レネとロラン
自室に戻ると、何もやることがないのでベットの上に寝っ転がった。明日からは忙しくなりそうなので、こんな日も減ってしまうのかと思うと気が滅入る。俺は寝っ転がるのが大好きなのだ。
ガチャ、と扉の開く音がした。こんな無作法に入ってくるのは育ちの悪い双子しかいない。
案の定双子が勢いよく入ってきた。
「そういえば、わたし達、まだご褒美を貰ってないわね?」
「そうだね姉さま。僕たちはなんにも貰ってないね」
なるほど、おねだりに来たわけか。がめつい奴らめ。だか俺は無一文、払えるものなど何もない。
「そういうことは金持ちのフレックに言うんだな。あいつなら何かしら持ってるはずさ」
俺は適当な事を言って話をお流れにしたかった。
「僕はあのキャンディーが欲しいな! 甘くてクリーミーなあのキャンディー!」
ロランは全く無視して話を進めた。
「わたしもあれがほしいわ!」
レネもそれに続く。
「ヴ○ルタースオリジナルか? あれはたまたまポケットに残ってただけなんだって……」
もうどれくらい前になるか、双子に初めて出会ったときにあげた物だ。ずいぶんと美味しそうな顔をしてなめていたのを覚えている。
「いけないわ兄さま、そんなことを言って。飼い犬には餌をあげなくてはいけないのよ?」
「飼い犬って、お前らな、そういうこと言うなって!」
「あーあ、兄さまに怒られた!」
「怒られてしまったわ!」
からかっているのか、本気で言っているのか、おそらく両方なんだろうが、コイツラ双子はどこか自分を卑下するところが目立って、見ていてなんだが悲しくなってくる。
こいつらは貧民街で立ちんぼ……つまり路上娼婦をしていた。今の時代、さして珍しいものでもないごくありふれた不幸だ。
だがそれはイコール普通の不幸な子供を意味するものではなかった。この双子はその筋では有名な美人局だった。
手口はこうだ。まず双子のどちらかが客を引っ掛ける。馬鹿な客はホイホイとついてくる。で、二人で殺す。美人局というか、羊の革を被った狼というか、なんとも恐ろしい話だ。
評判が広まるとその街を去って別の街で繰り返す。だから街の中だけで生活しているような輩はホイホイと捕まるわけだ。もうかなりの街を歩き渡っているらしく、出自も外国らしい。北の北の更に北とか言ってたな。
そんなこととはつゆ知らず、俺は会うたびに食べ物を分けてやっていた。可愛そうだったからな。
そしたらある日、お礼にと、宿屋の一室に呼ばれた。宿代はどうしたのかと聞いたら、身につけている衣服を脱ぎ始めた。お礼をしたいって言ってな。流石に俺もその時は物凄く怒った。俺は別にそんな見返りの為に飯を分けたわけじゃないからな。
不思議そうに見つめる双子を今でも覚えている。それがたまらなく悲しくて、俺は泣いてしまった。そりゃこんな商売して生きてきた人間なんだ、それくらいしか恩返しのやり方なんぞ知らないのだろう。
それだけじゃない。俺のやってきたことなんて大したことじゃないのに、返そうと思わせたことも悲しかった。俺はこの子達を救ってあげたわけでもない。ただの自己満足のちっぽけな偽善なんだ。飯を上げたときの嬉しそうな顔を見たかっただけの邪なもんだ。
大の大人が大泣きしている姿なんて、そりゃ困惑しただろうな、二人はただただあたふたとしていた。ただ、この悲しい気持ちを紛らわせたかったので二人に抱きついてしばらく泣いていた。不思議なもので、人の温もりってやつはそれだけで温かい気持ちにさせてくれるもんだ。
その数日後、盗賊団に二人を入れてもらおうと団長に直談判した。また俺の給金から出せばいいやと結構軽い気持ちで考えていた。嫌々ながらも団長は了承した。
俺は意気揚々と双子たちのもとへ向かった。だが、いつも二人が立っていた貧民街の路地には居なかった。辺りを軽く探すと、路地の奥のさらに奥、日の光も当たらないような暗い場所に二人は居た。正確には三人だったが。
いやらしい手つきでレネに触る一人の男、その行為を見るロラン。わかってはいた事だが実際にその光景を見ると、不幸という言葉で片付けいた自分が嫌になった。この世界の不条理や、そんな二人を救えない自分の無力さがたまらなく嫌だった。
俺は止に入ろうとした。所詮は俺も盗賊。娼婦から救い上げるなんて間違っても言える立場じゃない。だが、少なくとも、身体を売らなくてもいいようにはなるんだと、それは娼婦なんかより断然いいことなんだと、そう自分に言い聞かせて、二人の商売の邪魔をしようとした。
のだが……
脇にいたロランが、背中に隠していた斧でその男をぱっくりと割った。まるで竹を割いたようだった。
二人は笑っていた。それがたまらなく恐ろしかった。
俺はただただ絶句していて、二人が近くによっても言葉を話すことができなかった。
二人は悲しそうだった。「お兄さんには見られたくなかった。嫌われてしまいそうだったから」そう言った。
俺は「嫌いになんてなるもんか」そう言った。その言葉を聞いた双子たちはホッとした表情をしたり、疑うような表情をしたり、信じ切ることができないようだった。
