現状
屋敷に戻った俺はラディに大まかな周辺国の現状を教えてもらっていた。正直ちんぷんかんぷんだ。
「つまりよ、その……リクリア=レマリア公国の公爵家がノクトゥアって名前で、隣の国のサヴォア公国? ってところと仲が悪いんだな?」
「そうだ。百年前は共に反レントゥルス派として戦った者同士ではあるが所詮は過去の話だ」
「で、東部の諸侯たちは比較的仲が良くて、メルシャフ侯爵は仲の悪いサヴォア公爵とはリボリア公国が間にあるから攻め込まれない……? でもよ、そのリボリア公国がサヴォア公国ってのと一緒に攻め込んでくる可能性はないのか?」
「なくはない。リボリア公国はサヴォア公国とは微妙な関係なんだ。仲は悪いんだが、戦争するほどじゃない。それにサヴォアだって、わざわざメルシャフと戦争はしたくないだろうし」
「なんで?」
「なんて言ったら良いのか……サヴォアとリボリアは元は寄り親寄り子関係というか……」
「はぁ? なんじゃそれ」
「サヴォア公国は横に長い国でな、元々北の蛮族からイリアへの侵攻を防ぐ役割を与えられていたんだ。爵位も元は辺境伯と言って、読んで字のごとく辺境を守る伯爵だったんだ」
「辺境伯……聞き慣れない爵位だな」
「リボリアはそのサヴォアを手助けする役割を担っていた。それに何代にも渡って血縁関係も結んでいるし、今だって確かリボリア公爵の妻はサヴォア公爵の妹だったはずだ」
「メルシャフと同盟を結びつつサヴォア公爵との血縁関係を維持するなんてしたたかというかなんと言うか。そのうちどっちの反感も買って二面戦争にでもなりそうだな」
「俺たちには関係のない話だな。いや、飯の種か……?」
おいおい、こいつはどれだけ戦いたいんだよ。ウォーモンガーか?
「リボリアって所は百年前はどっち側で戦ったんだ?」
「反レントゥルス派だよ。その役割を忠実に守りサヴォアと共に戦った」
「王家を相手に忠実?」
そりゃ本末転倒というかなんというか。
「リボリアだってなにか事情があったんじゃないか? 俺の知ったことじゃないさ。ただ、サヴォアが掲げた『忠誠を誓うのはタキトゥス家にであってレントゥルス家にではない』って言い分に同調する者は少なくなかったんだよ。ま、これを掲げたサヴォア本人にとってはそんなことは建前で、ただ海が欲しかっただけだろうがな」
「海? サヴォア公国には確か海があったはずだろ? 公都のジェノヴィアって所は港湾都市で有名だったはずだ。俺だって話ぐらいは知ってるぞ」
「そこなんだ。元々ジェノヴィアは独立した都市だった」
「独立した都市?」
「王国から自治を認められた自由都市。今のレティエ共和国の様な感じだな。有力な商人が合議で街を運営していたんだ。まあジェノヴィアは貴族を追い出した訳じゃないがな」
「じゃあどうやって独立したんだよ」
「元々王家の直轄地だったし、都市と呼べるほど大きくもなかった。港としての条件だけは良かったから多少は栄えていたが今ほど繁栄はしていなかったらしい。それにあそこら辺は海賊の被害も多くてな。だが、徐々に海軍力をつけていって、自前で防衛できるようになるとそっからどかーんとな。制海権ってやつが取れたらもう船を使っての貿易でじゃんじゃん稼いで街を広げて、そして王家に献金して、それで自治を認めてもらったって訳だ」
「認めてもらった? それは買ったって言うんだろ!」
「まあそうだな。で、近くにあるサヴォアはジェノヴィアのお得意様だった。蛮族共との交易品の売買から、その蛮族と戦争するための資材、それらはジェノヴィアから仕入れていた。サヴォアが戦費で疲弊すればジェノヴィアは潤う。当然サヴォアはいい気持ちはしないさ」
「それで奪った、と?」
「そういう訳だ。サヴォアは真っ先にタキトゥス家とレントゥルス家の婚姻を反対した。ジェノヴィアはレントゥルス家とも懇意だったから、レントゥルス側に回ると踏んでいたんだ。リボリアとレティエ、そしてサンディニア島のノクトゥア家もそれに続いた。賛成していたのはメルシャフ侯とボルサヴァ公……まあ実質メルシャフ侯爵だけだな。ボルサヴァは殆ど中立だった」
「ボルサヴァね……あそこはすげーよ。金になるなら盗賊だって平気で街で商売させるし、なのに治安は悪くない。場所にはよるがな」
「確かに、そうだな……レティエとは違ってあそこの公爵は自ら商売をしていて財力もあるし、商人たちをなだめるノウハウもある。東方海賊だって……西部に比べたら数は少ないが居るには居るってのにしっかり守ってるしな」
