猫になった幼なじみ~あなたがずっと好きでした
『...ニャー』(結香...)
微睡みの中、聞こえる猫の鳴き声、それが私の名を呼ぶ声だと直ぐに分かった。
ゆっくり身体を起こすと一匹のキジトラ模様をした大きな猫が私に寄り添っていた。
また猫に会えたんだ...
『...ユウ』
『ニャ』(オッス、1ヶ月振りだな)
ユウは元気そうに尻尾を振る。
不思議だ、私はユウの鳴き声が分かる。
正確にはユウが何を言ってるのかが私の頭の中に伝わるのだ。
ユウの正体は生まれ変わった私の幼なじみ勇平。
いや、猫に転移したと言うべきか。
でも猫のユウは18年前に17歳で老衰で死んだから、今私が見ているのは夢。
そんな事分かっているけど構わない。
だって猫になる前の、人間だった勇平は35年前に死んでいるのだから。
『ニャー...』(へえー優子ちゃんがお前の世話をね...)
私は現在入院生活を送っている。
その事を心配した親友の娘が私の世話をする為に1ヶ月前から会社勤めの合間に毎日来ていた。
『うん。私はいいって言ったんだけどね、お願いしますって聞かなくって』
『ニャ?』(でも助かってるんだろ?)
『まあね、兄貴や妹に余り迷惑は掛けられないし』
兄と妹はそれぞれ家庭がある。
お1人様生活を送っていた私の世話をして貰うのは抵抗があった。
『ニャ』(優子も結香に恩を感じているんだろ?)
『そんなの気にしないでいいのに』
以前、優子ちゃんから恋の相談を受けて答えた事があった。
でも別に大したアドバイスをした訳じゃない。
私が味わった苦渋を彼女に味会わせたく無かっただけ。
結果、上手く行ったのは彼女自身、努力の賜物だろう。
『ニャ?』(悠莉は?)
ユウはやっぱり聞くか、当然だよね。
なんと言っても元カノだもん。
『まだアメリカよ、来月には一旦帰れるそうよ』
『ニャー』(そうか)
少し寂しそうな顔をしたユウ。
そんな顔しないで。
当然だけどユウの顔は猫、でも私にはずっと勇平の顔が浮かんでいるのだから。
悠莉は3年前から旦那さんの転勤でアメリカに付いて行った。
当時、就職が決まったばかりの優子ちゃんは両親と分かれ日本に留まった。
『...こんな所ね』
『ニャー』(ありがとう結香)
1ヶ月振りだったから余り話す近況が無い。
ユウが私の夢に出て来る様になったのは半年前からで、今回が4回目になる。
最初は何がなんだが分からなかった。
そりゃそうだ、いきなり一匹の猫が私に向かって来て『ニャー』(結香、久し振り)だもん。
唖然とする私にユウは首を傾げて、
『ニャー』(やっぱり忘れちまってるか)って言った。
『忘れる訳無いでしょ!!』
私は叫びながら泣いた。
夢の中だけど、思いっきり泣いた。
あんまり泣いたからユウがオロオロしていたな。
その後、私はユウが死んでから18年の間にあった出来事を話した。
勇平の両親は元気に一番上のお兄さん家族と同居している事。
勇平の弟も10年前に無事結婚した事。
あと、悠莉は旦那が転勤続きで年に一回しか実家に帰郷しなくなった事。
....もう勇平のお墓参りに行かなくなった事も。
『ニャー...』(良かった...)
その事を聞いたユウは嬉しそうに笑っていた。
寂しく無かったのか気になったが、遂に聞けなかった。
最初の再会はそれで終わった。
私の目が覚めてしまったのだ。
でも、当時病気に絶望していた私は救われた。
その次にユウと会えたのは2ヶ月後だった。
またユウに会えた喜び。
今度は泣かなかった。
でも私の事を話すうちに泣いた。
結婚しなかった私は両親と三人で暮らしていた。
自分で言うのも変だが、親孝行をしたと思う。
私の子供は見せられなかったが、兄貴や妹が4人も見せてくれたし、両親の旅行費用や、買い物等、出来る限りの事はした。
そして両親の介護と最後の看取りまで、私は仕事を辞めて、最後までやりきった。
その直後だ、私に病気が見つかったのは。
病気を隠し、遺産は全て兄貴と妹に譲った。
別に強請られた訳じゃない。
それどころか、私に全て譲ろうとされた程だ。
でも断った。
『ニャ?』(何でだ?)