正直に言うと、嫌いなのかどうかも分からなかったのだ。だだ、俺の心の中は、なんとも言えぬ虚脱感に支配されていた。子供が殺人を、それも笑顔で行っている様は、それだけでショックなことだ。
だがひとまずはその場から離れて、どうしたものかと考えた末、俺の泊まっている宿に二人を連れてきた。野郎まみれの大部屋だが、その時間は皆出払っていた。広い室内に三人だと嫌に広くて、何を話したら良いのかも分からなかったので、ただただ重い沈黙の時間だけが過ぎていった。
どれくらい経ったか、そんな重い空気に耐えられなくなったのか、レネが口を開いた。そして自らの生い立ちを話してくれた。
雪ばかりの寒い村で、母と三人だけで暮らしていたらしいが、そんな記憶もおぼろげだと言った。いつも空腹で辛かったという記憶はよく覚えているらしい。
ある日、その母親に村から連れ出されて別の街に行ったらしい。追い出されたのか、それとも職を求めてか、それすら理解できない年齢の時のようだ。そんな街までの道のりがとても辛かったと言っていた。
そんな街だって、イリアほど栄えているものではなかったそうだ。たが、初めて人がたくさん居るのを目の当たりにしてとても怖かったと言った。そしてその街の広場において行かれたらしい。母親はただ「待っていなさい」そう告げてそれっきりだそうだ。
何日も何日もその広場で待って、いつまでも待ち続けたらしい。親切な人が食料を分けてくれたりもしたそうだが、会うたびにねだられるので嫌気が差したのか、無視されるようになったそうだ。
ある時、一人の男が双子を拾ってくれた。だけど、その男は人買いで、似たような子供を何人も連れてまた別の街に連れて行かれたそうだ。
その街は凄く大きくて、人が山のようにいたらしい。俺みたいに容姿の人間も見たことがあると言っていた。いつか行ってみたいと言ったら、あんまりいい顔をしていなかった。そりゃそうだよな、話から察するに奴隷として生活した街なんだから。唯一良かったのが、雪が降るほど寒くないので凍えて死ぬ心配がなくなったことだそうだ。
そこではまさに地獄のようにこき使われて、暴力を振るわれて、夜になると粗末な寝床で死んだように眠っていたらしい。体がある程度大きくなったら……まあ、あまり口に出したくないことも主人からされたそうだ。二人共。
毎日が地獄で辛くて悲しくて、どうしようもなかった。そんなある日、ロランが薪割りをしているとき、家の中では主人はレネに暴力を奮っていた。いつもの日常、いつもの恐怖、怖くて怖くてなまらなくて、無心で薪を切ろうとした。目の前の、姉が振るわれている暴力が、自分に向けられないことを祈りながら。
ふと気がつくと、薪を切っていたはずなのに、目の前には頭のぱっくり割れた主人が横たわっていて、その主人の遺体をレネが斧で叩き続けていた。なんどもなんども、肉がグジュグジュになるまで、叩いて叩いて、血しぶきが壁一面に撒き散らされていて、主人であったはずのその肉塊から血溜まりが溢れていて、腰を抜かしたロランの手元にまで迫っていた。
その瞬間どんなことを思ったのか、二人は話してくれなかった。ただ、かすかに口元がニヤついた不気味な表情をしていた。
それからは街から逃げ出して、点々としたらしい。同じようなことを繰り返して、日々の糧を得ていたようだ。不幸にもそういったことが出来てしまった。繰り返すことが出来てしまった。追われても、逃げ切ることが出来てしまったのだ。
俺はその時、二人に聞いた。「俺も同じように殺すか?」そう聞いた。
二人は否定した。「お兄さんは優しいから」そう言って。
それを聞いて俺は言った。「俺と一緒にいる時は、あんまり人を殺すなよ」
二人は俺の言った意味がわからなかったらしい。まあ少し突拍子もないことを言った自覚はあったので「これからは俺と生きようぜ!」そう言った。それでもわからなかったようで、俺が二人を引き取る趣旨を伝えた。
二人は戸惑っていた。でも「嫌か?」と聞くと「うれしい!」と答えた。
そうして俺は二人を仲間に加えたんだ。だが、今でもそれが良かったことなのかわからない。ただの独善だったのではないかと思わない日はない。壊れた心を癒やしてやることなんて盗賊風情ができるわけないしな。
はっきり言えば俺の我儘なのだ。笑いながら殺し続けるであろう二人が嫌だったから引き取っただけだ。こんな時勢、人殺しをせずに生きるなんて幸運な奴くらいだから、まったく殺生をするな! とは言えないが、それでも、俺の目の届く範囲くらいは多少なんとかなるだろう。二人には飴玉を美味しそうに舐める顔のほうが似合ってるしな。
こいつらは、自分自身で枷を切った強い奴らだ。やり方が人の道から外れていてもな。俺が助けてやるなんてお門違いも良いところだ。結局俺の方が助けられっぱなしだしな。
それでも、少しでも心に安らぎを与えられていたならば俺は満足だ。二人だけじゃ寂しいしな。二人が良い道を選べるようになるまでは一緒に居ようと思ってるが、一体いつになるのやら。
「俺たちは、家族だろうが!」




