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第三話

「狼から逃げ切れるということは、高い知性を保つボスが居るはずだ。そういうボスに率いられた野犬は厄介だ」

「そもそもよ、なんで狼に追われて来たってわかるんだよ」

 俺は質問した。幾らロボスの言うことでも信じきれなかった。

 ロボスも納得したようだった。そして粛々と昔話を始めた。

「私の故郷の話だ。小さい頃、父から聞いたことがある。ある年、村では家畜が野犬に襲われる被害が多発した。その犬の群れは非常に凶暴で統率のとれた厄介なものだったそうだ。ある晩、とうとう野犬共は大挙して村を襲った。五十頭は居たと父は言っていた。村も総出で対処したが、群れを撃退したときには、相応の被害が出たそうだ。私の叔父の一人はその時に死んだらしい。だが問題はその後だ」

「その後?」

「見たこともない大きな狼が一頭、現れた。白銀の毛皮をまとったその狼は、不思議と家畜を襲わず逃げた野犬の群れを追ったのだ。その数日後、近くの森は野犬の死骸で溢れていた。村を襲った野犬は、その白い狼から逃げていただけだったのだ!」

「それとこれと、いったいどんな関係があるっていうんだよ!!」

「あの日、山で野犬の群れから逃げる時、微かだが狼の遠吠えのようなものが聞こえた。我々は逃げ切れたのではなく、奴らが慌てて逃げ出しただけなのかも知れない」

 言われてみれば、そうかもしれない。無我夢中で逃げていたので確証はないが、犬共に円を囲うように囲まれて、いつ一斉に襲ってくるかわからなくなったとき、犬共は一様にピタリと止まった。その瞬間に俺たちは一斉に逃げ出した。そんな俺たちの後ろ姿を追うこともせずにあの犬共はなにをしていた? 追わずにただ眺めていたのか? 俺たちの脚が犬に勝るほど早かったのか? 

「つまりよぉ、ここにいる野犬の群れは、あの時俺たちを襲った野犬かもしれないってことか?」

「ああ……」

「だが、野犬の群れなんて珍しくもないだろう……あの時襲われたら野犬とは別の群れじゃ……」

「この街道で野犬が出たなど聞いたことがない。ましてや群れなどもってのほかだ。我々の根城だった場所と、この街道はそれほど離れてはいない」

「だ、だかよ……偶然だろぅ……」

「それよりも、グレゴール殿に聞きたいことがある」

「な、なんじゃ……」

「そこの王女殿下がおっしゃられていた『村の危機』というやつだ」

「っ!!」

 グレゴール爺さんの顔は強張った。

「わたしがお話します……」

 ラーレンティアはうつむいていた。

「お察しの通り、我々の村は野犬に襲われています。一月ほど前から……」

「この道は、村にとって街につながる唯一と言っていい街道じゃ」

「ちょっとまて、迂回できるんじゃないのか?」

「山を幾つも越え、ようやく隣の村まで行ける、他領の道じゃ。しかも、このことを知ったメルシャフ侯爵は街道の通行税を跳ね上げ、村には商人も寄り付かなくなってしまった。その上……」

「その上……って、まだなにかあるのかよ……」

「陛下は部下を率い野犬共と戦った。そこで名誉の負傷を……っ!!」

「つまり、国王が野犬に噛まれて怪我したってことかよ……」

 国王というより、小さな村の領主だが。

「病状は深刻じゃ……もう何日も高熱にうされて……日を追うごとに衰弱しておられる。いつお隠れ遊ばせられるか……」

「わたし達は、もう一つの……裏手の山道を通り、諸侯たちに助けを求めました。しかし結果は……」

「俺たちに襲われているんだから……なぁ……」

「傭兵ギルドにも依頼したが、断られたわい。余りにも報奨が少なすぎるとな!! もともと貧乏な村じゃ……今回の路銀も、村からかき集めて工面したものなのじゃ!! 王家にはもう財産など何一つ残っておらぬ……」