「東の……なんだったかな……国の名前が思い出せない……」
レティエもボルサヴァもそことの貿易で潤っているって話だったな。
「カナン。カナン王国だ。タキトゥス王国よりも古い歴史のある大国だ。技術、文化、教養、国土、国力、何をとってもタキトゥスよりも優れている。学者は王都のシデュイオンに学びに行くことが一生の夢って話はよく聞くな」
「カナン……俺の故郷はその先かなぁ……」
「ハヤトは砂漠を渡ってきたのか?」
「んな記憶全くない。目が覚めたら見知らぬ街道に居たんだぜ? ホラーよホラー」
「たしかにそうだな。お前は、まるで神話にある神渡りにでもあったみたいだ」
「神渡り……?」
「世界を作ったとされる四大神が起こす気まぐれだ。神に選ばれし者、その者は世界を渡りやってくる。神に祝福され、その身に神の力を宿し、人々を率いる者となるだろう」
「世界を渡りって……おとぎ話だろ!」
世界を渡ってってのは事実ではあるんたが、そのチート能力は無いんだよなぁ。
「タキトゥス王家は神渡りしてやってきた英雄の子孫を自称しているし、そういうもんなんだよ神話ってのは」
「そういうもんって、どういうことだよ!」
「系譜の出汁っていうか、根拠っていうか、人を支配する正当性の根拠っていうか、そんな感じなんだよ!」
「うーん……」
正直よくわからなかった。
「で、話を戻すが、なんやかんやでレントゥルス家は滅亡した」
「???」
端折りすぎだろ! と思ったが、そんな滅亡までの戦歴を長々と語られても困るので何も言わなかった。
「当時の王コルネリウス一世は諸侯と和議を結んだ。実家が滅んで自前の戦力が殆ど無かったのも理由の一つだ。タキトゥス王家の騎士達は別にコルネリウス一世個人に忠誠を誓っていたわけじゃないから戦いには消極的だったしな」
「コルネリウスってのがその件のレントゥルス家からの入り婿の?」
「そうだ」
「世知辛え……」
「その時占領されていた各領地は無論領有を認められた。さらに様々な特権を加えられて和議は結ばれたんだ」
「もう殆ど降伏だな。それで、ジェノヴィアはその時にサヴォア公爵の物になったと」
「そうだ。ピソ家はジェノヴィアの領有を認められたが公爵への陞爵は認められなかった。対してノクトゥア家はレントゥルス家に変わってリクリア島全域と公爵位を認められた。結果的に内戦で一番の出世頭となった訳だ。反レントゥルス派筆頭のサヴォアを差し置いてな」
「うわぁ……」
いろんないざこざがあって更に陸続きの隣国……仲良くなれる筈がないなと思った。
「和議の中にはコルネリウス一世の退位も含まれていた。幸か不幸か、もう世継ぎは出来ていたしな。本人も力尽きたのか、退位後数年で死んじまった」
「不憫すぎるだろ!」
「そして次代のオソン一世が即位した……」
「オソン……オソン? どっかで聞いたな」
「稀代の暗君、放蕩者のオソン一世だ。またの名を爵位行商人だ」
「爵位行商人???」
「その名の通り、爵位を売りまくったんだよ。サヴォアもオソン一世により公爵になったんだ。そしてその一番の顧客がリボリアだった。リボリアは元々子爵位だったのにも関わらず、金にものを言わせてサヴォアと同じ公爵位になったんだ」
いったい幾らかかったんだろうな。たかが爵位にそこまで金をかけるもんかね。
「でもよぉ、リボリアってメルシャフとサヴォアの間の山の中だろ? んな金あんのかよ」
「無かった……今でもあの国は火の車だ……」
「うへぇ……」
「オソン一世との仲介役になったのが当時のメルシャフ侯爵だった。元は敵同士だったのに侯爵はえらくリボリアを手厚く支援した。リボリア側もこのままではサヴォア公の一家臣に転落する危惧があったんだろう。メルシャフの助けの元、オソン一世と懇意になり遂には公爵位を手に入れたんだ」
「それってよぉ、ただ侯爵がリボリアに無駄金を使わせただけじゃないか?」
「そうだろうな。たがそれでも内戦前では、子爵程度が公爵位なんて考えられない話だったんだよ。他にも男爵なんて爵位を作って裕福な騎士達に売ったりしたてな。オソン一世の前と後じゃ爵位の格も全然違う」
「へぇ〜」
「それにリボリアだって、ただ金を払ってただけじゃない。メルシャフ侯国からは最先端のワイン製造技術を提供されて、今やイリア一のワインどころになっているしな」