あの時、ユウは不思議そうに聞いた。
『私には必要ないからね』
そう言って笑うと、
『ニャ』(お前らしいな)
ユウも笑った。
3回目は穏やかな気持ちでユウに会えた。
最後の入院した事。
身辺整理も済ませた事、全てユウに話した。
『ニヤ...』(...結香)
私の話しを聞き終えたユウは言葉を失なっていたっけ。
『ねえユウ?』
『ニャ?』(何だ?)
『ユウは元の姿に戻れないの?』
『ニャニャ』(そんなの分かる筈無いだろ、そもそも何で猫になったのかだって分かんねえんだし)
『それもそうね』
ゆっくりユウの頭を撫でると嬉しそうに喉を鳴らした。
『ニャ』(でもさ)
『何?』
『ニャ』(今度会う時はお互い昔の姿に戻りたいな)
『そうなんだ』
今度って、今会ってるじゃない。
『ニヤニャ...ニャ?』(だってよ、俺が17歳で、お前だけ歳取ってたら...な?)
『うるさいユウ!!』
軽口を叩くユウのお尻を引っ張たいた。
全く、なんて事を言うんだ。
確かに今私は52歳の姿だ。
でもユウだって亡くなった時のデカ猫姿じゃないか。
『ニャ、ニャ』(悪い悪い、でも久し振りだな)
『何が?』
『ニャニャ』(元気なお前の張り手を食らったのがさ)
『そうね』
現実の私はもう出来ない。
夢から覚めたら腕どころか、物を掴む事さえ儘ならないのだ。
全身に転移した病気のせいで...
『結香おばちゃん...』
空から聞こえた聞き覚えのある声が私を呼んでいる。
『ニャ』(誰か呼んでるぜ)
『そうね』
ゆっくりとユウの側から立ち上がる。
まだ逝けないって事か。
『ニャ』(じゃあな)
寂しく笑うユウだけど安心して。
『すぐに戻るから...次からはずっと一緒よ』
『....ニャ....』(分かった、悠莉に宜しく言っといてくれ)
私の言葉が意味する所を理解したユウが鳴いた。
私は首を振る。
『ダメ』
『ニャ?』(結香?)
『勇平は私の物だから』
『二ャ...』
驚いたユウの顔、そして私の意識は覚醒して行った。
「...結香おばちゃん!!」
「...そんなに揺すらないの」
やはり目の前に居たのは優子ちゃん。
まったく、そんなに揺すられたら痛いよ。
力が全く入らないんだから。
「ごめんなさい、あんまりぐっすり寝てたから心配になっちゃって」
「そのまま...逝っちゃう...んじゃないかって...心配したのね?」
「...そんな事言わないで」
涙を目に溜めた優子ちゃんが私を見る。
すっかり大人になったわね、確か今年25歳だから当然か。
「大丈夫...よ、まだ」
口が渇いていたので、脇に置かれた吸い飲みに手を伸ばすが腕に力が入らない。
これが現実、もう動くのが難しい。
それに息も苦しい。
勇平も死ぬ時はこうだったのかな?
「はい、お水」
優子ちゃんが吸い飲みを私の口に運んでくれた。
生ぬるい水が口内を満たし、ようやく人心地した。
子供のいない私にとって彼女は昔から娘の様だった。
「ありがとう」
「もう良いの?」
「ええ」
口に入りきらなかった水がタオルを濡らす。
優子ちゃんは足元に置かれていたボックスから洗ったばかりの新しいタオルを取り出した。
「...猫の写真?」
優子ちゃんがタオルの下にあったファイルに挟まれている写真を見つけた。
猫を抱いた私が笑顔で写ってる。
夏休みに帰省した悠莉が撮ったんだっけ?
