ヴィスコンティ家
「ヴィスコンティ家は二つの流れがある。侯爵を継承する家と海賊団を継承する家じゃ」
「じゃあ、マルガリータは海賊団を継承する家……じゃないんだな」
「そうじゃ。わらわは侯爵の、つまりヴィスコンティ家嫡流に生まれた。しかしわらわはおなご、婿を取らなければならない身じゃ」
「マルガリータ……結婚していたのか?」
「違う! わらわは結婚などしていないわ!」
「前侯爵がお亡くなりになられた時、お嬢……マルガリータ様の義理の叔父に当たる、現侯爵アルバーノが異議を唱えたのです」
バジーリオが話した。
「ああ……相続問題ってやつか。世知辛いなぁ」
「アルバーノは、最初は摂政として国政を代行するに留めていたのですが、次第に増長し、侯位を簒奪してしまったのです。宮廷では、すでに自らの配下を重席に座らせ、旧来の家臣たちは閑職へと追いやられていたので、反対するものはいなかった……できなかったのです」
「そして……半年ほど前、わらわは結婚を迫られた……」
苦虫を潰し様な顔でマルガリータは言った。
「ん? 叔父さんにか?」
「違う……すでに叔母と結婚しているアルバーノにわらわの血は必要ないのじゃ。相手は……くっ! よりにもよってあのサヴォアの公子なのじゃ!!」
「バーリがサヴォアと仲が悪いことぐらいは、俺でも知ってるぞ! うそだろ!」
「ノクトゥア家は西側の諸侯をひとまとめにして、メルシャフと戦争をするつもりなのじゃ!! その象徴としてバーリとサヴォアの友好にわらわを使うつもりじゃった。しかも邪魔者のわらわを追い出しバーリを完全に手中に収めることもできる……アルバーノにとっては一石二鳥の良き話、というわけじゃ」
「我々家臣団は決起しました。マルガリータ様をお救いするために……」
「それが半年前……まさか! あんときか!?」
マルガリータと出会った時だ。
「そうじゃ、ハヤト……おぬしが助けてくれなければ、わらわは……」
「ハヤト殿には感謝しています」
「つーかよ、お前ら海賊歴半年なの? 特にバジーリオは……その見た目で!?」
「ハヤト……そこじゃない、そこじゃないだろ……」
ラディは俺をたしなめる。
「我々は侯爵と交渉し、マルガリータ様は侯爵位の請求権を放棄する代わりにドーファン海賊団を相続しました。……名ばかりではありますがな」
「名ばかり?」
「今、海賊団の船員は殆どがマルガリータ様についてきた、バーリ旧来の家臣たちです。アルバーノは自前の海軍……いや海賊船団を有しております。もともとドーファン海賊団として活動していた、アルバーノの手下共です」
「つまり、不穏分子をひとまとめにして、体よく使い潰そうとしているのじゃよ。ドーファンという名だけ与えてな!」
「アルバーノも今バーリ国内で争うことを良しとは思わなかったのでしょう。ことが事だけに、アルバーノの配下の者にも快くも思わない者もいる故。しかし……」
バジーリオの顔が曇る。
「しかし?」
「我々の、家臣たちの親族は人質として城に軟禁されてしまったのです。我が妻も……」
「わらわたちは今屈辱の毎日を送っておる。アルバーノの言いなりで、様々な船を襲い……その上前を殆ど取られ、臣下たちの労をねぎらってやることもできぬ! 侯国はノクトゥア家の属国と揶揄され、あろうことかサヴォアなんぞと……これでは、ヴィスコンティ家累代の祖霊たちに顔向けができぬ……」
バーリも色々大変なんだ、ということはわかった。しかし……
「つまりよ……どうしたいんだよ? 俺たちは娼館を襲いに行くんであって、バーリに攻め入るわけじゃないぞ! しかもたった八人だぞ!!」
「騒ぎを大きくしてほしい……」
「?」
「おぬしたちが、娼館を襲うとき、騒ぎをできるだけ大きくしてほしいのじゃ。そのすきに我々は人質を奪還する!」
「うっ……! それは……ちょっと、危ない……」
「ちょっとどころじゃないぞハヤト!」
沈黙が包む。騒ぎが大きくなれば、それだけ兵も多く動員されるんだから、実行する俺たちの死ぬリスクはひじょーに高くなる。
だからといって、騒ぎを小さく抑えたとしても、マルガリータたちの協力を得られなかったら俺たちは退路ない。ハイリスク、ハイリターンってやつか。
それだけじゃない。マルガリータたちが失敗するって可能性だってある。
どうしたものか……考えに考えたが、やはり答えは一つしなかった。
「……少し人手を貸してくれないか。俺たちも、八人だけじゃあ大きくするにもな……」
「……! 無論だ!」
マルガリータは、花が咲いたように明るい顔になった。
「ハヤト、良いのか?」
ラディはどこか不安そうに言った。
「もともと無謀なことをしようとしてるんだ。むしろ人手が増えて確率は上がったさ。それに、目的だって似たようなもんじゃねえか」
「どういうことだ?」
「マルガリータたちだって、助けたい人がいて、助けたいってことさ」
「……そうだな!」
「それに……」
「なんだ?」
「……悔いはしたくねえもんな」




