船旅の終わり
「そういえばよ、もし無事にバーリを抜け出したら、お前たちはどうするんだ?」
俺はマルガリータに質問した。
「そうだのう……ボルサヴァで海運業でもするかのぅ。祖先がやっていたことでもあるしな」
「お前の先祖は海賊だろ?」
「まあハヤトなら言っても良いじゃろう。我がヴィスコンティ家は元はジェノヴィアの商人なのじゃ!」
「な、なんだって!?」
ラディが酷く驚いた。
「へーなんで海賊なんかになったんだ?」
「内戦でジェノヴィアがあの憎きピソ家に占領されて、やむを得ず海賊となったのじゃ……」
「ヴィスコンティ家はジェノヴィア五大家の一つ、カスティリオーネ家の元で海運業を営んでいたのです。カスティリオーネ家は海運業の元締め。アンジェロ侯は一代で身を起こし大型船を所有するまでに至りました。当時の主人であるカスティリオーネ家長にもいたく気に入られていたらしく、御令嬢との婚約を約束されていたそうです」
バジーリオは言った。
「ジェノヴィア五大家? なんだそれ」
「ジェノヴィアの有力商家だよ。だった、って言ったほうがいいか。ピソ家が占領したとき殆ど殺されてたらしいがな」
ラディは説明してくれた。
「へー」
「俺も家名は今初めて知ったぜ。なにせ百年近く前だからな。五大家の存在を知っていても、家名まで知ってるやつは少ないんじゃないか?」
「アンジェロ侯は、略奪にあうジェノヴィアからなんとか御令嬢を救い出し、海へ逃げ出すことに成功しました。そして、同じく難を逃れたカスティリオーネ配下の者たちを集め海賊団を結成したのです」
「それが、ドーファン海賊団か」
「故に、サヴォア公国は不倶戴天の敵なのじゃ! サヴォアのブタ野郎への恨みは、わらわの代でも消えることはないのじゃ!!」
「ブタ野郎って……」
ラディはそれを聞いてふっ、と笑った。
「なんだよラディ。そんなに面白いことか?」
「いいや、なかなか洒落た煽り文句だぞ?」
「どこがだよ!」
「ピソ家の紋章はイノシシの横顔だからな」
「なんだよそれ……くだらねーな! そういえば、レティエにはなにか紋章はあるのか?」
「メッテルス家の紋章は水牛だな。こうぐいーんって角を突き上げているんだ」
「へぇ〜やっぱりいいなぁ紋章。俺も欲しい……紋章って響きだけでかっこいいもんな」
「実際、戦に参加する前になんとかしなきゃならない問題だ」
「ん? なんで?」
「戦で功を上げたって、紋章がなくっちゃ認められないからな」
「???」
「うーんとな、例えばお前が戦に出て大将首を取ったとする。それは紋章官によって保証されたあと軍監が認めて初めて功績になるんだよ」
「紋章官……? 軍監……?」
「軍監ってのは、まあ目付けだな。現場監督みたいなもんだよ。戦の記録なり将軍の独断を諌めたり、色々やるやつだよ」
「紋章官ってのは?」
「教会の、紋章をおもに管理している坊さんだ。軍監ってか公爵なりに直接雇われていて、戦場に付きてきて紋章の確認をするんだ」
「へー……じ、じゃあさフリーの傭兵なんかはどうやって恩賞を貰うんだよ!」
「フリーの傭兵だって戦に出るにはどこかしら所属してなきゃ雇われないだろうな。大抵は傭兵ギルドだな。首を取ったり捕まえたりしたら紋章官に伝えてギルド経由で中抜きされた恩賞を貰う。勿論ギルド内の格付けは上げられるだろうけどな。君主と顔なじみってなら話は別だろうが」
「……え? 紋章がない騎士はどうなんの???」
「そんな騎士は、貴族はいない。つまり……貰えるものも貰えない、ていうかそもそも戦に出られないだろうな。君主が雇わないだろ」
