第四話
俺たちがこのトスカ村に来てから一週間が経った。
犬共と戦った日の翌日、森の中を散策した。ロホスの言っていたとおり、おびただしい数の犬の死骸が散らばっていた。
「なあなあ、やっぱり一日待っていた方がよかったんじゃねえかな。俺なんか二回も死にそうになったんだぞ!!」
そんなことをロホスの前でグチグチ言った。全く相手にされなかったが。
村の連中は、最初は好意的だった。なにせ、野犬からの開放者なのだから当たり前だろう。だが数日の内に、これから食料を永遠にタカられるのだと知ると、表には出さないが、歓迎の熱は露と消えたらしい。
だがそんなことはどうでもいい。俺は今ラーレンティアに抗議しに領主館を訪れている。俺たち全員を騎士にすることをごね始めたからだ。七人全員は厳しいんだとさ。
「話が違うぞ! 俺は、全員騎士にしてくれるというからあんな事をしたんだ!! できないというのなら、相応の謝礼をよこせ!」
「無いものは無いんじゃ!!」
グレゴールの爺さんは言った。
「ふざけるな!! テメらの御まんま残して、何かに払うものは無いだ!! 蓄えてある食料売っぱらってでも払ってもらうぞ!!」
「そんなことをすれば、我々は餓死してしまう……」
この男は村の代表者の一人、自警団長のテオ。それなりに実力はあるようだが、なんとも気弱そうなやつだ。
「餓死でも何でもしてろ!! 褒美が貰えなくては話にならん!!」
「野犬駆除も傭兵の仕事の一つじゃ! 契約のうちじゃ!!」
「なにが契約だ! 契約書でもあんのか? おお??」
「ハヤト……」
ラディは呆れていた。
「ラディよぉ、お前は悔しくないのか? 俺たちは命懸けで戦いに挑んで、勝ったら騎士にはしませ〜ん、払いませ〜んだぞ!!」
「一人だけならなんとかなるそうじゃないか……」
「何を消極的なことを言ってるんだ!!」
俺が八方怒鳴り散らしている中で、ラディはもとい他のメンバーも呆れ、沈黙していた。なぜだ? なぜみんな騎士になることに消極的なんだ。
「はっきりいうが、騎士も一応貴族の一員だ。最下層だがな。対面もあるし、出費も多い。軍役をこなさなきゃいけないからな。はっきり言って面倒なんだよ」
「ラディには結構必要だろ? お前、あの高級娼婦、身請けしたいんだろ? それなりの身分があれはしやすいんじゃないか」
ラディはビクッと反応した。少し不機嫌な顔をして大きなため息を吐いた。
「従者程度で十分さ。それにまずは先立つもながなきゃなぁ」
これは同調してくれないな、そう思った。仲間を増やしてなんとか発言力を高めたかった俺はキョロキョロと見渡し次の狙いをフーゴに決めた。
「フーゴ君フーゴ君! フーゴ君は騎士になりたいよな!!」
「べ、別に……」
「なんでさ!!」
「だって、ラディが言うとおり大変そうだし……それに僕には向いてないよ」
「で、でもよお、お金が……まあこの国にはないが、土地が……ないが、名誉が……とか……その……なにが……なにで……」
「いいよ……べつに……」
もう言葉がない。フーゴは駄目だ。
「ろ、ロホスは!!」
「私も断る」
「なんで!!」
「私は異民族だ。この国の習慣には恐らくついて行けないだろう。今更故郷の習慣も改めるつもりもない」
「そんなこと言ったら俺だって……」
「ハヤト、お主は大丈夫だ。いや、私はお主にこそなってもらいたいものだ」
「??? なんで?」
「ここにいるものは全員、お主に救われたようなものだ。皆、ハヤトになら付き従うだろう。一人しか騎士になれぬというのならハヤト、お前がなるべきだ。それに騎士を褒美にと言い出したのもお主であろう?」
「「僕(私)たちも別にいいらない(わ)よ!!」」
