いざ行かん
翌朝、俺は数日ほど村から離れる趣旨をラーレンティアに伝える為に領主館へ赴いた。しかし間の悪いことにグレゴールの爺さんも一緒にいた。
「今がどれだけ大事な時期か! 解らぬのか!!」
「俺だって大事なことなんだよ!」
「新たな村を立ち上げようとしている今! なぜその領主が村から出るのだ!!」
「だーかーら! 大事な用が出来ちゃったのさ!」
「なに用か!!」
「そりゃあ……まあ……言えないけどさ……」
「愚か者が!!」
「あーあーあー!!」
何も言い返せないので母音を連呼してみたが、こんなにも見苦しくなるなんて自分でも思わなかった。
「どこへゆくのですか?」
ラーレンティアはそう訪ねた。
「バーリの街」
「数日で戻ってこれる距離ではない!!」
グレゴールの爺さんは更に怒った。
「よ、予定だから……」
「ふざけるな!!」
「ひぃ〜」
じいさんに耳元で怒鳴られたので耳が痛くなった。
「路銀はあるのですか?」
「……ない! けど、なんとかするさ」
「盗みでもするのか?」
グレゴールの爺さんは厭味ったらしくそう言った。
図星を付かれたので少し腹がたった。
「うるせぇ! 貴族だって盗賊みたいなもんだろうがよ!!」
「なっ!! なんだと!!」
「俺の知ってるア……物語でも、そう言ってたね!! 貴族なんて着飾った盗賊となんら変わりはしないってな!!
「き、貴様!!」
グレゴールは俺の胸ぐらを掴んだ。
「俺の盗賊仲間にも、領主の重税で盗賊になっちまったやつも居た!! 理不尽な税金をかける貴族なんて、盗賊みたいなものじゃねえか!!」
「ワシらは違う!!」
「かもな! 俺たちだって節度のない盗賊じゃないと思っているさ! でもそんなこと、他所の奴らには関係のないことだ!! あんたらにも言えるんじゃないか?」
「くっ、貴様!!」
「やめなさいグレゴール」
「はっ、はい……」
ラーレンティアが言った。声こそ荒らげなかったが、怒りに満ちた声だった。爺さんのことを名前で呼んだのを初めて聞いたが、それほど怒ってるってことなのか? それは誰に対して怒っているのだろうか。
「グレゴール、貴方も言い過ぎてす」
「も、申し訳ございませぬ……」
「謝るのは私にではないでしょう」
「は、はい……」
怖い。爺さんに言ったその言葉は、俺にも言ったことなのだとなんとなくわかった。
「いいや、俺が悪かった。すまない爺さん。言い過ぎた……」
「……ワシもだ。許せ小僧」
「こ、小僧はないだろって前にも言ったじゃないか!」
「おぬしなど、小僧で十分じゃ!」
「じぃや……」
ラーレンティアも呆れていた。
「話はそれちまったけど、俺は、俺たちはバーリに行かなきゃならねえんだって!」
「なぜです?」
ラーレンティアはそう聞き返してきた。
「うっ……仲間が……囚われて、そう! 囚われているんだよ!! だから助けに行かないといけないんだって!」
「お仲間が……?」
「でまかせだ! そんな話、聞いていないぞ!」
「俺だって、昨日聞いたんだよ!!」
「なにぃ?」
「どういうことなのですか?」
「む、その……成り行きでさ……昔の事の話になって……それで聞いたんだよ。俺たちだって数ヶ月前に根城を壊滅させられてドタバタしててさ、そういうこと話す暇も無かったんだよ!」
「詳しいことを聞きたいのです」
まずい……ラディが亡国の公子だったと言うのはまずい。娼舘を襲いに行くと言うのはもっとまずい。なんとか、なんとか誤魔化さなければ。
「……」
「話せぬことが偽りである証拠ではないか!」
「うるせぇ! こっちだって事情があるんだよ!」
「主君を前にして、隠し事とは! 恥を知れ!」
「キッー! この妖怪正論ジジイが!」
「私は、そこまで頼りになりませんか……」
「そ、そういうことじゃなくてな……」
ならない、とは言えないよな。別にラーレンティアのせいじゃないんだが。
しかしどうするか。バーリの娼舘を襲いに行きます! とは言えないしなぁ……どうしよう。
万策ついた。もうあれしかない。
「いーきーたーい! いーきーたーい! バーリにいーきーたーい!」
俺は地団駄を踏みながらそう言った。俺の大人としての尊厳を生贄に捧げて、呆れさせるという必殺技だ。
「駄目じゃ」
効果は今ひとつだった。すまんラディ……
「どうしても、行くのですね……」
おっ?
