第二話
俺は馬車の手綱を引いていた。御者が帰ってこなかったのだ。
傭兵として雇いたいと貧乏王女から依頼されて、日々の食事を提供するということで契約を結んでしまった。傭兵としては破格すぎる契約だ。
断れば俺たちに待つのは死だけだったのだからしょうがない。
栄えあるタキトゥス王国傭兵隊となった俺がやっている事は御者か……まあ手綱を引いているだけなので楽でいいが。
仲間たちは騎士の爺さん、名前はグレゴールとか言ってたな、その爺さんに命じられて辺りの哨戒に駆り出されてしまった。馬車の少し先にグレゴールの爺さんはいるものの話をするのには遠すぎるし、残った仲間のうち二人は後ろを守っているので話せないし、必然的に傍らに歩調を合わせて歩いているフーゴに話しかけるしかなかった。
フーゴはまだ十五にもになっていない子供だ。この世界じゃ十五歳で成人らしい。
こいつとの出会いはたしか、俺が盗賊団に拾われてから半年ぐらいだったか、こいつもラディと同じ様に路地裏で行き倒れになっていたところに飯を恵んでやったら、これまたラディと同じ様に勝手についてきたのだ。
ラディが一人前になるまで俺の盗賊団における給料はあいつと半々って事になっていたんだが、ようやくラディが一人前になったって段階だった。俺だってその一月前に一人前になったばかりだ。つまり今までは半人前の半分の給金しか貰えていなかったわけだ。雀の涙ほどしかなかった給金が、ようやくいっちょ前になったって時にフーゴを拾ってしまったことで、俺の極貧生活は継続を余儀なくされたのである。
それでもなんなかんや仕事はできて、正直言うと、俺よりスリは上手いし、いつの間にか俺より貰っていたみたいだ。だが俺はいつまで立っても一人前の半分の給金しか貰えなかった……だがそれは、今いる他の奴らもなんやかんや俺が拾ってきた連中ばっかりなので、必然的に俺が面倒を見てやらなきゃならなかったからなのであって、スリが下手くそだからとか、腕っぷしが弱いからだとか、そんな事が原因では無いはずだ。
「ねぇねぇフーゴくんフーゴくん、フーゴくんは我らが王様がこんな貧乏でケチで貧乏で貧乏なことしってた?」
「そりゃ、ね……僕だってそのせいで盗賊になったようなものだし」
「ん? 王家が貧乏だとなんでフーゴは盗賊になるんだよ」
フーゴはずいぶんと暗い顔をして、普段の快活に話す明るい声とは打って変わった、重く暗い声で話に応えた。
「王さまの力が弱いのを良いことに、僕の村の領主さまはすごく高い税金をかけたんだ。そのせいで家族全員村から逃げようとしたんだけど、僕以外はみんな捕まっちゃった。たぶん殺されたと思う」
「……」
「僕たち以外も村から逃げようとした人たちがいたんだけど、捕まって村に連れ戻されたんだ。その日は広場に村のみんなを集めて、その人たちの首を剣で切り落とすところを見せられた。見せしめだーって言って……」
「よくそれで、脱出しようと思えたな」
「僕は嫌だったけど、父さんが、もうこの村にいたら死んでしまうって言って……」
「そう、っか……」
「……」
かける言葉がなかった。暇つぶしに聞く内容では無かった。重たい沈黙は否が応でも聞いた内容を咀嚼させた。沈黙が続くに連れてますます身の上に対する同情は深くなり、安易に聞いてしまった罪悪感は重くなった。
「まあ、なんだ……お前は生きててよかったなぁ。おかげで俺は友達が一人増えたわけだし、盗賊団にとっても助かったんだから……」
「うん……」
こんな言葉で良かったのだろうか。
心なしかフーゴの顔も明るくなった気がした。俺がそう思いたいだけかも知れないが。
「しかし、あれだな? このクソ貧乏な王家一行も俺たちが加わったおかげでそれなりに見てくれも良くなったな。哨戒係はいるし、騎馬もラディとロホスを合わせて前後に三騎もいるんだし、小金持ちの村持ち騎士みたいだな!」
「たしかにね。でも、思えば僕たちに馬が二頭もいることのほうが凄いのかも」
「今でこそ七人しかいないが、元は三十人を超える大所帯だったからな。ま、二ヶ月前全滅しかかったわけだが……」
「あの時は死んじゃうかもって思ったよ……」
二ヶ月前、根城にしていた山に若い騎士たちが大挙して襲いかかった。
金庫番をしていた俺はすぐに金をかっさらって近くにいたフーゴ、フレックと共に逃げ出した。逃げている途中、他二人も拾うことができた。山は焼き討ちにされて、夜なのにずいぶんと明るかった。
翌朝近くの沢で休んでいたとき、煤だらけのラディとロボスが合流した。馬にはボロボロのレナード団長が引っ掛けられていた。