「俺っちもまあ、身持ちが固くなっちまったら、この世界一の鍵開けの腕も披露できなくなっちまうからよ、騎士の件は別にいいぜ。その代わり報酬を……」
「フレック、お前は何もやってねえだようがYO!!」
「お、オイラだって……そうだ! 最初に足跡を見つけたのはオイラなんだから、かなり偉大な功績じゃないか!?」
「だまらっしゃい!! この前貸した金返せ!!」
「金なんか返りてねぇよ!!」
言い負かされるのが尺だったので適当なことを言った。
「しかしみんな騎士になりたくないものかね。安定した……まあ危ないけど、盗賊よりはだいぶマシだぞ? カッコイイし、こんな機会でもなきゃなれんぞ」
返事は変わらず。皆はなりたくないそうだ。これは予想外。庶民が騎士になるなんて、こんなワケアリ物件でもないと成れない栄達のはずなのに。まあ庶民ってかおもっくそ盗賊なんだけどな。
「皆が、そう言うなら……俺も騎士は諦める……」
「なんでだよ!」
ラディは焦った。
「だって面倒くさそうだし……やっぱり一人だけなるってのもなぁ……それにリーダーはお前だろ?」
「ロホスの話聞いてなかったのか? みんなお前についてきたんだそ……」
「うーん……おだてられているようにしか思えん……もしくは厄介事をおしつけてるのか……?」
皆呆れていた。だがそれほどの事をした覚えはないしなぁ。特にロホスは思い当たるフシもない。
「それは困ります」
ラーレンティアが口を挟む。
「なんでぇ……」
「我が国……いえ、我が村は小さく弱く力もない状態です」
「飯を食わせてくれている間は戦ってやるさ。間はな」
「それだけでは駄目なのです。この村を豊かにするには、それだけでは……」
「働けってか!! 食わせてくれんじゃねえのか!!」
「あなた達にこの村に根をはってもらいます。この村のために死ぬ気で守り働き、そして繁栄させるために」
「ひめ様、この盗賊風情に一体何をさせようと?」
グレゴールの爺さんはラーレンティアに問いただす。
「東の原野一帯をハヤト、あなたに差し上げます。開拓するのです。無論、村の者も行います。しかしその土地の地代は全てあなたの物……農具は我が王家が貸し出します」
「東の原野って、あの森のあたりじゃねえか!! 防波堤か!? 俺たちに森から来る害獣の壁にでもなれってか!?」
「わたしが今お渡しできるのはこの程度しかありません」
執務室からラーレンティアは立ち去った。続いてグレゴールの爺さんもあとに続いた。
執務室には俺たちと自警団長のテオだけが残された。
「開拓衆の人選が済んだら、報告するよ……」
そう言ってテオの奴も部屋から出ていった。
なんとも面倒なことになってしまった。とりあえず、俺たちはあてがわれた屋敷へと帰ることにした。
「あーあ、開墾ってどんなことするんだ? 土いじりなんてやったことないぞ……」
「ハヤト、やったな! 土地をもらえるとは思わなかった」
ラディは嬉しそうだった。
「どこがエエんじゃ! 取らぬ狸のなんとやらだぞ!! 何もないのっ原貰ったってなぁ、なんの価値もねえんだよ!!」
「お前は、土地の価値を何にも分かってないんだな……」
「こんな田舎の土地なんぞ、資産価値があるものなのか?」
「農民が土地を持つことと貴族が土地を持つことは全く違う。言うならば、お前は国を手に入れたんだ! 極小だけどな。言ってしまえば、誰が耕そうとそれはお前の物なのだ!」
「だから、その耕すことが大変だって言ってんだろうが!!」
ラディは興奮して全く俺の話を聞いていない。
「数年前から諸侯にも不穏な動きが多々見られる。メルシャフ候国は軍拡に勤しみ戦力は欲しいはずだ。恐らく東のレティエ共和国を狙っているんだろう」
