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目を覚ます王

「たいへんだ!!」

 フーゴのやつが慌てて俺たちの元へ駆け寄ってきた。

「どうした?」

「王さまが、目を覚ましたんだ!!」

 俺とラディは顔を合わせた。なんともタイムリーな事だ。

「どうしよう……」

「行くしか、無いだろうな……」

 俺たちは領主館へ足を運んだ。

 道中、村は大変な騒ぎとなっていた。喜んでいる者、俺たちを見ては考え込んでいる者、様々な人間がいたが、普段の静かな村からは想像がつかないほど慌ただしかった。

 館には結構な人だかりが出来ていた。俺たちはその集団をなんとかかき分けて入った。

「ふん、どこで聞いてきたのか、さすがは盗賊じゃわい。耳が早く、足も早い」

「爺さんよ、おめでたい時ぐらいは嫌味はやめてくれよ」

 ふん、とグレゴールの爺さんは顔をそらした。一応案内はしてくれるようで、黙ってはいたが先導してくれた。俺たちもまた黙って後に続いた。

 館の中も外と変わらず慌ただしかった。女中連中が随分と忙しそうに歩き回っている。

 グレゴールの爺さんが止まった。そこは他とは作りの違う豪華な扉の部屋の前だった。おそらくはここが王様の寝室というか医務室というか、そうなんだろう。

 微かだが扉から声が漏れていた。擦り切れたような枯れた声だった。

「良かった。本当に良かった。お父様が死んでしまうと思うと、夜も眠ることができませんでした。良かった。良かった……」

「ラーレンティア……心配をかけてすまなかった……」

 なんだか悲しい気持ちになった。無論王様が目を覚ましたことは喜ばしいことだが、そのポロポロと溢れるように吐露したラーレンティアの心情が、如何に辛いものだったかが感じられ、その部分だけを共感してしまったのだ。