懐かしい、別に隠していた訳じゃないが...見られちゃったか。
「そうよ」
「この猫まさかユウ?」
「覚えてたの?」
「もちろんよ!」
そっか、覚えてたのね。
優子ちゃんが7歳までユウは生きてたから当然か。
「結香おばちゃん若い!」
「20歳の時だからね...」
「へえ~32年前か」
優子ちゃんが感慨深そうに写真を見ている。
本当に懐かしい。
この年、悠莉は新しい一歩を踏み出した。
勇平の死を乗り越え、新たな人生を...
「あれ?」
優子ちゃんが写真の裏にもう一枚が重ねられていた事に気づいた。
仕方ないけど....
「これってお母さんと結香おばちゃん?
で、隣の男の人って」
やっぱり聞くよね。
学生服姿の笑顔で三人並んだ写真。
左が私で右が悠莉、そして真ん中が、
「勇平よ、加藤勇平」
「この人が...」
勇平の写真を見た優子ちゃん。
彼女は勇平の写真を見た事が無い。
高校時代、悠莉の恋人が勇平だった事は知っている。
恋人が事故で死んだ事も。
しかし写真を見たのは初めての筈だ。
悠莉が結婚の際、勇平に関する写真や想い出の品は全て私が貰ったのだから。
「へえ~なかなかハンサムだったんだね」
「そうかしら?」
素っ気ない返事をするが、確かに勇平はモテた。
勇平と幼なじみの私は素直になれず、強がりを言ってばかりだった。
高校1年の時も親友の悠莉が勇平が好きと聞いて告白の応援までしてしまった。
私の方がずっと昔から勇平の事が好きだったのに...
「...すみません」
突然優子ちゃんがファイルをベッドの上に置いた。
慌てて上着のポケットから携帯を取り出す。
どうやら着信が入ったみたいだ。
「良いから出なさい」
「え?でも」
「早くしないと彼からの電話が切れちゃうわよ」
「...少し行って来ます」
真っ赤な顔で部屋を出ていく優子ちゃんを見て彼女は今、幸せなのが分かる。
優子ちゃんの彼氏は彼女が勤める会社の先輩。
新入社員の時、彼女の教育係だったそうだ。
密かな恋心を抱いていた優子ちゃんだが、奥手な彼女は告白できないままだった。
そんな彼女に私は言った。
『まごまごしてると誰かに取られちゃうよ、しっかり告白しなさい』
私が言ったのはそれだけ。
この言葉に優子ちゃんは告白して無事に付き合う事となった。
「母娘そろって私が背中を押すなんてね...」
震える手でファイルを掴み目を遣る。
一見すると笑顔の三人。
しかし私の笑顔は本物では無い。
よく見れば頬が強張り、目尻が僅かに光っている。
「バカだな...素直になれないで」
ファイルが手から滑り床に落ちた。
もう拾う事は出来ない。
目が霞み全身の力が失なわれていく。
警報が鳴り響く。
まだ一般病室だったので看護師は近くに居ない。
予定より1ヶ月早いが、さっきユウに会ったからなのだろうか?
「ありがとう...勇平」
胸に掛けていたロケットペンダントを握り締めた。
中にはユウが入っている。
ユウの身体が。
『そっちに行くよ勇平』
もう言葉は出ない。
いつの間にか警報の音も聞こえなくなっていた。
『...結香』
突然現れた勇平。
猫じゃない、勇平だ!
私の大好きな勇平が!!
『勇平!大好き!
ずっと、ずっと好きだったんだから!』
こうして私は勇平と会う事が出来たのだった....
「いい天気ね母さん」
「本当、結香は晴れ女だったからかしら?」
川上結香が亡くなり1年が過ぎた。
親友の最後に間に合わなかった悠莉は今日、娘を連れてお墓参りに来ていた。
結香の骨は両親と一緒の墓に入り、今は静かに眠っている。
結香の思い出話をしながら掃除をする、その目には涙が溢れていた。
「あ...猫」
墓の向こうで見つけた二匹の猫。
同じ模様をしたキジトラ、まだ子猫の様だ。
「本当ね、お寺で飼われてるのかな?
仲良く並んで...親子、それとも兄妹かしら?」
そんな母娘の会話を他所に二匹は身体を重ね合わせる。
その仕草はじゃれ合う恋人同士の様だった。
ありがとうございました。