「やべーじゃん! ま、ま、まあ今すぐ戦なんて起きないだろうけどさ」
「そうとは限らないぞ!」
マルガリータが言った。
「え?」
「リボリアにきな臭い話があってな、近々戦になるやもしれんのじゃ」
「うそぉ……」
「リボリアは公爵を筆頭とする中立派とその嫡男であるガイウス率いる親メルシャフ派でいがみ合っているのじゃが、それがとうとう武力衝突に発展するかもしれないのじゃ」
「なんでぇ?」
「リボリア公爵が、ガイウス公子を廃嫡するという情報が入ってきたのです」
バジーリオは言った。
「それで、そのリボリアの公子は武力決起しそう、ってわけか。その情報の信憑性は?」
ラディが二人に聞いた。
「私達も又聞きですので。ただ、この情報を元にノクトゥア家はサヴォア公国との関係改善を急ぎ我がバーリ侯国にピソ家との婚礼を迫ったのですので、それなりには」
「うーん……なんかすげーめんどくさそうな話したなぁ……」
「戦争なんてこんなもんだろう。鉄火場に立つ人間は、どんな理由で殺し合ってるかなんてわからないもんさ。問題は俺たちはどっちで戦うかだ!」
「生きて帰れるかもわからないのに、ラディは次の殺し合いのことで頭いっぱいか。この脳筋め!」
「飯の種だしな」
「まったく……はぁ、くっそ……村出る前に貰っときゃよかった」
「手続きとかもあるしそんな簡単じゃないけどな」
「手続き?」
「紋章は教会が管理してるんだよ。だから登録しなきゃならないからな」
「ふーん……金とかかからないよな?」
「あっ!!」
「かかんの!?」
「建前の上では取らないんだが……やっぱり心付けって奴がな……」
「えー……」
「俺だって良くは知らないが、ある貴族が分家を建てるとき、教会へ紋章の登録をしにいったらえらく寄付金を取られた、なんて話を聞いたことがある」
「ケチだなぁ……」
「まあ坊さんも大変なんだろうさ。被らないように何百何千とある紋章と照らし合わせるんだからな」
「そ、それは大変だなぁ」
「ああ、あとデザインの発注もしないとな」
「それはどこでやるんだ?」
「美術ギルドにでも頼むんじゃないか? まあ教会に紹介してもらえるだろ」
美術ギルド、そういうのもあるのか。縁がなさすぎて知らなかったな。
「やっばお金かかるぅ?」
「それなりに、な……」
「はぁ……本当に色々かかるんだなぁ。紋章か、どんなのがいいんだろうか」
「単純なのがいいんじゃないか? 鎧とかに彫ってもらうとき高いぞ? 」
「そういうことも考えなきゃならないのか……実はさ、ちょっといいなぁと思ってる構図があるんだ」
「紋章の?」
「ああ。ほら、野犬の駆除をしたときにさ、俺を助けてくれた狼! あれを紋章にしたいと思ってたんだ!」
「あの白狼か……狼の紋章は珍しい、珍しいが……高そうだなぁ」
「うっ……」
「でも悪くはないな!」
「だろ!!」
「狼とはなんじゃ?」
マルガリータが質問してきた。
「野犬駆除の時にな、一段落したと思って俺が小便しに草むらに行ったらまだ一匹残っててさ。あわや噛み殺されるっ!! てところで助けてくれたのがその狼なんだよ」
「ハヤトは阿呆じゃのう……」
「な、なにがさ!」
「安全なところまで我慢できなかったのか?」
「むっ!! むぅ……」
三人は笑った。くそっ、何も言い返せないので悔しかった。
やり場のない思いから、俺は海の景色でも見て紛らわそうとした。
「おっ?」
水平線の向こうには、もう陸地が見えていて、小高い岬の上にはひときわ大きな灯台があった。
「ついたのか?」
「そのようじゃな。ようこそバーリへ! とでも言っておくかのう!」




