海賊団とマルガリータ
部屋にはラディと、バジーリオもついてきた。マルガリータと俺を合わせて四人での対談ってわけだ。
「ハヤト、体は大丈夫なのか?」
開口一番ラディは俺の心配をした。ありがてえぜ。でも、動くのがめんどくさいからベットから出ないだけなんだよなぁ。
「ああ、よく眠ったおかけでピンピンしてらぁ」
「じゃあなんでベットから降りないんだ?」
「そんなことよりもだ。ラディ、このつるぺた船長は、俺たちのことを根掘り葉掘り聞きたいらしいぜ」
「つるぺ……っ!! ハヤトきさま!!」
殴りかかったマルガリータを抑えてくれたのはバジーリオだった。両脇をぐっと持ち上げてマルガリータは地面につかない足をジタバタするしかできないでいた。実に無様! そしてありがとうバジーリオ。
「俺たちが、娼館を襲うってことは話したんだが、どうやらアクイリアが娼婦になった経緯やらお前のことやら知りたいんだとさ。まったく、プライバシーってのを考えろよな」
「うーむ。まあ気持ちはわからなくもない。下手をすればバーリから追われる身になる訳だからな」
バジーリオから降ろされたマルガリータはこほんと仕切り直しをしようとしていた。
「それで、話してくれるのか? くれぬのか? どうなのじゃ!」
ラディは口を開かない。眉をしかめて、顎に手を当てて、考え込んでいるようだった。
「話す、話すよ。だが他言無用で頼むぞ?」
「良いのかよ、ラディ」
俺はラディに言った。
「それで、脱出の手立てが得られるのなら、いいさ。なーに、最悪の場合イリアから逃げればいいんだろ? 気楽に考えるさ!」
「ラディ……」
ごめんな。ラディ。
「俺はレティエの公子、ラディスラウス・メッテルスだ。これだけ言えば十分だろう」
「「なっ!?」」
二人は驚いた顔をして固まった。
「助けたいのは、レティエ公国の将軍の娘、アクイリア・スフォルツァ。どうか、力を貸してくれないか」
「レティエの公子と将軍の娘……これは厄ネタですぜ、お嬢!」
「うーむ……」
マルガリータは考え込む。
「もしも俺がレティエを取り戻したら、あんたらはレティエと太いパイプを持つことになる。それは一海賊が持つ、つながりにしてはずいぶんと良いものだろう?」
「空手形だ! そんな、現実的でないものに賭けるにはあまりにも無謀なことだ」
バジーリオは、ずいぶんと取り乱している。確かに気持ちはわかるが、バジーリオらしくないというか、何か変だ。
マルガリータは、ふっ、と笑った。
「それはどうじゃろうな」
「なに?」
「我々ドーファン海賊団はバーリ侯爵家とは深いつながりがある」
マルガリータは首にかけていたペンダントをラディに投げつけた。
「あいた!」
ラディのおでこにぶつかったそれは俺の膝下へ落ちた。
「ん? なんか刻印されてるな。イルカの紋章……?」
手にとって見ると、イルカの頭上に天秤が乗っけられている紋章だった。
痛がっているラディにそのペンダントを渡すとそれは驚きの顔に変わった。
「これはっ! この紋章は!!」
「お嬢……」
バジーリオはどこか諦めたような、そんな風に落ち着きを取り戻した。
「わらわの名はマルガリータ・ヴィスコンティ。バーリ侯国の公女である!」
「えぇ……なんで公女が海賊やってんの……」
「ふっ、我が国の先祖は海賊……それがバーリ周辺を占領して成り立ったことは承知のことだろう」
「そうなのぉ……?」
俺はラディに聞いた。
「ああ。継承戦争終結の後、国内の治安が非常に悪化してな。諸侯が入れ替わる、なんて前代未聞の事も原因の一つだろうが、やはり戦争そのものが王国に与えたダメージが大きかったんだ」
「継承戦争……?」
「百年前の内戦のことだ!」
「新しい単語を使うな!」
はぁ、とため息をついたラディは俺のことなんて無視して話を続けた。俺に説明してるはずなのに……
「その上、あのオソン一世だ。治安が良くなろう筈がない。国内は荒れた。特に王家の直参の騎士たちの領地は酷かったらしい。今のバーリ侯国一帯も元はそういった騎士たちの領地だった」
「へー。そうか、バーリのすぐ上はレマリアだもんな」
「ある時、ある海賊団が王家直轄領の港町バーリを襲った。そして周辺の騎士領を次々と征服していった。敗戦によって疲弊していた騎士たちはなすすべもなく併呑されていった。そして本国からの救援もなく、孤立無援になった騎士の中には海賊に従うものまで現れた」
「そして我がヴィスコンティ家の初代アンジェロは巧みな手腕によって、侯国を成立していったのじゃ!」
えっへん、と自慢げにマルガリータは言った。
「巧みな手腕?」
「海賊はオソン一世に近づいた。多額の金銭を持参してな。そして、バーリの領有権を認めさせたんだ。最初は男爵、そして最終的には侯爵へと上り詰めた。その金は海賊として奪った金だと言われている。故に『海賊の国」そう呼ばれているんだ」
「その末裔がマルガリータ? そしてドーファン海賊団ってわけか!」
「そういうことじゃ!」
「かっこいいな!」
「そうじゃろう! そうじゃろう!」
「へー、その割には奴隷とかは使わないんだな」
ドキっ、とマルガリータの体はちょこっと跳ね上がった。相変わらず胸は揺れなかった。
マルガリータの顔が険しくなる。
「バーリ侯国は数年前に、政変が起きた……」
暗い声で、マルガリータは言った。
「お嬢! それ以上は……」
「良いのだバジーリオ。これは好機じゃ! 我々が自由になる好機なのじゃ!!」
「どゆことだ?」
「それは……」
バジーリオは言葉が詰まる。
「わらわはバーリ公女。わらわの父は先代バーリ侯爵。今のバーリ侯は、元ドーファン海賊団の船長……」
「はぁ???」
「そちらが重大な秘密を話したのだから、わらわの事も話そう。ヴィスコンティ家のこと、そしてわらわたちの現状を……」