「路銀も底をつき、なんの成果も得られぬまま、わたしたちは森を突き抜けるしか村へ帰る道はなかった……そしてあなた達に襲われて……」

「これ幸いと、俺たちを犬の餌にすることにしたのか」

 二人は口を閉ざした。

「今からでも逃げないか? コイツラに追討されることはまずないぜ」

 ラディは言う。それは最もな意見だった。

「私は皆の意見に任せる」

 ロホスは腕を組んだまま、目を閉ざす。

 正直に言うのなら、俺だって逃げ出したい。あの野犬共は異常だった。異常なほど凶暴で強かった。この先にいるのが、あの時の野犬共だというのなら、戦いたくなどない。

 しかし、この少女を見捨てることはもっと嫌だった。それでも、命を失うのはもっともっと嫌だった。

「もしよ、ロボスの予想が事実だったとして、暫く待てば狼から勝手に駆除してくれるんじゃないか」

「かもしれない。だが、いつ来るかもわからぬ狼を頼りに、ここで何日待つつもりだ? 狼に追われた犬共が村に逃げ込んだら? 我々は、これから行く村に養ってもらおうというのだぞ。このまま放置すれば、私の村の惨劇と同じ事が起こるだろう」

「つまり、俺達はここで犬共を一匹残らず駆除しなければならないってことか……」

 刻一刻と日は落ちる。なのになにも決められない。時は残酷なほど平等に流れていく。

 ゲームだったら、こんな選択悩むこともなく選べるのに。ゲームはやり直せるが、人生はやり直せない。それがたまらなく怖い。

「っだ……」

「ん?」

「騎士だ!!」

 皆は驚いて、続いて俺の言った言葉の意味を考えていた。

「傭兵じゃ割に合わない! もしも、退治できたのなら、俺たち全員騎士にしろ!!」

 こんな国の騎士なんてなっても対して意味はないだろうが、それでも見返りがなければ命を投げ売る気にはなれなかった。

「この程度で騎士になろうとは、思い上がるな下郎!!」

「じぃ……」

 ラーレンティアは爺さんを止める。

「お望みのままに……我が騎士よ……」



「ラディが先頭を走り犬達を牽制し、私が矢で射抜く。馬を噛まれぬように注意しろ。他の者は馬車に乗るのだ」

「ひめ様の馬車に下郎共を乗せるというのか!!」

「致し方ありません」

「ごめんねぇ! オイラ、お姫様とおんなじ馬車に乗れるなんて感激だね!!」

 お調子者のフレックは、こんな時でものんきなものだ。

「僕たちがこんな素敵な馬車に乗れるなんて、やっぱり日頃の行いがいいからだね姉さま」

「全くだわロラン」

 こいつらは双子の姉弟、レネとロラン。見てくれだけは貴族のそれだ。サラサラとした銀髪は日の光の下だと輝いてすら見える。本当に美しく人形のように綺麗な双子だ。見てくれだけはな。

「ラーレンティアお姫様、フレックは見れば分かるだろうからあえて言わないが、その双子には注意しろよ」

「なぜ、ですか?」

 ラーレンティアは不思議そうに聞き返す。

「そいつらはシリアルキラーだぞ」

 ラーレンティアは一瞬驚いた顔を見せるが、双子をジロジロと一通り見た。見終えると、首を傾げて、なんだか納得のいかない様相をした。どうも俺の言葉を信じていないようだ。

「酷いわお兄さま、私たちのことを悪く言って!」

「そうだよ兄さま。僕たちが人殺しなんてできるように見えるの?」

「実際この目で見たからな」

 その言葉を聞いて、ようやくラーレンティアも双子を疑い始めた。

「馬を操れるか、獲物が槍だったら、とっくに変わってもらってる。だって、俺より遥かに強いからな。正直、あの犬の群れにも、コイツラだけは生き残りそうだしなぁ」

「そんな言い方はあんまりだわ! あのときは、私たちも一緒に追い詰められたじゃない!」

「そうだよ兄さま!」

 双子たちか抗議の声を高くする中横にいたフレックが話に割り込んだ。

「よく言うぜ。オイラなんかしょんべんちびりそうになるくらい怖かったのに、お前ら笑顔でいたじゃねぇか! おらぁ、怖かったね!! 犬も、お前らも!!」

 フレックは腕を組みながらしぶしぶ言った。するとレネはどこからともなく斧を取り出した。横にいるロランはがっちりとフレックを掴んで離さない。車内なので振り下ろすことができないからか、斧の先にある槍のような鋭い尖端をフレックの眼前へ突き立てた。

