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神の名


 不気味な声の主は消えた。

 同時に闇が動きを再開する。


 悠登とエルフェレトは即座に距離を取った。闇の一挙手一投足を判別しようと目を凝らす。


 ズン。


 おもむろに出された一歩。続く、


「――#########################################」


 この世にない咆哮。


「ぐぁっ、くそ……」


 耳を貫き脳に到りて内側を這いずり回る感覚が襲う。歪む視界には、足踏みをする闇の姿。


「来るぞ!」


 エルフェレトの呼号が飛ぶ。焦点を戻した悠登にどす黒い塊が迫る。

 体当たりを寸前でかわした悠登。代わりにエルフェレトが自慢の体躯で闇へと駆けた。


「なっ、離れろ!」


 漆黒と純白。

 正面から激突した2体の神獣。


 僅かな均衡の後に、闇は瘴気の茨を放つ。幾本もの茨はエルフェレトへ殺到し、その体躯に絡み付いた。


 悠登は魔術で宙に舞う。宙空から、エルフェレトと闇の間へ。茨を槍でなぎ払い、解かれたエルフェレトと共に一旦退がる。


 隣に並び立ち、横目で互いの渋い顔を覘く。


「あの瘴気 どう見る」


「浴びるだけでもヤバいってのに、茨に取られちゃあっという間にアレの仲間入りだな」


 二人が睨み据えるなか、闇は悠々と瘴気を練り上げている。


「やはり 安易には 組み付けぬか」


「とりあえず外から攻めるっきゃな――」


 思案の最中に虚の瞳が二人を捉えた。次いで、練り上げられた瘴気が分離し、分離し、拳大の塊へ。闇の周りに、幾つも浮かぶ。


「……遠距離もありですか」


 下る冷や汗。間を置かずの一斉掃射。


「ちぃっ! こんのっ!」


 壁のように押し寄せる弾。千里眼セカンド・サイトで全てを捉え軌道を計算。直撃の弾を槍で打ち払う。


 隣から苦悶が聞こえた。エルフェレトは尾ではたきおとしているも、その体躯で全ては無理がある。当たったのかパッと確認できるだけでも数カ所、純白の毛並みに黒ずみが見えた。


 声を掛ける事なく悠登は闇へと駆ける。注意を引き付けるため、真っ正面から飛び込んだ。


 素早く茨が伸びてくる。一本、二本、柄で弾き、穂先で薙ぐ。完全に悠登をロックオンした闇。それを見取って死角に回る。


 絶好のタイミング。助走を付け、めいっぱい引き絞った穂先を闇本体へ。


「はぁあああああああああああああああ!」


 ずぶり。


 埋まる穂先。だが、


「あぁもう、どんだけ瘴気纏ってんだよ!」


 手ごたえはない。ぶよぶよとした底なし沼に嵌ったようだ。いいや、逆に向こうから引っ張られていく。


 即座に槍を引き抜き離脱。殺到していた茨を掻い潜り、建て直したエルフェレトのもとへ。


「大丈夫か?」


「うむ」


 短いやり取り。


(どうすっかなぁまったく。こっちは一応神を刺した槍だってのに全然……まぁ腐り落ちないだけマシか)


 今この空間は死んだも同然。圧倒的な瘴気の濃度により、悠登とエルフェレト以外に生を保っている者はいない。瘴気に直接触れていながらまだ槍の形状を維持していることには感謝するのみだ。


 闇の動きは止まらない。


 こちらがどれだけ躊躇しようと。


 エルフェレトがたてがみを燃え上がらせる。生み出された炎の渦は一直線に対象を取り囲んだ。絶え間なく炎をくべるエルフェレト。しかし、



 ――高まる死の気配。



 降り注ぐは瘴気の矢。


 次々と襲い来る。それも全方向から。


 真上、正面、右側面、斜め上、背面に足元。弾き返しても跳ね除けても、指向性を持ったそれらは隙間なく、絶え間なく続く。



 ひたすら、


 エルフェレトは炎の壁を形成させられ、


 悠登は輪舞を踊らされた。



「くっそ! 出る!」


 このままではジリ貧だ。無理やりにでも闇に迫り、攻撃を止めなければ。


 覚悟を決め前へと踏み出した悠登。



「……へ?」



 前方。ソコは闇。真っ暗な闇。



 ――深淵を覗く()()()



