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娼館は燃えた

 アルベルティーノが娼館にたどり着いた時には、全てが終わっていた。

 黒煙が舞い上がり火も完全には鎮火されていないこの惨憺たる状況に、アルベルティーノは絶句していた。ただ、仕事をサボる為の口実だったはずの怪しい東の民が、最重要参考人となったのだ。

 詰め所からついてきたサボり仲間であるケルティルと顔を見合わせ、これが現実ではないと心の中での互いに祈り合うが、焼け焦げた酷い匂いが鼻孔を擽り、阿鼻叫喚な市民の叫び声が鼓膜を揺さぶると、否が応でも現実に引き戻されるので、受け入れるしかなかった。

「あのサヴォアの外交官が使うのは、夜だったよな?」

「たぶん……」

「たぶんじゃなくて! たぶんじゃなくて!!」

 アルベルティーノはケルティルの両肩を掴みぐわんぐわんと前後に揺らした。

 現場では騎士団員がリレー方式でバケツの水をかけてはいたが、まさに焼け石に水という状況だっだ。

 アルベルティーノは比較的小奇麗な団員の一人に詰め寄った。

「状況は?」

「だ、団長!」

 消火に当たってきた団員は、水を張ったバケツを地に起き敬礼した。

「敬礼はいい、状況を説明しろ!」

「はい! ここの娼婦と心中未遂した男が火を放ったようで……」

「部屋で、か?」

「はい。それが他の部屋にも回ったらしく……」

「部屋一室程度でここまで燃えるわけがないだろ!! 見ろ! お前が火元だというあの二階の部屋よりも下の方が燃えているではないか!!」

「は、はい……たしかにおかしいとは思ったのですが……」

「で、その男と娼婦は死んだのか?」

「ど、どうやらベランダから飛び降りたと言う証言があるのですが……その……まだ調査中でして……」

「まあまあまあまあ! 消火活動で手一杯なのはわからんでもないから、まあまあまあ! 仕方ないと思うが誰も報告に戻らんとはどう言うことだ!」

「行きましたよ!」

「なにぃ!? 来てないぞ!!」

「ダンチョウダンチョウ……」

 詰め所から一緒についてきたアルベルティーノのサボり仲間でもあるケルティル・バッカスは耳元で囁いた。

「なんだ?」

「入れ違いになったのかも……」

「バカモノ! そんなことは分かってる!! 私の責任問題になってしまうから可愛そうなこの部下には申し訳ないけど犠牲になってもらうのだ!」

「なっ!! 団長!!」

 説明をしていた部下は怒った。しかしアルベルティーノは無視した。

「ケルティル!! 本部に戻り応援と城門に検問の手配を急ぐのだ!! 特に東の民は一人も街から出してはならん!!」

「は! しかし港の方は良いのですか?」

「できるわけないだろ! 管轄が違うのだ!!」

「それもそうですね……」

「そこのモブはここに集まっている野次馬共に聞き取りをしろ!」

「は、はい! ……忘れてませんからね」

 うぇっほん、と咳払いをしてアルベルティーノは誤魔化した。

「私は宮殿にでも行くか……嫌だなぁ……アレイアさんは無事だろうか……」


 ミケーレ宮殿についたアルベルティーノは見慣れぬ人物を見て驚いた。

「バジーリオ殿! これは良いところでお会いできた」

「これはドラベッラ卿……いかがなされた」

「市街で放火があったのだ。それも娼館でだ」

「それで……下手人は?」

「まだ捕まっておらん。なので、ドーファンには協力をしていただきたいのだ」

「あっしらのような海賊風情にできることでしたら」

「謙遜はよしてくれ。ほんの少し前までは、私なぞお声をかけることもできなかったのだから」

「遠い昔の話です……」

 アルベルティーノは、バジーリオの瞳がギラりと光るのを見逃さなかった。

「それで、貴君らにしてもらいたいことなのだが、賊は恐らく港から脱出を図ると思われる」

「そうでしょう……しかし、いくら我々が海賊とはいえ、同じ海賊のよしみで船の中を見せてもらえるとは」

「そうではない。ドーファンには西へ行く船を片っ端から襲って頂きたいのだ」

「そ、それは……」

 たとえ官営海賊のドーファンにも海賊同士の繋がりは少なからずある。それが貴重な情報網でもあるのだ。それでも構わず沈めろ、とアルベルティーノは暗に言っているのだ。

「これは国家レベルの重罪だ。たとえどのような損害を出そうとも下手人だけは捕まえればならぬのだ」

 バジーリオは大きく息を吸った。

「わかりました。しかし我々だけで、ですか? そりゃいくら何でも戦力が足りませぬぞ……」

「すぐ応援を送るよう侯爵には要請する。港の役人にも出港禁止を発令させるなので安心して殲滅してくれ!」

 その笑えない冗談にバジーリオは頭をかくことしかできなかった。

「すまん、バジーリオ殿……」

「いえ……役人共の責任にはならないことは、とても良いことです」

「はは、それは……確かに良いことですな。現場は溜まったものではありませぬが……」

「しかし、レマリアは無いとしてもサヴォアへ逃れる可能性だってあるでしょう。一般商船に紛れれば、おそらく……」

「この国からサヴォアへ行く船は限られている。我が国ではサヴォア行きの船には異常なほどにチェックが厳しいからな。そんな足がつく方法は取らないだろうし、なによりそんな厄ネタを引き受ける商人も居ないだろう」

「海賊ならばその限りではないかと」

「はっ、海賊船がレマン海峡なんて通るわけないでしょう。それはあなた方が一番わかるはずだ。一般商船に至ってはレマンかレノートに寄港せずにゆく船はそれだけで拿捕対象なのに」

 通常の船であればレマン海峡を通過するのが一般的である。海峡には精強なレマリア海軍が巡回しているので海賊に襲われる心配はない。だが、その通航税の高さからもう一つの航路であるリクリア島を外周するルートを選ぶ商人も少なくはない。その様な格好の漁場には多くの海賊たちが潜んでいるのだ。

 命の対価を惜しんだ商人の多くは悲惨な顛末が待ち受けている。

「なれば、西リクリアに脱出するのかもしれませぬな」

「レマリアならば、あとは外交官の仕事だ! 我々は我々のできうることしかできないのたから、あとは知らん!」

「それはそうですな」

「……あの娼館は、実質的には我々バーリ侯国が運営している要人用の、言ってしまえば迎賓館のような所だ。いまこの状況でそんな場所を襲うのは、サヴォアとの関係を悪化させたい者しか考えられない……」

「サヴォア自身が、という線もありましょう」

「ふっ、まあ、誰か黒幕か、など我々が考えたところで意味のないことだ。頭脳労働は宮廷のお偉方の仕事なのだからな」

「わかりました……肉体労働担当の我々は微力を尽くしましょう」

 バジーリオの背中を見送る中、アルベルティーノはある疑念を抱かざるを得なかった。

 バジーリオとは特に親しいわけではないが、彼が寡黙で無駄を嫌う性分であることは知っていた。なのに、この一刻を争うこの時に、ああも無駄話を続ける事になにか意図があるのではないかとアルベルティーノは考えた。

「サヴォアとの関係悪化を望む者か……獅子身中の虫、そうでないとは思いたいが……」


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