「もうちょっと後にするか」

 俺は小声でそう言った。

「ほう、盗賊のくせに気遣いの真似事か! 関心じゃわい」

 グレゴールの爺さんは結構大きな声でそう言った。お前のせいで台無しジャイ。

「いい加減よぉ、この爺さん殴りたいんだけど、良いよね? ラディ君フーゴ君良いよね? ね?」

「まあ、やめとけ。時期が悪い」

 そう言ってラディは止めに入ったがフーゴは何もしなかった。

 ガチャ、と扉を開いたのはラーレンティアだった。しかし表情がどことなく暗かった。

「お入りください」

「良いのか? 親父さんとまだ話すこともあるだろう」

「良いのです。さあ、こちらへ……」

「まて! 小僧とデカブツは外で待っておれ!」

 グレゴールの爺さんはラディとフーゴの入室を拒む。

「ちょっとまってくれ! 二人共俺の仲間だぞ!!」

「本来ならば貴様も入れとうないわ!!」

「爺さんよぉ、堪忍袋の限界ってやつだ!! このっ!!」

「やめろハヤト!!」

 ラディはグレゴールと俺の間に挟まって止めに入った。

「っ!!」

「王の御前だ……」

「よい。三人共入れてよい……」

 そう言ったのはベットの上で横たわる王様だった。

「はっ……」

 グレゴールはその場で膝を付き頭を垂れた。

「すまない。グレゴールを許してやってほしい。頑固で融通の効かないところだけが欠点なのだ……」

 本当かなぁ。他にも欠点はあると思うが、言わないでおこう。

 俺たち三人は王様の横になっているベットの数歩手前で止まり、膝を屈した。

「そなたがあの野犬共を退治してくれたハヤトなる者か……」

「はっ……」

「ラーレンティアは騎士にすると約束したようだが……」

 俺はつばを飲んだ。やっぱりだめかなぁ……

「それでは私の気が収まらぬ。どうか伯爵の地位を受け取っては貰えぬか?」

「はっ……はぁ?」

 その場にいる全員が驚きを隠せなかった。

「へ、陛下! この者は身分怪しき異国の者なれば、伯爵の地位は過分どころの話ではございませぬ!」

「確かに、土地すら与えることも難しく名ばかりの地位ではある。それに、この国で今更爵位など与えても市井のもの笑いの種となるだけやもしれぬ」

 それはその通りなんだが、それでも伯爵なんて過分な物を与えられてもこっちだって困る……

「それでも……ラーレンティアはその者たちに希望を見出したようだ。我がタキトゥスの命運はそなた達にかかっておる。どうか受け取ってほしい」

 俺は答えることができなかった。

 ラディに助けを求めるように視線を送ったが全く無視された。目を背けられ、だんまりを決め込みやがった。どうしよう……

「陛下! どうかお考えお直しください!! 平民が……いいえ、盗賊風情が伯爵などと……余りにも……」

 くっそこの爺! 王に盗賊だってバラしやがった!! でもこのまま伯爵に、なんて話がお流れになれば万々歳だ。いや騎士叙勲の話も流れるかもしれないからやっぱり駄目だ!! このクソジジイ後であれしてやる!!

「グレゴール……そなたは盗賊に助けられたことはあろうか? この者たちは、ラーレンティアやそちを奴隷として売り払うことも出来たのだ。それをせず、村の危機を聞いて、野犬共の恐ろしさをも聞いて、それでもなお我々を助けてくれた。私は、彼らを信じる。そして、亡国、いや村存亡の危機を救ってくれた恩を返したいのだ……」

 うっ、なんとも心がチクチクする思いだ。俺は思いっきり逃げようとしてたのに……ただ騎士になって貴族になったららくらくぬくぬく生活ができると思ってただけなのに……でもそれが開墾だとか伯爵だとか、正直話が飛躍しすぎていてもう俺のキャパシティはとっくに振り切っているんだ……なんだが逆にイライラしてきたぞ。なんで俺が命がけで(まあ実際に鉄火場にいたのはラディとロホスなわけだが……)村を助けたのに、村人からは白い目で見られて、開墾なんて重労働をして、伯爵なんて厄介なものを押し付けられようとされているんだ? もっと労え! もっと讃えろ! 褒めて褒めて、楽させろ!!

 とは言えないよなぁ……どうしたものか……

 突然、俺の脳内に稲妻が走った。いや本当に走ったわけじゃなくて、稲妻が走ったように良いアイディアが浮かんだ。一流アーティストが言うような、天から曲が降りてきたってやつだ。

「お、恐れながら申し上げます……」

 その言葉に皆が反応して視線が集まった。やめてくれ、俺にプレッシャーを与えないでくれ。

「伯爵という爵位は余りにも過分でありますが、断ることが出来るほどわたくしは無欲ではございません。されど、身の丈に合わぬ服装を着るのも、また趣味ではございませぬ」

「つまり……どう言いたいのだ?」

「伯爵の位は、然るべき領地を得てから賜りとうございます」

「!!」

 王様は驚いた顔をした。グレゴールの爺さんも同様だった。ラーレンティアはその顔にどこか明るさを取り戻していた。

「微力ではございますが、王家の権威回復に務めさせていただきます」

 回りくどい言い方だが、要は諸侯連中から領地を奪還するって事だ。まあどだい無理な話なんだが、大ボラでもこう言っとけば角は立たないだろう。

「よかろう……我が騎士よ。グレゴール、あの剣を」

「は、ははっ……」

 爺さんは部屋から飛び出していった。数秒も立たずに剣を手に持って戻ってきてそれを王様に差し上げた。随分と高そうな鞘に収められた剣だ。

「ちこう、ちこうよれハヤト」

「はっ……」

 俺は王様のベットのすぐそばまで近寄った。

「このような不格好ですまないが……受け取ってほしい。この剣が、お主の騎士としての証だ」

「はい……」

 俺は膝を付きながら剣を受け取った。正直言うと拍子抜けだった。叙勲なんて大層な名前なんだから、剣で肩を叩かれたり、なんかよくわからん訓示みたいなのを聞かされたりするのかと思っていたが、まあ病み上がりの王様にそんなことさせるのも酷な話だし、これですむのならそれでいいのかもしれない。