「リボリア……? ああ! リボリアワイン!! どこだったっけなぁ、ワインを運搬をしていた商隊を襲ったのは! あれは美味かった……」
「ああ、フレックも一緒だったっけか? 何本かくすねたあれな!」
盗賊をやってた頃、ある街道で結構な規模の商隊を襲ったことがあった。馬車にはワインの大樽が所狭しと積まれていたんだが、その中に隠れるように何本か、小さな土瓶に入れられているのがあった。それを俺とラディとフレックが腹の中に隠して後でこっそり飲んだんだ。フーゴはまだ子供だから上げなかった。たしかまだ双子たちと会う前だったかな。
「ここら辺じゃなかったか?」
トスカ村を南東に行くとレティエとボルサヴァを結ぶ海沿いの水牛街道とか言われてる大きな街道に出る。たしかその辺りで襲った気がするんだが、正直地理がよく分かってないのでなんとも言えなかった。
「水牛街道一帯に俺達の根城はあって、そこから北西の……ん? この村を通ってきたのか? 舗装されている道なんてここぐらいしか無かったはずだが……」
ラディは難しいことを考える時、顎を撫でるという癖がある。俺はそれをちょっとかっこいいなぁと思っていた。
「トスカ村にリボリアと繋がってる道なんてあるのか?」
「わからない……今度誰かに聞いてみるか」
「レティエの騒動があったから水牛街道も荒れたらしいな!」
「俺達が荒らしたんだよ!」
「団長が、レティエが大変なことになったおかげで住みやすいとか言ってたな。ボルサヴァ側でやらかさなきゃもうやりたい放題だったし」
「運搬費をケチって陸路から来るレティエの行商人は良い鴨だった……」
「まあ長くは続かなかったのさ。俺はなんとなくヤバそうだって思ってたね! 俺たちを襲ったあの騎士たちは多分ボルサヴァのだろうけども、俺はその内レティエ共和国から討伐軍が来ると思ってたからな!」
ラディは少し驚いた顔をした。
「なんで、ボルサヴァからだと思うんだ?」
「そりゃ、まあ結果論だが、共和国はメルシャフ侯の警戒で手一杯だから無理そうだし、それにボルサヴァ公爵のどっちつかずの気質から、共和国に媚を売っとくために俺たちを掃除したんじゃないかなって思ったんだよ。あと単純に俺たちを始末するいい機会だったんだろうさ。団長は何度かボルサヴァ公爵から依頼も受けてたみたいだしな。関係がバレると都合の悪い事態になったとかな。細かいことは分かんないけどさ」
「うむ……」
「第一若い騎士だぜ? 貴族の国のどっかが仕向けなきゃおかしいだろ!」
「共和国がその騎士を雇ったってことも考えられるが、そうだな……俺もハヤトと同じ考えだ。お前は変に鋭いな」
「おうよ、だから金庫番を率先してやってたって訳さ! やっぱ金は大事だからな! でもラディが団長の近くにいたときに襲われたから正直焦ったね!」
「それは俺のセリフだ! あの時は本当に死ぬかと……」
「俺だってな! 死ぬかと思ったぞ!! でもまあ、お互い五体満足で生き残れたんだからよかったなぁ……」
「ああ…そうだな」
ラディはうなずいた。俺もうなずいた。共に生き残った幸運を噛み締めていた。
長く話し込んだせいか、もう夕方になっていた。今日は色々あったのでどっぷり疲れた。だが晴れて王国の騎士、貴族アリマ家の当主となった日なので、疲れたが、ちょっと嬉しかった。
「そういえばよ、ちょっと聞きたいんだけどよぉ。サヴォア公爵家がピソ家、メルシャフ侯爵家がガルドゥルス家、リクリア=レマリア公爵家がノクトゥア家、リボリア公爵家がベ……べ……?」
「ベスティウス」
「そうそう。で、ボルサヴァ公爵家がクウェントゥス。じゃあさ、レティエは?」
「……」
ラディの表情は強張った。
「レティエ公爵にもなんか家名があったんだろ?」
「ああ……ある……」
「なんていうんだよ?」
「……」
「……」
聞いてはまずい事だったのか、ラディは口を閉ざしたままだ。空気は重いし、ラディは口を開かないし、まったく余計なことを言ってしまったな。
「言いたくないんなら別にいいんだ。忘れてくれよ」
「……だ……」
「ん? なんだよよく聞こえないぞ」
ラディは大きく息を吐いた。すると真剣な眼差しで俺を見た。
「レティエ公爵家の名はメッテルス。メッテルス家だ」
「メッテルス……メッテルス……!? ラディの名字はたしか……メッテルス……」
「そうだ。俺はレティエの公子だった」
こういった設定を書いているときが一番楽しいです