第一章①
人間いつかは現実を見るときがやってくるかもしれない。ほとんどの人は小学生ぐらいの時は何かしらの夢を持っていただろう。プロスポーツ選手、漫画家、小説家、医者や料理人、数えたらきりがない。しかし、そんな夢を抱いてる人も才能の壁や困難に当たり、いつかは現実を見るだろう。
それは恋愛であっても考えられることではないだろうか。例えばの話、彼氏彼女が欲しいとする。好きな人で同じ学校だけど違うクラスの男、または女がいるという前提で話そう。その人は容姿も良く周りの人からも好かれている。けれど、自分と親交はあまり深くない。そんな人に対してずっと片思いで居続けるよりは現実を見て自分の周りの人と仲良くなって、付き合った方がいいのではないのかと思う。
要するに理想を求めて手の届かない存在を追い求めるよりも手の届く存在に追っていく方が現実的ということだ。
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寒すぎるのではないかと感じる冷房の空気が全身を張りつかせている電車から降り、蒸し暑い空気に支配されている空間へ踏み入れる。
俺、高校2年、現在七月。
高校2年といったら青春の2文字が脳裏に思い浮かぶ。ましては7月、まさに青春ど真ん中と言ってもいいだろう。アニメや漫画、小説の中の主人公の年齢はだいたいこれぐらいだ。
人生で一番輝いてる時、何もしなくともフラグが立つ。男女共にイチャラブして、まさに自分達が世界の中心だと言わんばかりに立ち振る舞う。
中学の時は高校生はこんなものだろうと、誰しもが想像するだろう。だが、現実というものはとても罪深いものである。
人生で一番輝いてる時でもないし、何もしなかったらフラグもクソもない。自分達が世界の中心のように立ち回っている奴らはただの自己中な奴らだ。
「よぉ、卓也おまえまた死に顔で歩いてたぞ」
後ろから俺の肩に手を置いて、ためらいもなく話しかけてくる。中学から縁がある桧山正一。いつも通りの陽気な性格で朝から平常運転だ。
「……あぁ正一か、朝はそんなに気分上がらないんだよ…」
「それは知ってるんだけど、お前夏になったらいっつも暗い顔してるだろ?」
「それがどうした?」
「いやまぁ中学の時のこと知ってるから分かってるけどさ?そんな顔してたらいつまで経っても彼女なんてできねぇよ?」
「それはそうだけどさ…」
卓也は悪魔のような笑みを浮かべて面白おかしく話す。
「卓也は誰にでも優しいからモテるんじゃね?」
「そういう冗談はいいって」
茶化す正一に対して俺は、本気の口調で余裕なく返答した。
「でも程々にしとけよ、優しいことは良いことだけど……おっ、前見てみろって」
「え?」
俯きがちな頭を起こして周りを見やる。グループになったり、一人で登校する人など周りには様々な人が蔓延っているが、正一が俺に見せたかった人を一瞬で理解した。
そして正一は答え合わせするようにある人を指差して口を開いた。
「旭ヶ丘さんだよな?アレ」
「あ、ああ」
俺達の前の方で歩いているのは、同じクラスの旭ヶ丘陽和。大きくて、宝石のようにキラキラしている瞳。綺麗な長い黒髪をなびかせて、常人とは違う雰囲気を醸し出している。
見た目と一致した完全なる真っ白な立ち振る舞い。
極限まで突き詰めたシャープな身体から描く豊かな曲線は誰もが心を奪われる。
「普通に頭いいし、人当たりもいい、おまけに容姿も可愛い、抜けてるところなんてないって感じだな」
旭ヶ丘さんは普通にモテる。中学ではだいたいの男子は旭ヶ丘さんに惚れていた。俺もその中の1人。
しかし、中学からの知り合いなのに進展はいっさいないが、会話をしないというわけではない。提出物についてや、テスト範囲だったり、必要最低限の会話はする。しかしそれ以上の距離は縮まらない。お互いが遠慮しあって干渉しないにするようなものである。
正一は何かを思い出し、咄嗟に話した。
「あーそうそう、この前聞いた話なんだけどさ、旭ヶ丘さん三年生に告られたっぽいよ」
ああ、そうか……まぁ旭ヶ丘さんのことだし、上級生にも注目されるのは当然のことだろう。
「それで?その人と付き合ってんの?」
「そこまでは知らないけど、旭ヶ丘さんのことだし、誰とも付き合ってないんじゃね?中学の時もそんな感じだったからな」
旭ヶ丘さんはモテるが故に告白もされる。中学の時は月一ぐらいで告白されていたんじゃないかと思うくらいのモテ具合。
ある噂では、放課後に告白の呼び出しが重なりダブルブッキングになったらしい。
しかし、理由は知らないが告白の呼び出しには応じるが、全部断っている。
「…まぁそれもそうか……俺らと中学同じって信じられないよなぁ…」
「俺らにとっちゃ高嶺の花ってやつだろ?クラスの奴らも他の女子と付き合い始めているしなんなら、諦めて付き合わない奴だっているし」
「………」
「卓也はもっと積極的になった方がいいって、一生に一度しか来ない高校生活を無駄にするぞ?」
正一の言葉は俺の行動を否定するようにえぐり出す。俺だって彼女を持って一緒にデートしてみたい。高校生は人生に一度きり。そんな高校生活の一年と数ヶ月は無駄にした………こいつの言っていることは的を得ている。
これ以上はお互い何も言わずに、信号が青に変わるのを待つ。