「あら? オジサンのお目々がなくなっちゃうわぁ。どうしてかしら、どうしてかしら?」

「きっと悪いことをしてきたから、バチが当たったんだね。かわいそうに、かわいそうに……」

「ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!!」

 フレックは、それはもう怯えていて、そんな姿を見たことで、ラーレンティアも俺の言ったことが体の芯まで理解したらしい。

「やめろって! 遊んでいる場合じゃないぞ……」

「ハヤトこらぁ!! これの何処が遊んでいるって!! 早く助けて!!」

「ほらほら、フレックを脅かすなって」

 俺は斧を持ったレネの手を退けてそのまま席へ座らせた。ロランも「ちぇー」と言いながらもフレックを離した。

「ハヤトお! 俺も運転席へ移させてくれよぉ!!」

「お前、槍持ってないだろ!!」

「フーゴと交代すればいいじゃないか!! 槍もフーゴから借りて!! 外のほうが安全だぜ……」

「狭いんだよ!! でなきゃ肉か……」

「なんだよ」

 二十三年物の盾として使いたい、とは言えないよなぁ。

「まあ……そういうことだ」

「うぉん! 俺の安息の地は何処に!!」

「冗談だよ、ほら! 双子からお姫様を守ってくれって!」

「くっ、この借りは高いぞ……」

 よくわからん借金ができてしまったが返す気は無い。

「おい二人共! お姫様をフレックから守ってやれよー」

 フレックはムッとした顔をして馬車に入っていった。おそらく双子に挟まれて座るんだろうな。気の毒なやつだ。

「準備はできたか?」

 ロホスは聞いてきた。

「はぁ、できちまったよ。行くか……」

 俺は運転席に座るた。横には先に座っていたフーゴがいる。

「その槍で守ってくれよフーゴくん!」

「まあ、やれるだけはやってみるよ」

 手綱を引いて馬を走らせる。たまらなく怖くて不安で、なんとか唾と一緒に飲み込んで、馬を走らせた。


 前には爺さんとラディとロホスの馬が、勢いよく走っている。それに馬車の馬が合わせて二頭、合計五頭の全力疾走が奏でる重厚な足音はずいぶんと迫力があった。

 街道の脇にポツポツと木が増え始めた。とうとう件の森に入ったのだ。

 どうかロホスの考えすぎてあってほしいと切実に願ったが。犬の鳴き声が聞こえると、ロホスの正しさが証明された。

 脇の藪から犬が突進してきた。しかし馬の速さにはついて行けず空振った。

 そのまま馬車についてきた犬もいたがフーゴが槍で突いて牽制した。次から次に藪から出てくるので、まるで無限にいるかのようだった。

 前の二人はそれは凄くて、牽制しろと言われていたラディはばったばったと大剣で掬うように振り上げながら地面の犬を斬り殺し、ロホスは弓で犬の脳天をぶっ刺していた。明らかに俺とはステータスが違う。爺さんは槍を振り回していただけだった。

 これはなんとかなりそうだ。そう思った瞬間だった。

「ガルルルルゥゥ!!!!」

 そんな威嚇した犬の声が聞こえたのは上からだった。見上げた時には歯をむき出しにした野犬が目の前にいた。

「うおおおおおおおあああああ!!!!!」

 後ろから飛んできた斧が目の前の犬を吹き飛ばした。一瞬だった。なのにゆっくり見えた。斧が深々と刺さって犬の表情が苦しみに変わるその瞬間がまじまじと目に焼き付く。

「危なかったね兄さま! 僕が助けなければ死んでいたね!」

 斧は、ドアから身を乗り出したロランが投げてくれたものだった。

「助かった! 本当に助かった!! マジありがとうロラン君!!」

 フーゴも上からの奇襲にようやく気づいて、地面の犬の相手をやめた。

「犬が上から降ってくるぞーー!! 何なんだコイツラ!!」

 犬は木登りなんてできるのか? 道にはみ出た梢をつたって犬がダイブしてきているようだ。

 しかし、タイミングの計れない馬鹿な犬が、そのまま地面に落ちている姿もみえた。賢いんだか馬鹿なんだか。

「僕が上で戦うよ。姉さま、斧を貸して!」

「仕方ないわねロラン。あとでちゃんと返すのよ?」

「はーい!」

 そんな元気な返事が聞こえてきた。俺はもう手綱を握っているのでいっぱいいっぱいだっていうのに。この双子の肝は鋼鉄でできているのかと疑いたくなる。

 ロランは器用に扉からつたって、屋根の上に乗った。そしてばったばったと上から降ってくる犬共を切り払った。

 ロランの綺麗な笑い声とともに血しぶきがたまに当たる。心強いが恐ろしい双子である。

 今度こそ、本当になんとかなりそうだ……。

「ハヤト! 避けろ!!」

 ラディの叫び声が聞こえた。

 道を見ると大量の枝が散乱していた。

「ぬぉん?!」

 なんとか枝の少ない方へ馬を走られるが、それでも枝は踏むことになる。

「みんな何かに掴まれ!!! あとバランス!!」

 ガタガタと酷く馬車は揺れた。搭乗者は一丸となって横転しないように重心を安定させようとした。

 なんとか転びはしなかったが、馬車の中は地獄だろうな。

「ロラン!! 落ちてないか!?」

「うん! 大丈夫だよ」

 その言葉に安心すると、目線を前へ戻した。強い光の塊が森の先にあった。

「森を抜けるぞ!!」

 ラディは大声で叫ぶ。

 とうとう俺たちはこの地獄を乗り切った。

 森を抜けると、そこは草が生い茂る原野だった。

 入り口の前で、馬車を止めた。馬たちもだいぶ疲れているようだった。犬たちは追いかけてこなかった。

 これは、また森に戻らなければならないのか?

「今日はこのへんでいいだろう。予想以上に数が多い」

 ロホスは言った。

 皆疲れていた。俺も疲れている。いや、まあ手綱を引いていただけなんだが、精神的にどっぷり疲れてもう一度森へ行く気にはなれなかったので、ロホスの提案には大賛成だった。無論他の奴らも無言の賛成をしていた。

「よし、では村へゆくぞ」

「ちょ、ちょっとまっててくれ」

 俺は運転席から降りて草むらに走った。小便かしたかったのだ

 皆呆れていたが、誰も俺の尿意を止めさせない。顰蹙の空気をよそに勝利の余韻を流し出したい。

「ガルルルルゥゥゥ!!!」

 突然、草むらに隠れていた一頭の野犬が飛び出してきた。

 片目は怪我していて、体は今までのどの野犬よりも大きい。黒く艶のある毛並みは短くて、強靭な筋肉を引き立たせていた。

 俺は死を覚悟した。

「ガウウウゥゥゥゥゥ!!!!!」

 横から、別の犬が飛び出して、黒い野犬の太い首に噛み付いた。。

 一撃だった。恐ろしい黒い野犬は悶えることもできないでいた。

 その犬は黒い犬よりも更に一回り大きかった。白い体毛と灰色の目が綺麗で思わず見惚れてしまうほどだった。

 それは紛れもなく狼だった。

 俺は情けなく尻もちをついて倒れていた。そしてただその狼を見ていた。

 黒い犬の息の根を完全に止めた狼は、俺の方へ振り向いた。そのままじっと俺の顔を見つめていた。

「お、おせぇんだよ!」

 俺の精一杯の虚勢だった。

 狼は悠然と俺を横切って森の中へ入っていった。

 しばらくすると森の中から大きな遠吠えが聞こえた。美しく、力強く、遠くまで聞こえる声だった。


 主人公の隼人くんにはお漏らししてもらうつもりだったけど、可愛そうなのでやめました。

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