「うんうん! どうしても行く!」
「小僧……」
見るに耐えぬ俺の姿に、グレゴールの爺さんも言葉を失ったみたいだ。そんな、悲しそうな目で俺を見るな。
「それ、やめてください……気持ち悪いです」
ラーレンティアのその言葉はあまりにも冷たかった。
「はい……」
俺は背筋を伸ばして、先程までの見にくい俺とは決別を示した。それでもグレゴールの爺さんは悲しい目をしたままだった。やめて。
「どうしても、行くのですね」
ラーレンティアはリテイクしてくれた。やめて、優しくしないで。
「はい……」
「いつか、話してください。私を、話してもいい人間だと、認めてくれたその時に……」
「……はい」
言いようのない罪悪感でいっぱいになった。俺は、ラーレンティアを信用していない訳じゃないのに、結果的にそう思わせてしまった事に、強い負い目を感じた。
「まて!」
グレゴールの爺さんはそう言った。やっぱり駄目か……
「やっぱり、止めるのか……」
「止めて、止められることができるのなら、お主たちを必要とはしていない。我々はそんな武力も持っていないのだ……」
「……」
「なので、監視役をつけさせてもらう」
「だにぃ!!」
「我が息子、アルフレドを貴様らと同行させると言うのだ」
「それは……言っちゃなんだが、路銀は現地調達な訳で……てか爺さん子供居たのか!?」
「そのための監視だ!」
「くっ、わーったよ。そうじゃなきゃ認めないんだろ!」
「すまんラディ! 爺さんの息子が監視役に着いてくることになった!」
俺は屋敷へ戻るとそうラディに謝ったが、返事は随分と素っ気ないものだった。
「怒ってない?」
「まあ別にな。戦力が一人増えたと思えば、いいことじゃないか」
ラディはそう言った。
「娼舘襲いに行くとは言ってないんだけど……」
「だろうな。そんなこと言ったら死んでも止められるぞ。いや殺してもか」
「そりゃ、そうか……でもよアルフレドはどうすんの」
「アルフレド?」
「爺さんの子供の名前」
「歳は?」
「さぁ……あったことないからわかんないさ」
「ふーむ、ま、そんなことよりだ」
ラディは立ち上がると、部屋から出た。
「どこ行くの?」
「こっちだ」
言われるがままについていくと、屋敷の外にある小屋にたどり着いた。
中を開けると非常に酷い臭いが充満していた。思わず吐きそうになるほどだった。
「なんじゃこれは!! この臭いは!!」
「犬の毛皮の、質の悪いやつをここに入れてんだ」
そう言えば、ロホスとラディが集めていたのを思い出した。汚くて嫌だったから手伝わなかったがこんなところに保管してたのか。
「なめすぞ」
「う、嘘ぉ……これを? 腐ってるんじゃねえの……」
「いいから、これが俺たちの路銀だ!」
「売れんのかよこんな臭いの」
「売れるようにするんだよ!」
「い、いやぁ〜だな……」
「お前だけが森から運ぶの手伝わなかったんだから、やるんだよ!」
「ほ、他のやつだってやってないのは居るだろ!」
「俺とロホスとフレックで剥いで、フーゴとレネとロランで運んだんだよ。お前だけだ、何もしてないの」
「フレックも皮を剥いだのかよ! しかもいつの間にちっこい奴らが運んだんだ!!」
「お前が怠けてる間だよ!」
「くそぉ……」
「どこに居るんだ……ハヤト殿は」
甲冑をまとった金髪の美男子が、辺りをキョロキョロ見渡していた。
「おいお前、もしかしてアルフレドか?」
「そうだが?」
ムッとした表情で俺の問に答えた。
「もうちょっと早く来てくれてたらな。手伝わせたのに……」
「……貴公がハヤト殿か!」
ジロジロと俺を見たあと、そんなことを言った。俺がすぐそばまで寄ると、酷い悪臭に思わず鼻をつまんだようだった。
「馬鹿になっていないその鼻が羨ましいぜ……」
「酷い臭いだ……貴公はそんなことをするのか」
「俺だってしたくはないけどさ、路銀の為だ」
「その技術は一体どこで習得なされたのですか?」
「仲間のロホスが、そういうの得意でさ、教えて貰ったんだよ。盗賊団にいた時も、こういうのが臨時収入だったしな。盗賊集団ってのは意外とケチなんだぜ?」