「レティエ……? ああ、あの港町の。そういえば元は貴族の国だったらしいな。団長が言っていた」
「そうだな……元はレティエ公爵の治める国だった。たが二年前、民会の……いや、商人たちの反乱により共和国となった……俺の故郷だ……」
「そう、だったのか……そういえば、お前を拾ったボルサヴァの街はレティエからそれほど離れていなかったな」
イリア半島南部の沿岸にあるボルサヴァ公国はレティエ共和国のすぐ下にある。山道の多い陸路より海路での交流が盛んで、船ならば数日も立たずに行き来できる距離だ。
「ここで力を蓄え、騎士団を大きくし、武勲を得らればさらに封土を得られるかもしれない……」
「王国にもう領地は無いだろ……」
「何を言っているんだハヤト。他の諸侯からさ!」
「お前こそ何言っているんだ。俺たちは仮にも、本当に仮にも王国の臣下だぞ?」
「そんなこと関係ないだろ。むしろ、このトスカ村を乗っ取る算段でも考えよう……どのみち、王家はもう駄目だ。どこぞの諸侯の直轄地になるのなら、俺たちが奪ってもバチは当たるまい」
駄目だ、何言っているのか全然わからん。
「駄目だ、何言っているのか全然わからん」
「いくらでも説明してやるさ。俺は、いや俺達はお前にかけたんだ。タキトゥス王国の臣下にならずに、お前の臣下として、栄達を得るためにな」
「なんだかお前のほうが詳しいし、絶対にお前かなるべきだと思うけどなぁ」
俺の言葉なんて聞こえていないかののようにラディは話を進める。
「そうだ、騎士団の名前を考えてなかった。何が良いか……」
「騎士団ってなんたよ! どこから出てきた」
「お前か率いる軍隊さ!!」
「はぁ?」
どこに居るんだよ……そんな軍隊。
「これから作るんだよ! 村を発展させて、村人からでも、外から雇い入れてもいい。本当の傭兵、本当の騎士団をな!」
駄目だ、話についていけない。一人で舞い上がってやがる。こんなラディは初めて見るな。
「名前ね。うーん、レナード騎士団はどうだ?」
「なんで死んだ盗賊の名前を使うんだ!」
「それはそうだが、ちょっとあんまりな言い方じゃないか? 借りにも俺たちの団長だった人物だぜ?」
「そうだが、まあ、その……レナード団長はかなり名の売れた盗賊、傭兵だった。あまり関係を匂わせるのは良くない」
「でもなぁ、なんか寂しくてなぁ。このまま誰の記憶にも残らないで、忘れられていくのかと思うとさ、なにか残してあげたいじゃねえか」
ラディは、その休む間もなく使い続けていた口をようやく閉ざした。俺の言ったことを考え込んでいるようだった。
そして、しばらく沈黙が続いたあと、ようやく口を開いた。
「なら、お前の名前をつけよう。俺は団長なんかよりも、お前の名前を使いたい。ハヤト、お前の名前が忘れられるのは、嫌だからな」
「そ、そうか? なんか照れるな。でも団長は……」
「団長は良いだろ。俺はあんまりいい思い出もないし」
言われてみれば俺もそれほどいい思い出はない。ただ行き倒れていたときに助けてくれた恩があるだけだ。身ぐるみ剥がされたし。それほど恩もないかもしれない。一ヶ月死を伸ばしてあげただけでもお釣りが来るかもしれない。
「団長はいいか!」
ラディはうなずく。
「そうだな……俺の名前はハヤトだから、ハヤブサ騎士団なんてどうだ?」
「ハヤブサ騎士団……悪くないな」
「ハヤトのハヤは隼のハヤってな!」
急に前向きになったラディに影響されたか、なんだが俺もワクワクしてきた。全てか上手く運ぶような、そんな甘い考えでいっぱいになった。
ハヤト達のいるタキトゥス王国はイリア半島と呼ばれる場所にあります。
まあイタリアみたいな形です。