小さなかわいい女の子に生まれ変わりたいと願ったら、ミジンコにされました。
私は、ごく普通の16歳の女子高校生でした。身長が190センチ以上ある以外は。
私みたいな女の子が高身長でも、いいことはありません。バスケ部やバレー部からは、さかんに勧誘されました。でも、私は、休み時間は本を読んでいたい文化系。スポーツは、嫌いで、苦手です。
それに、背が高いと、男の子にもてません。私が片想いをしていた大木君は、背の低い女の子とつきあっていました。160センチの大木君は、こっそり身長に悩んでいたので、自分より大きな女子とは、つきあいたくないみたいでした。
私より背の高い男子は、学校にいませんでした。
そんな私は、ある日、突然、死んでしまいました。
私の目の前に、とても美しい神様がいます。
「リカさん。あなたは、帰宅途中、強風でとんできた看板が頭にぶつかり、亡くなってしまいました。あと20センチ身長が低ければ、無事だったのですが」
「そうだったんですか。でも、神様、身長の話は必要ないと思います。それは身長ハラスメントです」
「申し訳ありません。おわびに、あなたを、転生させてあげましょう。どう生まれ変わりたいか、希望があれば、おっしゃってください」
「じゃあ、今度は、小さな、かわいい女の子に生まれ変わらせてください」
「わかりました」
こうして、私は、生まれ変わりました。
小さな女の子に。
……ミジンコに。
気がついたら、私は、ミジンコでした。
たしかに、体長数ミリの、小さい女の子です。かわいいかどうかは、主観によるので、なんともいえません。
小さなかわいい女の子に転生させてくださいと、たしかに私は言いました。
でも、まさか、ミジンコになるとは。
あの神様……。あんまりです。
ミジンコは、ふだんは雌しかいない、単為生殖の生き物です。つまり、雌が自分のクローンをつくって増えていきます。
数週間後には、私はひっそり産卵を終え、私のクローンに囲まれていました。
そこで、気がついたのですが。
私は、すべてのクローンを意のままに操ることができました。
といっても、しょせん、ミジンコ。動かしたところで、意味はありません。
それに、すぐに何匹か、魚に食べられてしまいました。
でも、数週間後には、また、すべてのクローンが産卵し、たくさんのクローンが生まれました。
私のコピーのコピーは、やっぱり私のコピーです。
最初に生まれたミジンコと同じように、私はすべてのミジンコを、操ることができました。
こうして、数か月後には、数え切れないほどたくさんのクローンが生まれていました。
ある日、あの神様が、やってきました。
「お元気ですか、リカさん。様子を見にきました」
「神様、言いたいことは、たくさんあるのですが。なぜ、ミジンコなのですか?」
「あなたの希望にそった、すばらしい生き物だからです。ご存知ですか? あなたの故郷、日本に生息する無数のミジンコは、すべてたった4匹のミジンコのクローンなのです」
「読んだことがあります。ひょっとしたら何千年も前に日本にやってきて、単為生殖で増えていったのかもしれないとか。でも、だから私がミジンコにならないといけない理由はないと思います」
「なにか、ご不満が?」
「ありすぎです。不満しかありません。でも、一番不満なのは、自由に世界を歩きまわれないことです」
私は、ずっと、暗い池の中にいます。体長数ミリのミジンコにとっては、広い世界ですが。せっかく生まれ変わっても、これでは、楽しみがありません。
「つまり、リカさん。あなたは陸地でも生活したいと望んでいるのですか?」
「そうです」
「では、あなたに、淡水だけではなく、海でも地上でも、どこでも生存できる能力を与えましょう」
そう言って、神様は去って行きました。
こうして、私は、ミジンコなのに地上にあがれるようになりました。
でも、ミジンコは、バタフライ泳法で移動することしかできません。
つまり、地上にあがれば、移動ができません。世界中を自由に歩き回ることなんて、できません。
あの神様……。あいかわらずです。
私は、打ち上げられた魚のように、池のそばの小石の上に寝ていました。
小石といっても、体長数ミリの私にとっては、広大なグラウンドのような場所ですが。
そこで、私は、ふと私のクローンたちのことを思いだしました。
一匹一匹は、小さなミジンコですが、集まれば、大きくなれるのでは?
人間やほかの動物も、しょせん、細胞の集まりです。同じように、ミジンコを集めれば、動物のように動くことができるのでは?