 ま、この剣が騎士である証明書だって言うんだから、大切にしないとな。

「この国を……いやラーレンティアを頼むぞ。下がって良い……」

「はっ!」

「ま、まて! そこの大剣を背負っている者!」

 王様はラディを呼び止めると、顔をまじまじと見た。

「おぬし、どこかで会ったことはないか?」

「い、いえ……」

「そうか……下がって良い……」

 俺たちは部屋をあとにした。

「いやー、なんとか杞憂で済んだな! 俺も晴れて騎士様よ!」

「貴様が騎士など、世も末じゃ……」

「そりゃそうだろ」

「っ!!」

 爺さんは顔を真っ赤にして早足で去っていった。ざまーみろ。

「ま、結局はやることは変わんねぇな。さっさと、畑を作って……」

「うわああああああああ!!!!!」

 王様の叫び声だった。その声は館中に響き渡った。いろいろな部屋から使用人たちが出てきて、廊下でうろたえていた。

 俺は王座の居る寝室に向かった。すると皆もぞろぞろとついてきた。

「失礼!」

 俺は扉を開けた。すると、ベットの上で汗だくになりながらかけてある布団を握りしめた王様の姿があった。呼吸も荒く、ただ事ではない様子だ。

 ベットの脇で座っていたラーレンティアも立ち上がっていて、驚いた顔で固まっていた。また、反対側にいる侍女も同様に驚いた表情をして動けないでいる。手には濡れ手ぬぐいを持っていて、それがぴしゃぴしゃと水滴を落とし侍女のスカートを濡らしていた。

「どうしたんだ!?」

 俺は侍女の肩を掴んでそう言った。

 はっ、と侍女は我に返ったがまだ落ち着きは取り戻していなかった。あたふたと怯えていて、言葉出せないようだった。

「落ち着いて、落ち着いて……」

「はっ、はい……はい……」

 少しずつだが落ち着きを取り戻していった。

「まだ、熱があるようなので、冷やそうと、濡れ手ぬぐいを絞っていたら……急に陛下が……」

「へ、陛下!!」

 爺さんが戻ってきた。駆け足で戻ってきたようで非常に息を切らしていた。

「き、貴様!! 陛下に何をした!!」

「なにもしてねぇよ!」

「グレゴール!! 静かにせい……」

 王様も落ち着きを取り戻したようで、抜刀しそうな爺さんを諌めてくれた。

「いや……騒がせてすまない。もう大丈夫だ。君も、驚かせてしまったな。少し休みなさい」

 王様はそう侍女に言った。侍女は「申し訳御座いません」と頭を何度も下げて言った。王様も何度も侍女を諌めて、部屋から下げさせた。

「大丈夫ですか……」

 俺は王様に聞いた。

「あ、あぁ……大丈夫だ。水の滴る音が妙に恐ろしかっただけだ。まだ、頭がぼんやりしているみたいだ。すこし一人になりたい」

 そう言うと、その場に集まった者たちは部屋から出ていった。最後に扉を締めたのはラーレンティアだった。

「医者に見せたほうがいいんじゃないか?」

「街から呼び寄せるには、やはり高額な金銭を要する。そんな金は無い……」

 グレゴールの爺さんは頭を抱えながら言った。

「借金でもいいじゃないか!」

「できるな、とっくにしてるわい!!」

「王家は先々代から踏み倒しの連続だし、殆ど戦力の無い今の状態じゃあろくでもない貸し手しかつかないだろうな……最悪村を乗っ取られるかも」

 ラディはそう言った。

「諸侯の連中も薄情な奴らだ。公爵だの侯爵だの、立派な爵位を与えてやったのは王家じゃないか! 治療費ぐらい出せってもんだ!」

「メルシャフもそうだか、古い系譜を持つ貴族たちは、太古からその地を治めていた連中だ。王家なんて、ただのまとめ役に過ぎないんだよ。なのにここ数代暗君続きで、王家の権威なんざすっかり落ちちまってる。メルシャフ侯爵家なんざむしろ恨んでるぐらいじゃないか?」

「え?」

「百年前の内乱のとき、ガルドゥルス家は最後まで王家に仕えていたんだぜ? なのに次代のオソン一世は放蕩の限りを尽くして、ついには首都レマンを売っぱらっちまった。それでもメルシャフに迎え入れて世話をしてやってたのに、挙げ句の果にガルドゥルス家の秘宝を無断で売っぱらいやがったんだ。さすがに堪忍袋の緒も切れたようで追い出されたんだが、その後もオソン一世は各国を回ってタカリにタカった末、頓死。その次の王も残り少ない領土を報奨として分け与えてどんどん小さくなっていった。今の王様はどこで戴冠式を開いたんだか……」

「おい、わけわからん単語がちらほら出てきたぞ。あたかも一般常識のように説明もしないで言うな!」

 それに王家の悪口なんて言ったらグレゴールの爺さんがまた何を言うかわかったもんじゃないのに、よくもベラベラと喋りがやって!

