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第一章②

「なぁ、あの後どうなったんだ?」

「え?何のこと?」


正一が話しかけてきたのは、朝テストとホームルームが終わった後、一限目の授業の準備をしていたぐらいだった。

黒板の上にある時計の針は8時45分ぐらいを指している。授業まであと15分ってところだ。教室の後ろで全体が見える立ち位置で会話をする。


「ほら、学校に行ってた時にさ俺がいなくなってから、旭ヶ丘さんと一緒だったじゃん?」

「ん〜別に何もなかったな」

「何もなかったことはないだろ?二人っきりになることなんてそう簡単に起こらないのにさ」

「まぁ少しは話したけど……そういえば、英単語忘れてたけど朝テストは大丈夫だったのか?」


少しの間正一は黙って俺の質問に対する答えを整理していた。そして、正一は真剣に考えているような表情から一変して、俺を嘲笑う表情をした。


「あーあれは卓也と旭ヶ丘さんが二人っきりになるために、わざと忘れたフリをしてたんだよ。俺が朝テストを忘れた日なんてあったか?」

「ええっ!?確かに言われてみればそうだけどさぁ?そこまでしなくても……」

「俺だって旭ヶ丘さんを中学の時から想い続けている卓也に頑張って欲しいって思ってるわけよ」

「は、はぁ」


正一の言葉には返答を濁らせることしかできない。正一の言っていることは間違ってはいないが、少し違うような気もする。

俺は彼女を尊敬というか、憧れというか、それに近い感情を想っているので、少し違うといえばそうなのだが……

正一がそう想っているように見えたのならそれは仕方のないことだろうとは思う。


「多分、旭ヶ丘さんを狙っている奴なんて、もういないと思うけど?」

「そ、そうか?」

「いや、だって顔も容姿もモデルみたいじゃん?そんな人と歩いてみろよ月と鼈みたいで逆に居心地悪くなりそうじゃね?」


俺は旭ヶ丘さんの座っている窓側の席の方を見る。

手持ち無沙汰に一限目の授業で使う教科書をパラパラめくっては閉じ、今度は外の景色を見てぼうっと見て、考え事をしている。

よくよく考えてみれば休み時間など空き時間にクラスの女子と仲良く話しているというところはあまり見たことがない。

これが持っている者の運命なのだろうか。


「まぁ、分からなくもないな」

「だから、みんな他の女子にいっちゃうんだよな」

「正一はどうなんだよ?」

「え?何が?」

「恋愛とかそういうの」


言うと、正一は自分の指で自分を指し、あらかじめ言葉を用意しているぐらいの速さで返答した。


「俺?俺は恋愛とかどうでもいいかなって思ってるけど。みてる方が楽しいし」


女子も男子も既に高校生らしいこと、例えば恋人同士になってどこか出かけたり、一緒にユニバなんて行ったりしたりリア充なことをすることを諦めている人は一定数いる。

中学生の時は高校生活にはもっと華のある生活が待っていると想像する。これはあるあると言っても過言ではない。

マンガのようなことは起こらず、男女共に同性同士でグループになって高校生らしいことをすることが他のグループに迷惑はかからないし、無難な選択なのだろう。


「でも、付き合いたいとかデートしてみたいとか思うことってあるだろ?」

「んー無くはないけど、やっぱり付き合いたいって思うよりめんどくさいって思うことが多いしな」


手で髪をくしゃっとしながらそう答えた。

正一の言うことも一概に間違ってはいない。

俺もクラスの男子などの恋愛事情はよく耳にする。付き合って何ヶ月記念日が云々、付き合ってた男子が違う女子と喋っていたら云々。

付き合って面倒なことしか耳にしないから付き合う行為に関して悪いイメージしか持たないのだが……まぁ付き合ったこともない俺が言うのも肉食ってる奴がベジタリアンを名乗るぐらい説得力がないと思う。


「ふぅん、じゃあ女子で可愛いって思う人は?」

「そりゃあ、旭ヶ丘さんだろ」

「それは当たり前じゃん、他の人は?」

「他の人っていえば………」


正一は教室の周りを見ている。もちろんクラス内で一際雰囲気が違っているのは旭ヶ丘さんだが、もう一人違って雰囲気を纏っているのは……


「井川さんか」


井川景

まるで高級な人形のように精密に作り込まれている顔と容姿。少し茶髪のショートボブ。遠くから見てもわかるくっきりした二重まぶたの目を合わせてしまったら思わず吸い込まれてしまう感覚になる。