「ふむ……」
「おい、ハヤト! サボってるんじゃないぞ!」
ラディに叱られてしまった。
「サボってねえよ! 爺さんの息子が来たんだ!」
俺のその言葉を聞いて、ラディも近くに寄って来た。自分だって作業したくないんじゃないか。
「爺さん!?」
アルフレドは、グレゴールを爺さんと言ったことにたいそう驚いたようだ。
「爺さんだってな、俺のことを小僧って呼ぶんだよ! お互い様だ」
「それが爺さんの子? 歳は?」
ラディがアルフレドに質問した。
「今年で十五になります」
「俺の二つ下か。俺はラディ。レティエの元公子だ」
「なっ!?」
「馬鹿っ!! 何言ってんだお前!?」
「なにぃ! 言ってなかったのか!?」
ラディの爆弾発言のおかけで、三人とも次の言葉が出なくなってしまった。
暫く身動きすらできなくて、ただただ互いを見つめ合っていた。アルフレドはラディをジロジロ見ながら、俺に真実かどうか訴える目線を俺に送り、ラディはやらかしてしまったと助けを求めるような目で俺を見た。なのでたいへん困った俺は目を閉じることにした。
「お、俺はてっきりラーレンティアに説明したものだと……」
「俺のあふれる知性でなんとか切り抜けたんだよ! お前のせいで無駄になったがな!!」
「ラディ……殿が、メッテルス家の遺児……? 本当なのか!?」
「ウソダヨ!」(裏声)
「本当なのですね……」
「おい、馬鹿!」
「お前が馬鹿だ!」
「うっ……」
「これは……大変なことだ……」
思わず口を手で抑えているアルフレドは、なにやら考え事にふけっているようだ。まずいことになった。
「おいおい、アルフレドく〜ん?」
俺はアルフレドの肩に手を回して掴んだ。
「くっさ!」
その純粋な言葉は非常に傷つくのでやめてくれ。
「その純粋な言葉は非常に傷つくのでやめてくれないか……」
「も、申し訳ございません……」
「今のはさ、オフレコで頼むよ」
「オフレコ……? なんですかそれは」
「そりゃ……、……」
「……?」
「ともかく! 内緒にしてくれって事だ!」
「は、はぁ……」
「お前だって、騎士の端くれだろ! ほら、なにかに誓ってくれよ……」
「なにか、とは?」
「む……し、主君とか、神とか、なにかさ!」
「……」
「誓ってくれよぉ……」
「わかりました……誰にも言いませぬ。父グレゴールに誓って、誰にも」
「爺さんに誓ってかぁ……」
「足りないでしょうか……」
「いや、そんなことはないけどさ」
グレゴールの爺さんにかぁ……
「私は父からハヤト殿に従えと、そう命令されました。なので、ハヤト殿に従います」
「それは爺さんに命令されたら反旗を翻しますって言ってんだろ? そんなんじゃ信用されないぞ! 余計なことは言わないほうがいいね」
「それは、秘密を話してもいいという事ですか?」
「違う、俺に信じさせてくれって事だよ
!」
「は、はぁ……」
「そういう幻想を与えることが、領主の役目だろ! そういうとこ学べって爺さんから言われなかったのか?」
「っ!!」
「アルフレド、勘違いするなよ。こいつは小物だぞ!」
ラディはアルフレドに小突いてそう言った。
「バカヤロー、俺はいつかレティエを取り戻して、お前に返す男だぞ? お前は視野が狭いから、見定めることができないだけだ!」
「大人物なら、レティエを我が物にするってぐらい言うさ!」
「ふん、そんな面倒くさいことするわけ無いだろ! お前が民を豊かにすることに必死になっている横で、お前からタカった金でぬくぬく生活をエンジョイするんだよ!」
「な? 小物だろ?」
そうラディが言うと、アルフレドは笑った。
「そうですね、小物ですね!」
「ふん、二人して笑ってればいいさ、ほら、アルフレドは俺に従うんだろ? これ、手伝えよ!」
「はい、小物のハヤト殿に従いまする!」
まったく嫌味なやつだ。誰に似たんだか……ああ、想像に難しくないな。
革なめしに一日が潰れてしまった。まだ完全には日は落ちていないが、もう赤い空が人々を黒く照らし初めている。いわゆる黄昏時ってやつだ。
俺は屋敷の居間に皆を集めた。アルフレドの紹介もしたかったし、バーリへの行程も決めたかったしな。
「この臭いのがアルフレド。俺劣らぬ美男子だが、あのグレゴール爺さんの息子だ」
「美男子? だれがって???」
フレックの野郎が茶化してきたので、俺は蹴りを入れてやった。
「アルフレド・オルシーニです。宜しく」
整然とアルフレドは挨拶する。そして順に握手していく。なんとも礼儀正しい好青年だ。
「ともかく、今からこいつは俺たちの仲間だ。ラディがレティエの公子だとも知ってるし、俺たちが娼舘を襲いに行くことも知るだろう……」
「はぁ!? 娼館を襲う!????」
「今知った。もはや一蓮托生の身となった訳だ。拍手」
拍手したのは俺とは双子たちだけだった。
「い、嫌です……」
当然の反応だった。
「しかしな、俺たちにはアクイリアを水揚げする金もない。なら、奪い取るしかないだろう……諦めてくれ……」
「正気ですか!?」
「今のところは……」
「絶対正気じゃないですよ!!」
「諦めてくれ……」
「う、うぅ……父上はなぜ私をこんなところへ……」
「こんなところとは心外だが、爺さんも知っていれば止めただろうな。ま、人は運命には逆らえませんから……」
「ち、父上に言ってきます!!」
アルフレドは部屋から強引に退出しようとしたので俺は慌てて止めに入った。
「ま、ま、ま! まてまてまて!! 爺さんは俺に従えって言ったんだから、従って! お願い!」
「死ににいけと! 私は、主君にそう言われればそうもしますが、あなたに命令される云われはない!!」
「あるだろ! 爺さんに従えって言われたんだから!! お前は、騎士失格になるぞ!」
「う、うぅ……」
アルフレドはガクッと膝を落とした。
「ま、運命だ。お前の命を俺にくれ……」
「言葉だけは、良いんだよなぁ」
ラディは呆れてそう言った。
「まあさ、借りは後で返すよって! 俺たちだって、死にそうになったら逃げるしさ! 気楽に行こうぜ!」
体育座りしたままのアルフレドを引きずって部屋の中央まで持ってきた。逃げられないようにな。
「問題はバーリまでの旅費なんだが……この村には何もないが、食料はあるのでもらう。そして、この犬の革をボルサヴァの街で売りさばいて、足しにすると……」
「うーむ、狼なら良い値で売れるのだがな……」
ロホスは残念そうに言った。
「無いものをねだってもしょうがないさ。売値によって、船で行くか、陸で行くかが決まるわけだが……問題は馬を使うかだ」
「うむ、馬を船に乗せては金がかかる。しかしボルサヴァに置いても金はかかる。しかし徒歩でボルサヴァまで行くのも時間がかかる……陸路を使うとなれば馬はいる。さて、どうしたものか」
「餌代もな。でも爺さんからは釘を差されているし、あまり時間をかけるのも、なぁ」
「それは……開墾を予定している時期ではあるからな……」
「どうしたものか……」
「あのー……」
フーゴが手を上げた。
「フーゴくんが素晴らしいアイディアを思いついたのか?」
「いや……そうじゃないんだけど……」
「ハァ……」
「そ、そんなため息つかなくてもいいじゃないか!!」
「フーゴもハヤトに付き合うな! さっささと本題を言わないと、夜が明けるぞ」
ラディが話を急かしやがった。それは言い過ぎだろ! と言ってやりたかったが、確かに話が進まないので大人しく従うことにするか。
「毛皮や革は、どうやって運ぶの?」
「……」
「……」
全員が黙ってしまった。
少なく見積もって五十匹分はあるこの大量の革を、人力で運ぶのは……嫌だな。
「……取り敢えず馬車一台分は必要経費だな」
全員がうなずいた。
「実はな、俺には少し考えがあるんだ」
「ん? なんだよハヤト、考えって」
皆の視線が俺に集まる。
「バーリからの脱出にはなんだが、ちょっとした伝があってな、正直不確かだから言うのを迷ってたんだ」
「つて?」
「バーリの海賊に、知り合いが居るんだよ」