俺は正一にむけていた視線を横断歩道の信号に移す。車やバイク、トラックが通過する音、登校している生徒たちの会話しか聞こえない。
「佐藤くん、桧山くん、おはよう。相変わらず仲がいいね」
少し暗めの雰囲気になっていたところを壊す感じに、明るさの中に落ち着きのある声が俺たちの耳に入る。
旭ヶ丘さんが俺たちに話しかけてきたのは信号が変わり進み始めた頃だ。
「おはよう旭ヶ丘さん」
「お、おはよう」
正一が躊躇いなく返答し、咄嗟につられて返事を返す。
彼女から話しかけるのは珍しくもない。だが…この鼻腔をくすぶる匂いはなんだろう?ジャンプーか?ヘアオイルか?それともヘアミスト?それにしても、女の子特有の甘くて華やかな香りが男子としての本能を揺さぶられる。
そして彼女は俺たちの顔をまじまじと見つめて言葉を紡ぐ。
「桧山くんたち調子どう?最近暑くなってきたでしょ?」
「まぁいつもどうりって感じだな。テスト終わって夏休みなのに7月の最後まで学校だから面倒だけど今年は勉強合宿がないからまだマシだな」
『うんうん』と彼女は正一が答えた返事に納得した表情で相槌を打つ。
正一の言う通り、夏休みはだいたい8月から始まる。期末テストからそれまでは夏期講習で学校まで行かなくてはいけない。しかし、去年はその後に勉強合宿で、結局夏休みはお盆休みぐらいしか無かった。
今思うと勉強合宿はまさに地獄のようだった。四六時中ホテルに隔離、夜遅くまで勉強をさせられる。おまけに英単語やら古典の活用形など覚えさせられ小テストをする。
あれほどのキツさを感じたはあれが初めてだったな。
「佐藤くんは?」
「え?おれ?」
『桧山くんたち』と言っていたから当然俺にも話は振られる。急に話を振られて少し焦ってしまうが、旭ヶ丘さんに話しかけてもらった嬉しさと混ざってなんとも言えない気持ちになる。
「うーん…最近は夏に入ってあまりご飯を食べなくなったかな?飲み物ばっか飲んでるよ」
戸惑いはありつつも、静かな口調で話す俺を、彼女は優しく頷き、微笑みながら聞き入れる。
「旭ヶ丘さんは最近どう?」
俺は話してもいいのかわからない雰囲気になっている状況から、彼女と話したい一心で勇気を振り絞って声を出した。
「ん?わたし?……うーん…テスト終わってやっと休めるけど、まだ授業とか朝テストとかあるし…普通かな」
「そっか……」
数秒、何も話さない気まずい空気が流れたが、それを壊すように、正一は何かを思い出し、学校指定の鞄のチャックを開けて中を確認する。その表情や挙動には違和感があり、まるでいてもたってもいられない感じだ。そして、まだ鞄の中身を確認し、焦燥感に駆られそうに喋り出した。
「うわぁ!!やっべ!!今日朝テストある日か!」
「え?お前知らなかったのか?」
「あ〜英単語、家に置いてるんだった…」
「どうすんの?」
「ん〜どうしようか…」
「貸してあげようか?」
と、旭ヶ丘さんは正一の焦りとは正反対でとても落ち着いて話している。
「いや、知り合いに借りるから先に行く!」
と言い、正一は所々にいる生徒をスルスルとかわしながら学校までの坂を全速力で駆け上がっていった。
その様子を見た彼女は楽しそうにニンマリ笑う。
「ふふっ…面白いね桧山くんは、青春してるって感じ」
「そうか?俺はいっつもアイツに振り回されてばっかだよ」
「ふぅん」
「だけど……正一はいいやつだよ」
「佐藤くんは?」
「ん?」
「青春してる?好きなコとかいないの?」
「え?」
青春なんて考えたこともないし、憧れたこともない。俺の中で青春は有り得ないことで返答し難い質問で焦ってしまう。
そんな様子を見ていた彼女は、フォローするように、口を開いてくれた。
「同じクラスのコが言ってたよ『好きな人ができたら毎日楽しい』って」
「………俺を好きになる人なんているかな…」
俺がそう言うと彼女はじーっと俺の顔を見る。突然の不意打ちを食らってしまう。顔が近いせいなのか、甘い匂いがするせいで息が詰まり、鼓動が早くなるのを余計に感じてしまう。
「な……なに?」
「目が暗い!」
「私たちコーコーセーだよ!?もっと毎日色付かないと!自分だけ白黒で取り残されたら面白くないでしょ?」
「まぁ…言いたいことはわかるんだけどさ…」
「何かやってみたいこととかってないの?」
「一応……なくはないかな………」
「でも今やってる?」
「…………………」
「ねぇ、夢や理想は希望的観測にすぎないって言葉知ってる?」
「夢とか理想って、『そうあって欲しい』とか『そうだったらいいな』って感じじゃない?それって結局なにもしないと現実は変わらないし……願うより先に動かないと何も始まらないよ?」
「それは、そうだけどさ…」
「佐藤くんは優しいからもっと自信持った方がいいって!」
「でも…俺は、やっぱり自分に自信を持てないかな」
「そっか……」
それ以降は俺も旭ヶ丘さんも何も話さない。お互いを尊重して無理にでしゃばったことはしない。不思議と居心地は悪くはなかった。靴箱は違う場所にあるので、先に追い抜いている思っていたが、自分が追いつけるようにゆっくり歩いて待っていてくれた。
投稿は不定期で行います。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします