想うがゆえに
「へ、へぇ……」
「信じてないのか?」
「いや、驚いているだけだ。正直、納得はしてるさ。だってお前、いろいろ知りすぎてるんだよ! その歳で!! おかしいとは思ってたね!!」
「はは……」
元は小貴族のおぼっちゃまくんかもしれないとは思ってはいたが、まさか公爵令息だとは思わなかったけどな。でも辻褄は合うんだよな。
「……」
「……」
俺もラディも、それ以上言葉が出なかった。何を話したらいいかわからなくなったからだ。
これは結構な秘密だと思う。それを俺なんかに、まあ成り行きなんだが話してくれたのだから、俺もなにか秘密を教えなきゃフェアじゃないよな。
「お、俺も秘密があるんだ……」
「秘密……?」
「実は……俺は異世界から来たんだ……」
「……はは」
鼻で笑われた。そりゃそうだろうな。さっきおとぎ話だといった本人が実はそのおとぎ話のとおりでしたとか、笑うしかない。
「し、信じてないのか?」
「いや……信じるさ。確かにお前は俺達とは違う。なんか、そう言われるとしっくりくるっていうか……辻褄が合うっていうかな」
「そ、そうか……? 言っちゃなんだが、こんなこと信じられるか? 俺だって自分のことじゃなきゃ、いや自分のことでも信じきれてないぞ? もう二年も立ったけども、まだ夢の中に居るんじゃないかと思うときもあるし……」
「はは、のーてんきなハヤトもそんな事思うんだな!」
「お、俺をなんだと思ってるんだ!! 俺は誰よりも繊細で心優しい人間だぞ!!」
ラディは本格的に笑いだして、流石にちょっと腹が立ってきたので、足で小突いてやった。
ようやく落ち着いてきて、息を整え始めたが、なんだかそれすらムカついてきてもう一度蹴飛ばしてやった。
「ラディスラウス、っていうんだ」
「はぁ?」
「俺の本当の名さ。ラディスラウス・メッテルス」
「なげぇ名前だな。本当に貴族さまみたいな名だ」
「家族からも普段はラディって呼ばれていたさ。やっぱり長いからな」
「家族か……あんまりいい思い出もないけど、会えなくなると恋しくなるもんだな」
「嫌な家族だったのか?」
「いいや、嫌なのは俺の方だったよ。家族は普通だった。俺は落ちこぼれたというか、落ちぶれたというか、普通よりも下の人間になってしまった。だから普通だった親も受け入れられなかったんだろうな。それでも、仕事もしていないのに食わしてくれていたんだから愛情はあったんだ。そんな事今になってわかるなんてな。食うに困るなんて、生きるのに困るなんて、ここに来て初めて知ったんだ」
「ハヤトの世界は、良いところなんだな」
「ああ、そうだったみたいだ。くそったれの世界だと思ってきたけど、随分と上等な世界だった」
「俺も上等な場所にいた。食うにも困らず、豊かな生活だった。いつかは民のために働き、国を豊かにさせることが使命だと思っていた。だがそんなことを願う民はどこにもいなかったんだ」
「ま、革命だしな。俺の世界じゃ共和国と似たような国ばっかりだけどな。血統による支配は絶対悪みたいに言うくせにその血統には一番こだわってる人間ばっかなんだよ。馬鹿らしいだろ?」
「はは、それは馬鹿らしい」
「それでも、無駄に歴史は刻んでるから、家の中には水が通ってるし、風呂だって簡単に入れる。飯は金があれば……はここも一緒か。病気になれば医者にだって、今にして思えば大した金じゃなくてもかかれちまうし、良いところだったよ」
「家の中に水が通ってる……?」
「なんていうかな、床下だとか壁の中だとかに管を通して、台所に直接水を引いてるんだよ」
「それじゃあ水が流れっぱなしてうるさいだろ」
「栓で止めてるんだよ!」
「管から漏れ出したらどうするんだよ」
「そりゃ……どうするんだ??? いいや! ちょっとやそっとじゃもれないように出来てるんだよ!! そういうもんなんだって!!」
「ふっ、なんだかなぁ、いくら文明が進んでいても、担い手がハヤトみたいなやつばっかじゃ大したこともできないんじゃないか?」
「あーあ、俺を怒らせるとは大したもんだね。マイケルジョーダン直伝のピーカブースタイルでフルボッコにしてやんよ」(※マイク・タイソン)
「誰だよ! あと意味わかんねえよ!」
「なあ、ラディはどうしたいんだ?」
「どういうことだ?」
「共和国を打倒して公爵に戻りたいのか?」
「そんな不可能なことを言われてもな」
「そういう機会があれば、したいのかってことさ」
「さあな。そんなことはわからないさ。逆に聞くが、ハヤトは元の世界に帰れるなら、今すぐ帰るのか?」
「むっ、うぅむ……」
帰りたい気持ちはある。それは生活上の安全が、ここよりも遥かに優れてるゆえだった。しかし、今はラディ達かけがえのない仲間もできてしまって、仲間たちとの居心地の良さは元の世界では無かったものだ。おそらく、帰ったとしてもそんな関係は日本では築けないだろうな、とは思う。
それを捨てて帰る、という選択は、今の俺にはできなかった。だが、否定することもできなかった。
「俺は、意地悪な質問をしたようだな」
「わかってくれたか……ま、こんな返しをする俺も大概だがな」
「ふっ、意地悪大明神め!」
俺とラディは笑いあった。何がおかしいわけでもないが、なんだか心の底から分かりあえた様な気がして嬉しかったのかもしれないな。
「たが……」
「ん?」
「今の俺には目標がある。明確な目標がな」
「目標……なんだそれは?」
「バーリの街の、あの娼館だ……」
「バーリの街の娼館……あの高級娼婦か! もしかして、縁者か?」
「幼馴染だ。あの戦で、俺も逃げるのがやっとだったから、生き残りが居たなんて、思わなかった……」
「そうか……」
生き残って娼婦とは、幸か不幸か……いや、生き残れたんだから、それは幸せに違いないんだ。
「だがよ、なら尚の事、お前が騎士になれば良かったじゃないか!」
「騎士になれば……もしかした顔見知りにも会うかもしれない。特に、レティエの今の支配者層や、ボルサヴァ公爵、メルシャフ侯爵。どう利用されるか、わかったものではない」
「結構なことだろ! 生活上の不憫はなくなるぞ!!」
「俺は、奴らの懐を温めることがたまらなく嫌なんだ!!」
ラディは激昂した。俺はあまり見ないラディの苛立った姿に少し驚いた。
「どういうこと……」
「反乱軍に武器を流していたのはボルサヴァ公だ!! メルシャフだって、多額の金で不戦の約束をしたクソ野郎だ!! そうでなくとも、ガルドゥルス家はメッテルス家の不倶戴天の敵!! クウェントゥスの風見鶏野郎なんかにもレティエを与えてたまるか!!」
ラディは息を切らしながら言った。言っていることは無茶苦茶だし、よくわからないが、ラディがその二人を心底嫌っていることはわかった。
「ラディよ、嫌ってるのはわかるさ。でもよ、お前の幼馴染はどうするよ? 今すぐにでも助けを求めれば、その幼馴染を救うことだってできるぜ?」
「……」
「恥を偲ぶってのも、強かに生きるって言えば誉れにもなるさ。俺のもとにいたって、いつ助けてやれるか……」
「アクイリアは……」
「アクイリア?」
「幼馴染の名だ。あいつは、レティエ公国の将軍の娘だった。だから俺の遊び相手として、よく城の中で遊んた仲だ。だが、あいつと俺じゃ家格が違いすぎた。結婚できなかったんだ!!」
「むっ、そうだが……妾とかそういうのもあるんじゃないか?」
「俺は! アクイリア以外の女と一緒になるつもりはない!!」
「そ、そうか……」
一途だな。俺にとっては常識的な事だが、この世界じゃあちっとばかし頑固というかなんというか、不器用な性分だ。
「俺がどこぞの貴族の庇護下にあって、レティエを取り戻したとしても、俺はあいつと一緒にはなれないんだ。だからお前の従士となって、金をためて……」
「そんな、そんなことで!! 彼女を娼婦にしておくつもりか!! それは酷だぞ!!」
「……」
「今、この瞬間でも、好きでもない男に体を遊ばれるんだぞ!! 俺が出世するなんて、そんな実現性の欠片もない事に賭けるなんて、お前らしくもない!!」
「俺らしいってなんだ!! 俺は……俺はっ……」
「空腹の辛さを知ってるだろ!! 恥で、それだけ耐えれば、アクイリアさんだって救えるんだ!!」
「お前たちはどうなるんだ!!」
「俺たち!?」
「盗賊だったと言いふらされる前に、殺されるかもしれないだろ!!」
「俺たちが言い触らすもんか!!」
「それを公爵にでも言ってみろ!! それで始末されないのなら、俺が間違ってるさ!!」
「っ!!」
「関係ないのさ、公爵なんて奴らにとってはさ……俺は、お前たちも大切なんだよ……」
「俺たちのことなんて、考えんなよ!!」
「……」
「……」
深い沈黙が部屋を包んだ。怒号でいっぱいだった数秒前の部屋と同じ場所とは思えない、まさに火が消えたようだった。
キィ〜、と扉の開いた音がゆっくりと鳴った。そこにはロホス、フーゴ、レネとロラン、フレックが居た。
「聞き耳立てていたのか?」
俺はそういった。
「あれだけ大きな声を出していれば、嫌でも聞こえてくるさ」
ロホスは言った。
「それも、そうだな……」
ラディの声は暗かった。
「でもよ、俺っちは薄々そうだとは思っていたね! ラディが貴族だとは、仕草でわかるさ」
フレックは部屋の中にズケズケと入ると、俺とラディの前でそういった。随分としたり顔で、苛ついたので殴った。
「なにすんだよ!!」
「いやお前の顔なんだかスゲームカつっからさ」
「こいつは酷いやつだ! 皆もそう思うだろ!?」
皆は無視した。
「ハヤト、よく考えてみろ。今は私達しかいないが、元は三十人を超える大盗賊団だ。だれが話しても、いや、誰かタカっても不思議はない。それどころか、ラディを利用して分不相応の要求をするかもしれない。それが七人になったとしても、私達を知らない公爵が情状すると思うか?」
「そうだけど……」
「それに公爵にしてみれば不穏の種を残す必要もない。我々の命の価値など、その辺の雑草よりも低いのだから」
「う、ううむ……」
「ラディは私達を思ってその選択をしなかった。それだけだ」
「……」
返す言葉がなくなった。そして、補足するようにフレックも続けていった。
「それによ、その幼馴染のアクイリアって娘の安否を知ったのも、たった半年ぐらい前だろ? 娼館に通いだした……ってほど通えてもいなだろうが、それから二、三ヶ月に一、二回。なにを決められるって時間でもないし、金もないし、すぐに山刈りにもあったし。考えを煮詰める事もできなかっただろうことも考えてやれってよ!」
「フレックが、人を思いやることができただなんてな!! 思わなかったよ!!」
「ハヤト……」
皆が俺を見る。
「う、うぅ……わかったよ。謝るよ!! 元々謝るつもりだったし、俺だって!! ラディを思って言ったんだ!」
「そんなこと、皆よくわかってるさ」
ロホスは言った。とても優しい声だった。
「悪かったよラディ。言い過ぎたよ……」
「そんなこと……」
ラディはうつむいたままだ。それでも、微かに明るさを取り戻したような気がした。俺の願望かもしれないけどな。
「つうかよ、フレックはラディの娼館通いを知ってたのか?」
「盗賊団のメンバーは殆ど知ってるんじゃねかな? ラディが馬鹿高い娼館に入ったって……あっ!」
「「私(僕)はフレックおじさんから聞いたわ(よ)」」
レネとロランは言った。
「僕もフレックから聞いたよ」
フーゴも続いて言った。
「私もだ」
ロホスもそれに続いた。
フレックの目は泳いでいた。体が出口に吸われていくような、そんな奇妙な動きで部屋から出ようとしていた。しかし俺は扉の前でそれを防いだのだった。
「お前……お前こそ謝れ!!」
俺は怒った。
「ごめん!」
フレックの甲高い声が部屋の中に響くと、暖かな笑い声に包まれた。