 俺は爺さんの方を向いた。これはカンカンに怒っているだろうと思っていたが、意外なことに驚いた顔をしていた。

「よく知っているな、盗賊のくせに」

「い、いや……まあ、な……」

 ラディは何か焦ったようにはぐらかす。

「戴冠式はこの村で挙げました。この村は元々じぃやの家が治めていたのですが、領地をすべて取られ、行き場をなくした父を迎え入れてくれたのです」

 ラーレンティアは話した。

「へぇ、じゃあこの村はじいさんの物だったのか」

「王家が与えてくださった領地じゃ。返すのもまた臣下の責務よ」

「いやー立派だな爺さん。俺はてっきり空気の読めない嫌味爺だとばかり思っていたが」

「なんじゃと小童!!」

「小童って……俺だって大人だぞ!!」

「貴様など、まだまだ尻の青い青二才じゃ」

「くっ、じゃあ俺たちは帰るぜ。ただの見舞いのつもりが、騎士として叙勲されちまったし……って叙勲式ってあんなものなのか?」

「過去類を見ないほど簡素なものだが、まあ陛下がお認めになれたのだから、そうだろう」

「なんかしっくりこない言い方だな……まあいいや、じゃあな」

 俺たちは館を後にした。

 あてがわれた屋敷へと帰る途上、俺は歩きながら貰った剣を見ていた。鞘と柄には、短い両刃の剣と三又の槍がバツ印のように交差した紋章が掘られていた。

「かっこいいなぁ」

「これはタキトゥス家とレントゥルス家の紋章を合わせたものだ。剣がタキトゥス家の、槍がレントゥルス家のものだ」

 ラディは説明してくれた。

「また訳のわからんことを! たきとぅすれんとぅるすが王家の名前じゃなかったのか?」

「タキトゥス=レントゥルスだ。約百年前直系が断絶してな。当時リクリア島を支配していたレントゥルス家から婿を取ったんだ。だからタキトゥス=レントゥルス」

「もしかしてよ、さっきの話に出てきた内戦ってのは」

「まあそうだな。それが気に食わなかった奴らが難癖つけたんだよ」

「はー、本当によく知ってるな」

「まあな、家がそういうの得意だったから」

「ふーん……」

 なにをしていた家なんだと聞きたかったが、やめた。思い出させるのは辛いだろうからな。

「俺もなんかそういう紋章ほしいな!」

「王様か、ラーレンティアにでも貰え!」

「今度聞いてみるか〜」

「紋章なんて持ったら、いよいよお貴族さまだね!」

 先程まで全く喋っていなかったフーゴがようやく口を開いた。

「どうしたんだよフーゴくんよぉ、さっきまでお口チャックだったのに!」

「だってさ、皆難しい話ばかりして、もう何が何やらわからなくって。それに物々しい雰囲気だったからちょっと気負っちゃってたんだ」

「まーな、本当に肩肘張ってたっていうか、どっぷり疲れたな。風呂でも入りたいぜ」

「風呂って言えば、ハヤトのやつ一時期変なことやってたよな」

 ラディは茶化すように言った。

「そうそう、『ろてんぶろだー!!』とか言って、穴ほって石敷き詰めて……ふふっ、あの後井戸の水を大量に使ったから団長に怒られていたね」

 フーゴもそれに続いてペラペラと俺の恥ずかしい過去を話しだした。

「二度とやらん。水を沸かして入れて沸かして入れて、もう入る前にバテちまったしよ、団長には大目玉食らうしよ、あーあ、どっかから湧いてこないかねぇ」

 湯気の立つ岩風呂を夢見ながら、俺たちは屋敷へ帰っていった。

 ガルドゥルス家はメルシャフ侯爵の家名です。

 オソン一世はラーレンティアのひいお祖父さんです。

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