金庫にあった金でなんとか食いつなげていたが、団長の薬代や馬の食費が高くてみるみるうちになくなっていった。そんな団長もたったひと月しか持たなかった。
「何度、馬を食おうと思ったことか……」
「その度にロホスと言い合いになっていたね……普段はあんまり喋らないのに、馬のことだけは厳しいんだ」
「確か騎馬民族の出身とか言ってたな。やっぱりそういう民族は馬の肉は食えないのかねぇ」
「さぁ……僕はお肉だってあんまり食べたことないからわかんないや」
「そういえば、久しく食べてないなぁ……あぁ……肉が食べたい……サシが入った霜降り肉が食べたい……」
「サシ……シモフリ……なに? それ?」
「肉の中に脂身が入っていてな、それが雪をまばらに被せたみたいでキレイだから霜降りって呼ばれてるんだよ。そういう牛の肉があるの!」
「おいしいの?」
「そりゃもう、美味いのなんのって! ものすごく柔らかくてなぁ、本当に口の中でとけるんだぜ! 噛めば噛むほど肉汁が出て、口の中でソースと絡まって、味を一層濃厚にさせるんだ! くぅ〜!!」
フーゴのツバを飲み込む音は俺のところまで聞こえてきた。
「いいなぁ! いいなぁ!」
「ま、ここら辺じゃないだろうな。俺の故郷にしかないだろう」
「ハヤトの故郷ってどこなの?」
「そりゃニホン……」
危うく口を滑らせてしまうところだった。まあ隠すことでもないんだが。
「ニホン? 聞いたことないや……」
「まあ遠いところだ。たぶん東にあると思う。行き方は聞くなよ? 俺だって帰り方を知っていればとっくに帰ってるんだから」
「そういえば、ハヤトはなんで盗賊になったの?」
「目が覚めたら街道にいた。で団長に身ぐるみ剥がされて拾われた。拾ってくれた団長が盗賊だったから盗賊になった。正直こうとしか言えん」
「なんで街道にいたの?」
「そんなのこっちが聞きたいよ!」
「ふーん……なんだかよくわからないや」
「俺だってわからないよ……」
哨戒から帰ってきたラディ達はグレゴールの爺さんと話してから二人でこちらに来た。
「野犬の群れが近くに出たみたいだ。フレックが足跡を見つけた。そんなに数は多くないようだが、念の為にロホスを先頭に出したい」
ロホスは弓の達人でまた狩の達人だった。
「フーゴ、悪いけどロホスを呼んできてくれないか?」
俺が頼むとフーゴはうなずきそのまま後ろに下がっていった。
「爺さん、村まではあとどのくらいなんだ?」
「日が暮れるまでには付く距離じゃ。このまま進んでも問題なかろう」
「そりゃロホスの意見を聞いてからだ」
ラディは諌めるように言った。
「なんじゃと! 生意気な若造が!! 犬っころ如きにワシが遅れを取るとでも言うのか!!」
「グレゴールの爺さんよ、野犬の群れは怖いぜぇ〜山で追われたときは生きた心地がしなかったぞ」
「ここは山では無い!!」
「この先は森だ。日が昇っていてもだいぶ暗い。襲われたら対処は難しいぞ」
「これだけの人数がいて犬共が襲うことなどないっ!!」
「つーかよぉ、本当に犬なのか? まさか狼って訳じゃないよなぁ……」
「フレックの話だと足跡の大きさは狼のものではないらしいんだが……」
「ならば問題なかろう、早く馬を進めるのじゃ!!」
「爺さん、なにをそんなに急いでいるんだよ……ちょっと不用心だぜ? そんなんだから俺たちに襲われるんだよ」
「うるさいわいっ!!」
「じぃや……」
ラーレンティアは馬車から顔を出した。とても悲しそうな顔をしていた。
「いいのです。ハヤトの言うとおり、慎重に行きましょう……」
「ひめさま……」
馬の足音が聞こえてきた。フーゴがロホスを連れてきたのだ。
「ハヤトの言う事、あながち間違ってもいないかもしれないな」
ロホスの渋い声はいつ聞いても威厳がある。少ない口数は、そのどれもが経験に裏付けされた確かなものなので、ロホスの言うことは皆から信頼されていた。
「どういうことだ?」
ラディは質問する。
「その野犬の群れは狼に追われてここまで来たのではないかということだ。山犬共はおそらく飢えている。我々と同じように」
俺たちは息を呑んだ。
「奴らも我々のことは気づいているだろう。おそらくこの先の森で待ち構えているはずだ」
「どうする、迂回するか?」
「迂回するにはメルシャフ侯爵領を通過せねばならぬ。通行税を払う金は我々にはない……」
「王族に通行税ってまじかよ!」
この国の現状には飽きれるばかりだ。
「やるっきゃ、ないのか……」
タキトゥス王国傭兵隊の最初の任務は、野犬駆除って……。