。お礼)


 彼が早歩きになったので私は慌てて駆け出した。


「あの。そちらの鳶色(とびいろ)き——……」


 鼻緒が切れた!

 転ぶ。そう思った時に彼が振り返って私の両腕を掴んだ。目が合って息が止まる。


(触られた!)


 ひらり、と桜の花びらが私と彼の顔の間を横切ってキラッと光った気がした。

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