その類稀なる容姿とは裏腹に誰とも会話せず、ひとり自分の机で音楽を聴いて黄昏ている。


「確かに可愛いけど、井川さんってちょっと怖くないか?ずっと一人でいる所しか見たことないぞ」


「分かってないなぁ、そこがいいんだよ。周りにどう思われようが関係ないって所がさぁ」


分からなくもないが、井川さんが他の人と仲良く談笑しているところは見たことがない。特に授業中の時はなおさらだ。隣の席の人と音読をしたり、ペアになって問題を解いたりとすることが多い。俺は彼女の前の席だけど、話しながらしているところを聞いたことも見たこともない。個人で問題を解いて見せ合っているのだろうか。

今彼女の隣の席の原口は最初は隣の席になってかなり喜んでいたが、授業のことや提出物以外の質問をしてもまともな返答が返ってこなくて今となってはどうでもよくなっているだろう。

俺は素朴な疑問を正一に投げかけてみた。


「………正一は井川さんと話したことある?」

「話したことはあるな、普通に優しいし、卓也が思ってるほど怖くはないと思うけど」

「ふぅん……」


井川さんが口を開いている時は、授業で当てられた時ぐらいしか、聞いたことがないな。逆に男子は井川さんの声を聞けることが貴重だから、放課後や掃除時間の時に『なぁ今日も井川ちゃんの声えろかったくね?』みたいなことで盛り上がってしまう。

俺も男子でこのようなことを話して盛り上がったり、女子の事を色々聞けることができるのだが………

そんなことを思っていると、正一は何か思い出したように顔をパッと上げて、俺の顔を見つめて口を開いた。


「………そういえば卓也…… お前高校入ってから女子とまともに話してるところ見たことないな」

「えぇ?そう?俺だって女子に話しかけられたらちゃんと話すけど」


俺は動揺しつつも、ちゃんと女子と話すことができると言い訳をするが、正一に痛いところを突かれる。


「でも自分から話すことはないだろ?」

「まぁ」

「もっと自分から話したほうがいいって、そうやって受け身のままだから、女子になんとも思われないんだからさ」


現役のJKと一回だけでもいいから趣味の話で盛り上がったりしてみたい。しかし、いかんせん女子と話さなくても高校生活がなんとなくやっていけることを知ってしまったのだ。

女子に何か聞かれたとしても「うん」と頷いたら終わってしまう。


「そ、それはそうだけど、やっぱりまだ女子と話すのはちょっと怖いんだよなあ」


 自分の言葉で自分を追い詰めてしまったり、やけに口が軽すぎるのもあれだし、礼儀とか遠慮というのが先に出てしまう。何より女子にどう思われているのか、という心配をしてしまうから無理な会話はしないことが安牌だと思っている。


「まぁ、俺も中学から卓也のこと知ってるから分かるけどさ?そろそろ頑張ってもいいんじゃないか?文化祭だってあるし」

「う〜ん、でもどう思われるのか気になるし」

「思ってるほど怖くはないって。卓也は俺と違って彼女欲しいんだろ?なら、もっと自分から女子に話しかけないとさ」

「…………」


ふと、旭ヶ丘さんに言われた言葉を思い出した。


『夢や理想は希望的観測にすぎない』


その言葉は受け身になっている俺の心に深く印象付いている。彼氏彼女が欲しいと言ったり、出会いが欲しいと言っている者はどう思ってその言葉を発している?

思うことは自由であるが、じゃあ努力はしているのか?

出会いとかは与えられるものと勘違いしてるのではないか?

言ってることとやっていることが全然違うじゃないか。俺はそうやって受け身になって遠慮しているうちに他人に譲ってしまうのか?