 駆け出したその先は、待ってましたと開かれた、



 口。



「マズッ――」



 一体いつの間に寄ってきたのか。

 いや、いつからそこにいたのか。


 いつからその口を開いていたのか。



「ユウト!」


 おや、自分はいつエルフェレトに名を教えただろうか。いやおそらくは、アシュティーナがそう呼んでいたからだろう。




「はぁああああああああああああああああああ!!」



 一瞬で、悠登は上へ。



 眼下には闇。


 バクリと口を閉じるも直後に首を捻ったソレの、脳天を拝む。



 悠登は血に濡れた穂先を向けた。宙ながら急加速し全ての力を槍に乗せ、無防備な闇の頭部に放った。


「\@%&###############################!?」



「ダメか、手応えなし」


 不意打ちに怒り暴れる闇。悠登は離脱しエルフェレトの隣に並ぶ。


「…… 喰われたのでは ないのか?」


「直球!? そこは喰われてなくてよかった~って言うんだよ!」


 元気よく噛み付いて見せるも、血を流す手は心臓の上あたりを掴んで離せない。使用したのは全く予定外の魔術であった為、成功するもバクバク心音が鳴り止まなかった。


「うむ 嬉しく思う」


 大きな瞳を和らげた、神獣の真っ直ぐな返し。それには思わず笑みが出て、悠登は今一度槍の握りを確かめる。




 目の前がただ暗いだけの背景ではなく、ブラックホールであると理解した瞬間。悠登は素早くブレザーのポケットを弄り、とある紙を引っ張り出した。


 それは人型に切り抜かれたもの。


 それを左手に乗せ、手もろとも槍で貫く。



 闇が覆い被さってくる直前。紙を穂先に刺したまま、槍を力いっぱい頭上へ投じ、闇に飲み込まれていく最中に発動した、


 ――――身代わりの魔術。


 紙と入れ替わり、悠登は一転して上空へ躍り出たのだった。



 鞄に入っていた呪具を、戦いの前にあるだけポケットに詰め込んで正解だった。本来は藁人形と同じで相手の情報を書き込み害を為す呪いの道具。ずっと鞄に入れっぱなしでもはや忘れていたモノ。


(マジ無意識だったんだけど)


 あぁ食われると半ば呆然としながら動いていた。自ら貫いた左手の痛みは未だ感じない。



 震える穂先を一先ず闇に向ける。それと同じくして、一段と厚く瘴気を纏った闇がこちらを向く。


 あちらは怒り心頭なのか、体の方向をもれなく悠登に合わせている。


 悠登とエルフェレトはそれぞれ飛び出した。左右に分かれ、両翼から攻める。闇に遠距離攻撃をさせず、茨に取られないようヒットアンドアウェイを繰り返す。


 大柄な肉体と灼熱の炎で、縦横無尽に宙を舞う槍術で。



 しかし、


「――#$$#%##################################!」


「あっ、ぐぅ」


 消耗戦。

 それもこちらだけ。


 いくら攻撃しても瘴気がそれを押し返す。しかも瘴気は減るどころか増え続け、こちらの体力はそれだけでも奪われていく。


「はぁ、はぁっ、はぁ」


 悠登もエルフェレトも息が切れ始めていた。



 エルフェレトが闇を押し込む。踏みとどまり彼に意識を向ける闇。


 駆ける悠登。闇の死角から現れ、ある一点を目指す。



 纏う瘴気から唯一覘く、虚の瞳。



 闇は悠登に気付いたようだ。しかしもう遅い。宙を踏み、握り締めた槍を引き絞って、


 ――ずぶり。


 穂先が瞳の中央に差し込まれる。ダメ押しに力を籠めた。だが、ここですらも槍は勝手に沈んでいく。


 ずぶずぶずぶと、沼にはまったように。


「んなくそっ、放せ!」


 慌てて戻そうとするも、突きはあちらも二度目。離さないとばかりに槍は沈み続ける。そうして貼り付いている間に、瘴気の茨が悠登を絡めとる。


 こうなっては仕方がない。悠登は枝に掛けていた術を解除し、一瞬生じた隙間を逃さず枝とペンダントを回収。


 即座にペンダントを掲げ、


「放せって言ってんだろ!――厄よ去れ(アブラクサス)!」



 しかし応える者は誰もいない。


「なにを している!」


 白熱の毛並みが目に入る。

 悠登ごと噛み千切るかの勢いで、強引に差し込まれたエルフェレトの牙。それは悠登の服を引っ掛けると、瘴気を抉るように振り払われた。


「あはは、ごめん。思わず……」


 頭ではわかっていても、長年の常識をそう捨てられはしない。アブラクサスは、本来ならば五芒星と合わせると幸運の護符になる神の名だった。



 もう泣きそうだ。


 状況が許すなら、恥も外聞もなく泣いてやるのに。



 闇は瘴気を弾丸のように撃ってくる。弾道を見極めようとした悠登の前が塞がれた。


「エルフェレトっ!?」


 彼はその巨体を盾にし悠登を庇う。振り返って悠登を見つめた。


「聞こう お主 魔法使いであろう?」


 瘴気の弾丸を浴びるなかでも彼の眼光は一切陰らない。


「何故 使わぬのだ」


 痛い質問だ。彼にも、アシュティーナにだってそう詳しいことは話していない。


「使えるなら使ってる。でも、手持ちに有効な魔術がないんだ」


 エルフェレトの元で衝撃音。彼と闇がぶつかり合う。援護に向かおうとした悠登を、彼の言葉が縫い留めた。


「ならば 守りの法は」


「それもない! 防御系は全部あっちの神様頼りだったんだ!」


 自棄になって叫ぶ。

 神がいないのはもう十分。だが朝霧の魔術だって負けてはいないはずだった。


 ここが瘴気によって死んでいなければ。


「もういい離れろ! おいエルフェレト!」


 純白の大きな体躯に数多の茨が食い込んでいる。駆け寄ろうとするも、彼はこれまでで最も勢いのある炎を放ち、闇と、悠登を退けた。


 黄金煌く瞳に自分の姿が映る。


「神が 必要か?」


 厳かな言葉が場にこだまする。


「あ、あぁ」


「ならば 戻れ 泉の女神を 立てるのだ」


「いやダメだ。アシュティーナは泉という特定の場を持つから女神と呼ばれるのであって、本分は精霊だ――」


「否」


 ハッキリとした否定。


「かの女神 神界に名を連ねし者」


 ビックリ発言に息をのむ。立ち尽くしていると、エルフェレトの尻尾が伸びてくるりと悠登を包んだ。


「今しばらく 我が持つ 戻るがいい」


 器用に尻尾で掴まれ豪快に投げられる。闇と神獣がみるみる遠くなり、瘴気の領域を抜けて――


「ユウトっ!?」


 小麦畑のような金色のエーテルの園に立つ、美しい女神が見えた。



次話

女神アシュティーナ

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