ゆく道は
「はぁ……』
グレゴールは一人自室でため息をついていた。
コンコン、とドアをノックする音がした。
「入れ」
「お呼びでしょうか、父上」
部屋に入ってきた青年の名はアルフレド・オルシーニと言う。グレゴールの実子である。
「アルフレド、お主は開拓団に加わるのだ」
「それは、ハヤト殿に従えと、そう言うことですか!?」
「どう捉えようとお前の勝手じゃ。貴様の眼で見定めるがよい」
「なぜです!! 私はタキトゥス家の騎士として、オルシーニ家を継ぐものとして、今まで剣を鍛えてきました。なのに……」
グレゴールは目を瞑った。苦渋に満ちた顔は、これから話すことを、本心では受け入れたくない表しだった。
「王家は終わりだ。お前はあの盗賊の元でオルシーニの血脈を残すのだ! きゃつ自身にはさして力はないが、その周りに居る者共は一品じゃ。その上で、やつを殺し乗っ取るもよし、そのまま臣下として仕えるも良し、他家へ士官するもよし、好きに生きよ」
「父上はどうなさるおつもりか!」
「ワシは王家と共に朽ちるだけよ……」
「ならば私も、お供いたしまする!!」
「ならん!!」
「っ!!」
グレゴールは一喝する。その気迫に若きアルフレドは一歩後ろに下がった。
「百年前の内乱はレントゥルス家からの婿取りが原因だった。今、王家の血脈は陛下を除けば姫様しかおらぬ」
「内乱が再び起ると……? しかし、今の王家にそれほどの価値はあるとは……」
「今の王家には価値はない。しかし王位には価値があるのだ」
「つまり、どういう事なのでしょうか?」
「内乱で最も得をしたのはどの家か分かるな?」
「ノクトゥア家でしょう。サンディニア島の伯爵から、リクリア島、そしてレマリアを手中に収めたのですから。諸侯が恐れていた大領邦となったのです」
リクリア島の北、サヴォア公国の南西にあるサンディニア島はリクリア島に次ぐ大きさを誇る。ノクトゥア家はその島を治める伯爵だった。
「しかし実情はどうだ?」
「在地領主達の統制が取れずにいます」
「そうじゃ、所詮は外様。リクリア島内ですらレノート周辺を抑えるので精一杯、レマリアでは首都レマン一帯、挙げ句には本領であるサンディニア島は分家筋に乗っ取られておる。肥大した領土を完全には統制できなかったのだ」
レノートはリクリア島東部にある街で、島内で最も栄えた街だった。対岸に首都レマンを向かえる立地であり、ノクトゥア家はこの二つの都市を支配下としてリクリア=レマリア公国を形成していた。
「だからこそ欲しておる。正当なるリクリアとレマリアの支配者の血をな。しかし隣国はそれを許さぬ。かつては同士として共に戦ったサヴォア公国のピソ家とは険悪な関係にある。南端の新興国バーリ侯国との蜜月によるものじゃ」
「海賊の国、バーリですか……」
侯爵自ら海賊船を率いてると噂されるバーリ侯国では、ことあるごとにサヴォア公国の商船を襲っていた。サヴォア公国とはレマリアが壁となり接していないことをいいことに略奪を繰り返しているのだ。ゆえに何度も海戦を繰り広げているのだか、バーリ侯国に攻め入るにはリクリア島とイリア本土との間にあるレマン海峡を通過するしか事実上なかった。その際サヴォア公国は多額の通行税をノクトゥア家に払っている。このことが両国の不和の原因とされる。また、サヴォア公国の商船をバーリ侯国と共に襲っているのではないかと言う噂もある。
「もしもサヴォア公国と戦にでもなれば、リクリア島内ですら西部領主達との内乱、下手をすればサンディニア=ノクトゥア家との同族争いに発展しかねない。だからノクトゥア家は慎重にならざるを得ないのだ。今の所はな」
「今のところ、とは?」
「レティエだ。ノクトゥア家は数少ないレティエ共和国と『正式』な国交を結んでおる国だ。もしノクトゥア家が王位を得ようものならば、共和国は王に正当性を認めてもらえる。これを逃す手はない」
貴族を自らの手で追い出した共和国政府はその成り立ち故に貴族たちから忌み嫌われていた。そのような中で唯一共和国に接近したのがノクトゥア家だった。その縁もあるが、海上貿易を生命線とするバーリ侯国も国交を結んだ。この二カ国のみがイリア国内でレティエ共和国と表向きに関係を持つ国だった。
「東方貿易の玄関口であるレティエには莫大な財力がある。公国を奪う原動力となった北方の蛮族共を当てにしているのだ」
「しかし、その共和国にも敵がいる……」
「そう、メルシャフ侯国じゃ。海のないメルシャフはレティエを渇望しておる。レティエが公国の時代ですら何度も戦争をしているのだからな」
「メルシャフの驚異が無くならなければ、共和国もノクトゥア家に協力しないのではないでしょうか」
「そうじゃ、そこなのじゃ!」
グレゴールはアルフレドの方を掴んだ。
「メルシャフ侯国は国境を接するふたつの国、リボリア公国とボルサヴァ公国との関係は良好じゃ。不倶戴天の敵サヴォア公国とはリボリアが間に入って攻め込まれない。それに同じく怨敵ノクトゥア家がサヴォア公国と水面下で牽制しあっている。ガルドゥルス家は共和国を攻め込むお膳立てをされているとしか思えない!! 今イリアで最も勢いのある国が、我々のすぐそばにあるのだ!!」
「っ!!」
アルフレドは息を呑んだ。
「時代は動いておるのだ。二年前のレティエ革命を見よ。平民が、貴族を打ち負かすなど過去にあっただろうか? なにゆえ、それができたのか!」
「それは……」
「金だ! 東方貿易の玄関口であるレティエには莫大な財力があった。それは公爵の力を上回るほどだった。奴らは北方の蛮族を雇入れ、またイリアの傭兵を雇入れ、遂にはレティエを奪ったのだ。レティエにはそれだけの力がある!! それをメルシャフが奪えたならどうなるか!! ノクトゥア家を凌ぐことも不可能ではない!!」
グレゴールは拳を振り下ろす。その表情は熱く熱弁したにしては暗く苦渋に満ちた顔だった。
「父上……」
「古き時代は着実に終わりを迎えておる。アルフレド、お前ほどの才を持つものがこのまま埋もれて行くのはあまりにも不憫なのじゃ……」
「……」
「きゃつらは、ガルドゥルス家に接近する腹積もりじゃ。遅れてはならぬ……」
「考えさせてください……」
アルフレドは部屋を飛び出した。
「アルフレド……」
国内の内情をぱっと書いてみました。しかし書いている最中自分でも何がなんだか分からなくなってきました。