何もしなければ何も変わらない。与えられることが当たり前のぬるま湯に浸かっていることが恥ずかしくなる。


譲れない……変わりたいなら勝ち取るしかないのか……


「なぁ」

「ん?どうした?」

「………あのさ」

「……………」

「……………えっと………」

「なんだよ〜朝旭ヶ丘さんと話せなかったこと後悔してんのか?」

「いやそうじゃなくて……」

「じゃあなんなんだよ?ほらはよ言ってみ?言ってみ?」


早く知りたい正一の表情と声音は、言い出そうか悩んでいる俺をからかっている。


「……俺でも頑張ったら彼女とか作れるかなぁって……」

「……………………………」


言った瞬間に正一は思考を停止している感じで固まっている。しかし、さっきまでのからかうような雰囲気ではなく、至って真剣な面

持ちだ。


「や、やっぱり俺なんか向いてないかな?」


言ったことに保険をかけるみたいに言葉を紡いだが、さっきの言葉が消えるわけでもなく、俺は正一の様子を伺った。

すると、正一の口から大きいため息が溢れ、さっきの弛緩した表情へと戻った。


「いやぁ、むしろ驚いたんだよ。やっとお前がその気になったんだなぁってさ」

「え?」

「まっそうと決まれば放課後から作戦会議だな」

「作戦会議??」

「お前分かってないなぁ〜文化祭まで後2ヶ月ぐらいだろ?」

「ああ、そういえばそうだな」


もうそんな時期に近付いてきたのだなと今更ながらに実感している。

高校の文化祭は出し物などクラスで意見しながら決めるものと誰もが思うだろうが、そう甘くはない。そんなことをしているのは公立高校ぐらいだろう。

各学年ごとに出し物は決まっている。一年の時は合唱だったな。中学1年と同じことをして少し虚しさを感じた。

今年は……演劇か………まぁこれも中学の時にやったからなんとも思わないだけどな。

けど買い出しとかあるから楽しみではあるんだけどな、風邪で早退した時の無敵感といい授業中の時間に外に出れる楽しみというのは学生だから楽しめるものだろう。


「それまでになんとかして女子といい感じに仲良くなれば、付き合えるかもしれないじゃん」

「そう簡単に上手くいくか?」 


自信なさげに小声で言うと、正一は呆れ口調で返答する。


「だからぁ上手くいくために作戦会議をするんだって」

「あ、なるほど」


ある程度の理解を示した時には、もう数分で授業が始まる時間になっていた。

俺が黒板の上にある時計を見ていることに気付いたのか、正一も時計を見て理解する。

「まっそういうことだから」と言いながら正一は自分の机に戻っていく。正直作戦会議っていってもなんの話をするんだろうな。

とりあえず正一が何かしら俺にアドバイスしてくれると思っているが……何をするのか見当がつかないな。

こんな俺でも自分から女子と普通に会話をしていけるのか不安ではあるけど……高校生らしいことをできるような気がして楽しみな自分もいることは間違いない。

そう考えながら席に着いて、授業で使う教科書のページをめくったりする。

机に顔を伏せてチャイムがなるまで待とうとした時、後ろから肩を優しく叩かれた。肩から感じる手の感覚は指が太い男子のような感覚ではなく、細くて華奢な女子の手の感覚だ。


「ねぇ」


言った瞬間に咄嗟に振り向いてしまった。

当然声の主は井川さんだった。

冷たさの中に華やかさがあるような、なんとも形容し難い声音だ。


「え?」


思わず驚いてしまい声が漏れてしまった。

彼女の顔を間近で見るのは初めてのような気がする。プリントを配る時も回収する時も俺は前を向きながら渡したり、受け取る。

綺麗でくっきりとした二重だなと感心していれば、彼女は口を開いた。


「さっき桧山くんと話してた時こっち見てた?」

「み、見てたけど……」

「何の話してたの?」

「え……あ、いや……その………」


何の話をしていたのか?どう答えればいいのか分からず、誤魔化すように、彼女に視線を向ける。だが彼女の表情は変わることなく視線は真っ直ぐ俺だけを見つめている。

ほんの数秒見つめ合い、俺は彼女の瞳の圧に耐えることが出来ずに視線を下に落としてしまい「んー………」っと言って濁すことしか出来なくなった。


「あ、別に、ちょっと気になっただけだから」


すると彼女はどう答えたらいいのか分からないと気付いてくれたのかフォローした。


「そう……………」

「で、何の話してたの?」


俺の話をしていたと言っても話が続くと思うし、早く終わるなら簡略的な答えが正解だろう。やっぱりあのこと言うしか出来ないだろう。


「…………クラスの可愛い女子について話して、ました……」


言うと彼女の表情はさっきまで強張っていたが少し弛緩したように見える。


「ふぅん、ありがと」

「ん???」

「もういいよ」

「え?ああ」


言われて俺は上半身を前に向けた。

その瞬間緊張が解けて時間差で疲れが襲いかかる。あれ?女子との会話ってこんな疲れるっけ?俺そこまで喋っていなかったぞ?女子と会話したのはいつぶりだろうか、いや、けど井川さんだからかも知れないし……

でもなんで井川さんは俺に聞いてきたのだろうか、もしかして声が大きかったから聞こえていたとか?

そうだとしたらなんか申し訳ないな……


しばらくして学校全体にチャイムの音が響き渡る。一限目の授業の始まりなのに、まるで三限終わりの感覚の中授業を受けると思うと、眠たさが追い打ちをかけてきた。

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