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バーリの騎士団

 バーリ侯爵の鎮座するミケーレ宮殿から続く街最大の大通りであるグランアンジェロ大路は、海賊の国と呼ばれる野蛮な国とは思えぬほど壮麗な景観をしていた。

 街はこの大路を起点として枝分かれするように小さな道が広がってゆく。その中で主要な交差点にはバーリを守護する騎士隊、つまり衛兵たちの詰め所が置かれていた。

 その中でも特に宮殿に近い場所の詰め所にその長である男、アルベルティーノ・ドラベッラはいた。

 自堕落で責任感のかける男である彼は、退屈な警護にうんざりしていた。仕事は山のようにあるのに机の上に足を載せては物思いに吹けていたのである。

「はぁ……アレイアさん……」

 アレイアとは、この街一番とアルベルティーノが勝手に思っている高級娼婦の名前である。

「団長! 騎士団長!! 真面目に仕事してくださいよ!」

 衛兵の一人が苦言を呈する。その衛兵の机には山のように書類が積まれているのに、アルベルティーノの机には彼の足のみが置かれるだけだったからだ。

「俺はそういうのって苦手なんだよなぁ……人間向き不向きってのがあるし、俺は切った張ったが専門だから、君は書類を書き給え」

「団長……」

 呆れてものも言えない衛兵はその目線を机に戻した。

 建国より海に重きをなすバーリでは陸戦の専門家たる騎士団は軽んじられ冷遇されていた。しかし理由はそれだけではなかった。この騎士団という実質的には街の衛兵達の多くは、ヴィスコンティ家に征服された領主達の末裔だからだった。

 ドラベッラ家もまたバーリの地に古くから根付いている領主家であり、征服者であるヴィスコンティ家に降伏した一族である。一応、ドラベッラ家は騎士団長を世襲する権利を得てはいた。それはドラベッラ家の家格がバーリの地において最も高く、それに配慮した結果だった。しかし実権など何一つなく彼より前の当主たちは宮廷内での冷遇は無論、経済的にも困窮した生活を強いられていた。

 転機が訪れたのは数年前に起こった政変によってだった。

 彼はいち早く……実際にはただの偶然ではあったのだが現侯爵アルバーノに付き従い勲功を立てた。侯爵簒奪に逆らう一部の前侯爵派の貴族が起こしたアルバーノの暗殺を防いだのである。

 この功により彼は祖先伝来の地を一部ではあるが取り戻し、また騎士団の人事権を得て、有名無実だった騎士団長としての実権を手に入れたのだった。

 アルベルティーノにとってはそのようなことはさして興味もなかったが、経済的に豊かになったことだけは喜んでいた。それは彼が無類の女好きだからだった。

 毎晩のごとく給料を散財する彼を無能な上官と見る者は実は少なかった。それは、その一点に限ればまさに愚か者の一言に尽きるのだが、それは彼の指揮能力には何ら欠点となるものではなかったからだ。

 また武人としても彼は非常に優秀だった。港で悪さをしていた海賊十人をあっという間に無力化してしまったし、何よりも馬上戦において彼の才能は突出していた。騎馬を操る能力はもちろん、馬上からの槍さばきはまさに神業と言っても良かった。巧みに鎧の継ぎ目から穂先を通す正確さ、そして鎧の内側を守る楔帷子を貫通して串ざす威力、まさに戦場において無双の働きをするツワモノだった。

 そして妙に潔癖なところがあり、騎士団の予算には一切手を付けず、また部下に度々酒を奢る気前の良さもあって、団員たちからの信頼も厚かった。

 しかし一部の団員、つまり事務方からの評価は乏しかった。無論、彼らもアルベルティーノの事は尊敬しているのだが、書類仕事という一点において彼は確かに無能だったのだ。

「彼女は今日も窓から空を眺めているのだろうか……」

「団長はいつもソレですね。そういえば、昨日珍しい人間を見ましたよ」

「珍しい人間?」

「ええ、あれはカナン人……?って言えばいいんですかね。少し肌色が砂っぽい色をしていて黒髪で目が細いんですよ」

「そりゃカナンの先の人間だな。砂漠を超えて来たんだ。行商に来ているやつを何回か見たことがある。東方の民か……どこで見た?」

「娼館の近くですね」

「なにっ!? おのれ、俺のアレイアさんを金に物を言わせて……これは重罪だ!! 今すぐ行かねばならない!!」

 無論全く行く必要などない。

 騎士団の詰め所から足早に去っていったアルベルティーノを、衛兵はため息混じりに、されど口元はニヤリとしながら追いかけていった。この衛兵は、アルベルティーノを理由として自分の仕事をボイコットしたかったのであるが、残された他の衛兵たちの眼光たるや凄まじものであったことは、二人は知らない。

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