私は、クローンたちを集め、足を作りました。そして、動き出そうとしたところで。
突然、私は、空中を猛スピードでふっとび、真っ暗な闇の中に飲みこまれてしまいました。
消化されながら悟りました。私は、カエルかなにかに食べられてしまったようです。
気がついた時、私は、水中を漂っていました。
どうやら、私は、どのクローンにも、意識を移すことができるようです。
私のクローンが何万体も存在する今、これは、かなり、不死身にちかいです。
しかも、私のクローンたちは、定期的に、池の底に、固い殻で覆われた休眠卵を産みつけています。休眠卵は、環境が変化しても、何十年も生き残るらしいです。なので、私は、ちょっとやそっとでは、絶滅はしません。
数か月後。私は、ふたたび、陸にあがり、ミジンコの集合体を作りました。
試しに、何体も作ってみました。4本足の集合体や、昆虫のように6本足のもの、それから、クモのように8本足のもの。うまくいかなかったのは、2本足だけで、他は、ちゃんと移動ができました。
食べられてしまうミジンコ集合体もいましたが、しばらく生き残るものもいました。
私のクローンたちは、ミジンコでありながら、陸の上でも生きることができるので、移動した先で、さらに増殖を続け、生息域を広げていきました。こうして、私というミジンコは、増えていきました。
数年が、たちました。
私は、森の上から、辺りを見渡しています。何千億ものミジンコの集合体となって。ついに、木々を超える高さに到達できました。
とはいえ、この大きさだと、移動がろくにできませんから、短時間のお遊びです。
普段は、せいぜい1億匹程度の集合体です。
さて、ミジンコ集合体となって移動範囲が広がった結果、私には、人間と接触する機会が生まれました。人々は、粗末な衣服を着ていて、原始的な素朴な生活をしていました。
半透明の、形を変える不気味な存在。時には、鹿のようなサイズで、時には、森を超える身長になる存在。
人々は、私を恐れ、畏怖しました。
その結果、いつのまにか、私が住む山には祭壇ができ、お供えものが置かれるようになりました。おいしそうな食べ物や、お酒が置かれていました。
でも、ミジンコはプランクトンやバクテリアしか食べられません。おいしそうな食べ物は、私にとっては、嫌がらせでしかありません。
腐らせるのも、もったいないので、食糧は、山の近くの貧乏そうな家に届けることにしました。
感謝する人々をこっそり眺めるのは、楽しかったです。
そうして、さらに何年か経ち、私は、いつのまにか、山の神と崇められていました。
さらに何百年という年月が経ちました。
その間には、色々なことが起こりました。私を崇める人達を異教の民として侵略する人達がやってきたこともありました。
彼らは、私を殺しに山へやってきました。ですが、ミジンコ集合体にいくら切りつけても弓矢を撃ちこんでも、意味はありません。もちろん、何千、何万のミジンコが死んでしまいますが、何億、何兆のミジンコがいるのです。
山が焼き払われたこともありました。
ですが、すでに、ミジンコの一部は、集落に入り込み、人々の荷物に乗りこみ、べつの町や村、遠くの池や山に移動していました。
それに、焼き払われた山でも、地下の休眠卵や池の底のミジンコたちは無事でした。数年後には、焼き払われた山でも再び、巨大な集合体を作ることができました。
そして、各地に生息域を増やすにつれ、楽しみが増えました。私は、各地のクローンへ意識を移動することによって、色んな土地を旅することができるようになりました。
私のクローンたちは、ミジンコでありながら海でも生息することができました。だから、海を渡って別の大陸にも行きました。
世界中で、ミジンコ集合体を作って遊びました。
遊んでいる内に私は気がつきました。この世界を、私はどこかで見たことがあると。モニュメントバレー、ナイアガラの滝、ウユニ塩湖、イグアスの滝、ウルル、富士山……。
どうやら、ここは私がかつて生きていたのと同じ世界の、違う時代のようです。私は、大昔のミジンコに転生したようでした。
こうして、何百年もの間、私は世界旅行をしながら、ミジンコとして生きることを楽しんでいました。
そうしたある日。あの神様が、ふたたび、やってきました。
「お久しぶりです。リカさん。いえ、ディダラ神」
ディダラ神というのは、私を信仰する人々が私に付けた名前の一つです。そうです、私は、各地で、違う名前で信仰されていました。ちょっとミジンコ集合体になって遊びすぎました。
「神様。冗談はよしてください」
「冗談ではありません。リカさん。あなたは、各地で信仰を集め、人々の信じる心により、ついに本物の神となる資格を得たのです。そして今日、私は、あなたに、本物の神になってもらうために、やってきたのです」
「神様。神様のくせに詐欺師なみにあやしい話をもってこないでください。だいたい、私はミジンコです。私への信仰というのは、ミジンコ集合体を見た皆さんが、勝手に、誤解して信仰しているだけです。つまり、皆さん、だまされているだけです」
「神など、そんなものです。私も、そろそろ、引退したいところだったのです。さぁ、リカさん。いえ、ミジンコの神よ、私のあとをついで、天上の神となってください」
「お断りします。私は、ただのミジンコで満足です」
「そうはいきません。もう、手続きをしてしまいました。さぁ、これが、引継ぎ資料です。あとは、頼みましたよ」
こうして、強引に、私は、天上で転生を担当する神にされてしまったのです。
・・・・・・
そう、僕の前のミジンコは、語りました。
「ごらんのとおり、転生を担当する神様になっても、姿はミジンコのままでした。それに、引継ぎ資料というのも、薄っぺらい紙が数枚あるだけでした。ところで、そのうちの一枚には、大きく、こう書かれていました。『転生させる時の注意点:希望は叶え、期待は裏切るべし』と。あの神様は、ちゃんと仕事をなさっていたのです」
僕の前のミジンコは、そこで、僕にたずねました。
「さぁ、あなたはどんなふうに生まれ変わりたいですか? なんでも望みをかなえてあげますよ?」
さて、どう答えたものか。僕は、深く考えこんでしまいました。
End